痒痛 ☆ 日記 
お酒と音楽と変人と。菫色の日々。

2006年06月28日(水)  五分の魂

虫を殺すといやーな気持ちになりませんか。
蚊はあんなに痒くなければ、そして蝿はあんなにやかましくなければ殺したりしないのに。
しかし蝿くんが、蛍光灯の廻りをブンブンパチパチ(蛍光灯に体当たりする音)
どんなにはらっても窓の外にでてくれないと、
頭のどこかがブチ切れて、いっそ殺してもいい、と新聞紙をつかんで追い掛け回してしまう。
一昨日も、のんびりゆっくり読書しながらお風呂に入っていたのに、名をしらぬ小さな虫が、
おとなしくいていてくれればいいのに、私の顔にたかろうとする。
払うと裸の胸元にたかる。鼻の頭にもたかる。
汗の水分とか塩やミネラルを舐めたいのか。
水だけならば溺れるほどあるのに。
小さくても羽音は気に障るものです。
無視しようとしても、落ち着いて本が読めず、とうとうブチ切れて、たかった虫ごと浴槽に頭からもぐってやりました。
気配を感じさせないよう、いきなりズブリともぐったら、
虫くんは哀れ、溺れてしまい、浴槽に浮かんでいました。
いやーな気持ち。
ひとってイライラが高まると、理性が切れるんだね。

昨年の夏、隠れ家のおとなしい同居人として可愛く思っていた蜘蛛くんをが水を飲みにきたきたことに気付かず、
うっかり皿洗いの洗剤で殺してしまったことがありました。
何ヶ月も一緒に暮らした仲だったのに。
殺してしまった、と普段のいやーな気持ちに輪をかけて落ち込みましたが、
なんと今年も蜘蛛くんは現れたのです。
しかも昨年よりひとまわり身体が大きくなっている。
同じ蜘蛛かしら。
死んでいなかったのかな。
あれは仮死状態だったの?
流しから摘んで捨てる気持ちになれず、放っておいたのでもしかしたらそうなのかも。
でも、我が隠れ家は少しでも暑くなると窓を開けっぱなしにしておくので、
今年はよその子が、夏の棲家に選んでくれたのかもしれない。
大きいので、蜘蛛太夫と呼んで昨日から一緒に暮らしています。



2006年06月23日(金)  勇気��

先日わたくしは、人生勇気が必要だ と改めてようく理解いたしました。
だから第二戦が終わってから、
予選最終は未明だし、一人だし、試合は見ないでおこう、朝になればいやでも結果はわかるし・・・
と、現実と生でそれを味わうということから逃げていました。
しかし、人生勇気が必要です。
だからライブで見ました。
歓喜と慙愧の念。
生でみてよかった。
子供の頃からわたくしは南米贔屓、とくにカナリア軍団は、王者らしい王者が好きな私にとって、
常にとてつもなく強くあってほしい存在です。
すばらしい技も見ました。

ああ、でも試合後のインタビューや今朝のニュースや夕刊紙を見るまでの勇気はありませんでした。
これがゲーム。
そして挫けりゃ誰かが先にゆくのです。



2006年06月22日(木)  勇気

本日はめずらしくお料理気分でした。
新ジャガをブイヨンで煮て食べました。
うまーい。
たくさん余ったので、玉ねぎとにんじんとキャベツを1cm切りにして、いつものトマトコーン煮をつくり、新ジャガと一緒に煮こみました。
今回はお塩のかわりに海のニガリとオリゴ糖もちょびっと投入。
狙うはデトックス。
コーンだけ高くて国産を使わなかったのがちょっと残念。

さて煮こみには時間がかかりますが、ずっと傍にについている必要はないけれど家は空けられない。
そこで、かねて懸案のPC掃除にとりかかりました。
また暑くなって調子が悪くなり、早々にアイスノンを使っていたのですが、
先日クーラーのアミ掃除をしたら、うわっ!ってくらい埃がつまっていて、
掃除以来冷えも早くなった気がするので、
もういつまでも98でもあるまいし、いざとなったら買い換えよう! と購入以来はじめて、
分解大掃除にとりかかったのです。

蓋がなかなか外れず、突き指(まだ!)の右手をかばってひっくり返さずに開けるのは大変でしたが、
やっとのことケースの中が見えた瞬間、
うわっ! どころではなく ぎゃあー! ってくらい 黒いネバネバした埃がみっちりと・・・
そうです。
タバコのヤニです。
特に特に、大事な冷却ファン2つにベットリと、厚いネバ埃層がへばりついていました。
うちのPCはファンの音がうるさいなあ、と思っていたけど、
よくぞ焼きつかず回っていてくれたよ。
基盤に触らないように、(たぶん折れている)右中指をかばって、1時間かけて綿棒と毛抜きとウェットティッシュを巻いた楊枝で、埃を取り去りました。
ファンは2つともはずして雑巾でしっかりきれいにしました。
ようく乾かして蓋をして、しばらく休ませてからドキドキハラハラで電源を入れると、

あら、うちのPC静かじゃない?
あら、画面の切り替えが早いじゃない?
98でも問題ないじゃない?
まだ3年はいけるんじゃない?

ビバ IBM子たん!
秋葉な気持ちで萌えてみました。

人任せでメンテナンスできないので、車を所有するのはやめたのですが、
PCもそうだったんだ。
自分で壊して元通りでにできなかったら、と怖くて今まで蓋をあけられなかったけれど、
掃除ひとつでねー。
それにしても、このPCは当たりですよ。
蓋の金属部分が、熱で焦げたように変色しているところがあったのに、
(ファンの近く・・・)
今まで、具合が悪いとは訴えていましたが、クラッシュしたことはなかった。
また掃除してあげます。
やっとこのPCのユーザーになれた気がします。
あー、ほんと静かだ!



2006年06月21日(水)  聞き耳

わたくしは気が散りやすいので、目の前に友人がいて差し向かいでご飯を食べていても、
隣席からまったく自分には関係の無い面白そうな話が聞こえてくると、
どうしても目の前のひとの話に ふんふん と相槌だけ打って、隣の話に聞き入ってしまう、という悪い癖があります。

今日もそう。すんませんでした。

隣席の70代前半くらいのおじ(い)さん三人の話は、ありがちですが勢いがありました。
いかに現代日本がだめか。
靖国問題の根本とは!
国際援助の意味とは!

特に一人のおじさんが、エンジンが焦げつきそうなのに、自分では止められず、
興奮のあまり極論を言いきってしまい、楽しかったです。

どうも、ジャワ島の地震の話あたりからブレーキが壊れてしまったみたいです。
金や食料をただ渡すだけでは国際援助は意味が無い。
たいてい困っているひとには届かない。
そしてもっと援助しろコールになる。
しかし災害がおこればすなわちそれは先進国からの援助が当然という考えが間違っている。
災害はどこにでも起こりえるものであり、今までの歴史上なんども大災害はあったが、それぞれそのたびに、
それは自国内で復興してきたものである。
それが昨今の国際援助というものにより、自分の国土・民は自分で守るという気持ちが薄れている。
そして当然のごとく大金を援助する国(すなわち我が国)は、そのために大変な税金を使うことになる。
そりゃおかしいってもんでしょう!
自分の国は自分たちで復興するのがあたりまえってもんでしょう。 ドン!

一息つくあいだに、「まあまあ」と宥め役のおじさんが、阪神の震災の話をする。
それがガソリンになって、

そうだ!ありゃあ六万は死んだ。こんど東京にあったら断言するけど2桁はいくね。
あ、いやいや六千かそこらか。でも東京は2桁はいくよ。
生き残れないだろ。
だって今時の奴等は薪に火をつけることもできないだろう。
俺らロウソク1本の灯りで夜を過ごしたしね。
でもね、災害はいつかはおきるからね。
そうゆう奴らは生き残れないよ。
みんなたまには、電気全部消してね、やってみりゃあいいんだよ。
ロウソク1本でね。
マッチ1本で火をつけられないようなのは、生き物として生き残る価値がないでしょ。
当然の摂理だね。
だからね俺はね、もういっそ薪に火をつけられないようなのは、
今のうちにみんな死んじまえ、っていうのよ。
電気がなくちゃ生きられないようなのはどうせ生き残れないんだから今のうちにみんな先に死んじまえってんだよ。

わああ〜 いっちゃいました。
おじ(い)さんは、2桁の死人がでる地震があっても生き残る自信まんまんでした。
だって、戦中・戦後をマッチとロウソクで生きぬいてきたから。

しかし、その後三人のお話は、ありきたりの携帯電話論になり 尻つぼみになってしまいました。
やっぱり、俺の子供(若い)の頃なんてよー、という土台が堅ければ堅いほど、話は面白く、
そうでないと上すべるようです。



2006年06月17日(土)  初夏の話題

母に、ミントの葉っぱをたくさんもらいました。
インスタントコーヒーの空き瓶もいっしょにもらいました。
空き瓶に水を入れ、ミントの葉っぱを突っ込んでおくだけで、やがて根がでて植木鉢に下ろせば、
ボサボサに大きくなる。
手入れは水を換えるだけ。

し・か・も
このミント瓶を台所に置くだけで、なんと 『コバエが寄ってこない!』
と、おばさん達の間で流行っているのだそうです。

ふーん。
多くの台所ではコバエがわいてるんだ。
わたくしは、流しの隅の三角コーナーがいけないんだと思うよ。
それから排水溝のゴミ溜めネットも。

それからおばさま方は、コーヒーの空き瓶のラベルは剥がしません。
そういえば電化製品にいっぱい貼ってあるシールも剥がさない。



2006年06月15日(木)  父の日

父の日と amiの命日がガチンコですよ。
やっぱり年月は重ねるものですね。
一生誰にも言うまい、と当時は思ったことももう書いちゃいますよ。

7年前は父の日どころではありませんでした。
ami が死んじゃったからです。
ずっと意識もなかったし、その日が来た時は、やっと というか、
理性としてはもうベッドに縛り付けられずに、自由なステージ(鸚鵡みたいですね)に行けたんだなあ、
とは思っていたけれど、
とにかくその後の私は不機嫌だったわけです。
怒りでいっぱいだったのです。
大事なものを理不尽にも奪われて、不在を埋めるあてもない。
世界の誰にもこの気持ちを話したくないし、でも当然わかってほしい。
とくに家族には。
そんなわけで、私は家では涙をみせず、仏頂面で、
「うん」
「ちがう」
の二言だけでしばらく生きていたわけです。
それで、我が母親というひとはこういう時に、激しく神経を逆撫でする存在なのです。
基本的に愛情ゆえなんだけど、理解するためには質問するしかないひとなのです。
だからアレコレアレコレ毎日心配しては、いろんなことを聞いてくる。
amiの病気や家族のこととか、
私の気持ちや体調、
法事の日程や場所、 etc…
そのたびに、
「うん」 「ちがう」 「しらない」もあったな。
私とamiとは十年以上もマンツーマンで公私べったりでしたので、母も質問のネタはつきないのです。
そうして葬儀も終わって、今度はどこにも出かける当てもなくなりボーっと暮らしていたある日、
昼ご飯のあと、口をきかずに居間でテレビを眺めるふりをしていた私に、
(そう、私室に閉じこもっていると思われるのもいやだったのです)
それまで遠巻きになにも言わなかった父が、

「無二の親友をなくしちゃったんだもんな。かわいそうに。」

と呟いたのです。
それで私はその夜、ベッドで足をバタバタさせて
「いやだー いやだー。」
と、大泣きに泣きました。
世界中の誰にも言われたくなくて、でも当然そうだと思っていて欲しかったことばをくれたのは父でした。

しかし父の日には子供の頃からなにをあげても不発なので、今年もなにも思いつきません。
本当は犬をあげたいのですが、母が…



2006年06月10日(土)  腰砕け

さて、予告までしてその翌日も大いに飲んでしまい、
そのうち人生の小さな勝ち負けなんてどうでもいいや、という気持ちになってしまいました。
だから熱く語る気まんまんだったものを、時間をおいて覚めた目で書いておきます。

地下鉄の乗り換え駅で先を急いでいたら、後から
「チッ!」
という舌打が聞こえたのです。
私は何度も言っていますが、舌打というこれみよがしでいて、なんにも言わない行為が嫌いなのです。
ムカッとしたけど、後からだしおじさんが舌打をするのはしょっちゅうだし、もう彼らはくせになっているのだろう、
と無視して通路を急いだのです。
向こうから人が沢山来るのでわたくしは進路を左に変えました。
するとまた 「チッ!」
なんだというのだ、なにが気に入らないのだ、と音の方を振り向くと、
若くおしゃれだが暗い雰囲気の女性と目があったと思ったら、
「ヒトノマエヨコギルナヨ。」
と吐き捨てるように言うのです。
何を言っているのだろうこのひとは、
「は?」
と、問うと
「2回モヨー。」
と左右に手を払う仕草付きで、黒ブチおしゃれメガネごしに睨むのです。
いやいや。わたくしがずっと先を歩いていたのですし。
『わざとじゃありませんよ。』
睨んでいる。
『わたしはこっちに行きたいんです。それはわたしの自由でしょう?』
まだ睨んでいる。しかたないなあ。
『急いでいるなら、先へどうぞ。』
と、道をあけてあげたのに、ずっと黙って横目で睨みながら、先へも行かない。
もうどうしようもないので、無視して目的の方向へ急いだらやっぱり追い抜きもしないで、
それ以上なにもいわず上目遣いに斜め後から睨んでいて、そのうち人ごみの中に消えてしまいました。

なんだかよくわからないながらも、自分が勝ったのだとわかりました。
たぶん彼女はしょっちゅうそうしているのではないかと思うのですが、
人ごみに紛れて舌打をして進路をじゃまされた気持ちを晴らそうとしたら、
わたくしが振り向いて舌打の主として特定されてしまったので、
「ヒトノマエヨコギルナヨ。」とオマエガワルイと正当性を主張してみたのではないかしら。
でもこちらが目線をはずさないので引っ込みがつかず、
「2回モヨー。」 と駄目押ししてみた。
この時点では言い返してこないとみていたんではないかしら。
でも、喧嘩する気はなかったのね。
あくまでも後姿の不特定なモノに向かって舌打したのであって、
振り向いて顔をみせたり、まして言い返されるとは思っていなかったみたい。

いちゃもんつけるなら、勢いで口からでたにしても勝ちに行く気でいかないと、
たぶん彼女は一日気分が晴れなかったでしょう、
と勝った気でいるわたくしは勝者の驕りとも言える気持ちでしみじみ思ったのでした。



2006年06月09日(金)  勝負

人生は勝ち負け ということを言おうとしましたが、酔っ払ってキーがうまく打てないので明日書きます。
【覚書】
・地下鉄
・舌打



2006年06月07日(水)  サークル活動

最近、父が卓球のサークルに入り、毎週水曜日に雨の日も休まずイソイソと通っていることが判明しました。
ま、体育館が実家の目と鼻の先にあるので、どんな台風の日でも、1分で行けるのです。
しかし、我が家は職人系自営業なので、父のこれまでの遊び相手は、
ゴルフであれ、麻雀・ボーリング・無尽・旅行と、メンバーは常に仕事仲間。
プライベートのようでいてそうでない、状況だったのです。
それが、聞けば不特定多数のおじさんおばさんの卓球サークルらしい。
たぶん、町会か法人会がらみだと思われます。
自営業で長老になると、なぜか自動的にこれらの集まりの中心になるのです。
今まで、町会や法人会を日本的社会の腐敗の苗床と苦々しく思っておりましたが、
(だってしょっちゅうあまった予算で飲み食いしたり、意味のない講演会をひらいたり、鬼怒川の川下りをしている。)
違う業種のじいさん達が、集まって遊んでいるのを見ると、まあ少しは許してしまいそうになります。
一応地元に金を落としているしね。
なんのしがらみもなく、(いや、地元の目という怖いものはあるけれど)
今までしたことがないことを割と楽しそうにやっている。

わたくしも最近毎週水曜か木曜、不特定で集まって初見で力いっぱい戯曲を読む、
『カトレア読書会』 が楽しみでしかたがありません。
もちろん終わったあとの飲み会も楽しみですが、
目的は、戯曲って声にだして読むと面白い! ってことだけなので、
公演に向けてのプレッシャーも、なんとかの会とかのしがらみもなし。
あんまり楽しくて、夏には合宿、そして12月の頭には、第1回公演まで決まってしまいました。
わお!
公演の詳細は、また後日発表しますが、『カトレア読書会』としては初公演です。
いまから、期待と緊張でうずうずします。

そんな気楽さもサークルですが、わたくしの母などは、あるカラオケサークルに20年も在籍し、
しかしそのサークルでは、20年たっても誰も一曲も暗譜で歌うことができず、
当然生伴奏では誰も歌えないという、進歩というものをあえて拒否した集団になってしまっています。
初めは「歌が上手になりたい」 とみんな思っていたはずなのに、
「出る杭として打たれたくない」 という恐怖がみなを硬直させてしまったのです。
そしておばさん集団の常として、権力闘争と足のひっぱりあい。
とにかく先生に可愛がられたい、という子供のような欲望。
それもサークルです。

そして、先日父から驚くべき話をきいてしまいました。
卓球サークルの人々は不特定とはいえ、毎週同じ曜日・同じ時間に集まって、共同で借りたスペースと卓球台をつかっているわけです。
なのに、誰も あいさつしないんだって!!!
みんなバラバラにやってきて、本日の使用料を300円払って、ピンポン打って帰るんだって!
ゲームセンターか!?
それもサークル?

んんん・・・ しかし戦後世代の人々の社会性のなさは、現役の大学生にも劣る。
「こんばんは」 って言えばいいだけじゃん。
不器用ですから、とかですむ問題じゃないよ。
わたしら10代の頃さんざん、君達の世代の評論家のやつらにグダグダ言われたよ。



2006年06月04日(日)  顔

皆さんは交通事故にあったことがありますか。
わたしは何度もあります。
怪我をしたことも怪我をさせたこともあります。
事故はなんど経験しても、最初に考えることは
『びっくり!』 であります。
『え?何?何がおきたの?』 であります。
これはたぶんスピードのせいだと思う。
思い切り棚に頭をぶつけた、とか 思い切り転んで足をくじいた、もしくは
それこそ床に手をついたら中指が反対に反り返っていた
なんてのは、まず第一に
『やっちまった・・・』 であります。
同じ偶然の事故でも、身体の動きによる原因と結果が、すんなり頭に入ってくるスピードなのです。
でも交通事故のスピードは、その瞬間はなにが起きたかすぐにはわからないのです。
そして道路に投げ出されている自分に気付き、あらためて
『ぶつけられたんだ(ぶつかったんだ)』
とわかり、その後で
『どこか大怪我しているのかもしれない』
と思います。痛いとかはすぐにはこないのです。
そのころにはまわりが大騒ぎになって、本人は考える力はあまりもどってきておらず、
身体の芯に力が入らず、わりとまわりのいいなりです。
病院に搬送される頃には、
『自分は大丈夫』
と自分とまわりに言い聞かせます。
なぜか身体が小刻み震えたりします。
大怪我でなければボーっとしたまま警察の検証を受けたりします。
で、うちにかえって寝たりする。
病院がよいが面倒くさい。
保険屋との交渉も面倒くさい。
まあなんとか怪我もなおって、車(バイク・自転車)もなおって、
さあやっと公道復帰だ、
というときに初めて、
『怖い』
という気持ちがやってきます。

この前は運良く、大きな怪我にはならなかったけれど、次はわからない。
まわりのドライバーが信用できない。
こんどこそ死んじゃうかも。


そんな怖さです。
私はいまだに3年前の被追突事故の怖さから逃れられません。
赤信号で停まっていても、後ろからくる車が信用できないのです。
だから停止中、いつも後ろを振り向いています。
そして近づいてくるドライバーの顔をみるのです。
どんなドライバーでも、一番怖いのは人を轢いてしまうことです。
ぼーっとしていも、ひとが視界にはいれば緊張します。
でも、ひと ってなんでしょう。
たとえば夜、ずっと前方で、背中を向けてヘルメットの後頭部だけをみせているものを、
すぐに ひと=人間 とは思いません。
バイクだ、と思います。
深夜こちらにまったく注意を向けず、コンビ二の前で騒いでいる中学生がいても、
馬鹿どもがいる、としか思いません。
それがこちらを向いて顔をみせたとたん、ひとは相手をひととして認識するのです。
相手も自分をみている、そう認識したひとに対して、ひとはよっぽどでなければモノあつかいはできません。

だから、事故の多い横断歩道や交差点では、こちらに向かってくる車のドライバーの目線をひく、そのためには自分がドライバーの顔をみる というのがいいですよ。
ほとんどが、スピードを落としこちらの動きを慎重にみるようになります。



2006年06月03日(土)  寝不足

しかし、ツバメ号シリーズも7冊目を終わり、そろそろギアもセカンドからサードってかんじです。
シリーズものの常として、この辺から面白さもゆるんでくるからです。
何度も読んでいるから知っているのです。
主人公が少年少女たちで、題材が冒険だから、そろそろ話が無理だろ!?てくらいでかくなりだして、
その回だけ出てくるいわゆるゲストの活躍の比率が増えてきて、
主人公たちの影がうすくなるのです。
そして主人公たちのあいかわらずの、大英帝国時代の中流のお坊ちゃんお嬢ちゃんぶりが、
鼻につきはじめるのです。
しかたないのです。

毎日睡眠時間4時間くらいで、読みつづけてきましたが、
明日からは栞をつかって少しづつ読みます。
あと5冊しかないしね。

最後に読み返したのは10年くらい前だったけど、その頃はまだ最初のメイン少年少女を
鼻につきつつも応援していたけれど、
もうなあ。
やっぱりまわりの大人たちや、地元のたくましい少年の方が魅力的です。


それから突き指ですが、最近あんまり痛く無くなってきた! と油断してついシップを張り忘れたら、
やっぱりまたぶつけてしまいました。
痛くて涙がにじみました。
自分は負傷している、ということを忘れない為に、シップをもう一箱と指サポーターを買ってきました。


 もどる  もくじ  すすむ


ITCH [HOMEPAGE]

My追加