ととさんの日記

2004年06月21日(月) 昔の風景

クーラーの掃除をしてなかったので、扇風機でしのいでいたんですが、昨日は暑くて暑くて昼間は、死んでいました。(+_+)
おかげで600�賃僚展困蠅泙靴拭�(夕食後は、また元に戻りました)
夜も、眠れるけど、暑くて細切れに起きてしまう。
土曜も暑くて、アイスを1日で3個も食べていました。(@o@;)
この地域の殺人的暑さに、さすがの○県人も、ばてています。
にしても、空模様がグアム並みの強い日光に似てきました。紫外線も強烈そう。これは地球温暖化の現象の一つなんでしょうか。ちょっと不安です。

土曜日は、子供の頃遊んでいた区域に散歩に行きました。というか、てくてく歩いていたら、その方角だったんです。広かった田畑の代わりに新しい住宅がかなり建っていました。昔の面影が消えていました。それでも、古い塀や、生い茂った樹木から、かつての面影を辿りつつ、散歩しました。子供の頃遊んだ場所は、なんだか狭く感じましたが、それは、田畑がつぶれたせいだけじゃないと思います。子供の視線で広がっていた風景と、今の私の視線の違いのせいでしょう。土手の向こうに広がっていた知らない世界を、今は知っているからでしょう。
私がその時思っていたのは、幼い頃の風景はもう、私の中だけにしか存在しない、夢の中にしか存在しないものになったということです。だから、今の風景に惑わされることなく、私はいつでも思い出せるのだと。
ふるさとは遠くにありて思うもの、ではないのですが、それは郷愁というものとはちょっと違うかもしれません。記憶への回帰と言ったほうが、私の心境にしっくりします。郷愁というと、昔と今のギャップへの哀しさや、子供の頃がよかったという、自己愛への変幻を感じますが、記憶への回帰というと、私は今のままの姿で、その風景に溶け込む事が出来るのです。昔と今を自由に行き来できるのです。ここは、蛇苺のあった垣根、ここは、駆け足で下った小道と、記憶が復活して楽しさを感じるのです。私が感じたのは、そんな楽しさでした。言葉のニュアンスがあまり正確にあらわせず、言葉も足りずに、なにがなにやらわからない日記になりました。


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とと

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