petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2005年09月20日(火) 『十六夜の月の赤い花』(女の子ヒカル。誕生日記念SS。つ、続いた…)

今年は9月も半ばだというのに、連日真夏日を記録するような晴天続きな上に熱帯夜のコンボ、人々は何とか涼しくならないかと、天気図を見ながらため息をついていた。
 そして、ようやく降った雨はまる1日をかけて大地と空気を冷やし、ほこりを洗い流された空は高く澄んで、白い雲がぷかりと浮かぶ秋晴れとなった。
 まっすぐに照り付けてくる太陽の光も、どこかやさしく感じられる。時折頬に感じる風は、ひんやりとして、昨日の雨の匂いがかすかにするような気がした。



「じいちゃんが、今晩お月見に来いって〜」

 花火も用意してるからってvv
…と、はしゃいだヒカルが緒方のマンションにやってきたのは、そんな日の夕方だった。

「…月見……?ああ、昨日はせっかくの仲秋の名月なのに、雨だったからな」
「そうみたい。「せめて「イザヨイの月」は見る!」って、何かリキ入ってた」

 ヒカルは抱えてきた風呂敷包みをソファの上にぽすん、と置くと、勝手知ったる緒方の家、とてとてと台所に向かい、冷蔵庫を開けた。

「緒方さんも何か冷たいのいる〜?」
「いや、俺はさっきコーヒー入れたからいい」
「ん〜。…あ、オレンジマンゴーのジュース、これでラストだ。ごめん」
「買って入れておけよ」
「うん」

 空になった紙パックをシンクで洗ってさかさまに干してから、ヒカルは自分のジュースを入れたマグカップを持って、熱帯魚の水槽の前にぺたん、と座りこんだ。

「…ねぇ、緒方さん」
「あ?」

 呟くようなヒカルの声に、緒方は手元の本をめくりながら応えた。
 ヒカルはぼんやりと熱帯魚を見つめながら、ジュースをこくん、と一口、口にする。

「「イザが良い」月って、どんなの?」

 緒方はずる、と、椅子からずっこけた。

「……オマエが言いたいのは、「十六夜の月」のことか?」
「うん。だから、「イザ」って何?」
「だから変な所で切るんじゃない。「十六夜」でひとつの言葉だ」

 緒方は手にした本をデスクの上に置くと立ち上がり、書棚から写真集のような大き目の本を取り出し、ソファの方に移動してヒカルを手招きした。
 ヒカルは招かれるままソファに向かい、その上にあった風呂敷包みをテーブルによけて緒方の隣におさまった。
 緒方はあるページを開いて、ヒカルに示してやる。

「ほら、これが「十六夜の月」だ」
「ビミョーに丸くないね」
「まぁ、十五夜の1日後の月だからな。漢字で「十六夜(じゅうろくや)」と書いて、「いざよい」と読むんだ」

 ヒカルはじっと、写真の月をのぞきこむ。青い、青い夜の空にひっそりと輝く、白い月。彼女の髪が、くしゃり、と緒方の肩に触れた。

「なんで「いざよい」……?」

 緒方は無防備に自分にもたれかかるヒカルに唇を緩めながら、答えた。

「さっき言っただろう?これは十五夜の1日後の月だから、そのぶん、月が出てくるのが遅い」
「うん」
「だから、「ためらう・遅くなる」という意味の古語…昔の言葉で、「いざよふ」という言葉をつけて、「いざよいの月」と呼んだらしい。今風に言えば、「なかなか出てこない月」という感じか」
「……はずかしがりな月なのかな」

「?」
「…もう、十五夜じゃないから…自分は丸くないから……って」

…ふ、とヒカルは緒方を見上げてくる。

「さぁな……」

 緒方は顔を近づけて、自らの唇でヒカルの唇に触れる。


――かすめるだけの。


「…月は月だ」

 緒方の囁きに、ヒカルはそうだね、と笑った。







 ふわりと流れてくる風に、緒方はかすかな樟脳の匂いをかぎとった。

「この包みは…着物か?」
「うん。じいちゃん家に持って行ったら、かーさんが着せてくれるって」

 ヒカルが包みをほどくと、丁寧にたたまれた縞の着物が現れる。風を通してはあったのだろうが、やはりふわりとその香りが漂う。
 触れてみると、ほどよく着慣らした、柔らかい綿の感触がした。


「なあ」
「なに」

「…着せてやろうか」

「できるの?」

…くすくす……と笑うヒカルを引き寄せ、腕の中にすっぽりとおさめてしまう。

「ああ。半巾帯ならば、結び方もそんなに難しくはない」


 男は、囁きながらヒカルの髪に何度も唇を落とす。…感じるのは、やわらかな髪と、最近つけるようになった、フローラルグリーンのコロンの香り。

 ヒカルはくすぐったさに首をすくめながら、くい、と緒方を見上げて、自分を覗き込む彼の頬に触れた。


「…じゃあ……ヨロシク」


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平 知嗣 [HOMEPAGE]

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