+女 MEIKI 息+
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雪の日の朝は、静かだ。 昨晩からずっと布団の中、足元で眠ってる猫が寝返りをうつ。薄目を開け窓越しに見上げる空は、重い雲なのに外はやけに明るい。も一度暖を取ろうと猫を引き寄せながら、時計を見る。
げっ!
いつもの時間よりも1時間はゆうに越してしまっている。 「あーぁ」声にならないため息。 本来なら慌てなくてはならないのに、寝坊の時は決まって次の動作までが鈍い。カーテンを開けて、ほわほわと降る雪を眺めながら「あーぁ」と、今度は声に出してみる。ブルッとひとつ身震いをして、ダルマのように着込んでから階下に下りる。 珈琲メーカーに水をセットして、ホットカーペットとヒーターに電源を入れその場に座り込んで、またボーッっとする。 ヒーターから温風が出始めた頃を見計らって、猫がゆっくりと階段を下りてきて当然のようにわたしの隣に座った。 温風を背中に受けながら、隣の小動物の方が幾分まだ暖かいと感じるカーペットの上で正座をし、コポコポと音を立てて湯気の上がる珈琲メーカーから漂う香りに、ため息のような深呼吸をする。
路地を曲がった角にゴミを出しに行くのさえ面倒になって、熱いコーヒーを啜りながら、冬眠することに決めた午前8時。
腹ばいになって、ホットカーペットを存分に味わおうと思ったのに、雪を珍しがる近所の子どもの声が煩い。片手で髪をクシュクシュとしながらTVのリモコンを探し点けて観る。雪による電車の遅れや、都心の駅前からの中継がエンドレスで流れている。ブランケットを引っ張り出して、膝の上にかけながら改札から吐き出されてくる出勤風景の社員に「ごくろーさん」と口元をにやつかせながら言ってみる。
用も無いのに、立ち上がってはカーテン越しに外を見て、雪の降り具合を確かめているわたしは、もしかしたら登校時にはしゃいでいた子どもよりも、雪が珍しいのかもしれない。
昼過ぎにはふわふわとした雪も小降りになり、TVからは原稿を棒読みするアナウンスが「明日は晴れるでしょう」と伝えている。嬉しい反面、残念な思いも何処かにある。パーカーにフリースを羽織っただけで玄関に向かい、合成皮の短めのブーツを履いて穴蔵から外を覗くようにそっとドアを開けてみる。灰色の空なのに明るい。フードを深めに被ってフリースの前ジッパーを首まで引き上げ、2,3歩前に出てみる。道路の脇に積まれている雪につま先を埋めて、ずずずっと雪の間接的な感触を楽しむ。黒のフリースに降る雪、袖に受け止めてじっと見ると、綺麗な結晶が見えた。似たような形でも同じ形でない結晶を飽きずに見ているうちに、すっかり身体の芯まで冷えてきたので、慌ててポストを確認して部屋に戻る。
無機質なDMの束や請求書に混じって、手書きで宛名を書かれた封筒を見つけ、少しわくわくした気持ちでもったいぶりながら封を開ける。几帳面に折られた薄い便箋に見慣れた文字が並び躍る。三度読み返して、久々に電子メールでなく手紙を書いてみようと便箋を探す。白い便箋を前にして、たった一行も書き出せずに、とろとろとした午後をやり過ごす。
きょうは冬眠の日と決めたのだからと理由をこじつけて、閉じた便箋の綴りの上に封筒を置き、それを目に付くたびに頬を綻ばせていた。寒い日の一番の暖かいものがそこにあった。
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