心配していたお天気もどうやらもちそうで 朝からばたばたと部屋の片付けとおべんとづくり (急遽住宅会社の定期メンテナンスのための巡回がはいることになり、あわてて掃除をしてたのでした。苦笑) 11時に出発地点である会館まで出向いてえみえみと森くまを見送って そのままえみえみの同級生の父兄の方たちと自転車でおべんとを運んで 神輿の後をついて宮山まで登った。
えみえみたちがあがってくるのを上で待ってお弁当を食べたあと 地区対抗の綱引き大会にえみえみも出場するので 応援に行く。 これは宮総代の父が司会進行を担当していたのだが、、 人前で話しなれない父のしどろもどろの進行は聞いていて穴があったら 入りたいほど恥ずかしかった^_^; まあ、お疲れさん、原じいちゃん。(娘たちは実家の父をこう呼ぶ)
綱引き大会は役員はじめ親たちの方が熱くなって応援した成果があり(笑) 見事トーナメントで優勝! 途中勝ち進んでいるチームに中学生がまじっているというクレームがついて えみえみたちとの決勝の時には一人人数を減らされたのも勝因の一つかも。 本来なら最初からそのチームの人数を減らしてやり直すべきでは との声も上がったのだけど、 時間的な都合もあり、その前に負けたチームがしぶしぶ納得したので事なきを得た。
まあいわゆる連絡不行き届き・・というやつですな。 いろんな組織が寄りあつまって成り立つ行事というものは とかく連絡が行き届かない。
宵宮の太鼓もえみえみたち女子が叩いたことでやはり年配の方たちからは クレームがついたようだ。
これも男子の数が少ないから女子も希望者は参加しないか?と参加者を募ったら 思わぬ反響で、やりたいと申し出た女子が男子の数を上回ってしまったらしい。 確かに神輿の上での行事は男性のものというイメージがあって 最初えみえみから太鼓の練習に行くと聞いたときに「え?女子が叩いてもいいの?」と聞いてしまった私なのだが。
それがいつのまにやら 「女子の中でもやりたいといった子が多くてしかたなくやってもらうことになった」に変わっているらしい。 なんか。。。違うやろ〜
これについても女子を誘う前に 「女子に太鼓を叩かせてもいいのか?」という確認をとるべきだったのだろうけど 毎年毎年役員が代わっていって わけわからないままの状態で祭りの時期がやってきてばたばたモードで色々なことを決めていくから 誰に確認すればよいのかもわからない状態なのだ。
とにかく「前例にないこと」をやると誰かが文句を言う。 でも人数も減ってきて役員も減ってきて もともとからその土地にいる人も少なくなって どんどんよそから人が入ってきて 世代が変わっていく中で やっぱりそのときそのときに応じて変えていかねばならないこともあると思うし、 守らなければいけない伝統もあるだろう。 それをどう伝達して引き継いでいくのか難しいところ。
そんなこんなでまゆごんのときを含むと10年(幼稚園の年長から小学六年まで)にわたって 参加してきた子供会も今年の三月で最後。 家族でおみやさんでお弁当を食べるというのも今日でおしまい。 そう思うと感慨深いものもあるのだが、やれやれ。。というのが本音。 地域のおつきあいはやっぱりなにかと気疲れが多い。 目立たず、逆らわず、おとなしく。。。を心がけている私なのである。
でも・・・子供と一緒のお祭り参加は終わりだけど 中学役員にあたったら。。隣保長になったら。 神輿巡行には同行しないといけないのだ・・・ふっ・・・あと多くて三回・・・(遠い目)
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