NY州在住 <旧『東京在住』・旧旧『NY在住』>
kiyo



 究極の寿司

 寿司ネタ三回目。これで最後です。でも、これを紹介せずにはいられない。

 私の生まれ故郷、柳橋にあるお寿司屋さん。ここはどこよりもおいしい。ここよりおいしい寿司に出会ったことがない。だからといってとても高価なわけでもない。

 サービスも、最高。彼が気にするのは、客のお茶・がり、がなくなっているか否か。今日の天気の話すら、向こうからしてくることはない。もちろん、私が話しかければ、にこやかに対応してくれる。しかしながら、相手の方から、余計な話をしてこないし、いつも一緒に行っている人の話をすることは全くない。ただ黙々と寿司を握り続ける。

 その仕事たるや、これまで紹介しているお店のように、見た目が繊細そうではない。しかしながら、口に広がる味ははるかに奥深く、生ものなのに、なぜか香り豊か。ネタ一つ一つに実は味わうべき香りすら計算にいれていることが分かる。ヒラメ・真鯛・シマアジ・トロ・煮蛤・鰺(あじ)・締め鯖・・・並ぶ品々はどれもとてもオーソドックス。しかし、定番であるがゆえに、彼の仕事の細やかさ、卓越度がみてわかる。なぜなら、下に乗せた瞬間に鳥肌が立つから。うなる余裕すら与えない。

 ちなみに写真にあるように、車も通れないほどの小さな路地に二つの寿司屋が向かい合って存在する。おもしろいことに古い方のお店が父親の、新しい方が息子の店なのです。父親の方が典型的な寿司ネタが多いでしょうか。息子の方も超有名店で修行を重ねてきただけあって、手抜きの一切ない仕事を加えた寿司を展開する。気分によって、「うん、今日は父親の店に行くか」なんてことに。

 今日は、連れを待っている間、旬の鰹(かつお)を刺身にしてもらう。一センチくらいの切り身の間に、ニンニクを薄く切ったものが挟んでおり、ショウガとネギとで、しょうゆにつけてたべる。柔らかく、とろける食感を味わう。初鰹は秋の鰹に比べて、脂がのっていないというけれども、実はちょうど良い感じでした。

 そして握りの最初は中トロから。香り深い、決してその脂がボリューム感を感じさせることがないマグロ。一回食べればそれで十分。トロの魅力をたった一回で描ききってみせる!そんな迫力のある味。

 腕の良い職人は、時間もかけない。注文後数秒ででてくる。だからといって、雑なわけではないところが彼の「技」なのでしょう。にこやかに、しかし、真剣に創られる寿司の世界を堪能するには、締め鯖、煮物など仕事をより加えられているものを味わずには始まらない。

 煮蛤。煮すぎれば堅くなる。煮が浅ければ生臭い。完璧な「煮」が巨大な国産蛤を至高の味へと変化を遂げさせる。口にいれば分かる。筆舌に尽くしがたいとはまさにこのこと。何十年にも渡り、彼が守り続けた、ツケと一緒に味わうと、ただ単に甘いだけではない、複雑玄妙な蛤の姿を知ることになる。

 そして、終わりに近づいて今度はさっぱりとしたものを食べたくなる。そんなときには、ヒラメ。それも縁側。一匹からなんと三つしか創ることが出来ないそう。6時の開店と共にはいった幸運は、じつはこの「えんがわ」を味わうことにある。一見、味気なさそうな白身魚も、実は奥に、力強く、特徴のある味を秘めていることを思い知らされる。そして、その裏にはなんといっても、彼の包丁裁きに寄るところが実は大きい。

 ネタを全部食べ尽くしたいところだが、胃袋に限界があることを呪いながら、暖簾を後にする。次が楽しみで楽しみで。でも、これでもう、寿司が食べることがない、と思っても、思い残すことがないくらいの満足をその店は私に与えてくれた。

 とはいえ、きっと私は来月も通ってしまう。


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2006年04月01日(土)
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