橋本裕の日記
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2005年04月23日(土) 理想のゆとり教育

 先日、私のスローライフぶりを紹介した。そこで今日は、私が夜間定時制で行っている「ゆとり教育」ぶりを紹介しよう。まず、2時少し前に学校に着いたあと、職員会議のはじまる4時50分まで、私はそのほとんどをその日の授業のプリント作りにあてている。

 プリントを作りながら、授業の展開をいろいろ考える。私が教えているのは、一年生の一クラスと、二年生の二クラスだ。だから、二種類のプリントを作ることになる。プリント一枚作るのに、1時間半ほどかかる。

 その際、教科書は一応参考にするが、ほとんど無視する。日本の数学の教科書は生徒の教育心理を無視し、学問の歴史過程をないがしろにしている。これでは生徒の関心や興味を育てることもできないし、数学のほんとうの面白さも理解できない。

 これほどお粗末なものはないと常々考えていたが、これまでだと、その無味乾燥な教科書を無視することができなかった。なぜなら、ひとつの学年を複数の教師が受け持ち、統一試験を実施していたからだ。考査が近くなると、あわてて指定された範囲まで教科書の問題を片づけることになる。

 定時制でも一つの学年を複数の教師が持っている。たとえば1年生の3クラスを、私も含めて3人の教師がそれぞれ1クラスずつ持っている。2年生の二クラスは2人の教師が、それぞれクラスを習熟度に分けて持っている。しかし、授業展開はそれぞれの教師が自由に行い、試験も別々である。だから、私は私の思ったとおりの授業や考査を実施できるわけだ。

 十数年ぶりに手にしたこの「自由」が嬉しい。この「自由」があるからこそ、授業に創意工夫ができるし、話題をふくらませたり、脱線することもできる。つまり、私がこの27年にわたってつちかってきたものを思い切り発揮できるわけだ。

 1年生の数学�気亮�業は、まず整数の足し算と引き算、かけ算を教えた。3−5=2、−5+2=−3、−2×3=−6というレベルである。これを機械的に暗記するのではなく、じっくりその意味までさかのぼって教える。

 二回目の授業では、整数の割り算と累乗のかけ算や割り算である。三回目の授業では、分数の足し算や引き算、割り算を教えた。書き込み式のプリントの出来具合を見て回り、授業の最後には検印を押して回る。

 1年生は一クラス19名だが、数名の欠席があるので、14,5名である。2年生も同じくらいだ。このくらいだと一人一人に目がいきとどく。1年生のクラスの最前列には、私と同じ50歳年輩の男性が座っていて、私の言葉にいちいちうなずいている。

 生徒達は髪型も服装もまったく自由で、前任校だったら、まず「その髪はなんだ。直してこい」というところから授業がはじまるが、その必要はない。まず、授業が和気藹々とした雰囲気ではじまるのがよい。そして、驚くべきことだが、だれも私語をしない。私の苦心のプリントをみんな熱心にやってくれる。だから、授業が楽しいし、ほとんどストレスも感じない。

 ただ、いまだに一度も授業に顔を出さない生徒が数名いる。定時制の卒業率は毎年5割を切っている。授業の最初に、「数学は面白いよ。僕の授業を聞けば、ぜったい数学が好きになるからね」と生徒たちに暗示をかけたのだが、いまだに顔を見せない一部の生徒がこの先どうなるか心配である。


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