Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2023年10月31日(火)





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三上がいうように、この述語一本立ては、一文のレベルを超えて、ピリオド越えを易々と実現していく。虚勢的係りのリズムとしては、《係っては結び、係っては結ぶ》を繰り返すリズム、いわば日本語の根本律動をなすものなのである。 別宮貞徳がいうように、日本語の詩歌における根本律動が、「押韻」レベルの律動としては発展せず、「四拍子」の「七五調」として発展した根本的な理由は、おそらくここにあったのである。西田幾多郎は、それを日本語の命題文における包摂の多重構造として身 体レベルで感受していただろう。 西田の場所論(「無の場所」による述語本立ての包摂の多重構造ついての論)に は、「主語・コプラ・述語」という主述の二本立てに対して、「述語一本立て」 の言語である日本語の特質に忠実な理論である、といえる。
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浅利誠
日本思想と日本語
コプラなき日本語の述語制言語
読書人 2023




アニキからあがた森魚名文いただく、このところあがた森魚ばかり聴いている、気付くとかけてくるUSB500、

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あがた 森魚
58分 ·
今日で今月10月も終わる。この1年間、そしてこの10月で、アルバム「海洋憧憬映画週間」のレコーディング、ジャケット仕上げて満了で終わる。 多くの皆様に感謝いたします。
29日だけはタルホピクニックで飛鳥山に行きました。果たして「無目的の目的」は、そこに成立したのか^^。その日は、都内は朝から雨だったがお昼には晴れた。雨の中では、楽器を鳴らしては歩けない。音無橋の下ではできるだろうが。だから、いつもいつも晴天に葉、感謝している。
(そして何より、足穂ピクニックに毎度毎度、関わったり、エールを送ってくれてる皆様、本当にありがとう。)
新聞では、その29日は渋谷のハロウインで人が集わず平穏だったことが報じられている。
ガザ地区への攻撃に対し、国連にて「人道的休戦」を121カ国のが採択とのニュースもあった。(それら、ニュースへの無頓着なわけはなくけれどもいかな頓着や??!!!!)
(「人道的休戦」とは、なんぞや??!!!!)
29日の「目的無目的」「意味無意味」の「ギターを背負(しょ)って歩く練習」には、いかなる、集う意味が? タルホピクニックの 「目的無目的」は、どのように、明日明後日へのリフレクションとなるのだろうか。
F氏からのメッセージ。
「昨日は、体調の事やその他の事があり、(昼の)タルホピクニックだけで失礼しました。一昨日の地元での生態系保護協会の事とここのところの仕事を含めたハードスケジュールで体力的に無理をしない方が良いと判断して早退。後ろ髪引かれる気持ちはありましたが、思い切って失礼しました。」一つのありさまとしてのタルホピクニックの「意味無意味」への参加、可能不可能としての月世界旅行への参加。
午後2時、飛鳥山アスカルゴ山麓集合時点で、札幌M高校の同窓会一行との遭遇。その中のご婦人の一人が「あがたさんですね?昔鬼子母神のアパートで隣に住んでいました」と、声をかけてきた。半分、記憶から外れていたその事実に、そのアパートは、当時、大変お世話になっていたTさんのアパートで、そのことが咄嗟にフラッシュバックされた。そのアパートの朗らかな光景、またTさんに過大にお世話になったことにも意識は去来した。そのことは、その10月29日に、飛鳥山の麓で、札幌M高校の同窓会一行に出くわさなければ、一生「記憶」には甦らなかったかもしれない「駱駝の穴」のような些細な出来事(記憶)だったかもしれない。
「生成する虚空にあること」という漠然とした概念がまた蘇り、しかし、それは、思い出話ではなく、今またここに「意味無意味」を道草の途としていること、「生成する虚空にあること」との、大きなつながりが、僕自身をつかまえた。丸沼高原の時計塔のある東北線王子駅や王子飛鳥山は、決して郷愁の場所ではなく、
今も人々は去来し、自ずから生じる既視感としてのデジャヴは未視感としてのデジャヴへとつながっていることに、強くつかまれる。白昼の幻想や!!!
この日は、もう一つ、小さくて大きなデジャヴがあった。その飛鳥山にて「あたらしいフェス飛鳥山2023」が行われていたことだった。
午後2時にタルホピクニックの一行は飛鳥山の麓を出発して、飛鳥山一帯をうろついて午後3時15分頃には、その「あたらしいフェス飛鳥山2023」の行われているステージに差しかかった。僕らは演奏を休み、20分ほど、観賞や交流を持った。それとて、束の間の偶然のしからしめるたわいないせつなではあった。「あたらしいフェス飛鳥山2023」がそこにあることの音楽的存在を、「生成する虚空にあること」の実態を、僕一個人は、うべなわれる虚空的実態として感じ取った。
10月の終わる今日は、渋谷(渋谷なのです)におけるハロウインや、ガザ地区における「人道的休戦」は、成立しているのか。自分一個人における2023年10月31日のこの刹那の希求、願望は、アルバム「海洋憧憬映画週間」の11月リリースが滞りなく達成されることだ。いくつもの歌をそこに込めたが、それは、未来へと連鎖する、朗らかで聡明な希求たりえているのか。(なぜ、未来へと連鎖したいのか、笑、笑、笑^^??!!、、、巨大な、意味無意味的テーマ、笑、笑、笑^^??!!)
それでも、聴いてほしい^^。ただただ聴いてほしい。今日のこの日記が、やはり相似系なように、これを、書きながら自分自身でドキドキしているのは、なぜだろう。日々の街の記憶も、今現在の記憶も、決して、過去形のものではないからだろう。少なくとも、兄弟たちの未来形のものではあるからなんだろう。きっと。]
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