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| 2003年08月04日(月) |
おそろしい人々(2) |
1920年頃、英国に、A・S・ニイルという人がいた。この人は、サマー・ヒルという全寮制の学校の経営者で校長だった。この学校の特徴(教育理念)をかいつまんで書くと、 �ヽ愼發任寮古未匹Δ靴亮�由性交の容認 ��道徳と躾(しつけ)と宗教の全否定 ��生徒の「自治」「自己決定」最優先 �ど堙亶算�の容認 �ゼ�業の出欠の自由 �Ω析世亮�由(どんなに下品な言葉、悪態をついてもかまわない)
この結果、ここで教えられた生徒達はどうなったか? 結論は、はてしなく畜生に近い生き物になってしまった。教育は、実験してはいけないたちの物である。実験された側の生徒たちはたまったものではない。だから教育は保守的であっていいのだ。 アメリカもそれで失敗している。
さて件の学校の内実はどうなってしまったか? 子供たちは学内で公然と自慰や性交にふけることを許され、不登校児童は三日休んでも三年休んでもよく、校内で多発した犯罪(他の生徒の金銭や洋服あるいは自転車の部品の盗み)は自治と言うことで、裁判の真似事をさせて、集団で裁かせた。 食堂での食事時には動物と同じくらいうるさく、全寮制の割り当てられた生徒の部屋では「散らかし放題」であった。
ニイルは、教師と生徒は平等であるという。この考えを基本にした学校をフリースクールと言って、世界でもそれを教えとしてありがたがって実践しているのが、日本の学校である。平等で友だちと同じような存在だったら、腹が立てば、師の影を踏んでも、鉄拳で制裁しても構わないと思うだろう。
ニイルは、道徳教育の否定と宗教の排除を主張している。この考えは共産主義の考え方そのものである。 共産主義革命でレーニンが精神分裂病のルソーを盗用し、それを大正時代に、日本の共産主義者たちが採用(革命手段の一つとして、性道徳破壊の運動)し、教育にもちこんだ。その時から変わっていない、というより、まんまと、進めてきて現在がある。
参考文献:教育を救う保守の哲学 中川八洋・渡部昇一 共著
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