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愛と怒りは同時に存在する。

最近ロムさせてもらってるブログを読んで。

今回の記事で母親の事に触れていた。
時折登場するその方の母親。
その度に私は、まったくの他人事ながらその母親の態度に腹を立てていた。
『そんなひどい仕打ちってある?』と怒っていたのである。
読んでいてムカッとくるくらい、その母親の言動はその方を傷つけていた。
(と、私が感じていたという事なのだけど。)

今回の記事。
またしても『そりゃあ、ねぇだろ!』と突っ込みたくなるような内容。
子どもの苦しみ、心情をまったく理解しようとしない、出来ない母親。
(自分の親に通じるものがあって余計に腹が立つのだろう。)

しかしそのブログ主であるその方は、そんな母親に反論しようとしない。
むしろ、自分の性格に問題があるのではないかとまで考えていた。
そして、かつて母親から得た愛情を思い出し、癒されたと言う。
たとえ今現在、心に突き刺さるひどい言葉を吐かれていたとしても。

『でもあの時は・・・。』

いつも読ませていただいて感じるのは、この方の頭のよさ。
優しい人だなぁとも思っていた。
内容に同意、納得出来る事も多々ある。
だからこそ、また読みたいなと思ってたびたび訪問しているのだ。

しかし今日この方の頭の良さが物事を頭で処理させてしまっていると気付いた。
それは今までうすうす感じでいたことなんだけれども。

今現在、自分に対してひどい事を言っている母親に対して、
『いやいや、それでもあの時は優しくしてくれたんだ・・・。』
と、母親を許そうとしているように感じた。
また、自分の母親がいい母親であると思いたいというのもあるのだろう。

これはもちろん私の経験に基づいた憶測であるので、
実際にご本人がどう思っているかはもちろん分からない。
これが正解だとも思っていない。
このブログを読んで、私の中に湧き上がってきたものだから。

私が日頃、この方のブログに感じていたのはこれだと思った。

『押し殺された感情』
『自分を後回しにしてしまう癖』

頭で感情を抑え付けてはいけない。
殺された感情は悲鳴をあげる。
身体の中から、自分を壊そうとする。

過去の母親の愛を、嬉しくありがたく受け取ることと、
現在ひどい事を言う母親に、腹を立てること。
これら二つは矛盾などしないんだ。

嫌だったら嫌だと言えばいい、ひどい!と叫べばいい、愛して欲しいと伝えればいい。
そんな感情の流出を止めてはいけない。
それは罪ではない、ましてや欠点なんかじゃない。
人間として自然な感情だ。

この感情の流出を自分に許そう。
そうじゃないと、これからますます辛くなってしまう。

自分は誰かの次じゃなくていい。
自分を一番にしていいんだ。
自分が先に幸せになっていいんだよ。

私がこの方と友達だったら伝えたい。
いや、直接伝えなくてもこの思いは伝わる。
そういうものだ。

☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆

振り返ってみて、この文章は自分に言っているのだと気付く。
この方の記事のおかげで、私はまた私を癒すことが出来る。
ほんとうにありがたい。
2005年05月14日(土)

自分を甘やかすことが出来ない。

友のブログで出会った言葉。

あなた自身に無条件に優しくなりなさい。
あなた自身に無条件に優しくすることが、奇跡への始まりとなります。
人類という花は、奇跡なのです。
    マイケルJ.ロ−ズ「真理を生きる�供�

あぁ、いい言葉だ。

いつもいつも、自分の生活を厳しく見つめている。

『こんなことをしていていいのか。』
『もっと他にやることがあるんじゃないのか。』
『次にやってくる困難のために備えなくていいのか。』

今の私の生活。

相方もいる。
仕事もある。
身体の調子も比較的安定している。
子どもがいない分、自分の時間もある。

恵まれている・・・と思う。
自分のやりたいことが出来る環境にある。

しかし、私は自分の世界に没頭することが出来ない。
私の中のジャッジが私を行かせない。

『そんなにのんびりしている暇があるのかい?』
『今すぐに形になるようなことをしなくちゃだめだ。』
『そんな事をしても意味がない。』

自分の楽しみだけのために何かをやる時間や、
苗から徐々に花開き、実になるまでの時間がもったいないとか。

だから現実の、目の前のことだけを見て過ごすことになる。
ちまちま、ちまちました1日を過ごし。
夜になり『今日はいったい何をしたんだっけ?』という何の印象もない1日になる。

誰が私の生活を監視しているというのだろう。
実家からも離れ、一人で家にいる私を。

それは紛れもない『私』である。
私という看守が、檻の中の私を見張っている。
2005年05月12日(木)

どの世界で生きるか。

たわいもない話をして、突っ込んだ話はせず。
違う意見を持っていても、たたかれることを恐れ口にしない。
共通のグチや不満を言い合い、同意し、される事に安心感を感じ。
厳しい意見は言わない、痛いところは突かない。

怖いからこそ、そんな世界にとどまる。
外界は、自分を襲い破壊し食い尽くしてしまう場所。
殻を脱いだら、素の姿を見せたら最後。
生の姿を世界にさらすなんて、とんでもない。

私は私のままで、自分を守って、生きて行く。


つい何年か前まで、私もこうして生きていた。
でも、今は違う。
自分を偽る事が、どれほどひどい事かを知ったから。
自分をどれだけ痛めつけるか知ったから。

でもあなたはその場にとどまるのですね。
痛い所をいっぱい抱えて、その傷をかばいながら過ごすのですね。
せっかくかばった傷を、自分自身で日々かきむしっているというのに。
その傷を、誰かのせいにして行くのですか。
その傷を、最初からなかったものにしてしまうのですか。

傷をさらすのは痛くて辛い事。
まるでやけどをした皮膚の包帯を取り去るがごとく。
でも、隠したままではいつまでも新しい皮膚は生まれない。
治さなくては。癒さなくては。


私は待ってる。
今、私が立っているこの場所で。
表面的な交流がない場所にも、つながりはある。
相手に思いをはせること。相手の事を思い出すこと。
それだけで伝わる思いがある。

私はそれを信じてる。
2005年05月10日(火)

気付かなかった。

自分の心が求めているものを。
察してあげられなかった。

予兆はあった。

人の幸せを見て羨ましいと思った。
羨ましさが憎さに変わる事もあった。

我慢していた。
自分の欲求を後回しにして人に合わせていた。

それが身体に現れるのに、思ったほど時間はかからなかった。
そうなってみて初めて、自分の苦しみを感じた。

こんな風に考えちゃいけないとか、
自分は大丈夫なはずだとか、
勝手に自分自身のハードルを上げていた。

もっと自分の要求に正直に、
もっともっとわがままに。
もっともっと自由に。

私を甘やかしてあげられるのは私だけなんだから。
2005年05月07日(土)



ひとりぶつぶつ。 / quartz うぃんちゃんのぺーじ
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