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[2004年02月04日(水)] 雪月花



 雪月花(せつげつか)

 雪と月と花。四季における美しい風物。月雪花(げつせつか) ((つきゆきはな) )。






「――はぁ」

 僕は会社から出ると、外と中の温度差に身震いをした。

 ビルの中は汗をかくほど暖房が効いているのに、外はその汗が凍りついてしまいそうなほど寒い。それで風邪を引いてしまいそうなほどだ。

 時間は夜の10時過ぎ。ここまで遅くなったのは仕事が長引いた理由もあるが、氷点下の大気にこの身をさらしたくない、っていうのもある。夜が更けるほど気温は下がるので、無駄というより、むしろ逆効果だ。それは分かっているけど、こればっかりはどうしようもない。

 僕は冬が嫌いだ。

 理由は色々ある。その際たるものが、冬にはいい思い出がないっていうことだろうか。

 僕は昔、身体が弱かった。今も丈夫なほうではないが、小学生の頃はもっと酷かった。冬場になれば学校に行くよりベッドで寝ているほうが長かったくらいだから。

 医者に言わせると免疫力が人より極端に弱かったらしい。今人並みの生活を送れるのは、その頃から週一回で続けていた投薬と注射のおかげだ。まったく、医学ってのは素晴らしい。ってね。

 なんてもっともらしい理由を考えたりしてみるが、とどのつまり寒いのが嫌いだからなんだけどね。

 僕の友人は、『暑いほうが嫌だ』なんていう奴もいる。なんでも寒さのは服を着込めばしのげるが、暑さはいくら服を脱ごうともなんともならない、といのが持論だそうだ。いくら着込んでも寒いものは寒い、と僕が言ったために小一時間にわたる論議をしたが、結局結論は出なかったけど。






「はぁ」

 街路樹の立ち並ぶ道を歩きながら、僕は思わず溜息をつく。理由はわからないけど、そういう気分だった。

 決して、いつも通勤に使う自転車が朝起きたらパンクしていた、とか、そのおかげで3キロ近くを歩かなければならない、とかそんな理由ではない。……多分。

「――はぁ」

 もう一度溜息が洩れる。

 吐き出した息は白く、ゆらゆらと目の前で揺れながら消えていく。

「冬、だねぇ」

 思わずそんな当たり前のことを口に出してしまう。

 冬だから寒いのか、寒いから冬なのか。

 そんな取り留めもない馬鹿げたことを考えながら歩いていると、眼鏡に何かが張り付いてきた。

 ――水滴?

 それは次第に数を増やし、僕の視界の隅にもひらひらと何かが落ちてくるのが見え始める。

 って。

「――雪、か?」

 思わず手の平を上に向けてみる。寒さでかじかんだ手に、白い雪の結晶がちょこんと乗る。それは僕のなけなしの体温で、すぐに雫へと変化した。

「ん」

 何気に空を見上げてみる。それは気まぐれ。理由なんてない。ただ、僕がそうしたかったから。

「あ」

 僕が見上げた先にあったもの。それは――月。

 薄い雪雲でぼやけて見えたが、それは紛れもなく月だった。

 月の淡い光に照らされながら、雪はただしんしんと降り続ける。

 それはどこか現実離れした幻想的な光景で――

 いつもなら傍の大通りにはこの時間でも車が行き交うはずなのに、その喧騒は聞こえず――

 僕はただ、目の前の景色に目を奪われていた――






 音が消え、世界に僕しかいないのではないか。






 それでも不安なんて感じず、ただ魅入っていた。






 それは10分? 1時間? いや、もっと短かったんだろう。

 バイクの奏でる、けたたましい排気音で我に返る。

 走り去るバイクに少し未練がましい視線を送りながら、僕はまた月を見上げる。雪は未だ降り止まない。

 さっきと同じ光景。

 でも先ほどのように、心が奪われることはなかった。

「――ははっ」

 なんとなく笑い声がこぼれる。いつの間にか止まっていた足を動かしながら、僕はなんとなく考える。






 ――少し、ほんの少しだけ、冬が好きになりそうだ。



















 「実録小説日記」、とか銘打った当作品。事実と虚実を織り交ぜつつ、またこういったものを書こうかな、とか思ってみたり。





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