橋本裕の日記
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国立天文台の調査によると、小学生高学年の子供たちは約4割が「太陽が地球の周りを回ってる」と答えたそうだ。また、月の満ち欠けについて説明でない生徒も多かったという。
文部省の御手洗康文部科学事務次官によれば、「地球の自転や公転についての学習は中学校で、きちんと体系的にすることになっている」とのことだ。文部省は「地動説は中学生から教えればよい」と考えているようだが、ほんとうにそれでよいのだろうか。
太陽が宇宙の中心だという説はピタゴラス、プラトン、アルキメデスがすでに唱えている。しかし、これを「地動説」として、首尾一貫した論理的体系として示したのは、ポーランドの天文学者コペルニクス(1473〜1543)が最初だった。
しかし、コペルニクスはこの説を学者である読者を対象にラテン語と数学的計算で示しただけで、一般大衆に知らせることは意図しなかった。「新奇で非常識な見解に浴びせられそうな嘲笑をおそれるあまり、私は着手した仕事をあやうく放棄するところだった」と述べているとおり、彼は自説が大衆に受け入れられるとは考えていなかった。「天球の回転について」が出版されたのも、彼の死後のことである。
これに対して、ガリレオは望遠鏡を使って、天体を観測した。そうすると、木星に惑星が見つかった。これは太陽と地球の縮図ではないか。また、金星が満ち欠けしているのは、金星が太陽の回りを回転している証拠である。それだけではない、太陽に黒点があるではないか。しかも、黒点は位置をかえる。太陽も自転しているらしい。
ガリレオはこうした観測をもとに、1610年に「星界の報告」という本を書いた。ラテン語でかかれたこの本は、やがてヨーロッパ中にセンセーションを巻き起こした。しかし、46歳のガリレオに思わぬ地位と名声をもたらしたこの成功は、アリストテレス派の聖職者たちの危機感を呼び覚ますことになった。6年後、ローマ法王庁は彼らの意見を容れて、コペルニクスの学説を禁止する布告を出す。
しかし、今日ではガリレオの「地動説」は世界の常識になっている。太陽や星星が動いているように見える現象も、地球の方が自転しているためにそう見えるのだということを知っている。私はこうした常識を小学校の段階で教えるのがよいと思っている。その主な理由は次の二つである。
�|脇粟發�事実であると証明されているから �△海里海箸鰺�解することがそれほど困難とは思えないから
私は証明され、常識となっている事実については、これを証明抜きで教えてもよいのではないかと思っている。もしそうでないと、学校教育はほとんど成り立たなくなる。もちろん、成長のある段階で、その証明を与えることは必要だ。最初から厳密な証明は無理だとしても、知識を天下り式に与えるのではなく、「説明」を工夫し、生徒に理解させる努力が必要なことはいうまでもない。
「太陽や星が地球の周りを回っているように見えるけど、ほんとうは地球が自転しているから、そんなふうに見えるんだよ。僕たちだって、回転すれば、周囲の家や木が回って見えるだろう。それと同じ事なんだ。でも、昔の人は地球がじっとしていると思っていたんだ。だって、地球が丸いことだってしらなかったんだからね。大地は平で、海の果ては滝だと思っていたくらいだからね」
私自身は小学生時代に、こんな話を先生に教えて貰った。ちょうど日食があって、世界が真っ暗になった年だから、まだ私が小学1年生のときだ。地球が太陽のまわりを回っていて、その地球の周りを月が回っている。ちょうど月が太陽を隠すので、日食が起こるのだという説明を聞いて、とても感動したものだ。
だから、国立天文台の調査結果を知って、子どもというものは好奇心の固まりだと思っている私など、えっ、今の小学生はそんなことも知らないの驚いてしまう。むしろこうしたことは、学校で教えられる前に、家庭の会話や友人たちの会話のなかで啓発され、自得される知識ではないだろうか。だから「地動説」を教えるのは時期尚早という意見を聞くと、そんなことくらい、もったいぶっていないで、さっさとおしえてあげればいいのに思ってしまう。
ちなみに、私が小学生の頃から愛読している「銀河鉄道の夜」の最初の一節はこんな具合だ。おそらく、宮沢賢治もこんな授業をしていたのだろう。
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一、午后の授業
「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」
先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問をかけました。
カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。
ところが先生は早くもそれを見附けたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」 ジョバンニは勢よく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。
先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」 やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。 先生はしばらく困ったようすでしたが、眼をカムパネルラの方へ向けて、
「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。 先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指しました。
「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」
ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙がいっぱいになりました。そうだ僕は知っていたのだ、勿論カムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。
それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎から巨きな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁いっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。
それをカムパネルラが忘れる筈もなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。
先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。
つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油の球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮んでいるのです。
つまりは私どもも天の川の水のなかに棲んでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」
先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸レンズを指しました。
「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。
みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄いのでわずかの光る粒即ち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。
そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」
(参考サイト) 「国立ぐんま天文台」(地動説と天動説)地動説が優れていることが、ガリレオやその弟子が発見した木星の衛星や金星の満ち欠けから、わかりやすく説明されています。 http://www.astron.pref.gunma.jp/kyozai01/tendou/tendou_top.html
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