橋本裕の日記
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2004年12月03日(金) マイナスをかけることの意味

 数直線上にすべての整数(負の整数、0、正の整数)が並んだところで、いよいよ負の整数を含む足し算や引き算、そしてかけ算を考えてみよう。

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 これはすでに説明したとおりである。原点から右に3移動し、さらに左に8移動すれば、−5という目盛りを持つ数に到達する。具体例としては、3万円のお小遣いしかないのに、8万円もの買い物をしたので、5万円の赤字が出た場合を考えればよい。

 あるいは数の増減に注目して、これを<+3−8=−5>と考えれば、「3だけ増やし、8減らしたら、結局5減らしたことと同じである」と解釈できる。このように、数をモノとしてではなく、むしろ<はたらき>として機能的に捉える視点は大切である。

 なお、今後簡単のために、数直線上を「左にn移動する」ことを「−n移動する」と書く。そして、「右にn移動する」ことを、「+n移動する」と書くことにする。

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原点から−3移動し、さらに−5移動すれば、−8という数に到達する。3万円赤字の人が、さらに5万円の赤字を出し、累積で8万円の赤字になった場合を考えればよい。これは「−3から5を引くと−8である」ということだが、<はたらき>という視点で考えれば、「−3移動し、さらに−5移動すると、−8移動したことと同じである」ということになる。

 <−3>も<−5>も同等に<はたらき(演算子)>と考えるこの立場は、より高度に抽象的だが、こうした観点から初等数学を見直すことも必要だろう。少なくとも教育者はこの観点を充分理解しておく必要がある。

 そうしてはじめて、<3−8=3+(−8)>という考え方が理解できる。「8を引く」と考える代わりに、「−8を足す」と考えるのである。この場合も、<−8>を「−8だけ移動する」と機能的に捉えることができれば、それほどむつかしくはない。

 さて、次はかけ算である。これも、+、−、×を<はたらき>として、機能的に捉えることができれば、少しもむつかしくはない。だだしここでひとつ「飛躍」がある。−という記号に、<減少>に加えて、<反転>という概念(操作)を加えることだ。

��−5×2=−10
 これはふつうのかけ算として理解できよう。原点から−5という点まで線分で結び、矢印←をつけよう。この矢印の長さを2倍したとき、矢印←−の先が指すのは−10という数字である。5万円の借金を2倍すると10万円の借金になると考えればよい。

 具体例として借金を例にとれば、数式の意味もわかりやすい。小学生にも理解できるだろう。しかし、問題は次のような「マイナスを掛ける」という場合である。

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 原点から5という点まで線分で結び、矢印→をつける。そして、これを原点を中心にして180度回転させる。そうすると矢印は反転して←となり、その先が−5という数を指す。

 つまり、マイナスを掛けたときは、掛けられた数字の矢印を反対方向に回転すると考えればよいわけだ。何故こんなルールを作ったのだろう。そこでこの疑問を解決するために、まずはこれに該当する具体例をいくつかあげてみよう。

<具体例1>
 壁に向かって、5m/秒(数直線の正の向き)の速さでボールを投げたところ、同じ速さで向きを変えて、−5m/秒の速度で跳ね返ってきた。

<具体例2>
 バネを5センチメートル伸ばして放したら、反対側に5センチメートル縮んだ。

<具体例3>
 5億円を事業に投資したら、経営に失敗して、反対に5億円の借金を作ってしまった。

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 原点から点−5まで矢印←でむすび、これを原点を中心に反転させる。このとき、→の先が5という数を指している。具体例として、�い両豺腓竜佞鮃佑┐譴个茲ぁ�

<具体例1>
 壁に向かって、−5m/秒(数直線の負の向き)の速さでボールを投げたところ、同じ速さで向きを変えて5m/秒の速度で跳ね返ってきた。

<具体例2>
 バネを5センチメートル縮めて放したら、反対側に5センチメートル伸びた。

<具体例3>
5億円借金をして事業に投資したら、経営に成功して、反対に5億円の貯金を作ってしまった。

 さて、これらの具体例で<マイナス掛けるマイナスはプラス>になることが納得されたであろうか。まだ頭の中がモヤモヤしていて納得できない人もいるだろう。そこで、もう少し本格的で論理的な説明を加えよう。

 それは、<−5×(−1)=<5×(−1)×(−1)>と考えるのである。(−1)は矢印を反転させるわけだから、これを繰り返せばもとにもどるわけだ。そうすると、「マイナス掛けるマイナスがプラス」というのは、「否定の否定は肯定」というよく知られた論理的命題と同じだということがわかる。

 そしてこの論理を疑う人はいないだろう。マイナスを掛けるということは、基本的にはこうした論理的要請からきているわけだ。私は数学は言語だと考えている。したがって言語に要請される「論理性」は数学にも要請される。いやむしろ、純粋に論理的な言語が数学だと言ってもよい。


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