2004年05月25日(火) |
『―兆―アイドリンク』(ひっさびさにシュート) |
5月下旬の、最終節。 スクデッドは逃したものの、UEFA杯出場権はもぎとったユベントスは、明後日、今期最後の試合を迎える。 それが終わればオフシーズン…といきたいところだが、今度は、フィールドの外での戦いが始まる。 ……いや、もう既に始まっているといっても過言ではない。 大型選手の移籍先、レンタル、契約金、水面下での交渉、チームの財政……そんな記事が、毎日くるくると変わりながら紙面を賑わしている。
…そして、午前中のトレーニングが終了し、開放感にまかせてシューズはおろかストッキングまで脱ぎ捨て、裸足のままでのんびりリフティングをしている黒髪の少年も……その、来期の去就が注目されているひとりだ。 アジアの端っこ……日本からいきなりやってきて、デビュー戦では魔法のようなスルーパスを披露し、イタリア中のユーベファンを虜にした、華奢なMF。 線の細い、しなやかな容姿とはうらはらに、彼はゲームを動かし、敵をあざむき、時には、思うように動かないチームメイトをすら罵倒する。(しかも普段の会話よりも流暢な罵倒語で) 味方からは「幸運の黒猫」と呼ばれ、敵からは「詐欺師」と渾名される、弱冠18歳の若者。
ATSUSHI KAMIYA
体型が細く、まだ完成されていない体のせいで、フィジカルについてはかなり苦労したようだった。高校時代に痛めた古傷もあるという。 まだ、フルタイム出場は数える程しか許されてはいないが、その実力、チームを引張る統率力、ふてぶてしいまでの精神力、イタリアに来て一年足らずで会話ができるようになったコミニュケート能力……どれをとっても、「お買い得」な選手であることは間違いなく、多くのチームが、彼に接触をはかった筈だ。 ――それなのに、一向に彼の来期の予定が分からない。 しかも、もうオフシーズンになろうという今になっても、だ。 彼ほどの有望選手であれば、これは異常事態といっても良い。
いや、ひとつだけ、確定していることがある。 日本の報道陣のあまりの煩わしさにか、一度、チーム主催で彼は記者会見を行った。
「日本に行く気は、ありません。それだけははっきりしています」
…もっともっと、欧州でやりたいサッカーをやるのだと……心なしか、カメラを意識したような、そんな視線で。
……では、欧州に残るとして……どこに行きたいのかと。 その問いには、彼は笑った。――まだ決めてない、と。
チーム側の関係者に尋ねても、教えてもらえないのだそうだ。チームとしたら、これほどの逸材を手放す手はない。是非とも、来期からは複数年契約にこぎつけたいところだろう。――しかし、彼は首を振り続けているのだそうだ。 「ウチの小猫ちゃんのご機嫌の取り方、知ってたら教えてくれよ」 …逆に質問をされてしまった。 数年前ならば、こんな事はなかったかもしれない。何故なら、未成年の契約については、3年間は最初に入ったチームと契約する、というルールがあったからだ。(…つまりその状態から、他チームへレンタル移籍していた) ……しかし、アジアやアフリカから、若い外国人選手が数多くやってくるようになって、その方針が変えられた。 未成年の外国人選手に限り、契約は一年間と決められたのだ。 いくら、サッカーが強くとも、サッカーはチーム競技だ。他の選手とのコミニュケートも必要だし、「外国」にも馴染まなくては、実力よりも先にメンタル面でつぶれてしまう。――チームに馴染めず、異国のプレースタイルに適応できず、つぶれてゆく選手たち…レンタルで他チームへ移るも、元のチームとの契約金やレンタルの際の保証金、レンタル先で実力を発揮し、そのチームがレンタルから本契約を希望しようとしても、元のチームの契約期間中であれば、その移籍金等は大きくなる。それほどの資金を移籍先のチームが持っていない場合……その選手は、希望のチームと本契約がかなわず、「レンタル」という中途半端な立場のままとなる。 そんな事が、続出したのだ。 未成年を、まして慣れない異邦人の彼らの若い才能を、そんな事で潰してはならない。 ――欧州サッカー界は、サッカーを愛していた。
そこで適用されたのが、「一年契約」制なのだ。
……もうすぐ、彼と、ユベントスとの契約は終了する。 次に、彼が行こうとしているのは、どのフィールドなのか。 ジャーナリストの血が、騒がない訳がない。
『カーミャ!』 『ネロ・カーミャ!』
フィールドと外を仕切るフェンスの向こうで、子供たちが彼を呼ぶ。手には、ノートやハンカチや、子供用のサッカーボール。 そばにいた広報担当らしきスタッフが、ペンを持って彼を呼び寄せた。どうやら、サインしてやれ、というらしい。 彼は裸足のまま、さくさく、と芝を踏みしめてやってくる。 彼はペンを受け取ると…おなじみの、「KANJI」でサインし始めた。アルファベットでするのは、どうも照れる、というのが彼の言だ。しかし読めないながらも…いや、読めないからなのか、彼のサインには妙に人気があるようだった。 子供相手に、片言まじりで楽しそうにはしゃぐ。 最初は嫌がっていた「カーミャ」という愛称も、すっかり定着してしまったので呼ばれ慣れたようだ。
サインを終了し、広報のスタッフは子供たちを送っていった。
『カーミャ!』
呼びかけると、彼が振り向く。
『…んだよ、トーニオのおっさん。アンタまでサイン欲しいのか?』 まるでいたずらっ子のような、不適な笑み。 『いいや。これから、どうするのかなと思ってね』 『これから?メシ食って昼寝して……』 『いや、そうじゃなくてな……』 雰囲気を感じ取ってか日本人のジャーナリストが、目の色を変えてこちらを注視していた。彼は一瞬だけちらりとそちらを見たが、すぐに気づかぬ振りをした。 ……そして、私に向けて、笑ってみせた。 その目の色は、まさしく、イタリアのフィールドに立つ、ジョカトーレのものだった。
『……勝ちにいくさ』
――見事に、はぐらかされてしまった。 しかし、一番聞きたい言葉をもらったのかもしれない。 なぜなら、彼の宣言通り、この日から2日後の最終戦、我らがユベントスは確かに勝利したのだから。
カルチョ・デ・トリノ誌 『アイドリンク――選手たちの始動へ』より――アントニオ・フィオーレ 記 日本語訳 三上 透
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