罅割れた翡翠の映す影
目次|過去は過去|過去なのに未来
好き勝手やってきた? 違う、貴方たちから離れたかった。 貴方たちに対する、ささやかな反抗だった。
『あいつは中学生辺りからおかしくなって…』
そりゃそーだ。 その時辺りから俺に交代してるんだもの。
『あんな高校いってくれなんでもいいって言ったのに…』
行きたい所へ自分の力で行った。 悪いかい?
『地元の専門学校でよかったのに…』
本当に済まないね、これは。 でも、もうこれ以上一緒に暮らして居たくなかったんだもの。
そうだね、好き勝手やらせてもらった。 貴方達は放任して育ててたつもりかもしれないけど、 充分に窮屈だったから。 そして貴方達から見たら好き勝手でも、 俺にはそうせざるを得なかった。 狂っていくのを先送りにする為には。
貴方達は俺達を決定的な部分で見捨てた。 それ以外の所で過剰に世話を焼かれても苛立ちが募るばかりだったよ。 下手な希望を持ったのが間違いだと信じたくは無かったけど、 貴方達にそれほどの力が無いのは事実として認めざるを得なかったね。
誰も助けに来てくれない。 誰も助けてくれなんかしない。 独りで生きていくしかないのにどうして口出しするの? 助けてなんかくれなかったじゃないか。 気付いてもくれなかったじゃないか。 俺、いや僕を、見つけてすらくれなかったじゃないか。
あの時、どうして死ねなかったんだろう? 死んだら、俺達を見てくれたかい? 死ななきゃ、見てくれなかったかい? 実際、『俺』が生まれたあの朝、首に残る紐の痕も見ていない。 あの時、どうして助かってしまったんだ?
憎む事も出来はしなかった。 だって愛されたかったから。 殺したくても殺せなかった。 だって俺を見て欲しかったから。 せめて、貴方達には支えて欲しかった。 死を覚悟するくらい崩れ落ちた俺達を。
だから離れたんだ。 出来れば彼岸まで離れたかった。 二度と逢わなければ忘れて居られもする。 貴方達に無理を言わなくて済む。
見つけてもらう必要も無い。 助けてもらう必要も無い。 ただ朽ちていくのを手遅れになって気付くかもしれないと思った。 それで良かった。
今更気付いたなら見物していれば良い。 ズタボロに朽ちた身体を。 堕ちていく『貴方達の息子』の姿を。 今更助けなんて遅い。 八年前俺が生まれた朝に。 貴方達の息子は死んだのだから。 少なくとも、心は、二度と戻って来ないのだから。
|