2005年10月16日(日)
ウタゲから1年


早いもんで、我らの婚礼祝賀のウタゲからちょうど1年経ちました。

↑ある意味、いい記念日だった(爆)

あの日に限って言うならば、本当に、初めて心底、愛想が尽きたんです(苦笑)。
まぁ、そうは言っても気質が真逆の相補性夫婦なんだから、今日まで平穏無事にやってこられたのは
ある意味快挙ですし、あの日以来、本気でそう考えたこともないし・・・・浮気その他もしてないし(爆)。
(あぁ、あたくしの方はね(* ̄m ̄) ププッ)


そんなこの日は、別段、祝宴を再び・・・・というアレもなく、ぷよ2は夜勤だし。
ひとりでのんびりと過ごしておりました。
月の使者は忘れ物をしたのか、一旦荷物だけ置いて、どっかに行ってしまうような有様だし( ̄∇ ̄;)
とにかく、ここ2、3日、どうにもならない倦怠感を持て余しておりまして、
あんまり、祝う気分でもなかったし。
もしや、コウノトリが飛来?? というちょっとした勘違いもあったんですが、
それもどうやら本当に勘違いだったらしく、使者は忘れ物を取りに帰ったてからはどっしりと居座り始め
通常の2、3倍の倦怠感をひしひしと味わっているところなんです(苦笑)。

精神的にくるPMDDはあんまり酷い症状にならず、今回は軽いPMSだけで済んでいきました。

さっき、ちょうど1年前の記録を読み返すと、まさに戦禍の只中のような状況で、
当時のことがそれは鮮やかに甦ったんですが、月の使者までが1年前の同じ日にやってきていたとは
こればっかりはすっかり忘れておりまして、全てウタゲのハイテンションで乗り切ったオノレを
めちゃくちゃ褒めてやりたい気分になりました(笑)。
加えて風邪までひいており、よく頑張ったよな・・・・自分。。。。とか思ったり( ̄∇ ̄;)
そんな今年は、季節の変わり目に下手な風邪もひかず、
あのハイテンションな医者、ヤマナカの世話にもならないまま、1シーズンを乗り切りました。


1年経つと、自分の住まいの周囲の環境も次々と整いだして、通り向かいの小児科が月曜には開業。
その小児科から3分も歩かないところに、産婦人科があり、
そしてその産婦人科の通りを更に5分程度歩くと、今度は新しく内科が出来る予定だそうで、
暮らしやすさもメキメキ向上中。
ヤマナカのところまでは、体調不良の時は車を出さないとちょっとなぁ・・・・という距離だったのが
這ってでも行ける所に内科が出来る♪♪というのは非常にありがたいことで、
それこそ、今後、本当にコウノトリが飛来した時なんかには、内科・婦人科・小児科が徒歩圏内♪
というこの環境・・・・絶対に動きたくないっっ( ̄^ ̄)
この内科開業予定地のすぐ隣には、最近24時間営業になったスーパーがあり、
「不良主婦」にとっては至れり尽くせりの立地条件。
(下手に実家に帰るよりも居心地がいいようになった(笑))


この夏は色々あって、どちらかというと、自分と向き合うことに傾倒してきたので、
1シーズンをほとんど「ひとり」のために費やした。
なので余計に、「あっという間」という感じ。

ぷよ2はこの日に甚く感慨を覚えるようだけど、あたくしはそれほどでもない。
ウタゲはあくまで「お披露目」であって、その下準備に携わった人々のことも顧みると、
とても感慨深くなれないのだ。実際、すごく大変だったし、のほほんとしていられなかったし。
そんな嵐のような1年前のちょうどこの日、緊張を隠しきれないまま、それでものほほんとしていた
ぷよ2は本当に幸せで、おめでたいヤツだと思う。
あたくしまで「夢見るユメコ」だったら、きっと始末に終えない夫婦になってんだろうな( ̄∇ ̄;)
あの日のあたくしは、確かにハイテンションだったけれど、主役に祀り上げられても
スタッフの動きや香盤に目を光らせていたので、一時たりとも休まらなかった。
主役とは名ばかりで、ほぼ「演出家」に近いポジションにいたからかもしれない。
( ̄∇ ̄;)・・・・職業病だな、コレは(苦笑)。
ちょうど芝居の本番のような目まぐるしさで、感覚がそれとリンクし、
ハイテンションの種類も酷似していたので、自然と、幕が下りるまではとにかくパーフェクトを目指す!!
みたいな感じに摩り替わってたんだと思う。

同居と挙式の日程をずらして、ホントによかったよ・・・・それだけはしみじみ思う(笑)。

ぷよ2は外で仕事をしてきてくれているので、ウタゲは彼にとって、
本当の「パーティ」になったことだろう。あの日のことをうれしそうに話すし・・・・。
普通は逆なんだろうけれど(苦笑)。
(「結婚式は花嫁のためのもの」なんて、業界でもそんな常識が罷り通っているくらいだし。)
でも、ブライダル業界の一面を垣間見たことで、あたくしは楽しいよりも何よりも、色々と勉強になった。
企画プレゼンの通し方、プランの組み方、予算の立て方、会場の設営や管理、
もう、様々なところが勉強になった。
色の調和や音のゲージ、全体のミザンス、進行の手際・・・・全部プロの仕事なので、見応えがあった。
そういう部分では、とても刺激的で、もう二度と「自分の結婚式のプロデュース」をする機会など
ないだろうから、そういう部分では非常に楽しめたけれど・・・・。
確実に「フツーの花嫁」とは違う角度で以って、打ち合わせの度にあれこれと切り込んでくるあたくしを
同業と勘違いした部署の人もいたっけ。(装花全般担当、衣装・美容担当)

「あの規模のカクテルドレスを着て、あんなに普通に歩ける人を初めて見ましたよ!!」

いや・・・・( ̄∇ ̄;)
決して普段から着ているわけじゃないんですけどね(爆)。
どんな手枷足枷がついていようとも、普通通りに動く・・・・というのが信条の世界で、
カクテル(カラー)ドレスなんてものは、確かに動きにくいけれど、アレより大変な衣装はいっぱいある。
それを思えば、サーバメントが普通に料理を運ぶ隙間を普通に歩くことくらい、わけはない。
あぅ・・・・♪ 黒いドレスにしてよかったよ♪ あのハコ(会場)でこの1年、黒ドレスはなかったと思う。

装花は最終的には面倒になってきてしまったので(爆)、
配色の勉強をきちんとしたぷよ2に一任したけれど、
始終、壁の色と面積、天井の高さ、自分の着る予定の衣装を想定して悩むあたくしを見て、
装花担当のおにいちゃんは

「お詳しいですね・・・・色彩の勉強か何かをなさっているのですか?」

と聞いてきた(笑)。
いやいや・・・・全然詳しくないよ。無勉強が恥ずかしい。特に花のコトなんかさっぱり( ̄ー ̄;
春の旬、夏の旬は見当がつくけれど、問題の秋の旬が何であるかはノーチェックのままだったし。
色の勉強はしていないけれど、全体のバランス、ミザンスは死ぬほど体に叩き込まれたので、
目に煩いものが何であるかは、体がそれとわかるようになってしまっていた。
花というモチーフにそれを置き換えて考えると・・・・という変換が最終的には面倒になってきてしまったので
候補4色を挙げて、その中からぷよ2に決めてもらったのだった。
・・・・まさか、このハコ(会場)、明かりに色なんか入れないよなぁ?? という部分は心配だったので、
その確認を取ったら、上記のようなことを言われた(爆)。
明かりに色が入ると、化粧の色も変えなきゃいけないじゃん(笑)。
露出部に塗る塗らないで、最後まで美容部と揉めてたんだから(爆笑)。<厄介な花嫁だなぁ、オイ。
そりゃもう、嘗め回すように会場の隅々までチェックをする花嫁だったので、
何回目かの打ち合わせの時には、出入り業者も真剣になってきて、こっちにも張り合いが出てきた。
死ぬ気でやってもらわないと困るんで(笑)。


結果、このウタゲが終わった時、あたくしはホッとした。
幕が落ちきって、客の追い出し・完捌けをやりきって初めて、「素」に戻る「あの」感覚だった。
帰っていく客の顔を見て初めて、あたくしは満足する。ダメだなぁと思うと、楽屋でこっそり泣く。
ただこの日は、2ステ3ステ決行当然のスケジュールで、ホッとしているヒマも、
さめざめ泣いているヒマもなく、たった3時間の睡眠時間で、稼働率は20時間弱という
病後初めての「もんすごい1日」だった・・・・ということだけ鮮明に記憶している。
周囲にそれとなく聞いてみると、女性側はほぼ80%の確率で、
結婚式や披露宴に淡くてあったかい思い出はそんなにないなぁ・・・・という意見が返ってくる。
「やり足りなかった」
「とにかく疲れた」
「準備に体力も精力も全て奪われた」
ときて、果ては
「何だったんだ、アレは??」
と記憶の怪しいのまでいた( ̄∇ ̄;)

まぁ、つまるところアレだ。
業界や男性の予想や定石を超えたところに、花嫁やオンナの本音がある・・・・そういうことだ。

↑いづこもおなじ

コレは女性側は全て口コミで情報交換がなされるものの、男性側はほとんど未対応。
ブライダル業界もそろそろ、男性専門誌を出すべきなんじゃなかろうかと、あたくしは
その需要を感じている。
確かに「結婚式」は2人のものだけれど、所詮、オトコとオンナは違う生き物なんだから、
全く違う切り口で読み解いていった方が、精神衛生上、企画進行上よろしいと思われる。
少なくとも「何だったんだ、アレは??」というカップルを出さないためにも(苦笑)。

あさみ


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