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■■■ 君こそスターだ
■■■ 2004年08月27日(金)
そんなこんなで、(1泊2日の短か〜い)夏休み終了!
往復650�舛離疋薀ぅ屬蓮�丁度良い気分転換になりました。
しかし2年続けてのフジテレビ見学は、大人には物足りなかったですよ。 子供等は大喜びでしたがね。 来年は、USJあたり行きたいな。
以上、旅日記終り。
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帰りは東北道をNON-STOPで飛ばしてきたおかげで、夕日が沈む前に着いたのですが。
実は。
もうちょっとで、お家に着きますよほほ〜という所でですね。。。
◆状況説明◆
比較的交通量が多い時間帯で、双方向が「赤」の点滅信号の狭い交差点です。
俺の後ろには後続車が一台いました。 左右両方向から、直進車がそれぞれ後続車を引き連れつつ停止線で止まるべく減速中です。 すでに停止線で左右を確認していた俺は、両方向からの車が停止するのを確認しゆっくりと交差点に入りかけてました。
そこに対向車線から右ウインカーを出しながら一時停止を無視して進入してくるアコードワゴンがやってくるじゃありませんか。
こちらは気付いていましたから危険は無かったのですが、狭い交差点で(しかも)左右に停止している車がいる状態で大きく右折しようとしているアコードワゴンは曲がりきれなかったわけです。
左右で停止中の車は後続車がいますし、こちらも後続車がいますからすぐにバックして道を空けてあげるわけにもいきません。
当然、アコードワゴンの中では運転手のおばちゃんが困っちゃってるわけですよ。
むしろ、ちょっと交差点に進入しちゃってる俺を責めちゃってるチックな目線を送ってくるわけですよ。
(まぁ、これは俺の勘違いなのかもしれませんけどね)
だって、完全に俺の顔睨みつけながら何か言ってるわけですから。

←こんな表情で。 (イメージ画像)
・ ・ ・
なんだか、ふいに昔の記憶が蘇ってきました。
あれはきっと・・・
昭和50年代の初めの頃だったと思います。
父親の運転する「サバンナRX−7」の助手席に乗って、二人で何処かへ遊びに行った帰り道。
細い路地で対向車とすれ違わざるを得ない状況だったんだと思うのですが。
こちらは壁ギリギリに寄って道を空けているのに、対向車は左側に相当の余裕を残し。
狭い右側を指差しながらあなたがココを通りなさいよ!と言っていました。
当時、まだ30代だった(はず)の父親はキレましたねぇ。
窓を開けて、相当な勢いで対向車の女性に怒鳴り散らしてました。
今、そんな事しちゃう男性なんていませんね。
でも、あの頃はそんな恐いドライバーって結構いたような気がします。
・・・そんな時代だったのかもしれません。
そんな「この道は、私の道なのよ!」的ドライバーにも比較的寛容な態度で接してきた俺も、今日の「交差点・一人夢芝居」状態は、なんとかしないといけないわけです。
(って、結局アコードワゴンがバックすれば済む話なんですが)
恐る恐るパーワーウインドーを下げて。
意を決して。
すいませーん。 バックしてもら・・・
と、言いかけた刹那。
チョットぉぉ〜! アンタ、下がりなさいよ!!
と言う声が。
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