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タイトルから伝わってくる、 専門的な殻に固まったようなきな臭さに、 さて読むべきかどうかとためらったが、 読んでみるとむしろ「調理場という天国」なのだった。
こういう本が好きなのだ。 ひとつの仕事をきわめた人が、謙虚な世界観を語っている。 その人の成長に関わった人々との、 けっして偶然とは思われない縁への想いも含めて。
現在、東京の三田で「コート・ドール」の オーナーシェフとなった斉須さん。 右も左もない若さだけの時代、フランスへ渡って、 6店で修行をかさね、12年後、帰国した。
この本は、たぐいまれな料理人の自叙伝としてだけでなく、 何かをなしとげるという生き方の本でもある。 共感することが多かった。
その世界できちんと生きていくためには、 料理(この場合は)に関しては独創的であるべきでも、 存在としてはアクをもたず透明になれ、と、 斉須さんは、ことあるごとに強調する。 めだたず地味で、普通の人のようにふるまっている鷹。 仲間と同じことを見聞きしていても、内側で考えていることに、 まねのできないユニークさがある。 まるで、名編集者のように。
そういう人物が、いざというときは力を発揮する。 「いざというとき」は、いつなんどきあるかしれない。 しかも、現場では少なくはないだろうと想像する。 それを訴える人物が、山のような現場体験をものしてきた 人なのだから説得力がある。
彼は本を読むのが好きだという。 ことばを大切にしている。 本書は聞き書きをまとめるという形で、いわば、語りかけに近い。 順を追ってまるで階段を登るように、彼の体験が語られ、 私たちも一緒に階段を登っていく。 ときに階段はらせんになったりもするけれど、 無駄な回り道とはとうてい思えない。
苦しいとき、「もう、だめかもしれない」 と何度も思ったという。 でも、やめることはしないと決めている。 皆そう思うのだと、未熟者は励まされた。
その日そのときの、 「瞬間瞬間で手が伸びてとにかく作ったというようなもの」(本文より)、 そこに料理人の真価があらわれる、ということも言っている。 いわば私たちのやっているエンピツ書評にも通じる のではないかと思うと、これも励まされたのだった。
良い人生だと思う。
それがすべてだと思う。
自分の仕事をまっとうし、なりたいと願った理想の人間性を獲得し、
両手のなかで若い才能を育て、独立させてゆく。
思い込みのはげしい人間だから、こういう本を読むと、 すぐに、弟子入りして第二の人生を、とか思ってしまうのだった。
※本書の一部は、糸井重里のウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』で発表され、 後に「ほぼ日ブックス」として出版された。 (マーズ)
『調理場という戦場』 著者:斉須政雄 / 出版社:朝日出版社
2001年10月09日(火) ☆古本屋巡りをしても、読みたい。
2000年10月09日(月) 『血のごとく赤く』
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管理者:お天気猫や
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