痒痛 ☆ 日記 
お酒と音楽と変人と。菫色の日々。

2002年01月31日(木)       一日500円計画

      5月までに30万円貯金しようと思って、しかし収入はそんなにすぐ
     には増えないので、しかたないから支出を減らそうと計算に計算を重ね
     一応一日1000円で暮らせばなんとかなると出たんだけど、一度手綱
     を緩めるとどこまでもゆるゆるになるので、一日500円、たまに10
     00円という計画をたてた。
      でもこれだとどうやっても煙草銭がでない。お酒はディスカウントし
     てるけど、煙草はしてない。同じほとんど税金商品なのに〜。専売制じ
     ゃないのに〜。かつまた外食できない。
      しかたないので、たまに、はOKとしました。外食対策のため、オー
     ブントースターを買ってきました。

      本日は食パンとミルクしか買ってないので、楽々クリア。煙草は父に
     2箱もらいました。トースターは消耗品とはいえ家財なので、除く。

      なんだかワクワク。計画実行前に美容院いっといてよかった。一度か
     けるとなかなかパーマとれない毛質でよかった。
      でもきっとどこかで、おそらく煙草銭で、計画がくずれていくような
     気がする。呑み代もあぶない。それも計算のうちなんだけど。

      ついでにダイエットもしようって算段よ。



2002年01月30日(水)       日記だいすき

      そう日記を読むのが好きなのです。なぜだろう。こういうの、より淡
     々と、何食べて、何買って、誰とあって、というのが好きです。
     ほとんど毎日同じようなもんなんだけど、一気に何年間分も読んでしま
     う。だから今のところMy best 日記は
     � ”霤追換膸劼痢”攣瞭�記
     �◆|喃叛蟻析困痢ゞ篋惰�記
     �� 庄野潤三の  これは日記とちょっと違うけど フーちゃんもの

      ほとんど毎日おんなじ、なのに面白い。わたしはこう思う、なんてこ
     とはほとんど書いてなくて、何を食べて、うまいとかまずいとか、何を
     買って、高いとか安いとか、誰とあって、ふけたとか元気だ、なんてこ
     とをえんえんと何年分もかいてあるのを一気に読む。
      日記に「わたしの思い」とかぐちゃぐちゃ書いてあると、旅行記も一
     緒かな、「このカマトトめ」「おまえの心境なんかどうでもいいんじゃ
     あ」と投げ出します。
      銀色夏生の日記はギリギリだ。
      より程度の低いのを読んだりすると、そんな本を買った自分にも腹が
     たち 、またこんな素人に印税が払われるのか!とやりばの無いムカム
     カに本をズタズタに破いたりする。みなさんもムカツクでしょう?

      あ、いやいや日記の話でした。たぶん日記すきなのは、そこに暮らし
     が描かれているから。うまい人ほど単純で短い文でもああ毎日こうして
     暮らしているんだなあ、ってわかる。毎日同じなのに、まとめて何年分
     かを読むと少しずつ暮らしも変わってく。自分と同じ人間の生活と全然
     違う環境でも毎日の暮らしはだいたい世界中どこでも一緒。
      つまり、食べて寝て他人と交際して働いて金つかって、って同じ。
      わたしは「思い」が先というのは信じてなくてまた興味もあんまりな
     くて、どういうふうに暮らしているか生きているかが他人にとってはそ
     の人の全てなんじゃないか、と思っております。「思い」なんてそこか
     ら読み取れるもんで十分。だから「あなたってどういう人なの?」とい
     う質問は失礼だし、怠けてるし、自分で判断する力を育てられなかった
     コドモニンゲンのする態度なんじゃないの?時間をかけずにスグわかり
     たい、暮らしぶりなんてみんな同じようなもんなんだから、それよりも
     「思い」を語ってあなたという人を説明してよ、ってことでしょ。

      わたしは知り合って3年くらいたってこの人って素敵だと思う人にで
     もめったに「思い」なんて語らない。たまに語って「あ〜」とあとで後
     悔することはあるけどね。慎重だとか臆病といえばそうなんだろうけど
     、でも簡単に、ヒトに傷つけられたとかないよ。信じていたのに裏切ら
     れた、とかね。そんなことは中学校までに終わらせておくことじゃない
     の?もちろんウッカリ知らずに傷つけてることはあるかもね。でもそっ
     ちに臆病になると楽しい人生はおくれない。要はテクだと思うのよ。
      友達と「思い」を語りあわずなにを話すのかっていったら世間話=ど
     うでもいいこと。どうでもいいことっていったら、何を食べたか、何を
     見たか聞いたか、何を買ったか、誰とあったか。
      そうわたしの好きな日記とおんなじね。いやあこういう結論になると
     は書き出しの時点では思ってもみなかった。
      どうでもいいことを面白くちゃんと話せて会話になるひとがわたしに
     とって素敵なひと魅力あるひとなのです。

      蛇足ですが、ネットの日記なんかはまあ素人の「思い」のはけ口で、
     当然わたしもそんなふうに利用しているので、いいんだよ。だから結構
     気持ち悪い世界なんだけど、みんなどんどん吐き出して文にしているう
     ちに自分理論がはっきりすることもあるんじゃないかなあ。まあ勘違い
     のまま増長するケースも多いだろうけど。でもねはっきりいって、他人
     の「思い」なんか他人はたいして興味がないし尊重もしてくれない。
     自分のなかの「思い」をわかってもらおうと必死になるより、その「思
     い」がホントウか、どう変わってきたのか何度でも確かめた方がいい。
     身もふたもナイこと言うと、わかるひとはわかる。わかんないひとはわ
     かんないんだよ。
      蛇足というよりいいわけかなあ。
    



2002年01月27日(日)      チョコ・ホリ

      チョコレートなんてものがない世の中に住んでいたら、たべたいとは
     思わないわけで。すんごくもう絶品にうまいというアマゾンの奥地の果
     物も(そんなのあるのかは知りません)食べたことなければ「うまいら
     しいよ〜」と聞いても、そんなに「食べたいぜ、ハーハ−」と思わない
     はず。
      少なくても明け方4時半に寝間着の上にコートを着てコンビニに買い
     にいくような衝動はおきないんじゃない?

      しかし我らは幼少時よりチョコのカカオの魔力を知ってしまっている
     。やっぱりアレは興奮剤、ドラッグの一種なんだよ。身体からチョコが
     完全に抜けている時は買おうとも、たべたいとも思わない。でもなんか
     の切っ掛けで、たいてい「食べる?」って1個もらったり、おうちに帰
     ったら頂き物の箱があったり、ついアイツの力を忘れて手をだしてしま
     うんだよ。「そんな甘いもん好きじゃないし・・・」なんて自分を過信
     して!

      心配しなくてもそんなに量は食べません。絶対にキットカット大袋や
     アソ−トものを買ったりはしない。そこまで堕ちてないぜ。
      でも一昨日は麦チョコ1袋チョコムースアイス(濃ゆいの)とあ〜〜
     スニッカーズを食ってしまいました。

      チョコレートホリックという恥かしい病気があるらしい。ま、依存症
     の1つですね。愛に飢え、性的抑圧の無意識の解消のためにチョコレー
     トを貪るらしいですよ。本当かどうかしらない。でもただの過食症でな
     く、チョコだってところがなにか信じさせちゃうのか、かつて神経症的
     少女まんがでよくエピソードとして使われてたような。
      チョコレートをガブッっとデカイ一口で齧って、奥歯でよおく噛むと
     そりゃあ、ニッチャニッチャと汚い音がでますぞ。&お口の中も泥々で
     すぞ。 
      でも15年くらい鼻血だしたことはないもんね。



2002年01月23日(水)      人生の不思議     

     隠れ家のお隣さんは普通のおばさんです。もっと具体的にいうとキオス
    クのおばさんです。(制服が洗濯物としてほしてあるからわかる。)
     しかし、その音楽の趣味は謎です。
     洗濯機をまわしている間、音楽をかけたくなる気持ちはわかる。いつも
    よりも少し大きな音で。でも何故、洗濯タイムにエスニック音楽をかけた
    くなるのか。はじめの頃はインド音楽でした。1曲がいつ終わるともしれ
    ぬ、タブラオが響き、シタールが不可思議なメロディを奏で、頭の中では
    インド美女が腰をくねらせる。インド映画でもみてCDを買ったのでしょ
    うか?でも歌はないのよ。全編インスト。曲と曲の始まりも終わりもわか
    らない。で、いつもインド音楽なんだったらインド音楽好きのキオスクの
    おばさん、ということでわたしの中で納まったのですが、秋口にはガムラ
    ンに変わりました。洗濯機がまわりだし「ほらインドタイムがはじまるぞ
    」と思ったら、バリタイムでした。ちょっとびっくりしたなあ。
     で、正月があけたら、アフリカだったのです。文字通りドンドコドンド
    コだったのです。これはヴォーカルというか、雄叫びというか、とにかく
    人の声入りでした。壁越しにきこえてくるそれは、遠くの方で焚き火の周
    りを大勢のヤリをもった男たちがピョンピョン跳びはね、半裸の女たちが
    大地を踏み鳴らして踊り狂っているそれでした。夏の「あ、どこかで盆踊
    りをやってるな」って感じです。「あ、どこかでアフリカのお祭りやって
    るな・・・隣だよ」ってかんじです。
     で、隣のキオスクのおばさんはエスニック音楽好き、とくに太鼓モノ好
    きのキオスクのおばさんとして、今のところ自分内処理されているのです
    が、それだけじゃないんだよね。

     おばさんはまあ普通の人なので、夜中に洗濯機をまわしたり、同時に太
    鼓音楽を流したりはしません。でも、夜中の2時くらいに突然チャイコフ
    スキーを(わりと大きな音で)聴いたり、しかも白鳥の湖だったり、夜明
    け前の4時くらいにアースの宇宙のシンフォニーを(わりと大きな音で)
    聴いたりします。どうも夜中にドラマチックな曲をジャンルを超えて聴き
    たくなるみたいなんです。最初はHの声を隠すのに突然音楽をかけるのか
    とも思っていましたが、選曲が変すぎる。HのBGMに関してはマニアな
    なおばさんなのかもしれませんが、しかし。

     でも普通のおばさんなんです。人生ってほんとうに不思議。他人ってわ
    からない。みんな何考えてんだろう?不思議です。



2002年01月21日(月)      アメ=ダメ

     今日は一日雨ふりデイでした。起きたときから降っていた。いや、昨日
    寝るときにも降っていた。今も降っている。
     今日は久しぶりになんの予定もない日でした。
     冷蔵庫にはまだビールが2缶残っている。煙草もまだある。
     で、以前からやってみたかったことをしてみました。

     前振り長いけど、宅配ピザを頼んだのよ。しかもイタリアンセット。
    ピザとパスタとポテトがついて2000円。
     雷も鳴ってるし、雨も横殴りだけど、わたしは隠れ家から一歩も出なく
    ていいのよ。必要なものは全部、部屋の中にあるのよ。あとは、向こうか
    ら雨の中やってきてくれるのよ〜。
     という気分満喫するため、頼んでみました。午後3時。

     
     だらしな〜く、食い散らかしてみたけれど、限度を超えると満腹は苦痛
    に変わるの。そんなこと始めからよっくわかっていたの。
     でもね、スティックポテトさんを14本もつけなくてもいいと思うの。
    ハッシュポテトみたいな奴ね。

     まだ午後5時なのに、わたしの休日は始まったばかりなのに、ただ苦し
    く、たぶん30分後には布団の中で、深夜に消化不良で胸苦しく目覚める
    ことと思います。
     けれど、今回のダメ人間ぶりには満足してるぜ。頼んでみたかったのよ
    イタリアンセット。もう満足。
    隠れ家で、ビールと煙草とピザとトマトソースとポテトと本とマンガと通
    販カタログにまみれて、たしかにわたしは幸せでした。

     また雷が鳴ってるぜ。しかしわたしは一歩も部屋からでない。幸せ。



2002年01月20日(日)      はなもち

     この数日反省の日々。後悔しきり。ゆえに日記をかく余裕なしどした。
     すでに理性くんに整理されちゃったことしか書けないものですね。
     だから、この日記で今日、とか昨晩とかいってっても本気にしちゃダメ
    だぜ。10年前のことかもね。長く生きていくと、10年前も3年前も半
    年前も、全部むかし、とかこのあいだ、とかtime感のない過去になってし
    まうのです。物事の起こった前後関係、誰と始めてあったのは誰よりも前
    か後か、とかね。ごっちゃになるよね。ふんとにねえ。

     はっ! だから老人は自叙伝=自分履歴をかくのが好きなのかしら。
    年表つくって前後関係、因果関係すっきりさせたいのかも。死ぬ前に・・


     反省はやったこととやらなかったこと半々。
     シニカルな皮肉屋さんは意地悪婆さんと極近くにいるってことですだ。
     ハナモチならないのハナモチがなんのことかはわからないけど、
    (鼻が高々すぎて手でもたなきゃならないけど、それでももちきれない、
    ってことかなあ。絵面は鼻に餅がなるの絵が浮かぶけど、ならない、んだ
    しねえ)ならんぞ、ならんぞ、でもたまになってるから怖いよう。

     というのが端的にいうと今場所の反省点です。
     あとは、失いたくないものってなんなのか、と考えました。
     逃避癖は生まれつきなのか、も考え中です。
     でもこうして日記をかいているので、しばらく考えないと思います。

     ハナモチの響きが気に入ったみたい。花餅すみれ、って芸名にしよう
    かなあ。 



2002年01月16日(水)      ガゼボ

     ふいに耳に入ってくる音楽がすきです。ラジオ 有線 BGM などな
    どからすごく懐かしい曲 きいたことある曲 すごーくよく知っているの
    に曲名も歌手の名もしらない曲 はじめてきいたけどなにかある曲。

     なかでも懐かしモノは、匂いみたいにいろんな記憶の断片のイメージを
    はこんできてくれます。感情の記憶みたいなもの。

    
     たまにカーステレオをものすごい音量でかけてる車があるでしょう。
    バスドラのズンズンで車が揺れてるようなの。大抵なんの曲をかけてる
    のか全然わからないんだけど、昨夜の車はわかったね。ハッキリと。

     小林麻美の「雨音はショパンの調べ」

     うわきっとこれ正確な曲名だよ。よくスラスラでてきたなあ。
    で、本日の鼻歌ソングは自動的に ♪レイニデイ〜 フフフンフフ♪
    に決定だ。



2002年01月15日(火)      まえ と あと

     まえ っていえば前方だと思うよね。方向的に自分の顔よりも先の方だ
    と思うよね。
     でも時間的には今よりもまえ、過去のことだと思うよね。

     あと っていうと後方、自分の背面の方だよね。でも時間的には今の次
    とかそのまた次だと思うよね。

     方向でも時間でもまえとあとの軸になるものがあってそれを基準にどっ
    ち向きかってことなのに、なんでまるっきり逆なのだ?

     スペイン語では atra's は方向では後ろ向きで、時間的にも過去、軸
    よりまえのことなのです。 adelante も方向も時間も先へ向かっている
    のです。

     ??? とっても整合性がある。日本語がたぶん変なんだろうと思う。
    こんなことを考えこんでしまい今日のスペイン語教室はなんだか先生の話
    もちゃんと聴いてなかった・・・2週間ぶりでまた2週間お休みなのに。
    
     一応自分なりの結論は、無意識の視点の違いからだと思います。スペイ
    ン語的には全体を遠くからみて、軸が動いていく向き(方向も時間も)
    でまえとうしろが決まる。時間は逆もどりしないので、当然未来が前。過
    ぎたことは後。
     で、日本語は方向は単純に軸の向きだと思うんだけど、時間の方は・・
     視点ではなくて始点があるんだと思う。日本語族ならだれでも無意識に
    了解している点。ものごとが始まった点。人間なら生まれたところから始
    まる。そこからみると、軸である人間は先へ動いていって、まあ後姿がだ
    んだん小さくなっていくでしょう。そこから見ると、軸のひとにとっては
    一番過去のできごとが一番手前のことでしょう。そんな視点でみると軸の
    人間にとっての主観も自分が始点だとすると一番先にくる電車がまえの電
    車でその次のはあとの電車になるでしょう。

     ??? でもそうすると あとが発生するにはまえにものごとがあると
    いう前提がないといけない。
     ということは言葉を発するひとのなかでは、軸が自分ではなくなってい
    るるはず。自分は始点にたって手前にあるものをまえ、その後にいるもの
    をあとと呼んでいる。軸はまえのものとあとものとの間にある。

     たんなる習慣とはいえなんてめんどくさいんでしょう。
     ??? 時間軸が絶対ではなくて、ものごとが発生した順番を始点から
    みて、あとのものはまえのものの背後にある、ってこと?始点さえも視点
    によって変わるってこと?

     ぐるぐるしてきたのでおしまい。しかも下町のひとは うら もうしろ
    とごっちゃにしてしゃべるのだ。うらのひと=うしろのひと。前が表だか
    らということなんだろうけど。
     あ、わたしはネイティブだから大丈夫。    



2002年01月13日(日)      なりかけ、っていうかど真ん中

     この頃気にかかるのは、みなさんわたしを怒らせないようにしている、
    ということです。どういうことかというと、軽口の途中で、目があうと、
    イヤイヤ、ハハハ、とか言う。で話をやめちゃう。
     ??? 不思議なのはわたしはめったに怒ったりしないからで、口をき
    かなかったり、そっけなかったりするのは怒ったからじゃなくて始めから
    その人が好きでない、楽しくない、不快である、かかわりたくない人の場
    合で、始めから軽口をいいあったりなんてしないのです。軽口を言い合っ
    てる時点でもうめったなことでは怒ったりはしない間柄なわけなのです。

     で、怒らせないようにしているのは全員、男性である、と。

     つまりわたしは男性にとって、取り扱いに慎重にならざるをえない、微
    妙なお年頃、おばさんのなりかけ、というものになったということなので
    しょうか。そうなんだろうな。大方の男のひとの頭には、女の子とおばさ
    んという女性像があって、ひろい意味で「女のひと」という概念がなさそ
    うだもんね。女のひともそれがわかっているから、「もうババアだから」
    とか言って、女の子でなくなるのはしょうがないけど、おばさんというこ
    とばは通り越して、ババアってなんだか男女の価値感から遠いところに逃
    げたりするよね。つまらん。

     でも怒らせないよう気をつかうひとってちょっと共通項があるわ。
     1. 話はあんまりおもしろくないけど、はしゃいでる
     2. ○○さんってなにやってんの? って質問がすき
     3. なんかおもしろいことないっすかねぇ が、口癖
     4. 下ネタや男女の噂話がすきだけど、身についてない

     だいたいこんなところ。

     こういうのが意地が悪いって怖がらせる要因なのかしら。しかし人生は
    短く、くだらない話につきあっている暇はないのだ。
     中身のない会話こそおもしろくなければならんのじゃ。男の子はテクを
    磨きなさい。中身のことまでおばさんは面倒みきれんよ。
 



2002年01月10日(木)      ハズレ

      かなり昔に読んだマンガのモノローグをふいに思い出した。
      「呪いのことばが口をついてでるのは許せなかった」
      
      そうだから必死に奥歯をくいしばった。それは許せなかった。
      でも一度噛み殺したことばはめったなことでは吐き出せなくなること
     をその時にはわからなかった。

      人生にはアタリハズレがあって、時々このモノローグをおもいだす。



      歌のなかには、愛や恋や夢やそんな若若しくてキレイなもののほかに
     恨みや呪いやどうしようもないベットリ濡れたような思いを歌ったもの
     があって、世界中にあって、それは歌えないひとの噛み殺したことばみ
     たいなものかも。そんな歌はこのモノローグのようにふいに耳をかすめ
     て、ひとは突然涙を流したりする。

      だからわたしはコドモよりずっとオトナのほうがすき。
     



2002年01月08日(火)      !VIVA!

     今日はすばらしい夕焼けでした。夕日にむかってスクーターを走らせる
    わたし。走りすぎようとしているのはまさにわたしの愛してやまない橋の
    上。その時、西の空に黒々とあなたは突然目にとびこんできたのです。
    富士山よ。
     真っ赤な空にドーンと立つその姿をみたとき、わたしの心には
    ” ! VIVA ! ”
    という喜びの声が浮かびました。

     その時のわたしはスペイン語圏のひとのように素直な気持ちでした。
    こういう時にわいてくる言葉なんだとわかりました。あまりにもわたし達
    は、ハ〜ビバビバ に長く毒され続けてきたよね。ヴィヴァートキョゥー
    もちがうぜ。あのね、唇かまなくていいの!

     ホントは両手を天にかかげたかった。車をとめてじっと暮れるのを見て
    いたかった。どっちも死んじゃうかもしれないのでやりませんでした。
     一瞬の感動で映画みたいに死んじゃうわけにはいかん。だいたい残され
    たひとたちにはワケわかんないでしょ。なんで橋の真中で突然バイクの上
    で両手を離したのか。



2002年01月06日(日)      年頭にあたって

     この日記はたしか借りているところのジャンルでは、「音楽」のコーナ
    ーに入っていることを思い出しました。
     が、たいていは食べ物とお風呂とそんなところをまめまめしく綴ってい
    るような。まあ、日記だから毎日のことを考えるとそんなもんだろうと思
    うのです。

     実際、音楽について語ろうとすると筆がとまるわ。音楽は語るものでは
    なくて、やるもの、歌うもの、聴くもので、いえるとすれば好きか嫌いか
    興味ないか、それしかないんだもん。それ以外はね音楽ではなくて結局人
    間の話になってしまうと思うのですよ。
     自分がクリエイターだとしたら話も変わってくるかもしれないけど、
    あくまでも現場、生のヒトとしては、結果さえもどうでもよくて、という
    のは少し嘘で、細部を何度も思い返したりするけど、それでもやっぱり進
    行中、ただいま演奏中の自分の声・ノリ、バンドの音・ノリ、聴く人の反
    応・ノリ、がすべてといって過言でないです。
     はじまって、音が発せられて消えてゆき、次の音・リズムが追いかけて
    つながって曲がおわる、そして余韻。それがすべてです。
     わたしは自分の声に満足できないし、好きでたまらない声と対極にある
    とさえ思っている。自分が保守的でありアバンギャルドな実験には見向き
    もしてこなかった。新しいものを、という欲を持ったこともない。快楽主
    義で、心地よい慣れ親しんだ場所から知らない人・ジャンルに打ってでる
    ようなこともしようとも思わなかった。
     たぶん今後もそんなことすることもない、知っている人だけが知ってい
    る歌い手でいることと思いますが、それでも巨きな自信は「好きだ」と思
    うことに見かえりをもとめず、もっといいもの、きれいなトコロ、高い恍
    惚、に手を伸ばそうとするだろうという確信です。
     好きなものに対価をもとめてもしょうがないじゃん。好きでやってんだ
    からさ。で、みんなもっと生で音楽しようよ、と言いつつ「好きでやって
    るだけバンド」にわりと厳しいのは、お客さんには対価をもとめる権利が
    あるからさ。1500円なら1500円。8000円なら8000円の楽しんだ時間、音
    楽だけじゃなくて効果やビッグネームでもいいから提供しろ、して欲しい
    の。矛盾してるかなあ。でも資本主義の申し子だからさ、職人の娘だし。
     歌をうたってお金がもらえる、しかも変なスポンサーの意向、やらせは
    なし!メンバーはみんなうまくて向上心があっていつももっといいものを
    考えていて、尊敬している。とても幸せ。だからなまけたところが本番で
    出てしまうと恥かしいし反省する。
     そう考えて、やっぱりわたしも何かをつくっているんだ、と思いなおし
    ました。

     でもこういうことを口にだしていうと、(酔ったときでやすい・・・)
    反省でなく後悔してしまうのでご注意ください。後悔は胃を悪くするもと
    です。今年はキャベジンさまにお世話をかける朝が減りますように。
     年頭のことばでした。



2002年01月05日(土)      おみくじ

     が大好きなので、毎年何ヶ所もお参りにいくのです。今年は4ヶ所。
    おみくじ4回。全部、大吉! いや毎年大吉率高しなんだけど、今年はパ
    −フェクトでした。あと2ヶ所くらい廻りたいなあ。

     年末から「引越し」ということばにとり憑かれ、すべての午年の計画を
    うっちゃって、以来金の算段ばかりしているのですが、おみくじ様よ。
    どれも大吉だから、移転・転居・屋移り よし、なのですが、おみくじ様
    によって、早ければ早いほどよし、よろし但し急ぐな、等まちまちなので
    すよ。せかっちなわたしは前者のおみくじ様を信じたいのですが、いかん
    せん金の算段がつかぬ。はっ!今突然、有馬記念を買っておけば・・・と
    たらればの気持ちに!いやいや。
     で、金のことより、出物次第にすることにしました。あの本当にあるの
    か?の敷金礼金0物件に巡り合えたら、速攻さまを、なけりゃ但しさまを
    信じます。
     ところで、最近の失せものはまだ二千円くらい残っていたメトロカード
    なのですが、おみくじ様のお告げの”高いところ”には絶対にない、と思
    いますです。それから縁結びの神さまのおみくじにあった、燃ゆるおもい
    は心に秘めて、今は信心、祈るべし、って遠まわしに諦めろってこと?


     突然おもいだしたよ。握手をもとめられて握り返したのに、全然力をこ
    めてこないのって、はらが立つというより心萎えるぜ。やめてね。
    おじさんとか中間にはいってる人とかよ。男のひとにはそうでもなさそう
    なのに、女の子とかにはさ。ついでにしなくていいからね。意味があるの
    に、意味を殺してるからね。仕草はことばと同じよ。


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