
|
 |
| 2004年02月13日(金) ■ |
 |
| ◆東京バレエ団『中国の不思議な役人』(初演)、『春の祭典』、『ドン・ジョバンニ』大嶋正樹、首藤康之、吉岡美佳 (04/02/16) |
 |
ゆうぽうと簡易保険ホール、開演18:30〜、(音楽はテープ演奏)
 久しぶりに、五反田「ゆうぽうと」でバレエを観ました。 NBS主催の東京公演では、以前はよくコチラのホールを使っていましたが、「東京文化会館」ではない時には「文京シビックホール」にいつのまにか変り、また再びコチラ(ゆうぽうと)を使用する事になったみたいですね。 東バの『ベジャール・ガラ』や、今度来日する『モーリス・ベジャール・バレエ団』もココを使うようです。 「ゆうぽうと」は舞台との距離感がないですし、観やすいらしいのですが、どうもあまり個人的には好きではない。 街も建物の雰囲気も何となくねぇ〜、といいつつ、今年は何度も通う事になりそうです。 では、今回の公演について。
《ベジャール・フェスティバル�機�
【春の祭典】 (ストラヴィンスキー)
生贄: 首藤康之 二人のリーダー: 後藤晴雄、芝岡紀斗 二人の若い男: 中島周、古川和則 生贄: 吉岡美佳 四人の若い娘: 佐野志織、高村順子、門西雅美、小出領子
昨年観たシカゴ・フィルとの《奇跡の饗演》『春の祭典』と、この日のキャストは、奇しくも中島周さん以外は全く同じメンバーでした。 今回のは通常通りのテープ演奏による『ハルサイ』です。
見た印象ですが、《奇跡の饗演》のときの方が、良い意味での緊張感が客席まで伝わってきて、音楽を一音一音の身体で捉えて表現する力がすごかったような気がします。 あのピリピリとした集中力から比べると、強烈ではなかった...。 まぁ《奇跡の饗演》の時の印象がとても良かったということですね。
表現するのは難しいのですが、ゆったりとしたところ、激しくなるところ、動きの抑揚の幅が、ほんの少し音楽と共に流れてしまい、どんどん先へ進んでいってしまった印象。 全体的に「神秘的」というのが薄らいだ感もありますが、それは音楽(生演奏と録音の違い)の力なのでしょうか?? 照明もこんなに強い色だったかな?(うーんハッキリ思い出せない) でも観終わって満足感はあります。今回観た3作品の中では、回を重ねているせいか、一番しっくり馴染んで見えました。 特に何といっても首藤さんと吉岡さんが大変素晴らしく、それぞれの個性を充分に発揮されて、観客の皆さんも満足されたと思いますよ。 三つの作品の中で一番長い作品なのにアッという間に終わってしまった感じです。
首藤さん独自の、(内にこもったような?)個性は、他に代わりが見当たらない貴重なものだと感じますし、やはり見る度にどんどん引き込まれてしまいます。踊りも良かった。 吉岡さんは、東バ随一の表現力を持った方ですね。腕や表情についても細やかにしっとりとしていて、激しすぎない静かな情熱がとても素敵でした。
【ドン・ジョバンニ】 (ショパン「モーツァルトの主題による」)
ヴァリエーション 1: 高村順子 門西雅美 武田明子 ヴァリエーション 2: 小出領子 ヴァリエーション 3: 太田美和 井脇幸江 ヴァリエーション 4: 佐野志織 ヴァリエーション 5: 遠藤千春 ヴァリエーション 6: 吉岡美佳 シルフィード: 福井ゆい
軽いデザートのような楽しい作品でした。要約すると、レッスン着姿のバレリーナ達が一人の(姿の見えない架空の男性)ドン・ジョバンニに、妄想や夢、憧れを持ち、様々なかたちと個性でアピールする。最後はオチも付いています。 かなりクラシカルな振付で、他のベジャール作品のイメージとはちょっと違っていました。
まず冒頭に男性の声で、女性に対するドン・ジョバンニ?の心の声?のナレーションが流れるのがちょっとしつこく感じます。そこで使われる「ぞっこん」という、時代がかった言葉はちょっと笑えました。和訳が凄いだけか...。ユーモアのある導入部。
面白かったのは、太田さんと、井脇さんのコンビ。全く違う個性の彼女達の踊りや演技は印象に残りました。遠藤さんは華がありますね。その中でも特に良かったのは吉岡さん。踊りが美しい...。 シルフィードの存在は一人だけロマンティック・チュチュなので、とても目立ちましたが、最後までよく解らなかったです。
様々なキャラクターが生き生きと描かれていますが、作品としては、心に深く...というものではなくて、見たまま楽しめば良い作品なのでしょうね。 でも例えばスター達のガラ公演のとき、最後に全員で見せてくれたらかなりウケるんじゃないかと妄想しました。
【中国の不思議な役人】 (バルトーク)
無頼漢の首領: 後藤晴雄 第二の無頼漢―娘: 大嶋正樹 ジークフリート: 芝岡紀斗 若い男: 井脇幸江 中国の役人: 木村和夫
ベジャールに新作『今日の枕草子』から、氏の体調が芳しくないとのことで、急遽プログラムが『中国の不思議な役人』に変更になりました。チケットを切るとき、『今日の〜』が印刷されているものと、『中国の〜』が印刷されたチケットと2種類見かけたので、一瞬自分が間違えて見にきてしまったのかと焦りました。(笑)
本作品は、モーリス・ベジャール氏がフリッツ・ラング監督の『M』という映画作品と、作曲家バルトークからインスピレーションを受けたとのことですが、どちらも私にはあまり馴染みがなく、始まる前の休憩時に見た、パンフに載っている映画の写真や、過去のベジャールバレエ団での上演写真を見て、勝手に暗く妖しいデカダンスの世界を想像しながら開演を待ちました。
さて、この作品の出だしですが、パンフレットの解説に書かれているような怪しさが漂う暗黒街の雰囲気が、凝ったライティングやスモーク等で表されていて、かなりイケるんじゃないかと思ったのですが...。 大勢の無頼漢たちや、首領の後藤さんの様子も、裏社会の男に上手くハマっていて怖いくらい良い感じです。 ですが、この作品の大事な鍵を握る「娘」役の大嶋さんが、渾身の熱演にもかかわらず、妖しさとか背徳的な香り、相手が誘惑にのるような色気が私には感じられず、あまりにも現実的でガサツな「男」に見えてしまいました。別に“男”に見えても良いのかもしれませんが、退廃の空気というものがあまり感じられない...。 この作品について詳しい訳ではないので、単にパンフの写真で感じた私のイメージが、もっとディープで不安な世界を想像していただけかもしれませんが、“誘惑者”としての「娘」の雰囲気に最後まで違和感をもってしまいました。 でも、彼の“熱”と、最後には何とも言えない悲しさは伝ります。
それと、これは私の勝手な想像ですが、ベジャールは「娘」を男性に演じさせたときに、ヴィスコンティの映画『地獄に堕ちた勇者ども』のヘルムート・バーガーも、多少イメージを重ねているのではないかと...。 暗黒街=ナチの台頭する世界、「娘」=女装するヘルムート・バーガー(黒いスパンコールと羽の衣装の酷似)、共通性を感じさせる危うく狂気的、スリリングな雰囲気など...。 何となく世界観が似ているように感じます。
他の役、「ジークフリート」と「若い男」は割と軽めでユーモアを感じ、木村さんの「中国の役人」は、スッキリとして薄味ぎみでした。 ...なぜか不思議とそんなに印象に残っていません。
今回の公演は正直、言い表わすことが難しいです。「中国〜」に関しては、準備期間が短かったこともありますので、更に深く追求していって欲しいと思いました。 勿論、観る側もよりいっそう、「作品」を感じていきたいとは思います。
|
|