オクラホマ・スティルウォーターから

2001年01月25日(木) 世間は狭いな2

 今回はパート�気泙任呂い�ないけど、ネジャーティの恩人を私の高校の卒業生が知っていたというもの。

 同窓のHP「指とま」に高校と大学の分を登録してて、高校の方をチェックしていると、下の学年のある卒業生が、卒業生に協力を求めていた。高校の進路指導の先生が卒業生の声を在校生に届くようにするためにHPを開くようで、そのために留学経験者や特殊分野で仕事してる卒業生の協力を求めているものだった。
 自分の留学経験が在校生にとってお役に立つかどうかわからないが、連絡だけしてみようとその卒業生にメールを送った。メールのアドレスが沖縄にある大学の医学部になっていたので、ネジャーティの恩人がそちらにいます、と書いていたら、返事のメールに、毎日その先生に会っています、ということで、あら、また狭い世間やなぁと思ったのである。

 恩人というのは、その医学部の先生で、ネジャーティが1人ではじめて日本にきたときに助けていただいた方なのである。この話は長くなるので、詳しい話はまたHPに後日載せるとして、簡単に言うと、成田経由伊丹行きの飛行機に乗り遅れたことから、次の日にバスで羽田に行って、羽田から伊丹に飛ぶことになったのだが、成田の航空会社の人曰く、「こちらでは何もできないので、羽田に行って、航空会社の人と話してください」という無責任さ。国際線と国内線が別会社だったのと、伊丹行きは1日1本、夕方だけなので、その時間まで待つのはあほらしい。
 不安な中乗った、羽田行きのバスで隣に座っていたのがその先生だったわけである。事情を聞くや、すぐさま携帯で航空会社の人と話をつけ、無事トラブルを解決されたのである。そうでなければ、最悪の場合、国内線のチケットを買う羽目になっていたそうである。
 成田まで迎えに行くべきだったかな、という自責の念と、航空会社の対応の悪さへの怒りもあったが、先生に助けていただいたということは感謝しても仕切れないのである。特に、ネジャーティとは結婚する前だったので、いってみれば、親への紹介を兼ねた来日だったのである。
 結婚を報告した時には、喜んでくださったようで、お手紙をいただいた。

 恩人がいらっしゃるところに、たまたま高校の卒業生がいたという話でした。


 < 過去  INDEX  未来 >


オハイオ住人 [HOMEPAGE]

My追加