ずっと昔、幼稚園のころ、私はピアノを習っていた。 母が好きだったピアノ。 私の意思を尊重してくれる母にしては珍しく、 母の趣味で通わされた習い事だった。 母はきっとピアノが上手になって欲しかったのだろう。
けれど、私はいっこうに上手くならなかった。 ピアノ教室のみんなのリズムの難易度が上がって行っても、 私だけ「ズンチャッチャ」という簡単なリズムで弾いていた。 当時は私もみんなも幼かったから良かったけれど、 今だったら私はきっと教室に行かなかっただろうし、 みんなはきっと私をばかにしただろう。
母は「かわいそうなことをしたと思うよ」とこぼす。 祖母は「付き添いで行ったとき、ずいぶん下手だと思った」と言う。 私だっていやだった。 ピアノ教室なんか大嫌いだった。 弾けども弾けども上手くならないし、 楽譜も素早く読めないし。
おうちで母に無理やり練習させられたこともあった。 夜遅くまで、何度も何度も。 私は泣きながら練習した。 音色なんて関係なく、ただ、ミスせずに弾くだけ。 あれほどつらかった音楽は他にない。 やっとその曲が弾けたとき、私は泣いた。 けれど、それは「やっと弾けた」という 嬉し涙だったのだろうか。 それとも、「もう練習しなくていいんだ」という 安堵の涙だったのだろうか。
ピアノの才能はまったくなかったけれど、 私には歌の才能と絵の才能があった。 いや、それが才能なのかは分からない。 ただ、好きなだけ。 それでも、下手に才能があるだけよりはずっとましだ。 歌うとき、絵を描くとき、私はただ熱中できるから。
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