「ガムを食べた。」 DiaryINDEXpastwill
2001年04月04日(水) ご機嫌な家族と不機嫌な俺

父親の退職祝いに両親と弟と俺の4人で、ホテルのレストランへステーキを食いにいった。言い出しっぺは弟。
そういや姉も弟もお祝いのプレゼントを送った。
俺には何もできない。やるせない気分だ。

みんなステーキとビールだったけど、俺はウーロン茶にしといた。
身体のことをちょっと考えて。
冬の間ずっと、皮膚が痒くなるのが治らなかったし。。。
医者には2回くらいしか行かなかったけど、塗り薬を欠かすと、痒いのが広がる。
季節のせいだとは言われたけど、もしかしたらアレルギー体質になったのかもしれない。アルコールを飲むとまた悪くなりそうだから、止めといた。

レストランは、カウンターに座って目の前でステーキを焼いてもらうタイプの場所で、ステーキを焼く人がまたよく喋る人で、なんだか嫌だった。
他の3人はなんだか楽しそうだったけど。
あまり喋らない俺に向かって父親が、「この人はこうやって話すのも仕事なんだぞ。」と、どういう意図があるのかわからないことを言って聞かせた。
俺は話が弾みすぎて、「息子さん達の仕事」のことを聞かれないか心配だった。
それでなくても、世間から随分と離れている俺には世間話は無理だった。
とりあえず、黙々とおいしい食事を楽しむことにしていた。

途中、近所のお医者さんの夫妻がやってきて、挨拶をする。
「息子さん達、立派になられて。長男はどちら?楽しい盛りでしょう?いいわー!」なんておばさんがでかい声でいう。
「楽しみやら苦しみやら」なんて笑って答える母親。
俺はうつむくしかない。
普通の会話が嫌味に聞こえるなんて、情けないな。。。


40年も勤め上げた父。ご苦労様だよ。
だけど、自分勝手な言い方すれば、あんたは幸せ者だよ。
こうして仕事を続ける事が出来たし、結婚し子供もできたし、娘を嫁にやることが出来たし、「ご苦労様」ってねぎらいのプレゼントを贈ってもらえたし。
これからも、近所には親しい幼馴染みもいるし、いろいろ楽しい事があるだろう。
あと10年かそこらで、祖父が死んだ歳になるなぁなんて、それでも悲観することはない。その10年はきっと素晴らしく楽しい10年になるだろう。

唯一の汚点は俺だ。本当にすまない。
こんなに健康的で立派な人生を歩んできたあんたの息子なのに、
俺は人生があと30年も40年も続くと思うとぞっとするんだ。
できることなら、俺の命をあんたにあげたいよ。

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