● おさるのひとりごと ●


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2008年03月26日(水) 上野・聚楽台

上野の聚楽台は、私が小学生の時に初めてばあさんと妹と3人で上京したときに、最初に入ったレストランだ。

その聚楽台が近く閉店すると言うことを、今朝の電車の窓から見かけた。
「50周年ありがとう。上野聚楽台は閉店します」とかなんとか言う文字が書かれた横断幕を見ると
なぜだか涙がはらはらと流れてきた。

聚楽台はたぶん、私が生まれるうんと前からあって、それは集団就職とかなんとかが盛んな時代で、
当時、上野と言えば東北への入り口であり(新幹線とか寝台とか、まだ上野までだったと思う)
この駅では数々のお出迎えと上京者が出会った場所であったのだと思う。
そんな夢一杯の上京者を、最初に出迎えていた「都会」の一端を担っていたのは聚楽台ではなかったのか。

まだまだ田舎が田舎らしかった頃、私も例に漏れず初めての上京で初めての聚楽台に行き、初めての食事を食べた。

煌びやかな店内。
床はガラス貼り。
そしてその下をゆったりと泳ぐ色取り取りの魚たち。

見るモノ全てが珍しい田舎モノとして、まだ純粋だった子供として、「聚楽台」と言う所は
「さすが都会のレストラン」なところだった。
食事しなくても、店内にいるだけでわくわくした。

あの頃、ばあさんもまだ若かったし、綺麗だった。
そして初めての景色を見て目を輝かせる私と妹を見て、嬉しそうに笑っていた。

その後、上京して、再び聚楽台を見るも、入ることはなく、むしろ時代に取り残された産物的な、
格好悪いイメージしかなく入ることはなかったけど。

あの時の、あの風景。
今は亡き、ばあさん。80まで生きて、死んだばあさん。
それが一瞬に蘇ってきて、涙がぼろぼろとこぼれる。
毎日、視界には入っていたはずの聚楽台だけど、こうして閉店の横断幕を見ると思い出すなんて。
人間、失くしてから知ることが多すぎるな。





ちなみに、さっきHP探してみたら、2年後には再開するらしいけど。
でも、あの頃の思い出は今の聚楽台と共に封印されるんだろうな。
電車での涙は「花粉症のせい」と言うことで。


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