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■ 異国の話をしてみよう
だんだんイサカが寒くなってきた。日本であれば九月でも、汗ばむ気候が無くもない。ほら、この季節台風とか熱帯低気圧になって蒸し暑かったりするじゃないですか?
しかし、日中でも半袖では、厳しくなってきた。もっと厳しくなるのだろうな、と思っていた日曜日(昼過ぎまで寝て、さらに寝ながら、youtubeで『東京ラブストーリー』を3話続けて見てリカに惚れ、メールの返事をやはり寝ながら書いて、『のだめカンタービレ』を30回目くらいになるが読み返していたらベッドの上で四時になった。うん、ネットとレッツノートさえあれば私はベッドの上だけで一週間は過ごせるね、っていうか括弧の中が長すぎですな)、寒くなってきたなー、紅葉も始まった?っていうか寒いといえば、NY。もっと寒いといえばソウルだなー、と変なことを思い出した。
そういえば去年の冬ソウルに行った。(春も行ったが)そうです。あそこはNYより寒かった。(文字通りの「さむい」という意味ですからね。勘違いしないように。松っちゃんとかがいう「さぶっ!」という意味も含まれているように思うが、この場合のみそうではないと思ってください。そこの人。そう、君だ。みちあき)
これだけ寒ければ、辛いものも食べられるかもしれない、と思って勧められて試したトッポッギはやっぱり食べられなかったが、通りを埋め尽くす屋台の湯気を見ると、「お〜これが韓国では暖かみを感じる風景なのかもしれない」と思ったものです。日本でいう植木に稲わらが巻いてあったり、温泉宿の浴場から立ち上る湯気だったり、赤提灯の灯りだったりするようなものだろうか?(にしちゃ、わざとらしいまでに「可愛い格好」をするくせに、女の子たちがスルメを囓ってたりするのはいただけない。この辺がさむい)
いずれにしても、少し思い出すために、ベッドの上で、あのときの画像を眺めていると、今自分の周りにある環境とも違うことがわかる。そして同じところもある。大陸特有の少し薄い色の土や、少しほこりっぽい町並み、開発か内戦か環境への関心の薄さかわからないけれども太い幹の少ない街でした。でもイサカくらい坂道が多いところとか、大学がどこも山の上にあるところか似ていたりするんじゃないか?とか思ってしまう。
ここにはヨンセイ大学で食べたソウルで一番おいしいスンドゥブチゲはない(本当だよ。一番おいしいんだから)
世界がもし100人の村だったら?きっと100人とも同じところがあって、違うところもある。ミサイルをとばそうと思う人がイサカにいるかもしれないし、キムチが嫌いな人があの半島にもいるかもしれない。東京ラブストーリーを知らない日本人もいるかもしれないが、レバノンで空爆を受けて逃げまどっている人の中には、いつか「かーんち♪」と呼ばれることを夢見ている人がいるかもしれない。
こういうと、結論は、差別とか偏見とかカテゴライズとかやめよう、ということのように思えるかもしれないが、そうではない。三国人呼ばわりもすればいいと思うし、今日もどこかで起きている虐殺と破壊に無関心でいればいいと思う。でも、自分が好きなこと、見つけたことを同じように思った奴が世界のどこかにいるかもしれない、と思えるだけで結構わくわくできるんじゃないかと思う。
日本庭園・明治建築を見て興奮すると言っていたファンドマネージャーがいた。 敗戦の日には靖国神社にいくといったパンクバンドのドラマーがいた。 正月駅伝をこよなく愛する文学研究者もいた。 短歌を毎日作り続ける農協職員もいた。 アイドル狂いのめちゃくちゃ格好いい男性モデルもいた。 大江健三郎を信奉するイラク人有機化学研究者もいた。 全裸でシャワールームで懸垂をすることを日課とするハウス系DJもいた。
でも、きっとそんな人もっといるかもしれない、と思うだけで人の話を聞くのはおもしろい。
やっとおちがついた。 さ、宿題に戻ろう。うん、あと五時間はかかる。がんばろう。
写真は上から ・どっかの門。東大門とかそういう系の門。南かもしれない。よくしらない。シティホールが近くにある。 ・屋台をみて喜ぶ私。 ・滞在したホテルが南山というところにあって、山の上にあった。その窓からの風景。
2006年09月18日(月)
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