日テレの「きょうの出来事」を見る。
イラク戦争の現地取材を行っていた、佐藤和孝さんと山本美香さん が、無事帰国したとのことで、番組でイラク戦争の特集を組んでいました。
戦渦の只中で、ジャーナリストという立場の人間が体験した ありのままの状況を切り取った、画像も荒く、構成もない、 荒削りなレポート映像を見ていたら、やりきれない気持ちになりました。
近年の戦争では、情報操作も重要な作戦の一つであり、今回の戦争でも アメリカもイラクも、厳しい報道規制を敷き、自国に有利になるような映像 ばかりを、競ってプレス達へ撮らせようとしていました。
爆撃を受け倒壊した家屋や、血塗れの一般市民。 圧倒的な戦力の差の前に命を落とし、ゴミのように放置されたままの兵士の死体。 フセインの像を倒す市民たちの姿や、ブッシュに感謝しフセインを罵倒し 略奪を繰り返す市民。
作為的にせよ偶発的にせよ、すべては事実でありながら、真実の一部で しかなく、客観的な視点から総合的かつシンプルな判断を下すことは、 不可能に感じました。 私たちが目にした戦火の様子は、現地にいるジャーナリスト達によって 齎されたものでしたが、戦争の現場にいて生命の危険に晒されるといっても 当然のことながら、イラクにいる一般市民の人々と同じ視点では、この惨状を 捉えられないと思います。
ただ、ロイターの特派員がアメリカの攻撃を受けた映像は、ジャーナリスト の人々が体験したもっとも生々しい戦争の姿が、そこにあったように感じました。
爆音に、あつまる各国の報道員たち。 なにが起きたのか、「攻撃されたらしい」「アメリカが?」少ない情報から 現状を把握しようとしながら飛び込んだ、ホテルの室内。
粉々のガラスの破片の中、血塗れで倒れるロイターの報道員。 飛び交う怒号。みんなで負傷した報道員を担ぎ上げ、運び出す。 ベランダには、カメラマンの死体が、襤褸切れのように倒れている。
カメラは女性の山本さんが持っていたようでしたが、パニックに陥り 悲鳴を上げ、涙が止まらず、佐藤さんに「泣くな!」と怒鳴られ、 しゃくり上げながら、彼女は「畜生!」と罵倒していました。
何故、彼らが攻撃され死ななければいけなかったのか。 つい先刻まで話を交わしていた隣人が、絶対的な力の前に、なんの理由もなく あっけなく命を奪われる現実。
血塗れの揺り籠を指し示し、その中で眠ったまま爆撃に吹き飛ばされ 死んだ赤ん坊の話を、繰り返し繰り返しカメラに向かって怒鳴り散らしていた イラク人のおじさんと、彼らはその時初めて同じ視点で戦争を見たのだと思う。
イラクを解放するという、ブッシュの判断が正しいのか誤っているのか、 そんな客観的な判断は、戦争の中には必要ないのではないか。
親しい友人や家族や恋人が、本人にそれだけの理由もなく殺されれば、 誰だって殺した相手を憎むでしょう。 国家の再建という大局の中で、それがやむを得ない死だったと説明されても、 憎しみや遣り切れなさが消える訳ではない。
戦争は個人同士の感情の衝突ではなく、国家という大きなカテゴリーの問題 だと思っていましたが、ちっぽけで極々平凡な一般市民が、親しい人々や 自分自身の命を、突然理不尽な理由で失うことで、憎悪を募らせていくような そういった非常に身近で、ある種利己的な部分の問題なのだと思います。
どんなに戦場の惨状を見ても、実際に身近な人が殺され、自分の命が 危機に晒されなければ、戦争を体験したことにはならない。
大切な人を殺した奴らが憎い、いつか復讐を、といった根深い憎悪を 生まずに戦争をすることは、結局不可能で、その現実が変わらない限り、 戦争による問題解決もまた、絶対に不可能なのだと思う。
大切な人を殺されて、自尊心を踏みにじられ、そういった屈辱や憎悪を 全て許容して、戦争のない平和な社会を、などとは、なかなか言えない。 日本に安穏と生活している以上、戦争についてあれこれ偉そうに言う 資格は、誰にもないのかもしれません。
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