2004年05月14日(金) |
『台風 7』(女の子ヒカル) |
風の音も、いつしか遠くなり。
雨の音も、聞こえなくなった。
そんな、静かな筈のホテルの一室。
『おはようございま〜す!朝一番、こちらでは台風一過の晴天が広がっていますv』
けたたましいくらいテンションの高い朝番組のレポーターの声に、緒方は叩き起こされた。
「……………………ぁ?」
ぼんやりとまだ覚醒しきっていない意識のまま、とりあえず身を起こそうとして…失敗する。 「?」 何かにひっぱられたような感覚。そういえば腹のあたりで夏布団が妙に盛り上がっている。 ぱさ、とまくりあげてみると、そこには、身体をくるりと丸めたまま熟睡している少女の姿があった。そしてその手に、緒方のシャツの裾が握られている。先程のひっぱられた感じはこのせいらしい。 ジャージ姿の少女は、シーツの上に金と黒との髪を散らし、くぅくぅと眠っている。 (猫みてぇな奴……) そう思いつつシャツの裾をヒカルの手から離させるべくひっぱってみるが、結構しっかりと握ってしまっているようで、取れない。
「――っがねーな………」
どうせシャワーを浴びるつもりだったのだし、と、少々まぬけではあったが、寝転がったままシャツを脱ぎ、ベッドから起き上がる。 ヒカルに布団をかけ直してやっても、彼女は相変わらずシャツを握りしめたまま、眠りをむさぼっている。朝方…明るくなる前くらいまでずっと起きていたのだ。当然といえば当然かもしれない。 …しかし、エキストラベッドまで入れたのに、何がどうして一つのベッドの、しかも隅の方でふたりして眠る羽目になったのやら。 こうして、カーテンごしにも分かる朝の日差しの下では、昨夜の一件が何やら別世界の出来事のようにも思えてくる。
――そんな事は、まずあり得ないのだが。 彼女の、台風情報を見つめるあの表情は、何故か鮮明に残ってしまっている。 あの、雨と風の音がする、…しかし妙な静けさをたたえた夜とともに。
――ふ、とため息をつくと、緒方はフロントに電話を掛け、昨日クリーニングを頼んだ物を部屋まで持ってきてもらうように手配した。朝食は…と聞かれたので、それは下の階のブッフェレストランで取る旨を伝える。 「――ああ…それから、昨夜のルームサービスも下げてくれないか。それと、ブレンドコーヒーを一杯頼む。…ああ、ホットだ」 客の要望に、コンシェルジェはかしこまりました、と礼儀正しく応じた。
「………〜〜〜む………ん………?……」
電話の声が耳についたのか、ヒカルがごそごそ、と身じろぎする。 その気配に気づいて緒方が振り向く。 しかしヒカルはもそりとうごめいただけで、そして自分の居心地の良い体制に落ち着いたのか、また寝息をたてはじめた。 緒方が脱いだシャツは、彼女によってますます引っ張られ、半ば抱え込まれたような状態になっていた。 まるでライナスの毛布のような扱いに、つい苦笑がもれる。 シーツに散らばるヒカルの髪を、彼は猫を撫でるようにそっと触れて整えた。
「…まだ早い。もう少し寝てろ」
…その言葉が、聞こえているとは思わなかったけれども。
そしてつけっぱなしのテレビを切り、彼はシャワーブースへと向かった。
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