紫
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母は、毎朝、お味噌汁を作ります。
ちなみに味噌は、マルコメの味噌です。
私が朝ごはんを食べるころあいを見計らって、お味噌汁を少し冷ましておいてくれます。
熱いと、私が残してしまうのを知っているからだと思います。
父は、熱いお味噌汁と熱いごはんが大好きです。
だから、父が食べる直前にお味噌汁とごはんをよそいます。
兄のことは、よくわかりませんが、兄にも同じようにしていたのでしょう。
こういうのって、「母」なんだろうな、と、ときどき胸が熱くなります。
すごいね。
おやすみ。
ふと、行ったことがない都道府県ってどこだろう、と思いました。
子どものころから親といっしょに旅をしたり、会社員になってからは出張であちこちと行くようになったりと、けっこう都道府県を制覇しているのでは?
そんなことを思ったら、ついつい「全国制覇したい」と思うようになりました。
さて、私はどの都道府県に足を踏み入れていないのでしょう。
なんと、島根県、だけでした!
驚き。
ということで、今年は出雲大社で縁結び祈願でもしてくるかな。
まずは、おやすみ。
きょうは、なんにもない。
なんにも、なーい。
ひゅるるるる〜。
おやすみ。
二十歳のころ、初めて北海道に一人旅をしました。
初めて泊まった「旅人宿」で初めて旅人同士として「友」になった人がいます。
それから十数年。
お互い遠くに住んでいたため、2〜3回くらいしか会ったことがなく、それでも互いに筆まめだったのが功を奏して、連絡は途切れることなく。
今日、約5年ぶり4回目の再会を果たしました。
久々に会うので、「あれ? この人、こんなんだっけ」と毎回思うことがあります。
きょうも久々に同じことを思いました。
「あれ、この人、こんなにしゃべる人だったかな」
楽しい話はいつまでも尽きず、あっという間に時間が経ってしまいます。
遠い遠いイスラムの話も、パソコンに映し出された彼女の写真と話術で、ちょっと近い国になりました。
いつもいつも、私にもわかるように話をしてくれる友。
今度は、モロッコの写真とお話を聴かせてくれるとか。
今から楽しみです。
買い物をするとき、ひとつの目安にすることがあります。
もちろん、自分の嗜好とあったショップに入るのですが、そこで何かを買うかどうかは店員さんの態度に大きく左右されます。
店員さんの反応がイマイチだったら、どうしてもすぐに必要なもの以外は、その店では買いません。
逆に店員さんや店の雰囲気が気に入ったら、何度もその店に足を運びます。
だから、同じショップの品物がどんどん増えていきます。
最近は、あまり買い物に出かけることは少なくなりましたが、やはり、店員さんの応対のよかった店に、足が向いてしまいます。
きょうは、山用のレインウエアを買いに行きました。
最近、行き始めた登山用具店で、とあるメーカーのレインウエアについて聞くと、二人の店員さんから頼りない返事と冷たい返事がきました。
結局、レインウエアはその店では買わず、すごくイヤな印象を受けたまま、その店を後にしました。
おそらく、その店でザック以外の買い物は、もうしないかもしれません。
ぷんぷん。
うふふ。
おやすみ。
「ハンバーグちょうだい。エビフライと交換しよー」
中学校1年生になって、初めてのお弁当の時間。
同じ小学校だった友といっしょにお弁当を食べることになりました。
同じ小学校だったとはいえ、クラスが違ったため、ほとんど会話をしたことがなく、当時、かなりの人見知りだった私は、なかなかうまく会話を進めることができず、黙ったまま、むしゃむしゃとお弁当を食べ始めました。
ふいに友が、私のお弁当箱をのぞいて、ハンバーグとエビフライを交換しようなどという案を出してきました。
今でこそ、海老は好物のひとつになっていますが、子どものころは海老は私のなかでは「気持ちが悪い生き物」で食べず嫌いだったこと、それからハンバーグは私のお弁当箱の王様だったこと、などの理由から、友の提案は迷惑はなはだしい!っていう感じでした。
でも、人見知りが激しく、あまり率直にモノが言えなかった私。
「好き嫌いがある」なんて言うのも恥ずかしいし、しかも、人のお弁当箱に入っている食べ物を「気持ちが悪い」なんていえません。
「え、海老って、ほら、ほ、骨があるから苦手なんっ! 昔、歯に詰まって……」
「ほね?!」
そのときの友のきょとんとした顔が今も忘れられません。
それから6年後。
バイトで初めて「海老」のさばき方を教えてもらったときに、海老には骨がない、ってことを知りました。
海老を食べると、必ず思い出す友のあの顔。
彼女は私の妙な言い訳を、覚えているのでしょうか。
おやすみ。
私の好きな村上春樹さんの小説は、料理や音楽がたくさん出てきます。
彼の小説はいつも音楽が流れているし、おいしそうな匂いが、本からあふれでてきているように思います。
音楽はクラシックであったりジャズであったり、料理であればスパゲティであったりサンドイッチであったり。
遠くではないけれど、近くにもなかったものが、彼の小説を読んで身近な存在に変わった人が数多くいると思います。
もちろん私もそのひとり。
スパゲティをアルデンテにゆで、サンドイッチをていねいに作り、小説に出てくる新宿の「ダグ」というジャズ喫茶に入り、「イパネマの娘」や「ダニーボーイ」がどんな曲か確かめ、彼の歩いただろう通りを歩き、「好むと好まざるとにかかわらず」や「やれやれ」というセリフをよく使うようになり、「つるりとした背中」に憧れを抱き…。
そのなかで、いちばん強く影響を受けたのは、ビートルズでしょうか。
「ノルウェイの森」という小説のなかで、ビートルズの曲がたくさん出てきます。
小説の最後で、ビートルズの全曲をギターで弾き語る、というシーンがあります。
「この小説の音楽を聴きたい。ノルウェイの森をもっと深く読みたい」
それから、ビートルズを聴き始めました。
いまだにこの小説がなぜ「ノルウェイの森」というタイトルになったかは、よくわからないけれど、彼の言葉のひとつひとつをたどるうちに、いつしか五感をフル活用して、彼の小説を読むようになっていました。
全身で小説を読む。
「それって素敵なことだと思わない?」
そんなふうに、生活自体に影響を受けた小説家がいるっていうことも「悪くない」と思っています。
きょうは徹夜。
ふぅ。
ひとつの旅館を借りて、新年会。
楽しい楽しい夜でした。
今はもう営業していない宿のお客さん同士の集まりです。
共通の場所はなくなったのに、なぜかどこかでつながっているのは、なんとも不思議。
十年ほど前、旅から遠ざかろうと思ったことがありました。
それから、あまり旅仲間とは連絡を取らないようにしていましたが、大阪に来て、とあることがきっかけで再び「旅」を思い出しました。
そうして、また、旅仲間とも交流をしだした私。
こんな不義理な私なのに、いろんなイベントに忘れずに声をかけ続けてくれた友たちに感謝です。
たまにはいいね。
こんな宴会も。
おやすみ。
ホームページをリニューアル。
ますますレンタルサイトに頼り切ったホームぺージになりました。
このほうが、更新しやすいからいいのです。
ただ、写真日記レンタルサイト「ばりよん」のように、いきなり音沙汰もなくサービスをやめてしまわれると、困るかな。
気軽につけはじめた日記も、ずいぶんと経ちます。
今はもう、ひとつの財産のような感じ。
これからも、がんばって更新していきますので、レンタルばかりでも許してください。
おやすみ。
ん〜。
忘れちゃいました。
今日って、何をしたかな。
仕事のことしか思い出せません…。
おやすみ。
「えーーーっ! そうなの?」
という話を聞きました。
驚きは、まだまだガマン。
とりあえず、今はおやすみ。
今日の夕飯は、ラーメンでした。
味噌ラーメンは、めったに食べないのですが、今日は味噌ラーメンがおいしいという店に連れていってもらったので、味噌ラーメンを食べました。
白い味噌のラーメンで、あっさり、でもコクがあっておいしかったです。
もうすぐ卒業式、その前に受験を控えている18歳の友は、ラーメンをすすりながら、学校のことや友だちのことをたくさん話してくれました。
楽しくて、とても貴重な時間だな、と思いました。
こんな時間を、ありがとう。
おやすみ。
今日で十年。
「区切りじゃない」って新聞の見出しに書かれていました。
たしかに、十年ひと昔とは言うけれど、「区切り」にはなりませんよね。
おやすみ。
いくつの誕生日のときだったでしょうか。
会社の同僚が、ワインをプレゼントしてくれました。
スペインのトーレス社の赤ワイン。
コルクのところからトーレス社のシンボルの牛の飾りがぶらさがっていました。
「毎日、残業でたいへんそうだから、おつかれさま、の気持ちをこめて」
誕生日当日の残業時間、突然私の席に来て、そのワインを手渡してくれました。
ワインの説明をいくつかしてくれましたが、同僚の気持ちがうれしくて、あまり聞いていませんでした。
その同僚も、ほぼ私と同じような残業量なのに。
同僚といっても、年は私より2つほど下でした。
残業帰りにみんなで飲みに行っては、会社の話や上司の話、自分の話や今、思っていることなどを熱く語り合いました。とくに男尊女卑的な考えを持つ彼に対して、女性陣と何度も意見が対立したこともあるけれど、帰るころには笑顔で「またあした」と言って別れていました。
そういう毎日だったからでしょうか。
そのとき、残業をいっしょにしていた同僚たちって、家族でも友達でも、ましてや恋人同士でもないのに、誰よりも互いに互いをよく知っていたように思います。
「いっしょにいた時間」と「熱い語り」が互いの理解を深めたのでしょう。
今日は、ワインバーに行きました。
グラスワインのメニューリストに「トーレス サングレデトロ」という名前を見つけて、胸が熱くなりました。
当時、私がもらったものと同じ銘柄かどうかはわからないけれど、コルクからは同じく牛の飾りがぶらさがっていました。
プレゼントのお礼、そういえばしてなかったな。
そんなことを思い出しながら、電車に揺られて帰りました。
今はもう会えない「場所」にいるいつまでも28歳のままの彼と、みんなで語り合った「ベジタリアンパート�供廚箸いε垢�懐かしく、とても懐かしく思い出された夜になりました。
おしゅーまい☆
友と梅田で待ち合わせ。
………までに、少し時間があったので、いえ、時間があるように家を出たので、「大阪マルビル」のアウトドアショップ「L.L. bean」をちらりとのぞきに行きました。
目的は、やっぱりザック。
先日の「ひとめぼれ」の挙句の「失恋」が尾を引いて、寝ても覚めてもザックのことで頭がいっぱい。
このままじゃ仕事も手につきません(笑)
でも、ふたたび東急ハンズに買いに行く気力はなし。
一度、失恋した相手に何度も言い寄るなんて、そんな現実的なことはしたくない(汗)
ということで、駅前ビルの山用品店を数点まわって、いろんなザックを背負ってから、いい一品を選ぼう…という方針に変えました。
ひとめぼれは、もう卒業。
じっくりと選ぶのだ。
ただ、山用品店でいろんなザックを見すぎて、結局、「買わない」になることをおそれ、まずは一ブランドだけで検討しようと大阪マルビルのショップへ、足を運んだ…ら、ちょうどセール中でした。
「あ………」
入り口を入ってセールと書かれた一帯に、ひときわ目につくザック。
「あ………」
いっしょにいた友に、独り言のように「これ、いいですよね、ね、ね、ね」と繰り返したあと、いつの間にかレジでおねーさんにお金を払っていました。
ひとめぼれを通り越して、まさに「電撃結婚!」。
レジのおねーさんに「すぐに背負いますので、包装はいりません」とほくほく笑顔で伝えたのでした。
いや、いいすね。
出会いって。
今までの「人生」を、私は反省こそすれ後悔はしないようにしています。
間違いや失敗に対して、反省し、軌道修正をすれば、前に進んでいけますが、後悔ばかりしていては、そこでストップしてしまいます。
でも、反省が生かされない場合もあります。
たとえば、身近な話でいうと「二日酔い」。
「もう、酒、やめたー」
とかいいながら、その日のうちに「迎え酒」。
これは、反省が生かされなかったパターン。
ただ、私の場合、さらに反省をし、「もう、酒、やめたー」というセリフは言わなくなりました。
これは反省が生かされたパターン。
これがいいか悪いかは別として、自分のなかで「いやなこと」「後悔してもしきれないこと」を考え方や行動を変えることで、消化してきたように思います。
大げさに言えば環境の変化を乗り越えようとした結果、身に着いた一種の「自己防衛!」かもしれません。
いえ、おそらくは楽天的な性格が、根本にあるのでしょう。
ただ、高校1年生のころから「後悔」をしていることがあります。
これは、もうずっと持ち続ける「後悔」だろうと思っています。
ふだんは忘れているのですが、きょうは、ある「家族」をみて、その後悔を久々にふつふつと思い出しました。
こんな夜は、あまり飲まず語らず。
おやすみ。
東急ハンズで、一目ぼれしたザックがありました。
迷うのがキライな私は、だいたい即決してしまいます。
迷いだすとキリがなく、結局、買わなくなるからです。
衝動買いはしないほうですが、買おうと思っていたものに、偶然出会うと、迷うことなく買います。
今日、出会ったザックは即座にレジまで持っていく予定でした。
……が、そのあと、大事な打ち合わせ。
東急ハンズの大きな紙袋をうれしそうに肩からぶら下げていくのはちょっと気が引け、また、夜は夜で打ち上げ&新年会があるので、手荷物はかなり邪魔になります。
レジも若干、混雑していて、時間もあまりなく…。
やめやめやめっ!
そう心のなかで何度もつぶやいて、そそくさと東急ハンズをあとにしました。
きっと、あのザックは他の人に背負われる運命だったのでしょう。
こうしてきょうの私のひとめぼれは、あっという間に失恋に終わったのでした。
あぁ…(悲)。
寝よ寝よ。
はよ、寝よ。
おやすみ。
今日は各地で「成人式」が行われたようです。
昔よりも振り袖姿の新成人が少なくなったように思うのは、気のせいでしょうか。
私の故郷は、田舎ということもあり、ほとんどの女性は振り袖を着て市民ホールに集まり、洋服で行くのが少し恥ずかしいような感じでした。
私も振り袖を着て、高校時代の友と集まりました。
ピンク色の下地に桜の花が散りばめられていて、祖母曰く「流行にあまりとらわれない柄」とのこと。着物にも流行があるのだと、そのとき知りました。
その振り袖は、私が小学校のころに父がもらってきた反物で、私が大学に入った年に、祖母が仕立ててくれました。
成人式に振り袖を着ることをあきらめていた私は、涙が出るほどうれしかったのを覚えています。
その反物は、父の仕事の取引先が倒産し、家財道具を売りに出したときにもらってきたものでした。
子どもながらにその反物の持ち主について、思いを馳せざるをえませんでしたが、そのほんの数年後、自分たちが同じ境遇に立つことになるとは、当時は思ってもみませんでした。
そのとき、約10年間、叩き続けたピアノは、反物と同じように売りに出されたと聞きましたが、あの騒動のなか、いつ、どうやって持ち出されたのでしょうか。その反物は祖母のところにずっと保管されていた様子。
そして、祖母の手によって見事に振り袖に仕立てられたのでした。
母が、知人の呉服屋に頼んで、オレンジ色の帯を仕立ててくれました。
帯に合わせて、カバンと靴はその呉服屋さんがプレゼントしてくれました。
いろんな人の手を巡りに巡って私のところにやってきた振り袖を着て1月15日の朝、祖母がうれしそうに成人式に送り出してくれました。
いろんな人に感謝せざるをえなかった成人式の日。
私の愛したピアノも、こうしてどこかの子どもが喜んで弾いてくれていたらいいな、と、その日の夜、着物をたたみながら思いました。
おやすみ。
「足が23センチになったら、スケートを習わせてあげる」
母は私が幼稚園のころに、こう約束してくれました。
ちょうど冬季オリンピックの時期でした。
当時、バレエを習っていた私は、スケートという習い事を増やすなんてとんでもありません。
単なる子供だましの口約束で、母は言ったのでしょう。
23センチなんて、すぐになる、と思っていた私。
ところが、なかなか足は成長してくれません。
中学校1年生になって、足が23センチになったとき、母に言いました。
「スケートを習いたい」
小学校を卒業すると同時にバレエをやめていた私。
今度こそ、と思い、言いました。
ところが母曰く。
「自分でスケート靴を買ったら、習わせてあげる」
バレエは辞めていたとはいえ、東映の俳優養成所に入所したばかりの私には、そんなお金は、お年玉をかきあつめてもありません。
今、思えば、母は「いつあきらめるのか」と思っていたことでしょう。
中学校三年生になる年。
お年玉を貯めに貯めて、ようやくスケート靴を買うお金がたまりました。
「スケートを習いたい」
もう一度、母に言いました。
これでダメだって言われたら、こっそりでもいいから習うんだ。
そんな決意を胸に秘めながら、母に言いました。
「いいよ、今度、申し込みに行こう
え……!?
自分の耳を疑ったけれど、その週末、私は新しい真っ白なスケート靴と、スケート教室の会員証を手にしていました。
約十年越しの私の夢。
それから、受験生と身分を忘れてスケートに熱中したことは言うまでもありません。
スケートを通じて、かけがえのない友もできました。
今は、年賀状友だちのひとりになってしまった友。
今年に年賀状に「長女に、今年からスケートをさせてみます」と書いてありました。
私たちが抱いたスケートへの夢を、彼女の娘がまた感じてくれるといいな、と思います。
そういえば、交通事故に遭ってから、スケート靴に足を通していません。
今年は、ふらりとスケート場に行ってみようかな。
いいよね?
黒澤明監督の映画を観ました。
「隠し砦の三悪人」。
たまたまつけたケーブルテレビの「日本映画チャンネル」で放映していたのですが、ついつい最後まで観てしまいました。
さすが「世界の黒澤」。
この映画のなかに出てくる凸凹百姓コンビが、後の「スター・ウォーズ」のロボットコンビのモデルになっているとか。
私が映画館で初めて観て感動したハリウッド映画が、日本の黒澤明監督の影響を受けていたとは驚きです。
そういえば、最近、古い日本映画を積極的に観ています。
私の知らない「古き良き時代」が、とても新鮮です。
最近のヒットは、「夫婦善哉」かな。
甘いものとカレーが苦手な私ですが、あの映画に出てくる法善寺横丁の「夫婦善哉」のおぜんざいと、千日前の「自由軒」のライスカレーが、むしょうに食べたい今日このごろです。
高校3年生になる前の春休みから、友と4人でいっしょに、「塾通い」を始めました。
京都大学の院生が4〜5人集まって教えている塾で、それほど有名でもなく、授業料も安く、英語、数学、国語、社会を教えてもらって月々1万円だったと思います。
あまりお金を使いたくなかった私は、塾に通うのはあまり気乗りはしませんでしたが、その塾は小学校5年生のころに半年ほど通ったことがあり、「懐かしい」という気持ちと、友の強い誘いもあり、いっしょに入塾することにしました。
当時の先生は、ほとんど卒業していませんでしたが、ひとりだけ私を覚えていてくれた先生がいました。
その先生が私を見てひとこと。
「アンタは、ぜんぜん勉強できなかったけど、お兄ちゃんはすごかったな」
いや、そんなことを友の前で言わなくても…と思いましたが、でも私や兄のことを覚えていてくれたことが、恥ずかしくもうれしく感じました。
それから1年間。
週に2回、「アンタはホントに昔と変わらんな」とさんざんイヤミを言われながらも、友といっしょに通った「京大塾」。
塾の宿題をいっしょにしたり、塾の先生のうわさ話をしたり…と、意外と楽しい塾通いを終えて、志望校ではないけれど、全員無事に合格することができました。
あのとき、いやがる私を無理やり塾に引っ張っていってくれた友と、「アンタはこんなんじゃ、どこの大学も行けへんで」と1年間イヤミを言い続けたワタナベ先生に、今は感謝しています。
京大塾。
今は、地元ではけっこう大きい塾になっているとか。
ときどき、ワタナベ先生のイヤミが妙に懐かしくなるときがあります。
時間ができたら、友を誘ってちょっとのぞきに行ってこようかな。
おやすみ。
何かを築き上げたいけれど、しょせん、無理な話。
今、未来が見えません。
新しい風でも、取り入れましょうかね。
民間企業は、今日からが仕事初めのところが多いようです。
道路の車の数も、道行く人々の数も、なんとなく多いように思います。
おそらく、多くのサラリーマンは、比較的短かった冬季休暇の休みボケから、通常勤務へに向けて「慣らし運転」のように1日の過ごすのでしょう。
かくいう私は、諸事情ありで12月の1カ月間、長い長い休みを取らせてもらいました
でも、丸々休んだというわけではなく、細々とした小さな仕事は引き受けていました。ただ、本を丸々1冊、という長期の仕事は、お断りするか年明けからでよければ…ということで受けさせてもらいました。
今日は、そんな私にとっても仕事初めの日。
とりあえずは、来週末の締め切りの仕事を、頭のなかを慣らしながら、じっくりていねいに進めていきます。
ただ、この1カ月でついた昼寝癖が取れるのは、まだ1カ月くらいかかるかな…。
おやすみ。
ZZZ……。
今年は出さないと、公言し続けた年賀状。
きょう、投函しました。
いつものようにいろんな人に、ではなくて、仕事関係の数人と、年賀状をくれた人に。
それから、今日、会った人に。
やっぱり「つながり」は、最低限、続けていかなければいけませんね。
おやすみ。
毎年恒例の初詣に行きました。
恒例といっても、今年で3回目です。
勝尾寺(かつおうじ)という山の中腹にある寺をめざして、参道を登ります。
だんだんと手慣れてきて、今年は「いつもの場所」で塩ラーメンを作って食べました。
だれかに見つからないかと、少しびくびくしながら作ったので、ちょっとびくびくした塩ラーメンになってしまいました。
そうですね〜、30点くらいかな。
でも、みんなで食べる昼ごはんはとても楽しくて、笑いのたえない1日になりました。
初詣。
来年もまた行けるかな?
今日も昨日と同じパターン。
夜中に目が覚めて、「ボーリングフォーコロンバイン」を観て、明け方に寝て、昼前に起床。
ゴロゴロって、すばらしい!
2005年が明けました。
今年もよろしくお願いします。
今日は何をしていたかと言いますと、昼過ぎまでずっと寝ていました。
なぜそんなに寝ていたのかと言いますと、夜中の2時ころに目が覚めて、それからずっと、ケーブルテレビの映画チャンネルを観ていました。
何を観たかというと、「耳に残るは君の歌声」というイギリス映画。
ちょうど始まったばかりで、いずれ眠くなるだろう、と思っていたら、いつの間にか最後まで観ていました。
明け方近くなってから映画が終わり、空が白み始めてくるのを見て「新年」ってなんだろう…なんてことを考えていたら、いつの間にか眠っていました。
そして昼過ぎに目が覚めて。
それから、今度は夕方まで「夫婦善哉」「新・夫婦善哉」を2本立て続けに観て、「女のシアワセってなんなのかしら〜」なんて考えていたら、おなかが空いてきて、きのうの残りの蕎麦を食べてまた寝ました。
これぞ、寝正月。
ぐぅたらって、楽しいですね。
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