橋本裕の日記
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2004年11月27日(土) 具体から抽象へ、そして具体へ

 先日、北さんの「抽象的思考力、読書指導で」という文章が朝日新聞の「声」に掲載された。簡にして要を得た文章のお手本だと思うので、ここに全文引用させていただこう。そして、その上で、私なりにいろいろと蛇足を付け加えてみたい。

<高校で教えているが、常に強調していることは「具体から抽象、そして再び具体へ」ということである。具体的な事柄の中で生活している我々は、目前の問題の処理に追われて毎日を過ごさざるを得ないが、時にはそれを抽象化して問題の本質をとらえ直し、その上で再び取り組む姿勢がなければ、正しい判断ができないからである。

 事例として、生徒にとって一番身近で深刻な友達関係のことをあげたりする。「君たちがもし友達とうまくいかなくなってどうしても関係が回復しない時は、一度『友情』ということ自体を考えてみてはどうか。その人との関係という具体から少し離れて、その人との『友情』を抽象的に考えてみるのだ。そうすると、その友人との関係の本質が見えてきたりする」と。

 そのような抽象的思考力を養うために、私の勤める学校では読書指導が重視されている。行事の時を除いてほぼ毎日10分間の読書時間が設定されており、本を紹介する読書案内のプリントがほぼ毎週配布されている。抽象的思考力というものは、活字を読むことによって習得される言語能力が高まらなければ養えないと考えるからである。>

 私たちは言語を習得することで、「具体から抽象」へと歩みを進めることになる。言語に習熟するということは、この抽象化の歩みを進めるということである。言語能力というのは、つまりは「抽象化する能力」でもあるわけだ。

 同時に言語には抽象を具体へと戻す働きもある。リルケは「世界は広い。しかし、言葉を通すことによって、それは深くなる」と語っているが、言葉という「抽象の世界」を手に入れることで、私たちの世界認識はさらに豊かで深いものになる。

 抽象化するというのは、言語によってものごとをシステムとして捉えるということだといってもよい。私たちは「読書」を通して言語能力を磨くことで、現実をより深く体系的に理解することができるわけだ。

 さて、ここからが蛇足になるが、私は「抽象的思考力」を養うのに有用な「言語」の一つが「数学」だと思っている。私たちが学校で数学を学習する最大の目的はこうした「言語の抽象的思考力」を訓練するためだと言ってよい。しかし、こうしたことが教育の現場でどれだけ自覚され、実行されているか疑問である。

 それが証拠に、600ほどある日本の大学で「数学科」を持っているのは1割にも満たないし、日本の大学生はほとんど数学を履修しない。多くの生徒も親も教師も、数学は単に入試のために必要な学科であり、現実生活ではほとんど役に立たない無用の学問だと考えているからだろう。

 しかし、これは大きな間違いである。私は数学ほど役に立つ「言語」はないと考えている。それは、数学は世界が「構造的につくられている」ことを生き生きと理解させてくれる言語だからである。そして世界ののこうした構造や仕組みを知ることで、私たちは目の前の課題にどう対処したらよいのか、有効な手だてを講じることができる。

 そして私たちはこうした数学という言語の特性を最大限に駆使することで、もの物事を論理的に、そして合理的に捉えることができるようになる。そうすれば問題が明らかになり、問題の解決も容易になる。そのプロセスとして、私は次の4段階を考えている。

�仝従殤澄壁�要な具体例をあつめて整理する)
�⊆詑力澄覆發里瓦箸�生じるしくみを考える)
�K楴創澄覆匹Δ靴討修鵑覆靴�みが出来ているか考える)
�ぜ汰�論(ときにはしくみを変えて、問題を解決する)

「具体から抽象へ」というのは、別の言葉で言えば「帰納」ということである。そして、「抽象から具体」へというのは、「演繹」ということになる。フランシス・ベーコンに始まるイギリス経験論は具体的事実から一般法則を発見する「帰納法」を重視した。

 これにたいして、デカルトやスピノザを代表とする大陸合理論は、自明と思われる一般的真理から、あらゆることを論理的に論証し、演繹することを重視した。実はこの両者の立場は、それぞれに重要であり、この両者が統合されて、はじめて私たちは円満に知的発達を遂げることができる。

 最後に仏教の話をしよう。私は「色即是空、空即是色」もまた、「具体から抽象、そして再び具体へ」ということではないかと思っている。言葉は「空」である。しかし、この「空」を通り抜けることで、私たちは一段と豊かな現実に再会する。「空」を媒介とした生きた現実との出合いがふんだんにある人生を、私は「日々是好日」と呼びたい。


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