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| 2003年11月05日(水) ■ |
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| やっぱりニュースを見て思ったけど |
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うーん、幸せってなんなんでしょうね? 確実な定義がある?誰か説明できるのか? 物欲的なものだけでなく心理的なところまで満たされるそれって、何だ? 楽しいとき、嬉しいとき、それを感じているときは確かに幸せなんだけど、 私は、楽しいだろうな、嬉しいだろうなと期待しているときが、 本当は一番「幸せ」と呼べる時間なんじゃないかと思ったりしている。 仲のいい友達と夜が明けるまで語り合っているときだって幸せだし、 家族とのんびり誕生日を過ごせたことが幸せだし、 それを幸せと思える自分が幸せだから、それは紛れもない事実だから、 他人に偽りとは言わせないけどな。
確かに街中に出てみると、くだらない事に皆群れて笑って、滑稽に見える。 学校では適当な友達と馬鹿笑いして、会社ではひたすら腰を低く仕事をしているかもしれない。 それを滑稽だと思っている自分自身も、実際は滑稽を演じているんだけど。 でもねえ、そういう「一般人」と呼ばれる人も、例えばとても気の合う友達、恋人、家族といるときは 違う貌を見せているんだって。 普段は偽って偽って、それでもたまに嘘から自分を解放するんだって思う。 そういう場所を見つけるために必死なんだと思う。 自分を外側から見られるわけはないけれど、他人を内側から見られるわけはないけれど、 自分を客観的に見ようとせずに、他人を主観的にしか見ようとせずに、 「みんな同じだ」と軽々しく言ってはいけない。 自分は他の皆と同じなんであって、この世に同じ人間は二人といないって事実から逃げてはいかんだろ。 自分は「その他大勢」なんであって、でも砂漠の砂は決して他の砂と交わることはない。 世の中なんて偽りだらけで、本当のものなんて何も見えなくて、でもな、偽りは偽りだ。 そこから本当のものを見つけようとするか、騙されたままかは自分次第だろうな。
ただ、そんな感じで悩む時代は大概誰にでもあって、 そんな考えから解放されて「まあいいか」と思えるようになったら 青春時代が終わるのかもしれんね。 悩む内容だって二つと完璧に同じものはないんだから、何ともいえないけど。 完璧に同じ悩みがないから、他人に自分の悩みは解決できない。解決するのは結局自分だってのもね。
だけどなあ、人間ってのは忘れるんだよな。 「理解してくれない大人」だって、絶対悩んでた時代はあるんだけど、あんま覚えてないんだよ。 私もな、自殺願望ありありだった時代、なんでそんなんだったかよく分からん。 原因は分かってるんだけどね、小学生にとっては学校が世界だった。 それでだ、人間ってのは、自分に理解できないものを排除する傾向にあるからな、 まあつまり、「大人は分かってくれない」って言ってる子供達。 それは当たり前だ。理解するのは無理だよ。
……。
いや、その、今話題の日記を見て思ったんだけどね。 普通なんだな。悩みの内容も。言ってることも。 血が吹いて肉が裂ける夢なんて見るし、世の中が汚く見えたりもする。 同じだよ結局ね。世界を自分の一番狭い尺度でしか測れていないんだ。
って、こういう意見を日記に書くのはやばいのかな…。 でもまあ、谷町線とか天王寺とか話されるとそこらへん私も余裕で行動圏内だから、 なんとも言えないものがありまして。 谷町線に飛び込むなよ。 環状線が込む。 そして阪和線が遅れる。 私に迷惑が掛かる。
ああ、素晴らしきかな天動説(笑)
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