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[2004年02月09日(月)] 猫のいる風景



 冬の寒空の下、僕は近くのコンビニで買って来たサンドウィッチにかぶり付いた。

 ここは公園である。当然屋外だ。つまりは寒い。

 何故寒いのが嫌いな――というより苦手――な僕がこんなところで昼食を摂っているか、というとあまり理由はない。

 強いて言うならば、

「空が青かったから、かなぁ」

 どんよりと灰色の重い雲が覆い尽くす空を見上げながら、誰にともなく呟いてみたりする。

 ひゅーるりー、と北風が身にしみた。






    猫のいる風景






「あー、寒っ」

 そう言いながら、温めの缶コーヒーを啜る。口に出したところで寒さが緩和されるわけでもなく、逆に体感温度は下がるのではないだろうか。

 身体を小刻みに震わせながら、再びサンドウィッチを頬張る。

「うん、冷たい」

 ――まぁ、サンドウィッチだし。

 なんかもっと寒くなってきた。

 こんなに寒がっているのなら、早いところ会社に戻ったほうがよさそうなものだが、一度下げた僕の重い腰はこんなことじゃ上がらない。それに今ここを立ってしまったら、何か負けた気がするので嫌なのだ。何に負けるのかは、僕自身いまいち分かっちゃいないけど。

 そんなことをぼんやり考えていると、なにやら僕に近づいてくる物体が一つ。

 人間ではない。人間にしては小さすぎる。

 四本足で、颯爽とした歩き方のそれ。

 食肉目ネコ科の哺乳類。というか、猫。

 そいつは僕から1mぐらい離れたところで座り込んで、じっと僕のほうを見つめてきた。

 僕がそいつの目をじっと見ると目をそらす。だけど僕が目を離すと、再び僕のほうを見つめてくる。

 というか、僕、というより、僕が食べているサンドウィッチを見ている、と言った方が正しいのかな。この場合は。

 現にそいつの目はサンドウィッチからぴたりと離れてはいない。

 ――腹、減ってるのか。だめだめ、俺も腹減ってんだ。それにこれは人間様の食事だい。

 とか思いつつ、再び口に運ぶ。

 そいつはあいも変わらず、じーっとこちらを見つめている。

 なんだか恨めしそうに。

 ――む、無視だ。無視。

 食べる。

 非難度合いが強くなった気がする。その視線を言葉に例えるのなら、じとぉ、だろうか。

「ああ、分かったよ。もう」

 結局折れたのは僕のほうだった。

 すこしだけ千切って猫の目の前に放ってやる。

 そいつは少し飛び退いて、恐る恐る僕の投げたサンドウィッチ(チキンカツ)に近づいていく。興味深そうに匂いをかいで、かぶりついた。

 ――ふむ。我の寛大な心に感謝しろよ。

 などと考えていると、向こうはもう食べ終わったらしい。再びこちらをじぃっと見ている。言葉にするなら、

「もっと寄越せ」

 だろうか。

 僕は、はぁ、と溜息をつき、再び千切って放ってやる。

 しばらく、静かな静かなお食事会が続いた。





 僕が最後の一切れを食べ終え、腰を上げて伸びをする。

 猫は未だ僕の顔を見ていた。

「もう終わりだ。残ってないよ」

 そういってやる。僕の言葉がわかったのか、ただ単に食べるものを持ってないことに気付いたのか、猫はふいっ、とよそを向いて、そのまま歩き去っていった。

 ほんの少し、寂しくなった。

 なんというか、感謝の気持ちがあってもいいじゃないか。

 鶴だって恩を返すために自分の羽を引き抜いて機(はた)を織ったんだぞ。

 というか、無生物の地蔵でさえお供え物を家まで持ってきたんだぞ。

 ――ああ、そっか。猫は気まぐれだから、猫なんだっけ。

 猫が晴らすのは恨みであって、恩じゃなかったっけか。

 ま、どうでもいいけどね。

「じゃ、またな」

 なんとなく立ち去る猫の背中に向けて、そう呼びかけてみる。

 そいつは振り返って僕のほうを一瞥すると、何事もなかったかのように茂みのほうへ向かっていった。




「いつか懐いていた猫は、お腹すかしていただけで〜。っと」

 耳に残っていたフレーズを口ずさみながら、僕は会社へと帰っていく。

「さて、もう一頑張りしますかね」

 空はまだ晴れず、重い雲は敷き詰められている。北風は未だ吹き止まず、ついでに財布の中も寒い。

 ――まぁ、こんな日もあるだろう。

 ぼんやりとそんなことを考える昼下がり。

 どうやら春は、もうちょっと先らしい。




















「実録小説日記」第二弾でございます。私は猫より犬派ですけど(w





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