つれづれのーと...mizuki

 

 

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日記&サイト再開へ向けて。3。 - 2003年11月03日(月)

父が亡くなったその日。
病院前のある施設では夏祭りが行われていました。
19時過ぎ、花火が始まりました。
病室からよく見えました。
父と一緒に最期に見た花火でした。


2003.12.14 追記
自宅に帰ったあとの父の顔はとても穏やかでした。
すごく痩せて、見てるのも辛かったけど、とても穏やかに見えました。
やっと楽になれたんでしょう。
そして一回りも二回りも小さく見えました。

斎場の関係で葬儀は8月2日。7月29日に先に火葬をすませました。
ほんのちょっと前までそこにあったはずだったのに、人はあっと言う間に骨になっ
てしまうんですね。
1年以上の闘病生活を終えた父の遺骨は、あまり原型を留めていませんでした。
全て終わるまでは泣くまいと決めていたのに、耐えられませんでした。
本当に父はいなくなったのだと、実感せざるを得なかったのです。

これを書いてる今は、もうすでに四十九日を済ませ、2003年も残り2週間ほど
になっています。
心の整理はまだつきません。ふとしたきっかけで父を亡くした喪失感がよみがえり
ます。
失ったものは本当に大きい。
後悔だけが私を責めるのです。



私はお父さんにとって良い娘でありましたか?
お父さんの友達には自慢の娘だと話してたと、葬儀の時に教えてもらいました。
20才になってすぐに独り立ちして、24才で結婚して。
なんでもさっさと決めてしまって、少し寂しい思いだなんて話してたそうですね。
私はお父さんに話したかったことがたくさんあります。
教えて欲しかったことも、してあげたかったこともたくさんあります。
でも、もうできないんですね。
与えてもらってばかりで、なにも返すことが出来ませんでしたね。
それでも、私はお父さんにとって良い娘でありましたか?







私はお父さんの娘で良かったと思ってます。
ありがとう。
これからもがんばるよ。お母さんと弟と、旦那とで。
のんびりと好きなお酒でも飲んで、そっちから見てて。
それじゃあ、またね。


...

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