橋本裕の日記
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2004年11月06日(土) オランダの教育

 オランダでお二人のお子さんを育ててみえるリヒテルズ直子さんが、その体験を踏まえて、平凡社から「オランダの教育」という本を出された。それにちなんだ講演会が名古屋であるというので、聞きに行こうと思っている。

 リヒテルズ直子さんとは私が「オランダ入門」を連載していたときにオランダからメールをいただき、それからときおりメールを交換しているので、今度お会いできるのが楽しみである。経歴を見ると、九州大学大学院を修了されたあと、マレーシアの大学にも留学されている。専攻は比較教育学、社会学だという。オランダ人を夫に持ち、ケニア、コスタリカ、ボリビアなどにも滞在歴をもつ国際派の日本人女性である。

「オランダの教育」の副題は「多様性が一人ひとりの子供を育てる」となっている。読んでみると、まさしく「多様性の尊重」こそが、オランダの教育の核心であることがわかる。どうじにそれはオランダ社会の特質でもある。本の章立てを紹介しよう。

第一章 百の学校に百の教育
第二章 オールタナティブスクールとその影響
第三章 競争のない中等教育
第四章 オランダのゆとり教育・総合学習
第五章 学校教育の質は誰が守る?
第六章 オランダの教育は今・・・移民教育と教育の自由
終章   何のための多様性

 オランダは「自由の国」だといわれる。ところで「自由」とは何か。これについて、リヒテルズ直子さんは、こう書いている。

<オランダで自由という時、それは中立の精神ではなく、各個人、各集団が、それぞれの信じる思想を自由に発言し、その思想に基づいて行動することをお互いに許しあうことを意味しています。多様な考えや価値観を持つものが、それぞれの価値観に従って社会参加することが認められること、お互い異なるままに平等に存在を認められること、という意味での自由です> 

<オランダで大切にされているのは、子供だけではありません。その子供たちを教えている学校の教師たちもまた、制度のなかできちんと人権を守られています。教師たちは自分の考えで教育する自由が与えられています>

 オランダの学校には入学試験というものが原則として存在しない。卒業資格がそのまま上級の学校への入学資格になるからだ。だから大学入学のための競争や塾のようなものも、一切存在しない。それにもかかわらず、オランダの子供たちはよく学び、世界的に見てもトップレベルの学力を身につけている。その秘密が、リヒテルズ直子さんのこの本を読むと、とてもよくわかる。

<オランダの高校生も日本の子供たちのように毎日勉強に追われています。多分、日本の子供たちが、授業、補習、塾と費やしているのと同じくらいの時間を、オランダの高校生も学校と家庭で費やしているでしょう。

 ただひとつ違うのは、日本の子供たちが、同じことを繰り返し覚え、試験で間違わないように、限られた時間に難しい問題を正確に解くことができるように訓練している間に、オランダの子供たちは、実に多様な課題を忙しくこなしています。

 多分、数学の問題でうっかりした間違いをおかす子供は、日本よりもオランダの方が圧倒的に多いでしょう。でも、オランダでは「校内試験」での評価の対象には筆記試験意外の課題が多様な形で用意されています。

 教師たちは、単に答えがあっているかということだけでは判断せず、課題への取り組み方、物事に対する判断の仕方、情報の処理の仕方といったことまでを観察しています>

 オランダの歴史教育は、<歴史的出来事がどの時代にどういう順序で起こったか、ということを羅列的に覚えるのではなく、それらの「出来事が、今の時代に生きている生徒たちにとってどういう意味をもつものであるのか考えるための教育>になっているという。

 たとえば、リヒテルズ直子さんの高校一年生の息子さんの歴史の宿題を覗いてみると、次のような課題が出されていったという。

�,△覆燭�ベルリン市内またはその周辺に住んでいたドイツの労働者であったと仮定しなさい。そして、あなたが1932年から33年の間になぜナチス政権を支持したかを説明しなさい。

�△△覆燭�1917年にスターリンに投票したロシアの労働者であったと仮定しなさい。そして、なぜあなたはスターリンに投票したのかを説明しなさい。

 日本の高校の歴史の授業で、こうした課題が与えられることは、まず滅多にないことだろう。ところがオランダの学校では「ヒトラーのナチズムを支持するようなプロパガンダを書きなさい」というような課題がだされることもあるという。これについて、リヒテルズ直子さんは、こう書いている。

<ある社会で大きな歴史的出来事が起こるとき、それを支えたり、それに反対したりする個人の側の何らかの必然的背景がある、という事実に、生徒たちを目覚めさせようとしているように思います。ある地域や国が戦争に向かうとき、社会全体、国家全体をそういう方向に導いていくいろいろな条件があり、一つそういう方向で社会が動き出すと、それは一人の人間の力では抗しがたいものになること、そうなってしまう前に、一人ひとりの市民がしっかりと事態を見極め判断していくことがいかに大切であるか、ということを少しでも子供に伝えようとしていることがわかります>

 生徒はこうした課題をこなすために、図書館やインターネットでいろいろと当時の社会情勢をしらべ、友人や家族と議論し、自分の考えを練ることだろう。そしてこれを文章にして、提出しなければならない。オランダの高校生はだからとても忙しい。しかし、その急がしさの中身はずいぶんと日本の高校生とは違っているわけだ。

 こうしたことは、「覚える歴史ではなく考える歴史」「今を生きるための歴史教育」という実践的教育観が根底にあるからだが、こうした視点は「歴史教育」のみならず、すべての教科にあてはまるようだ。数学や理科の課題についても是非その中身が知りたいものだ。リヒテルズ直子さんにお会いしたとき、いろいろと質問してみよう。


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