橋本裕の日記
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| 2001年07月12日(木) |
円周率に見る数学の歴史(6) |
定時制の高校に勤めていた頃、私より年輩の男性が生徒として私のクラスにいた。彼があるとき、「先生、なぜ、マイナスとマイナスを掛けたらプラスになるのか、私にわかるように説明して下さい」と食い下がってきた。
とっさに答えられなかったが、彼と放課後話をしているうちに、これはデカルトの方法を使えば説明できそうだと気付いた。数直線をかき、マイナスを掛けるということは、原点のまわりに180度することだと教えた。そうすると、マイナス掛けるマイナスだけでなく、数というものの体系そのものが統一的に見えてきた。
「はじめて、長い間の疑問が解決しました」と感謝されたが、私自身、これは目の覚める体験だった。定時制にいた頃、これに類した質問をときどき受けて、そのたびに、頭の中が真っ白になりながら、必死に考えたものである。
さて、デカルト(1596〜1650)が座標を発明したあと、数学は飛躍的に発展した。これまで図形の問題だったものが、代数の方程式に定式化され、計算されるようになった。また、代数の計算式を図形の問題として視覚的にとらえることが出来るようになった。デカルトの解析幾何学の発明、フェルマー(1608〜1865)の微分学の発見で、ギリシャ時代を越える、数学の新しい時代が開かれた。
こうした数学の発展を背景に、級数や微積法などの研究が進められ、17世紀末になって、円周率の世界でも、これまでの「正多角形の方法」を越える新しい計算法(アルゴリズム)も編み出された。たとえば、ライプニッツ(1646〜1716)による、tan(タンジェント:正接)を使った円周率の計算を示してみよう。
tan π/4(=45°) = 1 であることから、arctan 1 = π/4 (arctan:アークタンジェント(逆正接))となり、arctan 1 = 1 - 1/3 + 1/5 - 1/7 ・・・の式を使って計算し、その値を4倍すればπに近づく。ちなみに、4*(1 - 1/3 + 1/5 - 1/7+ 1/9 - 1/11)=2.9760…。
これならだれにでも計算できるが、近似を上げるためには、計算機を片手にかなり苦労しなければならない。ライプニッツは計算機の考案者だとされているが、彼が計算機を考案した動機もこのあたりにあったのかもしれない。
ニュートン(1642〜1727)の級数の一つを使えば、たった4項の計算をするだけで、3.1416の値が出てくる。ニュートンは1665年頃に円周率を16桁まで計算しているが、円周率の桁数を上げる競争に何の関心もなかった彼は、この計算結果を生涯公表しなかった。(死後に出版)
18世紀の数学者の巨人オイラー(1707〜1783)もまた、円周率を計算するために効率のよい公式を作ったが、彼はその公式を使って1時間のうちに、20桁まで計算しただけだった。しかし、彼の新しい計算法を使うことによって、その後円周率の桁数は飛躍的に増大した。
19世紀になると、500桁を越える数値があらわれ、さらに20世紀にはコンピュータを使って、計算がさらに高速化することになった。1949年にはENIACが70時間かけて2037桁を計算してみせたが、1997年には日立のコンピュータを使って、日本の金田博士が29時間で515億桁を計算している。
アルキメデス以来、円周率の桁数は数学者の計算能力を競う対象だった。それが級数・微積分の登場によって理論力の競争の場になり、いつかコンピュータの性能を競う場になっている。そして、次のような名言まで生まれることになった。
「πの計算はコンピューターにとって、究極の体力テスト−いわばデジタル心電図だ」(イバース・ピーターソン「真実の島」1990年)
ちなみに、アポロ計画で人類を月に送るためにNASAが必要とした円周率の値は12桁までだったそうだ。
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