2004年11月01日(月) |
『パンプキン パンプキン』(ヒカル18歳。秋のケーキ。ケーキといったらあの店が…) |
季節感とは無縁と言われがちな都会であっても、この季節になると、ずいぶん早く日が落ちる。それと同時に、ひんやりとした冷たさもにじみ出てくるようで、冬の吹き付けてくる寒さとはまた別の寒さだった。
そんな10月の下旬、久しぶりに近くを通ったのだから…と立ち寄った、住宅街にある行きつけのケーキ屋。そこは、今の季節らしく、オレンジや茶色を基調とした秋らしいディスプレイがされていた。
「うわぁぁぁぁ〜〜〜〜っっっ!!コレ、すっげ可愛い!!」
…まだ店に入らぬうちから、ヒカルは表に面したガラス張りのショーケースにはりついた。
「そうでしょうそうでしょうvv可愛いでしょう〜?……って、進藤じゃねぇか。中で食っていくのか?」
そら客だ、とばかりに営業スマイルで顔を出してきたギャルソンが、ヒカルの顔を認めるなり口調になった。
「…お、進藤じゃねぇか!新作あるぜ〜♪食ってけよ!」
続いてひょい、とクックコートに身を包んだ若いパティシエが顔を出し、ジャニーズ系の容貌に似合わぬ気安い様子でにかっ、と笑った。
「ほんとに、おいしてですよ〜」
そんな二人の後ろから頭一つ飛び出して、気弱げないかついサングラスの大男がおっとりと相槌を打つ。
「もちろん♪食べる食べる!橘サン、エージさん、千景サン、サンキュ♪」
ヒカルは上機嫌でカランコロン♪と入口のカウベルを鳴らした。
ヒカルが歓声を上げたのは、まさしくカボチャそのものを外側に使ったもので、切らずにホール一個で置いておくと、何故ケーキ屋にカボチャが丸ごと置いてあるんだ?…という風情である。 いつもの席についたヒカルの目の前で、チーフパティシエの小野は、その小振りとはいえ丸ごとのカボチャを切って見せてくれた。 「季節ものだから…11月3日までの限定品なんだ。間に合って良かったね」 「うん!……うわぁ、すっごいや!やっぱココ寄ってよかった〜〜♪」 カボチャの一切れは、アンティークの皿に置物のようにデコルテされて、ヒカルの目の前にやってきた。 素直にはしゃぐヒカルに、小野もふんわりと微笑む。彼は好みのタイプではないので、小野も安心して微笑むことができるのである。(…少しでもタイプだと、ノンケであろうが余程でないと堕ちてしまうので、うっかり笑えないのだ。魔性伝説、未だ健在。)
カボチャの自然な甘みを味わえるように…と、オーナーがヒカルに持ってきたのはストレートの紅茶だった。
「――さ、『秋限定、パンプキンプディング アンティーク風』食べてみな」
オーナーの言葉にヒカルは頷いて、いただきます、と呟くとおもむろにスプーンでカボチャの中に詰めてあるプディングを一口、口にした。 途端に広がる、ほろほろとしたやさしい甘み。 口いっぱいに広がるカボチャの甘みと香りに、ヒカルは眼を輝かせた。
「おいし〜〜〜vvvv」 「――な、だろ?!そうだろ?!!」 何しろこれは先生の手による、「おプリンさまさま」なプリンだかんなっ!――と、エージが胸を張ってみせる。背後に控えた千景も、うんうん、と頷いていた。
「材料にもこだわったからね。だから限定品になってしまったんだよ」 小野がふわりと笑った。 「季節のものを味わってる、って感じで良いと思うな〜。期間が終ってもさ、これからみんな、きっと秋が来るのが楽しみになるよ♪…でも材料にこだわったって…どのへん?やっぱカボチャ?」
「…ふ…よくぞ聞いてくれたな、進藤」 ――すちゃり…と、オーナーがキメのポーズを取った。 夜のほんのり薄暗い店内、彼のところだけスポットライトが当たったような風情である。
――あ〜はいはい、こりゃ長くなるぞ〜、と、小野とエージは明日の仕込みをするべく厨房に下がった。千景だけが、「――出ました!若の名調子!」…と手を組んで感激している。
「このカボチャはな、無農薬有機栽培を実践している農家と契約して直に仕入れた、「プランツ・パンプキン」という品種でな。普通のカボチャよりも一回り小さいが、これが身の詰まり具合といい、程よい甘さといい、色合いといい、まさしく手塩にかけて育てられたプリンスのような風情な訳よ!」
「うん」 ――ぱくり、と一口。
「その中身をくりぬいて、その中にさらに「プランツ・パンプキン」で作ったパンプキンプディングを入れることで、カボチャ自身もプディングの入れ物に華麗に変身♪もちろんその入れ物になったカボチャも食べることができるから、カボチャのフィリングがたっぷり入ったプディングの甘さと、そして外側のカボチャそのものの自然な味を楽しめる、一度でふたつのカボチャの味を楽しめるようになっていて」
「うん。…あ、この紅茶なら渋くないからストレートでも大丈夫」 ――こくり、と一口。 ――そしてまたぱくり、と一口。
「――当たり前だ、俺が煎れて不味い紅茶になる訳がないだろう。……それでだな、限定商品ということで、プディングに使う牛乳も、同じく北海道の酪農家からとりよせ、卵は地鶏の新鮮卵!これぞ旬を味わう最高級の限定品!売り切れ御免、秋の「アンティーク」のスペシャリテ!!」
ぐぐぐ、とオーナーの拳に力がこもる。 誰も止める者がいないし熱血を冷ます者もいないから(厨房の中にひっこんでいる)、盛り上がるだけ盛り上がり、ヒカルはパチパチ、と橘の一芸(?)にのんびりと拍手をしていた。 そんな優しい観客に、ギャルソンは優雅に一礼をしてみせる。
そしてヒカルの目の前に、白いミルクピッチャーを置いた。 「?」 入れ物はミルクピッチャーだが、中身はハチミツよりも黒いどろりとした液体である。ヒカルは彼を見上げた。 「なにこれ?」 ギャルソンは、意味深に笑った。 「少しだけ、プディングにかけて食ってみな」 「……?うん」
ヒカルは黒いそれをほんの少しだけプディングにかけ、そのソースを絡めて、一口、食べた。 「――うわ……!さっきと全然違う……。これ、カラメル?」 「その通り。カラメルソースの少し苦みを強くしたものだ。こうすると、ソースの苦みのアクセントが利いて、甘いものが苦手な野郎でも食える、って訳」 「ええ〜そのソース、苦いですよ〜〜」 反論する千景に、がっくりと橘はうなだれた。 「…ま、お子様向けじゃないんだけどな」
「ふうん……」
ヒカルは、もう一口、プディングを食べる。 口に広がる、優しい甘さと、甘いけれど、香ばしい香りのする苦さ。
「――流石オーナー、商売人だね」 くすりと、ヒカルは微笑んだ。 「そりゃあな。今はコレでメシ食ってるんだ。――で、どうする?」 にやりと、オーナーが笑った。
「まるごと一個…ってある?」 「ホールか?…おい千景、ショーケースに残ってるかぁ?」 「いえ……進藤くんの目の前に出してあるのが今日の最後です〜」
ヒカルは、最後の一口を食べた。
「そっか。じゃあ、その最後の1ホールから、二人分だけ切って包んでよ」 「全部買っていかなくて良いのか?」 「秋の限定ケーキでしょ?「まだ残ってるかもしれない…!」って、買いに来るお客さんがいるかもしれないじゃないか。俺だけ、一人占めはできないよ」 そう、自然に口にできるヒカルの優しさに、橘はふ、と笑った。 「分かった。二人分だな。――それから……」 「カラメルソースもつけてね」 「一人分?」 ふふふ、とヒカルが微笑む。 「うん。ソースは一人分」
同じケーキを食べよう。 秋の味覚がたっぷりつまった、贅沢なプディング。 ひとつは甘く。 ひとつは、苦いソースをかけて、大人の味に。 そうして、 同じケーキをつついて、楽しくなろう。
――今日は、そんな気分の夜だから。
「ただいまー」
マンションに帰ったヒカルを、彼はソファにだらしなく寝転んだまま出迎えた。 ヒカルが手にしたケーキの箱を見るなり、にやり、と笑う。 そして彼はヒカルを抱き寄せ、こう囁いた。
「Trick or Treat…?」
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