橋本裕の日記
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日本には三つの大切な宝物がある。ひとつはこの豊かな自然である。日本のような文明国でこれほどの自然が保持されているのは、まさに奇跡である。これは偶然でも何でもない。その背景に先人達のたゆまぬ努力があった。このことについては、また別の機会に書くことにしよう。
二つ目の宝は「万葉集」に象徴される日本古来の文化である。一口でいえばそれは「愛情の文化」であり、「いのちを尊ぶ文化」である。ここから「もののあはれ」や「わび・さび」といった繊細な感性が育った。こうしたすぐれた精神文化を私たちは誇りに思い、継承して行くべきだと思っている。
そして、三番目の宝が「日本国憲法」である。「人民主権」「基本的人権の尊重」「国際平和主義」を基調とするこの憲法は、人類数千年の歴史が生みだした叡智そのものである。したがってこれは世界の宝でもある。
日本は敗戦という苦い経験を経て手に入れた。これによって日本は、天皇を中心とする前近代的神権国家から、最先端の民主的平和国家になった。小学生がいきなり大人のハイカラな洋服を着せられたようなものだ。
この洋服を敗戦後の国民は歓迎したが、60年間着ていて、そろそろあきたという人も出始めている。なかには戦前の軍国主義時代の国民服のほうが日本人には似合っているという人もいる。ハイカラな洋服自体が、もう世界の情勢にあわなくなって、流行遅れになっていると主張する人もいる。
自民党を中心とする保守的な勢力の悲願は憲法改革である。国民のなかにもこれを支持する声は少なくない。とくに現実的に軍隊である自衛隊が存在するなかで、国権の発動たる戦争と、戦力の保持を禁止した<第九条>について、これをこのまま存続させるべきなのかどうか、議論になっている。
(第9条) 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 <2> 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。
友人の北さんが、昨日の「雑記帳」にこの問題をとりあげている。彼は「九条の会」のHPを見て、「どうしてこの憲法第九条第二項に関するはっきりした擁護論を展開しないのかが疑問である」とした上で、次のように書いている。
<憲法第九条を守る、ということは、九条第二項を守るということであろう。なぜなら、改憲を主張する最大の人物、中曽根康弘ですら、九条第一項はそのまま残せばいいと主張しているからである。古くは三島由紀夫が、九条の第一項はそのままでいい、第二項にはっきり自衛軍の保持を書くべきだと30年くらい前から言っていた。
九条の理念はそのままに、現実的な軍隊の保持は明記すべきだ、ということを、改憲派の本流は言っているのである。だから、九条の理念を世界に向けて発信する、なんて言っても、そんなことは改憲側でも同じ主張なのであって、「理念」については、表向き対立する所はないのだ。
表向き対立していないところを「いや、そんなこと言っているが本音は戦争のできる国にしたいのだ」なんて言って批判しても説得力はない。対立するところは、具体的に、軍事力を放棄するかどうか、というところだ>
これはなかなか急所をおさえている。そこで、今日は北さんのこの文章をうけて、私の憲法認識をかいてみよう。憲法問題について整理すると、次の三つの選択肢が浮かぶ。
�〃�法に従い、自衛隊を解散する。(自衛隊違憲)
��憲法の解釈をかえて、自衛隊を存続(自衛隊合憲)
�7�法を改定して、自衛隊を存続させる。(自衛隊合憲)
自民党のタカ派は改憲��である。自民党のハト派は、憲法の解釈を変えて、自衛隊を合憲にすればいいという�△領�場だ。日本の進歩的知識人も多くはこの主張に同調する。
私は自衛隊は違憲か合憲かと訊かれたら、「違憲」と答える。第1条で、はっきり武力を行使しないといっている。そして、第二条で、そのために(in order to)武力は保持しないと念押ししている。
自衛隊は明らかに武力であり、憲法上違憲というほかない。これを合憲というのであれば、あらゆることが許される。日本語は何と曖昧でいい加減な言語だろうと、だれも信用しなくなる。
憲法が成立したとき、このような曲解が出てくるとはだれも思わなかっただろう。これは明らかに、軍隊の存在を否定するものであり、そのことを疑う人はいなかったと思う。
ところが冷戦が始まり、アメリカはソ連や中国を叩くために、日本を使いたくてしかたがなくなった。かって、イギリスやアメリカは日本を使ってロシアを叩かせたが、それの現代版である。
しかし皮肉なことに、アメリカが求めた「軍事力の放棄」が、このアメリカの戦略を阻んだ。しかもこれがあるため、日本に思うように武器を売ることもできない。アメリカのたいへんな誤算だった。
日本がアメリカと戦争になったのは、ロシア戦争の資金をアメリカとイギリスの財閥に求めながら、そのときの約束であったシベリアの共同開発を、日本が拒絶したためだ。ルーズベルトはこの翌年に、オレンジ計画で日本を叩く計画を立てている。
話をもとにもどそう。自衛隊はあきらかに違憲であるというのが、憲法の正しい解釈だが、そうすると、自衛隊はすぐさま解散すべきなのか。
私はそうは考えない。自衛隊は即座に解散すべきではない。時間はかかるかもしれないが、憲法の精神にのっとり、近隣諸国との平和外交を心がける中で、これを解消していけばよい。
その場合、大切なことは、現状が「違憲状態」であるという自覚をもつことだ。この自覚があって、近隣諸国となかよくしようという努力が生まれる。
大切なことは、憲法を変えることでも、憲法の解釈を変えることでもない。武力が必要でない社会のシステムを、近隣諸国との友好を拡大することによって創り上げることだ。この理想に向かって、私たちがたゆまず歩み続けることだ。
また、こうした不断の努力が必要なことは、基本的人権にもいえる。第11条には、「この憲法が国民に保証する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と書かれている。基本的人権が尊重される世界で戦争は起こりようがない。
(参考サイト) http://www.ctk.ne.jp/~kita2000/zakkicho.htm
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