petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2005年01月31日(月) 『初春』6(あああ、とうとう初詣ネタなのに2月突入…)

 ヒカルが駆けてゆく先には、うす桃色の可愛らしい振袖姿の、幼馴染。
 肩を少し過ぎたまっすぐな黒髪のサイドを上げて結い、ピンクや白の小さい小花の花簪を飾った少女は、ヒカルの姿を見つけると、ほっとしたように微笑んだ。
「ヒカル!」
「あかり、あけましてオメデト♪」
 ヒカルがにっこりと笑うと、彼女も微笑んだ。
「―うん。あけましておめでとう、ヒカル」

 あかりが頭を下げると、さらり、と黒髪が肩に流れるそれが、明るい桃色の振袖によく映えていた。
「――嬉しい。ヒカル、ちゃんと着物着てくれたんだね」
「そりゃ、約束だもん。…つっても、オレ自分の着物なんて持ってないからばーちゃんのを借りたんだけどさ」
「…そうなの?!そんな風には見えないよ。なんだかとっても、ヒカルらしいって感じ」
「あかりこそ、よく似合ってるじゃん。スッゲ可愛い」
「ありがと…///」

 照れてうつむくあかりの様子に笑いながら、ヒカルはさっきから幼馴染のそばに立っていた顔見知りに向かって、ニヤリと笑ってみせた。
「――な、今日のあかり、めちゃ可愛いと思わねぇ?加賀!」
 久しぶり、も新年の挨拶もすっとばして相変わらずの馴れ馴れしさで話し掛けてくるかつての後輩に、加賀は苦笑した。
「…まぁな。目立つモンだから、ヘンなのに声までかけられてたし」
 加賀の言葉に、ヒカルは目を丸くする。
「うそマジ?!ホントかよあかり!」
「う…うん」
 問い詰めるヒカルに、あかりはうつむきながら応えた。
「…ったく。もう少し早く来てやれよな。着物姿だから逃げられもしねぇし、待ち合わせもあるからこの辺から動くこともできねーし、結構困ってたぞ、彼女」
「―ち、違うんです!」
 加賀の言葉に、あかりは慌てて反論した。
「ヒカルが遅れたんじゃなくて……着付けが思ったより早く終わったから…私が、此処に早く来すぎたんです。……それに///」
「?」
「さっきは…か、加賀さんが助けてくれたから。…ヒカルが来るまで、ずっとそばにいてくれたし///」
 彼の顔を見つめながら必死で喋っていたあかりは、その彼が自分を凝視しているのに気がついて、一気に頬を赤く染めながらうつむく。
 自分でも何を言っているのか分からなくなりそうだったけど、これだけは、言いたい。
「……あ…ありがとうございました…」
 ストレートすぎる思いをぶつけられて、加賀も、いつものような表情がつくれない。
「…いや……まぁ…放っておけなかったしよ……」
ぽりぽり、と、ジーンズのポケットに突っ込んでいた扇子で、頭をかいた。

「そういやさ。二人ともお守りとか持ってるけど、ひっょとして先にお参りしてきた?」
「…あ、うん。ごめんヒカル」
「ナンパ野郎避けるのに、成り行きでな。俺が連れて行っちまった」
 2人の答えに、ヒカルは吾が意を得たり、とにっこり微笑む。
「そっかvvじゃ、あかり、せっかく番犬ゲットしたんだ、丁度良いから送ってもらえよ」
「ヒカル?!」
「番犬って…おまえなぁ」
 ヒカルはにこにこ笑って話を進める。
「だって、加賀がいるんだったら、下手な奴は寄ってこないじゃん。もぉ立派な番犬だし♪」
「…せめてボディガードと言えよ……」
「あかりも、お参り済んだのに、オレを待ってるなんて退屈だろ?」
「でもヒカル…それじゃヒカルがひとりになっちゃうよ…」
ためらう幼馴染に、ヒカルは無邪気に微笑んだ。

「だいじょーぶ!オレもひとりじゃないから!」
「?」
「?」
「――!」
 ヒカルがぶらさがったのは、長身の、和服姿の男だった。
 いきなり袖をひっぱられた彼は驚いていたようだが、そんなヒカルには慣れているのか、苦笑しながら、くしゃり、とヒカルの髪をかきまわす。
「紹介するね〜。緒方先生。オレと同じ囲碁の棋士だよ」
「「同じ」?先輩くらい言えんのか」
 こつん、とヒカルの頭を軽くこづく。
 日本人には珍しい、自然な亜麻色の髪。眼鏡越しに光る、怜悧な視線。普通の男では持ち得ない、大きすぎる存在感。一介の棋士のそれではない。おそらくは高段者…そして……
「――緒方十段…?」
 加賀がぽつりと呟いた。
 その呟きに、緒方がちらり、と革ジャンを上手く着馴らした青年に視線をやる。
「…あれ、加賀は知ってるの?」
「あ…ああ……」
「彼は、囲碁には詳しいのか?」
「うん。オレの中学ん時の囲碁部の先輩だもん。今は将棋の……プロになったんだっけ?」
 ヒカルの問いに、加賀は頷いた。
「ああ。…今年からやっと四段になった。…はじめまして、加賀鉄男です」
「こちらこそ」
 見上げてくる挑戦的な眼差しに、緒方は余裕たっぷりに薄く微笑んだ。…おそらく、彼は生まれついての勝負師。囲碁と将棋と、世界が違えど、上のものには噛み付かずにはおれないのだろう。
(良い気概だ)
 その姿勢は、緒方にとっては好ましくすらあった。下手になつかれるより、余程いい。

 そんな2人の雰囲気なぞどこ吹く風で、ヒカルはあかりの肩を叩いた。
「こっちがあかり。オレの幼馴染。…んーと。白川センセの囲碁教室に一緒に行ってたこともあるんだ」
「…こ、こんにちは……」
「こんにちは。白川とは同期だよ。こんな可愛い生徒さんがいたとは、羨ましい」
 ぺこん、と頭を下げる少女に、緒方は微笑んだ。
 その表情に、ヒカルは心の中で呟く。
(うわ営業用スマイルだー。エセっぽい〜)

「そんな訳でさ、オレ、この後緒方先生と約束もあるし。…だからあかり、加賀に送ってもらえよ♪加賀、あかりを頼むな〜」
「…ヒ、ヒカル〜///」
「…ったく、お前のマイペースっぶりは変わってねーなー」
「そりゃもう!任せてvv」
「褒めてねぇって……」
 そのやり取りに、男はくすくすと笑った。
「進藤の奴…昔からなのか?」
「おかげで将棋部の俺が囲碁部に巻き込まれましたよ」
「なるほど」

 加賀が緒方と喋っている隙に、ヒカルはあかりにすばやく囁いた。
「ガンバレ!」



 そうして二組は別れていく。ヒカルと緒方は神社の本殿に。あかりと加賀は逆方向に。
「またね〜♪」
 ばいばい、と手を振ると、ヒカルはくるりと回って、歩き始めた。

「進藤」
「なに〜?」
 ヒカルは先に立って進んでいく。
「…約束なんて、いつした?」
 その言葉に振り向いて、彼女はいたずらっぽく笑う。
「そんなの口実に決まってんじゃん」
 大体の様子を察していた緒方も、くつりと笑った。
「つまりはわざとか?」
――あの2人で帰らせたのは。

「当たり〜。まさかまんま本人に出くわすとは思わなかったけどね」

 さぁお参りするぞ〜、とはりきるヒカルを。

「…こら待て」

 緒方はヒカルの手を捕まえ、つくばいの所にひきずっていった。

「…? オレ別に喉なんて渇いてないよ?」
「此処は水飲み場じゃない!」

 緒方は思う。
 …まさか新年早々参拝の手順なんぞを説く羽目になるとは思わなかった…と。 


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