2004年08月19日(木) |
『寝不足』(待てコラオガヒカ小ネタ) |
「中押し勝ち……と」 冴木が対戦表に結果を書き込んでいると、のそ……という気配が近づいてきた。
「進藤?!」 いつも明るい元気のカタマリのような彼が、今日は一転、どんよりとした雰囲気をまとい、灰色の不思議な色合いの目はしょぼしょぼと細められて充血している。女流棋士から羨ましがられるほどの肌はいくぶんか荒れ気味で、目の下にはクマまでできていた。
「…も、もしかして負けたのか?」 「……いや……勝ったよ……中押し………」 面倒くさそうにぼそぼそと喋りながら、ヒカルは記録をつけた。 そしてふわわ、とあくびをひとつ。いかにも眠そうにこしこし、と目をこする。
「むー……やっぱ眠いや………昨日殆ど寝てないしなぁ……」
いかにもだるそうなヒカルの風情に、何故か冴木は頬を赤らめた。
「ほう…寝てないにもかかわらず、星は落とさなかったようだな。褒めてやろう」 背後からぬっ……と現れたのは、白スーツに身を包んだ、緒方十段その人だ。 心なしか、眼鏡の奥の目には疲労の色が見えるようだった。
「そりゃ落とす訳ないじゃんー……。けどさぁ。もう眠くて眠くて……」 「よく碁盤の上に倒れ込まなかったな」 「いや……危うくそうなりかけたんだけど」
さりげなく冴木とヒカルの間に割って入り、「二人だけの会話」を展開するあたりは流石年の功、というべきか。
「でもさぁ。やっぱアレはヤリすぎだよ〜〜オレ、今日寝不足だけじゃなくって背中は痛いし、腰もだるいし……」 「…ふ、若い者が何をぬかす。もうよせと言うのに、「やだ、もっと」とだだをこねたのはお前だろう?」 「だって……アンナトコでやめるの、イヤだったし……」 「結局最後まで楽しんでいたじゃないか…ん?」 「///…っ!そりゃ緒方さんだって一緒じゃんっ!オレはアッチが良いって言ったのに、全然聞いてくれなくて………」 「俺から主導権を奪おうなんざ、十年早いんだよ。それにアソコは俺の家だ。俺が好きなようにして何が悪い」 「う〜〜〜〜////」 「……嫌なら別に来なくて良いんだぜ?(ニヤリ)」 「緒方さんのイジワルっっ!!」 「くっくっくっ………今夜も、来るんだろ?」 「……………うん//////だって緒方さんの、大っきいし」
聞けば聞くほどどんどんヤバげになってゆく会話。そんな内容を第三者の自分が聞いていて良いのだろうかと冴木は自分の顔が熱くなるのを感じた。 …それに、嫌でも想像してしまうではないか。 「もっと」とおねだりをしながら、緒方にイイように翻弄されていくヒカルの…………
――たり。 …あ、鼻血………
「この時の為に、こないだの賞金でプラズマテレビ買ったからな」
「いいよね〜、やっぱり大画面で見ると迫力が違うよ!」
「泊り込みのかぶりつきで見ているからな……だから腰も背中もつっぱるんだぞ」
「いいじゃん〜。あーでも、今夜の野球は譲ってよね!」
「…誰の家で誰のテレビだと思っている?…まぁ良い。体操男子団体の金メダルを見たのだから、今夜の卓球の福原戦は野球に譲ってやろう」
「ありがとvv……でもさ〜、また今夜も徹夜かなぁ?」
「今からシャワーを浴びて、仮眠しておくか?明日もこんな体調ではキツいだろう」
「そうだね〜〜〜」
「―――え?」 時が止まったのは、冴木の脳だけで。 妄想によって吹き出した鼻血は、ぱたぱたと棋院の床を汚していた。
「おや、進藤君もそれで寝不足だったのかね」 「…いやー、実はウチもなんだよ。昨夜の体操団体は感動的だったねぇ!」
ヒカルと緒方の周囲を、他の高段者たちが取り囲んで話は賑やかに盛り上がる。
「寝不足になるって分かってるんだけど、
やっぱり見ちゃうんだよね〜。アテネオリンピック」
「―――え?」
まさしく至言と頷く周囲。 寝不足の顔ながらも楽しげに笑うヒカル。 さぁとりあえず帰ってひと眠りするぞと先を促す緒方。
――そんな彼らをよそに。
たりり、と、鼻を押さえた冴木の手の間から、赤いモノが、たれた。
「何してんですか冴木さ……って、冴木さん、鼻血!鼻血!!伊角さん!ティッシュない?ティッシュ!!」
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