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戦慄のドナドナ - 2004年02月15日(日)

昨日はバレンタインデー。当然デートをした訳であるが、昨日も車であった。とは言え、昨日は関内の足つぼ屋に行ったり中華街でメシ食ったりしたため、関内での移動はみなとみらい線を使った。因みに関内とは現在の横浜市役所付近のみではなく、本来は

横浜に開港場をつくるにあたって、幕府はその周囲を川と堀割りで区切りました。出入りする橋のたもとに関門を設け、内側は「関内」、外側は「関外」と呼ぶようになりました。

と言う訳で、この辺は全体的に関内である。

それは良しとして、彼女を家まで送るわけであるが、その時車の中を流れる曲は、バレンタインにはこれ以外に無いと言う風情である、聖飢魔IIの「戦慄のドナドナ」であったりする。

まあ、私がかつてから聖飢魔IIのファンであることは彼女は既に知っているが、特に私が車の中で聖飢魔IIのCDを流すことを嫌がらないので、よくかけている。最近車の中でいつも聞いているのは、聖飢魔IIの最終大教典(ラストアルバム)である、LIVING LEGENDである。LIVING LEGENDは聖飢魔IIが地球征服完了となる1999年末の直前に出たアルバムだ。現在、私の車のCD6連オートチェンジャーには洋楽含めて6枚のCDが入っているが、LIVING LEGENDが終わるや否や、またLIVING LEGENDに戻して最初から聞き直すほどである。

私は高校2年くらいから徐々に聖飢魔IIを聴かなくなっていったが、私が聴かなくなってから、聖飢魔IIはベスト盤を除くと6枚の大教典(アルバム)を出している。これを徐々に買っていこうと思っているが、取り敢えずLIVING LEGENDに飽きるまでは次のは買わない。

聖飢魔IIはツインギター(エース清水とSgtルーク篁)を擁することで名高いが、ギターより私の彼女が驚嘆するのはデーモン小暮のボーカルである。特に高音は凄まじく、「ねえ、これ声なの?」と彼女が聞くほど人間の声とは思えない。特に凄まじいのが「伝説の赤い玉」の最後の歌詞である

さらば〜、伝説のあか〜い〜たまーーーーーーーーーー

の赤字のところなど、いつも彼女が「ひょっとして、これ声?」と言う程の人並み外れ加減である。まあ、人じゃなくて悪魔なんだが。

デーモン小暮は早稲田出身であるが、入学当時「物凄い音階を持った新入生が入ってきた」と早大バンドサークル界で話題になったらしい。これが新入生である小暮君のメジャーへの第一歩、だったかは分からんのだが、とにかく1982年には聖飢魔IIを結成している。当時のリーダーはダミアン浜田で、しかも聖飢魔IIじゃなくて「は、は、は、浜田さんバンド」だったらしいが。

メジャーデビューは大学卒業後(?)の1985年で、「悪魔が来たりてへヴィメタる」でレコートデビューを果たす。聖飢魔IIが一斉に知られるようになったのは、第一小教典(シングル)である「蝋人形の館」で、この曲が彼等のオリコン最高位となった曲である。その後は「ステンレスナイト」や「WINNER!」などが若干一般に受け入れられたが、それ以外は殆ど知られること無く過ぎて行ったようだ。しかし、別に凋落したと言うわけではなく、音楽活動は強力な固定ファンを掴み、しかも順調にファンが増えていったこともあり、堅調と言わざるを得ない活動を解散まで続けたようだ。デーモンのメディアでの露出度は高かったものの、活動自体は何もデーモンのキャラクターだけで食っていたわけではなく、構成員の個々の能力によって保たれていたのは論を待たないだろう。

そんな中でのデーモンの歌唱力を改めて考えると、ファンが「構成員全員が実力派」と言う中でやはり実力派で、その音階は素人のカラオケでの歌唱を妨げることこの上ない(声が出ないもの)。車内でも歌おうと努力はするものの、やはりサビの部分などは厳しい曲が多い。思わず口ずさめない、と言うのが本音である。まあ、仕事中口ずさめない歌詞だったりするのだが。例えば

♪殺せ殺せ殺せ邪魔者は 火を放て 街も国中 戦争は人殺し♪

と言う、LIVING LEGENDの一曲目で、しかも最も評価の高い"Heavy metal is dead"にある歌詞を口ずさむとなると、かなり危ないだろう。

ま、取り敢えず今後も車内は聖飢魔IIが流れることになるのだが、彼女には我慢してもらうことにしよう。


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