petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2004年02月11日(水) 『チョコレート・オペレーション4』(女の子ヒカル小ネタ)

「…え?!トーリちゃん、冴木さんが好きなの?」
何とか気持ちを立て直し、ようやく話が本題に入ったところでヒカルは目を丸くした。
その両手には先程注文したバニラの甘い香りがするチャイの大振りのカップがある。

「そうなのよ。…それで、進藤なら研究会も同じだし、何か良い情報持ってるかと思ってさ」
「冴木さんって…甘いモノ…チョコとか、平気ですか?」
おずおずと桃李が口を開く。奈瀬はうんうん、と頷きながらコーヒーを一口飲んだ。
「それに…ひろみちゃんの片想いの相手も、棋士じゃないけど、結構年上らしくてさ」
「進藤さんなら…緒方十段とも親しいし、バレンタインとかって、どうしてるのかな…って、思って」
でも…とひろみはヒカルを見る。ヒカルはあはは…と苦笑いした。
「ごっめ〜ん。オレ、バレンタインに誰かにチョコあげたことなんてないんだ〜。学校じゃむしろ貰う方だったし」

はぁああああ……と、ため息が三重奏。

しかしヒカルはけろん、として、ハンカチでくるみこんだカップを両手で持ち上げてチャイをこくん、と一口飲んだ。
「冴木さんだったら、甘いのは大丈夫だよ。…ほら、こないだ奈瀬が持ってきたミスドのエンゼルクリームぱくついてたじゃん」
「…そうだっけ?」
「…オレが狙ってたのに、目の前で取られたからすっげ覚えてるんだよ。…だから、甘いモノは大丈夫だと思うよ」
ふわり、とヒカルは桃李に微笑んでみせた。その表情に、桃李は一瞬見とれてしまい、慌てて顔が赤くなる。
「…?」
ヒカルはよく分からない様子で首をかしげた。
「でもさぁ、やっぱチョコだけじゃ印象薄くない?何かプレゼントつけるとかさ」
「奈瀬さん、何か冴木さんの好きそうなもの知ってます?」
「そうだよね。好みを思い切り外すと逆効果かも」
後輩2人に尋ねられて、奈瀬はう〜ん、と天井を見上げた。
「奈瀬はチョコあげんの?」
「…んー、ヒルズで待ち合わせして…って、今はあたしの話じゃないでしょぉお?!」
ヒカルはにやにや、と笑う。普段姉御肌でしっかり者の奈瀬が慌てる様子はめったに見られるものではないので、楽しいらしい。
「そっかー、流石奈瀬さん!」
「上手くいけば、お昼かお返しはその場でゲットですね♪」
後輩2人もはしゃいでいる。しかしヒカルには彼女たちの言うことがよく分からなかった。
「ねぇ、どういうこと?」
大マジで尋ねるヒカルに、桃李とひろみがかわるがわる解説した。
「奈瀬さん、彼氏とヒルズで待ち合わせて、たぶんそこでチョコレート渡すつもりなんですよ」
「うん。そこまでは分かる」
「彼女からチョコレート貰ったら、彼氏は喜びますよね?」
「そうだよね」
「喜んだ彼氏は、なんとかしてその「嬉しいよ」って気持ちを伝えようとする訳ですよ」
「うん」
「…それがお昼時ならごはん」
「近くにお店があれば小物とかアクセとか」
「は?」
「「…が、買ってもらえたりするんですvv」」
「はぁ…」
「そして場所はヒルズですから」
「買って貰うための店はたくさんあります!」
…これでもかというくらいに。
「はぁああ……」
「だから、最初からそういう場所で待ち合わせする奈瀬さんは「流石」なんですvv」
「見事な作戦ですよね♪ちょっと映画の話題ふったら、すぐ連れていってもらえますよvv」
…近くにシネコンもあるし♪

「……すげ………」
2人の妙に熱がこもった説明に、ヒカルはあんぐりと口をあけたまま感心していた。そんな様子に、奈瀬はむきゅ、と彼女の頬をつまむ。
「これっくらい当然よ!バレンタインは、女の子にとって戦場なんですからね」
なんにもしないアンタの方が普通じゃないの。と言いながら、奈瀬はヒカルの頬をつついてから、追加注文したクッキーの盛り合わせに手を伸ばした。
「…それで、まずは冴木さんよ。アンタ何か知らない?」
「アクセの好みとか」
「好きな映画とか……」
少女たちの言葉に、ヒカルはぱちぱち、とまばたきした。
「…ん?映画?」
「何か知ってるんですか?」
「うーん、冴木さん、確か映画好きなんだけど」
3人がいっせいに身を乗りだした。その期待するような眼差しに、ヒカルはちょっと困ったような目をする。
「その趣味がさぁ…けっこう変わってるんだよね。おかげで一緒に見に行ってくれる人がいないって、こぼしてたよ」
「ど…どんな……?」
桃李がごくりと息をのんだ。もし、ついていけない趣味だったらどうしよう……と。
「結構、邦画好きみたいなんだよね」
「邦画?」
「そ。ハリウッドとかの洋モノじゃなくて、日本の映画」
奈瀬はなんだ、と身体を起こした。ひろみも安心したように、チャイを一口飲もうとする。
「有名なのや、面白いのだったらイイけど、こないだ行ったのが「阿弥陀堂だより」とか「阿修羅のごとく」だぜ?オレ、そんな映画があるの冴木さんから聞いて初めて知ったよ」
オレだったら絶対寝るなぁ。とヒカルはのんびり答えた。
「……渋い趣味してんのね…」
辛うじて、奈瀬がコメントする。ひろみはチャイのカップをもったまま固まった。
「それでもいいです!冴木さんと映画、行きたいです!」
「そう?…じゃ、コレあげる」
ヒカルは腰の財布から、チケットを取り出した。
「割引券なんだけど、それ一枚で五人までいけるらしいから。午前の研究会で先生に貰ったんだけど、オレ、その映画行きそうにないからさ」
桃李はヒカルからチケットを受け取った。
「「半落ち」……?」
見れば内容は妻を殺した刑事が自供し、その裁判の様子を描いたものだという、少々重いものだ。
「そこに、「吉岡」って俳優さんが出てるだろ。主役じゃないけど。冴木さん、その人のファンだから、たぶん間違いないと思うんだけど」
少女はじっとチケットを見つめたままだ。
「トーリちゃんが行きたいと思うなら、それでいいし。…でも、そうでないんなら、別の方法考えてもいいと思うよ。オレはそのチケットについては何も思い入れないからさ」
言葉の裏に、オレがあげたからって、無理に行かなくてもいいんだよ、という逃げ道をひそませる。それに彼女が気づこうと、気づくまいと、どっちでも良いやと思った。

「ロミちゃんの相談については…オレ、答えられそうにないなぁ」
ごめん、とヒカルは頭をかいた。飾らない、そんなヒカルの態度にひろみはふふ、と微笑む。
「…いいえ。なんか、ちょっと肩の力が抜けたみたいです」
「そう?」
「ホントは…ちっょと背伸びして、何かブランドもののプレゼントでもしなきゃ―って、思ってて。…でも、高校生が出せる額じゃ大したモノ買えないし…そんんじゃ、きっと受け取ってもらえないって……変に、思いこんじゃってました」

――大事なひとだからこそ、少しでも良いものをプレゼントしたい。その気持ちは、きっと間違いじゃないけれど。
「今」の自分の気持ちをありのままに伝える方法は、もっと他にもあるような気がしてきた。
「ひろみちゃん、器用なんだし…チョコクッキーでも、ケーキでもプディングでも作れるじゃない。手作り作戦で攻めてみるってのはどぉ?」
「あ、いいなー。今度作り方教えてほしい!」
奈瀬の提案に、桃李が乗る。ひろみはそうだね、と頷いた。
「甘いモノが苦手な人だから…ビターチョコを少し混ぜた、マーブルシフォンケーキにしてみましょうか」

「あ、いいなぁ〜オレにも作って〜♪」
のんびり微笑むヒカルに、3人がつっこんだ。

「「「緒方さんには?」」」

「へ?」

「「「緒方さんには、チョコあげないの?」」」

…あまりの視線の集中っぷりに、ヒカルはたじろいだ。

「別に考えてなかったけど……」

「あれだけ仲が良さそうなのに?」
「あれだけいっしょにいるのに?」
「あれだけ迷惑かけてんのに?!」

「…えーと……」

「バレンタインは日本の行事なんですから」
「日頃の感謝、ってことで良いんですから」
「この際義理チョコでも良いんだから」

「……あげなきゃ、ダメ?」

ヒカルの問いに、3人はきっぱり言い切った。



「「「ダメです」」」



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