集中していたことが終わったり、絶対の予定が当分なかったりすると、 誰でも「自分はなにをやっているんだろう」と思うらしいですが、わた しもそうです。 そんな時、自分にはつれあいもなく子供もなく、安定した職もなく、そ れでもイイと断言できる自信もない、と突然自分はなんにも持っていな い不幸な人間、かわいそうな人間なのではないか、こんなかわいそうな 自分を泣いてくれるのは自分しかいない、と思い夜道を歩きながら泣い たりします。が同時に「またか」と思ったりもしています。
で、トチ狂って夜中ににろうそくを灯したりお香を焚いたり瞑想したり して心の平安を得ようなんて考えたり、恐ろしいことにやってみたりす るわけです。でもそういう自分を嘲っていたりもするので結局どっちつ かずだぜ。
つれあいと楽しげにしている人を見て嫉妬の炎を燃やし、でもその相手 を自分がいいな、と思っていなければ全然うらやましくもなく、なんで もいいわけではないので、他人のちょっとづつイイトコどりでうらやま しい。夫と子供と家と金があってもさきゆき不安なのは同じか、とも思 い自分をなだめるのは上手です。
今回は挑戦をしらないものは挫折もしらない、というのを自分にいいき かせようかな。そう挫折なんかしりません。しってた方がいいらしいけ ど。
とりとめがないのはどうでもいいと思っているからかも。日本の伝統だ ね。一人居の虚しさと寂しさに徒然に書き散らす。そしてこの隠れ家は 方丈記にもぴったりだ。もすこし広いか。
この世にいない人と同行二人で生きていると楽なことに気付いたけど、 いつも心で誰かに話しかけたりするけど、それはもう一人の自分ではな いよ、ってことだけど、躊躇するところがあるのは、逃げに使ってるか も、ってところか。第一そんな自分が気持ち悪い。すくわれまへん。
|