晴れたり 曇ったり
めぐみ

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■ もう?父の日?

今夜は父とデート♪
お寿司屋さんに連れてってもらいました。

でも、ちょっとめぐの買い物が長引いてしまった為
父との約束に遅刻。ごめんなさい。
父への贈り物を探していたので勘弁して〜!

「ハイ!父の日のプレゼント♪」

早いって?
だって、早く渡したかったんですもん。
喜んでもらえて嬉しかったです。にっこり。

2002年05月31日(金)

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■ 社長、売り上げ少なくて申し訳ないです

ホテルでのバイト2日目。
初日に比べかなり暇なのだ。
隣の売り場のおばちゃんとお喋りできちゃう位。
でも、もちろん、社長がいない時だけね。アハハ。

「学生さん?」とそのおばさん。
「いいえ」とめぐ。
「23かしら?」
「アハハ。」(また詐欺師だと言われますぅ)

なんか、そのおばちゃんに気に入られたみたい。
「今度、うちを手伝ってもらえないか」
って言われたわ。で、連絡先教えました。
さて、仕事の依頼はくるのでしょうか?

2002年05月30日(木)

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■ ホテルでバイト

ホテルでのバイト1日目。
場所が変わっただけでようはまたお茶売り娘なんですけどね。
おじの店の手伝いです。
でも、今回は強力な助っ人:マネキンさんがいないので心配です。

案の定、お客の足をとめるのに一苦労。
試飲の甲斐もなく時間が嫌と言うほどゆっくり流れた1日でした。
バイト代もらうのが心苦しいばかりです。

2002年05月29日(水)

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■ 家で仕事

一日中パソコンでお仕事。
目が痛い。
だからコレでお終い。
なんて短い日記でしょう。。。アハッ。

2002年05月28日(火)

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■ もし医者だったら

午前中は、祖父の付き添いで病院へ。
祖父は今、睡眠薬を飲んでいます。
めぐは、それがとっても心配です。

「どうにか飲まずにすまないでしょうか?」
薬局の人に相談。
「先生の処方箋がないと、、、勝手には作れません」
との回答。

祖父は飲まないと眠れないと思い込んでしまっています。
痛くなくても「医者が出したから」と言う理由で塗り続ける人です。
祖父の中では医者が一番なのです。
だから素人の私が「体に良くないよ」と言ってもだめなのです。

思い込んでいるところが多大にあるので
暗示にかける薬(中身は砂糖などで体に害のないもの)
に変えられないものでしょうか?

もし、私が医者だったなら病院の利益のためでなく
祖父の健康のために働くのに・・・

2002年05月27日(月)

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■ 似た者同士

今日、祖母は娘2人とお出かけ。
駅まで送ってあげました。
戻って来てまた布団にもぐったのが失敗でしたね。
お昼近くまで寝ちゃいましたよ。

12時にEmi(仮名)と会う約束だったので大慌て。
待ち合わせのレストランの駐車場は今日は混雑。
隣接する家具屋さんがリニューアルオープンした模様。
粗品もらっちゃいました。可愛い観葉植物です。

これ、いずみ姉さんちにもありました。
木の種類も鉢の色も色々あったのに
まったく同じのを選んでいたのには笑えました。
やっぱり趣味が似てるのね。
「好きになる人もきっと同じだね」
「危ない危ない」
「取り合って喧嘩になるところだわ」
といずみ姉さん。
きっと旦那さん、くしゃみしてたよ。うふふ。

むか〜し、いっつも一緒に行動していた女友達がいました。
彼女と服の趣味も、好きな音楽もやりたいことも同じ!
「なぁんでも一緒」みたいなところがあって
ついに好きな人まで同じになっちゃって・・・(しかも3人も)
で、大喧嘩した覚えがあります。
価値観が同じ人と一緒にいるのは心地よいのですが、
共有できないものは大変です。泣きます。苦労します。
あなたはそんな経験ありませんか?

2002年05月26日(日)

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■ プラド美術館展

今日は母とお出かけ。
上野の森 国立西洋美術館で翌月16日(日)まで開催されている
『スペイン王室コレクションの美と栄光』
プラド美術館展へ行って来ました。
77点ありましたが、有名どころは少なかったです。(涙)
スペインで実際見て記憶に残っているものは
5本の指でおさまる程度ですもん。
そのほかは、さささ〜と通過しちゃったものばかりということですね。
あらら。

中でもNo.22"ボルドーのミルク売り娘"(ゴヤ作)はすごく印象的。
と言うのも隠されたその絵の物語を
スペインの現地ガイドさんが教えてくださったのを覚えていたからです。
今日も、オーディオを借りて音声ガイド通り回ったのですが、
現地ガイドさんにはとうてい及びませんでしたね。
彼は素晴らしく豊富な知識の持ち主だった!!

2回スペインには行ったことがあるのですが
彼に出会ったのは初めのツアー。
2回目の旅の時に是非とも個人的に頼みたくアポイントを取ったのですが
運悪く、彼は里帰り中だったのです。埼玉の方でした。
お元気かしら?

美術と言うものがこれほど興味深いものだと教えてくださった
彼との出会いは大変貴重なものでした。
母と「また案内してもらいたいね」と話しながら今日は帰ってきました。

2002年05月25日(土)

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■ メイクボックス

皮膚の調子がだいぶいいめぐみです、こんにちは♪
以前は先のことを考えるのがいやでした。
アトピーは治らず、ずっとずっと付き合って、
生まれてくるであろう子どもにもこの苦しみを味わわせるのかと思うと
まさに『この先真っ暗』ってやつで、とほほ。。。と
未来を夢見るなんてまったくありませんでした。
でもね、今は、「もうすぐメイクもできるかなぁ」と
わくわくする自分がいるのです。

今日は、まだ収納したい化粧品がある訳ではないのですが(笑)
気が早い私はメイクボックスを探しに街へ出ました。
でも最近はそれを持ち運ぶ人って少ないみたいで
どこの化粧品メーカーも「扱ってませんねぇ」と言う返事。
2軒目のデパートでようやく発見!
かなり格好いいです。
「何事も形から」と言うと母は横で笑っていました。

出かける前にいずみ姉さんの所に電話。
どこで売っているか聞きたかったのです。
その時、姉は言いませんでしたが
「誕生日のプレゼントにどうかと思ってたのにぃ」
と後で怒られちゃいましたよ。(笑)
何にしようかまた頭を悩ませているようです。うふふ。
姉と私は好きなものがよく似ています。
だからお姉さん、あなたが欲しいと思う物を選べば問題ありませんよ。
ありがとう♪

2002年05月24日(金)

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■ 横浜へ

昨日の予定を今日に繰り越す。
弟に頼まれていたものを運んだのだ。
私は合鍵を持っている。
だから弟が部屋にいようがいまいが構わない。
だけど「来る前に連絡して!」
と言われていたので電話するが出ない。
「行くね」とメールを入れ、許可なく向かう。
知らない子がいたらどうする気でしょう?アハハ。

部屋に着くとドアの鍵はかかっていなかった。
「おはよう♪」って今何時だと思っているのよぉ。
「あっ!着信だ。」
「ん?今日来る?」
って思ったらお姉ちゃんがそこに居たというのだ。

今日は祖母も気晴らしについてきてくれた。
祖母は働き者である。
もう83だと言うのに足腰は丈夫でちゃっちゃか×2運んでくれた。
「お姉ちゃんが動かないとおばあちゃんに負担かかるだろっ」
と弟に怒られる始末。
「おばあちゃん、私がやるから座ってて」
「じゃないと、怒られちゃうぅ」
と言っても動きは止まらなかった。
疲れなかった?>おばあちゃん。

3人で、作業後、食べに出かけた。
弟は朝食を、われらは昼食を。(笑)
その後、ハンズで買い物して・・・これで快適になるね?
それに引き替え私の部屋は。。。「あ〜あ〜」である。

今日は汗が出ちゃう程暑い1日だった。

2002年05月23日(木)

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■ 急な呼び出し

本当は横浜へ行きたかったのだが呼び出しをくらってしまった。
お仕事!お仕事!朝も食べずにお茶屋さんへ出かける。

おじはとっととカタログを仕上げてしまいたいらしい。
今日は残りの商品全て写真撮りしよう!と言うことだった。
相変わらず光の加減に頭を悩ます。
腰も目も疲れてしまった。。。
「加工は家でします」と帰宅。
手を付けずに寝てしまったことは内緒です。

2002年05月22日(水)

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■ 持つべきものは友達

はるばる遠い所から飛行機でやってきた友人と
新宿で夕飯を共にするため、昨日私は久々に上京して来た。
昨夜酔っ払って帰って来た私は乱雑とした部屋で即眠りに就いた。
「掃除は明日。。。」と独り言を言いながら。

今日の夜は、大宮に住むいとこちゃんちを経由する約束なので
早起きを強いられた。することが山のようだったからである。
結局、早起きしたにもかかわらず、片付かず
「まだぁ?」と催促のお電話。
ごめんなさい。おなか空いたよね?>いとこちゃん。

いとこちゃんと合流できたのはすっかり日が暮れてからだった。
すぐ、腹ごしらえと言うことでファミレスへ。
大学のこと、サークルのこと、友達のこと、食事中話は尽きない。
楽しそうである。
嗚呼、学生時代が懐かしいわ。。。

お喋りしながら用事を済ませる頃には
「うぅ、群馬まで帰るの面倒〜」になっていたのだが
「帰るよ」と腰をあげ、バス停まで送ってもらう。
時計の針は22時43分。
時刻表の最終バスは22時44分。
「え?まさかもう行っちゃった?」
というのも、私の時計は2分は確実に遅れているからである。
微妙だった。
「駅まで2ケツ(二人乗り)する?」
「うぅ。。。疲れるよ」
「大丈夫だよ」
と言っている間に向こうからライトが!バスが来た。
「良かった☆」と飛び乗った私は乗車時に券を取り忘れる始末。
またしても、バスで失敗してしまった。とほほ。

高崎に着いたのは0時半頃だったろうか?
かろうじて乗り継ぐ電車はあったが0時54分と言う。
寒いホームでまだ起きている人を探す。
ぷるるるる♪
夜中に電話鳴らされちゃった方ごめんなさい。。。
夜中に付き合ってくれた方ありがとう☆
持つべきものは友達ですね。

2002年05月21日(火)

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■ 空白。(埋めました)

あれぇぇぇ。
旅に出ている訳でもないのに日記が止まったままだわ。
近いうちにアップするわ。また一行日記かも。アハハ。

と、言ったわりには結構長い文章書きました。(5/21)
良かったらさかのぼってやってくださりませ♪
一週間以上ためるとキツイね。
まず、第一記憶にないもん。
「何したっけなぁ?」なのでございました。


<こう思われたかった私>

最近ちょっと私は人とどう接していいのか分からなくなることがしばしばあった。
話す=自分の意見を「述べる」と言うより「押し付ける」
自分はそんな風に接しているように思えてならなかったのだ。
自分の考えに「自信」がなかったからなのかもしれない。
「人がどう思うのか?」ばかりを考えていたからなのかもしれない。

弟は言った:
「『こう思われたい』って気持ちがあると
 思われなかった時がっかりしたり、不満に思ったりする。
 『何故分かってくれないんだろう?』とね。
 人は自分が望むようにならないものだよ。特に心はね。
 初めからそれが分かっていれば自分の事を理解されなかった時
 落ち込んだり、悲しくなったりすることはないはず。
 まず『こう思われたい』なんて考えないことだね。」

母とよく話す、弟はどうしてこうも大人なのかと。
「姉が出来損ないだからだね」と私は笑う。

***

人と価値観が違うのは当たり前。ぶつかるのも当たり前。
それを当たり前とは受け入れられず、ぶつかることを私は怖れていた。
行動することで、言うことで、「何かを失うのでは?」と不安だったんだ。
そして、無口な私が生まれた。
そして、「冷たい」印象だけが相手の心に残った。

私には一番大切なコトがその人にとっては
(極端かもしれないが)最後に位置付けされている場合もある。
また、その逆も有り得る。
私にはどうでもいいことが、その人には大切だったり・・・と。
「いかに理解し合うか?」「歩み寄れるか?」
なのだけれどそのすべを私は見失ってしまっていたんだ。
黙ることで「今」を守ろうとしていた・・・

「黙っていたら失わない」私の考えは間違っていた。
状況は私がじっとしていてもどんどん変わってゆく。
人の心を同じ場所にとどめて置くなんて不可能なのだ。
いかに自分というものに魅了させ続けられるか?
それは常にコミュニケーションを保たなければ確立しない
と言うことに気づいた。
私は大切な人を失うところだった。

「黙っていても伝わる」?
日本人夫婦の中ではよく聞く話。
言っても伝わらないことの方が本当は多いんですよね?


2002年05月20日(月)

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■ あなたの夢は何ですか?

そう質問されて即あなたは10個浮かびますか?

私は浮かびませんでした。
最初はやっぱり「自分の健康を手に入れたい」でした。
 まず、何をするにも動ける身体が欲しかったのです。

次に「母ににっぽん丸での世界一周の旅を」。
 ずっとずっとお世話になっている大切な人への恩返し。
 母は「いつか行けたらなぁ」といつも口にしています。
 だから、プレゼントしたいと思ったのです。

3番目に「弟の椎間板ヘルニアを治したい」。

・・・

あと2つと言う所で手が止まってしまったんです。
「夢」そんなもの、いつの間にか忘れてしまっていたのです。
小さな頃、それが本当に叶うと信じられた頃の私には沢山の夢がありました。
それが今では「叶えられない」と言う悲しい現実に
「夢」はふたをされて記憶の片隅へ追いやられてしまっていたのです。

叶える為に今私ができること、それを今日考えてみました。
「夢」強く願ったらきっと叶うと今日の私は思えます。
すごく具体的にあなたの夢も頭に思い浮かべてみてください。
どんなことでもいいのです。10個思い付いたでしょうか?
それをいつも忘れないで居て下さい。
めぐは、それが叶うこと遠い空の下で祈っていますね。

2002年05月19日(日)

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■ アルバムで、新聞で、過去へ過去へ

今日は、し〜ちゃんちへ行きました。
久々に昔のアルバムなんて引っぱり出してきて
想い出に浸ってました。
やっちゃん(し〜ちゃんの旦那)は
「オレ可愛かったなぁ」
を連発してましたよ。うふふ。
ええ、ええ、確かに可愛いですわ。
でも、めぐだって、やっちゃんの横で可愛かったもん♪

今夜はご馳走さまでした。>やっちゃん&し〜ちゃん。
「うぅ苦しい」って程食べちゃいました。
これで太ったら2人の責任ですよ。(笑)

*****

<お知らせ>
盛都庵の店主であるおばが本日群馬読売『あみーご』に載りました。
店主のこと、お店ができるまでのことが書かれています。
いずみ姉さんがその記事を持って来てくれたのですが
祖母に読み聞かせているうちにめぐは涙がこみ上げて来てしまって
途中で読めなくなってしまいました。
盛都庵のことをもっともっと知って頂けたら幸いです。



2002年05月18日(土)

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■ ネットができない?

「ネットに繋がらない。。。」

と顔に縦線入ってためぐです。
昨日たまたま二階のファックスを一階に移動したもんだから
配線でも間違えたかしら?と頭を悩ませた訳で。。。
そしたら単なるアクセスポイントが変更になってたのが原因。
ちゃんとお知らせ読みましょうね>めぐ。

2002年05月17日(金)

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■ 顔の筋肉

嬉しいことがありました。
口の両脇の筋肉が久々に上へ上へ働いている感じです。

顔には100以上の筋肉があるみたいだけど
ほとんど使われてないんですってね。
喜怒哀楽が少なくなったのかしら?
せめて下にたれた「への字」口にはならないよう
毎日笑顔でいたいものです。
「重力には逆らえない」
なんて言わないであなたも笑って♪

今日のこのメールを見ればめぐはいつでも笑顔ね、きっと。
大切に保存☆
送ってくれたあなたに「ありがとう」を。

2002年05月16日(木)

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■ 今夜は私がコック長(簡単レシピ付)

最近ね、おばあちゃん、お疲れモードなの。
だから私が久々に台所に立ったわ。

<今夜の老けないメニュー>
◆とりレバーの酢豚風(初挑戦)
 初めに一口サイズに切った人参を塩ゆでして
 そこにお酒と生姜を足して色が変わるまでレバーを煮るの。
 そのお湯は油ぎとぎとだから捨てちゃいます。OH---!ヘルシィィィ♪
 あとはお好きな野菜(今回は定番の玉葱とピーマン)をフライパンで炒め
 そこに人参とレバーを追加。調味料を加えて出来上がり♪

◆厚揚げのチーズ焼き(初挑戦)
 これはメッチャ簡単よ。
 厚揚げを1�僂棒擇襪任靴隋�
 そこに粉チーズを一杯ふりかけてトースターで10分焼くだけ。
 上にパセリをチラして、塩&胡椒、醤油はお好みで♪

◆カマンベール入り焼き野菜のサラダ(初挑戦)
 椎茸とアスパラは網で焼きます。
 それにお醤油をちょろっとまぶして!
 ミニトマトはめぐは半分に切りました。
 一口サイズに切ったカマンベールを加えまぜまぜ。
 大根おろしもそれら野菜とまぜまぜ。
 めぐは大根おろし絞らなかったのね。
 だからちょっとびちょびちょになっちゃった。失敗かも。
 チーズの塩気と醤油が好い感じ!のはずだったが・・・
 今回はポン酢をたらして食べることに。

どれもこれも変わってて楽しい食卓になるかと。
お試しあれ♪初挑戦でも美味しくできるよ。
この料理下手の私が言うのだからウソじゃないわ。
分量細かく書いた方がいいと言う方は掲示板まで。

2002年05月15日(水)

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■ 無力。

今日もカタログ作り。
なんかだんだん要求が大きくなってきたわよ。
おじの頭の中でもだいぶ構想が出来上がってきた証拠ね。
「とりあえず」と言われる度に、
とりあえずにしては手間が掛かりすぎている。。。と
自分の能力の無さを思い知るのでありました。

2002年05月14日(火)

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■ 初めての自転車

今日はね、いずみ姉さんちのちびちゃんが自転車乗って来たの。
くまのプーさんの小さな小さな自転車。
補助輪がらがら言わせて、よたよた危ない運転だったわ。
ひとつに集中しちゃうと前なんてそっちぬけ。
犬を見かけた時は

「わんわん♪」

って近付いてた。犬が後込みしちゃう勢いよ。(笑)
自転車の後ろにはね、押す棒が付いてて たまに

「ママ押して!」

って言うらしいわ。生意気ちゃんでしょ?ふふふ。
私はいつひとりで乗れるようになったんだろう?
おばあちゃんが後ろを支えてくれた気がする。
ありがとう☆>おばあちゃん。

2002年05月13日(月)

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■ 揺れるにっぽん丸

窓の外はくもり。
灰色の空と灰色の海。
今回は一度も太陽に出会わない航海だった。

朝起きると船は揺れていた。
船は真ん中が一番揺れない。食堂はそのまさに真ん中。
ちゃんと考えてくれているのね?
が!ついていないことに私達の部屋は限り無く船首に近かった。
じゃぶ〜ん。じゃぶ〜ん。波をまともにくらう。

こんな時、ビュッフェスタイルの朝食はちと辛い。
揺れないと言っても陸地とは違う。
「誰か持って来てくれ〜」状態だ。
私は慌てて薬を飲んだ。
すると。。。睡魔が私と仲良くしたがって
さっき起きたばかりの私は再びベットに潜り込んでしまった。

◆輪投げ大会
◆船内ウォークラリー
◆ナプキン折り教室
◆ビンゴゲーム大会

(上記3つはまぁいいとして)ゲームにすら不参加。
もしかしたら「航海チケット」が当たるかもしれないと言うのに
みすみす逃したって訳だ。

「ねぇ?」
「昼食だけど」
「いらない?」

と起こされたのは11時半。
14時が下船だからしっかり食べて荷造りせねばならない。

「行くぅ」

う〜ん、今日って「食べて寝る」しかしてない?アハハ。
でもね、今日の昼食もサッパリしていてこれまた旨かったよ。

薬のお陰で(下を向くと辛いが)なんとか新潟へ無事到着。
降りてからしばらくまだ揺れを感じて居ためぐであった。(おしまい)

2002年05月12日(日)

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■ 京都・舞鶴港着

8時には京都・舞鶴に着きました。
地図で見ると結構細い細〜い先まで船は入って来たようです。

今日は一日陸の上を観光。
私達家族はオプショナルツアーに参加。
眠くなってしまうような声のバスガイドさんと
不意打ちの好きなカメラマンさんと
(逃げるのが大変ですよ)
(別に写ってもいいのですが船内で売り出されるので
 恥ずかしい顔を公共の面前でさらすはめになるのですぅ)
それからにっぽん丸から2名添乗員さんが同行し 
日本三景のひとつである天橋立と舟屋の見学へ行ってまいりました。

今日のお天気はくもり時々雨。
昨日はずっと一日中降って居たようで
天橋立を境に内海は濁っておりました。
どちらも空のようにブルーならば
『またのぞき』(股の間から見る)をした時に
目の錯覚で天に昇るように見えるらしいのですが・・・
今日の天気ではただ頭に血がのぼっただけでした。

舟屋見学はですねぇ、、、
小さな遊覧船に乗り換えて見たのですけど
船内でかっぱえびせんが売っておりまして
放るととんびやらカモメやらが群がって来るのですよ。
それに夢中で
「あら、何見たかしら?」な訳で。。。アハハ。

その他に2つ寺を回り、船に戻ったのは5時位だったかしら?
出港の1時間前までに手紙を書けば京都から出してくれると言うので
おばと母が大浴場へ行っている間、めぐはひとりペンを取ってました。

19時半より夕食を取り
21時15分からメインショー。
今夜は「"詩と音楽の調べ" みすずの音〜矢崎節夫著〜
   『童謡詩人金子みすずの生涯』より」でした。
名前だけは知っていましたが、今宵で一気にファンになってしまいました。
彼女の詩にもっともっと出会ってみたいと思いました。
嗚呼私も何かを産み出したい!!

さっき食べたばっかりですけどお夜食を少々。
遅れてナイトシアターへ。
織田裕二&松嶋奈々子出演「ホワイト・アウト」
雪ばっかりですっかり身体が冷えてしまいましたよ。

今夜も1時回ってからの就寝です。

2002年05月11日(土)

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■ 新潟出港

新潟港を出たにっぽん丸は静かな波の中
(『ベタナギ』と言うそうです。元船員の父に聞きました。)
ゆっくりと京都 舞鶴へと進んで行きました。
日本海は大平洋に比べて穏やかです。
初めて船旅をなさるなら日本海側のルートがお勧めです。

グアム・サイパンへ行った時は
テーブルの上の物がザザザーーーーーと落ちるほど揺れ
--当時、小さな船が遭難し、死者が出たんだと思います--
思いっきり酔ってしまったそれからの私は
船に乗ったら即!酔い止め!なのです。
だから今回もすぐ飲んだのですが不要でしたね。

きっと父には物足りない揺れだったと思われますが
私にとってはカナリ快適な旅となり
パワフルなおばに手を引かれ
部屋に戻るのは翌日になってから・・・と
フルにイベントに参加してました。
こんなこと珍しいです。
大概(薬のせいで)眠くて、布団の中に居る時間が長いのですから。

今夜の食事も大変美味しゅうございました。
この日記を書き始めてからも何度か食事の内容は紹介したので
今回は省略させて頂きます。
と、言っても、驚くほどメニューは多彩で
世界一周も(お金と暇があれば)この船でできるのですが
その旅行中、100日間ダブることはないそうです。
凄いですね☆
『船ブタになる』と言われるのも納得がいきますわ。オホホ。

今夜のメインショーは
『中本マリ&岩崎大輔トリオコンサート』
スクリーンミュージックを中心のジャズコンサートでした。
母の年代の人は「懐かしい」と思ったのではないでしょうか?
彼女の目がとっても綺麗で見とれてしまっためぐみです。
私もいつまでも目をキラキラさせていたいものです。

22時15分からのナイト・シアターは『ペイ・フォーワード』
ハーレイ・ジョエル・オスメント主演の映画です。
ひとりの少年のアイディアが世界を変えると言う内容。
すごく良かった☆まだの人は是非どうぞ♪

何か私にもできることがないでしょうか?
まず身近な所から・・・

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2002年05月10日(金)

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■ 日常から離れる前に

明日からまた姿をくらますめぐです、こんばんは!
日常を離れると言うのは気分がいいものですが
離れるまでの時間が大変です。
やっておくべきことが多いからです。

戻って来るのは12日母の日です。
そんな大切な日に留守にしてしまうので花屋さんへ走りました。
花束を配達してもらうよう手配してきたのですが
時期ですねぇ〜。
お花さん That's too expensive!!!!! でございました。
でもね、花って素敵な気分にしてくれるから
高価でも女性には最高の贈り物だと思います。
切り花は可哀想だ。。。と言う人もいるけれども。

お店を出た手ぶらな私も

「一本ですけど飾って下さい」

って言葉に幸せにしてもらいました。
思いがけないプレゼントにとっても感激しちゃいました。
一本でその喜び♪♪♪
だからきっと母のお母さん、私の祖母も喜んでくれると信じています。

黄色いガーベラ、今日のめぐのドライブのお相手。(ハート)


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2002年05月09日(木)

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■ カタログ作り #2

今日はどんな風に構成するかを打ち合わせ、文章の打ち込み。
一枚のぴらぴらってイメージから
いつの間にやら本みたいな物へ移行しており
マジ、いつ仕上がるの?状態へ追い込まれましたよ。ぐぅ。

キーボードをたたくのは日記を付け始めたお陰で速いんですけど
ワードもエクセルも得意じゃないんですよねぇ。
と言いますか、、、知りません。
今の時代、こんな子雇ってもらえんでしょうねぇ。ガハハ!
以前居た職場ではなんだか古〜いソフト使ってたんですよぉ〜
(↑え〜え〜言い訳ですよ。ワッハッハ。)

日が沈む頃には『こんな感じかな?』までいけたので良かったです。
でもでも、まだまだ写真を撮らなくちゃです。
めぐ、頑張って!


↓めぐが作っているカタログのお店はこちら↓
*おいしい川根茶 吉田園*

◆店長からの提案◆
母の日のプレゼントに困ったら新茶はいかがかしら?

2002年05月08日(水)

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■ カタログ作り開始 #1.5

先日撮影した商品の写真を加工しました。
茶筒って結構キラキラしているものが多くて撮るの難しいです。
光の当て方でだいぶ色も変わってくるし。。。

他の御茶屋さんのカタログ見るとどれもこれも美しい!
おじはそれに近いものを求めているのでめぐは大変頭が痛いですね。
「あたしゃ、素人カメラマンさっ!」
とすねちゃいますよ。うぅ。

「上等上等!」
「プロじゃないんだから」

えぇっとこれは誉めてもらえているのでしょうか?

なんだか想像以上に時間がかかりそうですよ。
もうバイト代先払いしてもらっちゃったから
逃げ出す訳にもいかんし。。。
早く先が見えて来ますように・・・


*Special Thanks*
写真の撮り方を教えて下さったROUさん、ありがとう♪


2002年05月07日(火)

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■ キレイキレイ

お風呂掃除は父の担当でございました。
ほら!カビってしつこいでしょ?
重労働じゃないですか〜。
それにカビキ○ーとか臭くてクラクラしちゃうし。
頼まれても嫌です!

でも、今日はわたくし、自ら志願したのでございます。
えらいわ〜!!(エヘヘ。)
と申しますか、、、新しく見つけた洗剤の威力を見たかったの。

「臭くないし」
「ぴかぴかになるよ」

と言われたから「どんなもんだ?」と思ってね。
で、やり出したらタイルの全面綺麗にしないと
気が済まなくなっちゃって。
まんまと母にのせられたって感じかしら?アハッ。

綺麗になるのを見てゆくのって気分いいね☆
お風呂に入る瞬間までイメージしちゃって
重労働なのに鼻歌歌っていました、わたくし。
でも、ちびだから上の方まで届かなくて
未だに『気になる』×2なのです。

「オオ!綺麗になった!」

と言うところへ母が顔を出して

「手伝って!」

と言うではないですか。
またまたお仕事です。しかもこっちも重労働。
帰って来たらすっかり筋肉痛よ。
今日は頑張り過ぎたなぁ。
連休明けって突然死が多いらしいですよ。
お気を付けあそばせ♪

2002年05月06日(月)

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■ 利家とまつ ゆかりの地を廻って(その3)

さすがゴールデンウィーク!
連泊できない状況です。
初めは旅館。
今日はホテルでの目覚めです。
天気予報は大ハズレ。
どんより曇りでございます。

朝食を済ませ、今日こそ兼六園!とタクシーに乗り込んだら
お喋り好きなおじさんで、
昨日の博覧会のことを話すと

「そんな所よりゆかりの地を訪ねた方がよっぽど面白い!」

と案内されたのは
女性の鏡百万石の危機を救った珠姫の遺徳を偲ぶ
珠姫の寺 天徳院。
ちょうどからくり人形が始まるところで

「兼六園よりまず寺!」

だったようです。着くまでの間ひたすらおじさんの口は動いてました。
まぁ、ちょっと情報が曖昧だったんですけどね:
『珠姫が亡くなったのは26じゃなくて24才』だったとか
『産んだ子供の数が8人じゃなくて7人』等。
ただ素通りするよりは色々聞けた分楽しかったですけどね、得に兼六園の中は。

園内見学後、思い出の(と言っても覚えてませんが)寺:
忍者寺へ。
色んな仕掛けがあり、部屋数も階段数も30近くあるので
別に忍者が居た訳ではないのですがこう呼ばれています。
お子さまは迷子にならないよう手をつなぐ様指示されますよ。

「ホントに覚えてないの?」

と聞かれ、思い出せないことがちょっぴり淋しいめぐでした。

時間ぎりぎりまで連れ回してくれたタクシーのおじさん、
お陰で書いた手紙を出す時間がなくて
ホームまで走るはめになりましたよ。ガハハ!

「ふぅ」

と息をついたら金沢が遠くなっておりました。
今度この地を踏むのはいつでしょうか?

2002年05月05日(日)

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■ 雨の金沢(その2)

「ええなぁ。」
「おじさんも夕飯だけでもご一緒させてもらいたいわ〜」

と言う料理の美味しい旅館 -三竹屋- を後にして街へ繰り出しました。
今日は生憎の雨です。降ったり止んだり。
終いにはどしゃぶりでスッカリ靴は冷えてしまいました。

1日乗り放題のバス券がついてきたので金沢駅から乗ったのですが
小さいバスなうえ、本数も少なく、でも利用客は多い。。。

「次ぎのバスを御利用下さい」

と、ぎゅうぎゅう状態での観光開始でした。
進む方向は常に同じなのでバスが通る順に見て回るのが利口です。

まず『ひがし茶屋街』
とつきのクリーニング屋さんがちょっとムードを壊していますが
そこにも生活はあるのですから仕方ないですね。

雨がしとしと降る中をゆっくり歩くと
自分がどの時代に生きているのか分からなくなります。

突き当たりを左に折れて裏通り(?)へ。
可愛いお店が角にあります。めぐはピアスを2つ購入。

くるりと回って来るとさっきまでなかった行列がレストランの前に。
洋食屋さんのようです。
お勧めの醤油風味の『オムライス』とカレーのきいた『エビドリア』
『カニクリームコロッケ』を2人で仲良く分けました。
出て来てからもまだお客の列は続いてました。繁盛繁盛!
3品とも美味しかったですよ♪
(るるぶにも載っているみたいです。)

そこからバスを待つより早いだろうと兼六園まで徒歩で。
今(平成15年1月5日まで)『加賀百万石博』やってます。
大河ドラマに惹かれて始まったこの旅、
やっぱりココ見ないとね!だったのですが
雨の中50分も待ったわりには。。。ねぇ。。。

「え?これだけ?」

と会場から出た時に母がもらした言葉がずどんと疲れを呼びました。
で、結局「ヘイ!タクシー!」
バス券がもったいない次第でございました。

2002年05月04日(土)

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■ ぶら〜り金沢(その1)

母と金沢へ出掛けます。
「今日は外してね☆」
とお願いしていたのに帰りのキップが取れないとかで
今日の出発になった次第です。
2泊3日親子ぶらりぶらり旅、始まり始まり♪

「昔行ったの覚えてる?」

お母さんごめんなさい。
めぐ、覚えてません。(涙)

「ほら!」
「あの時は船で行って〜」
「有名な作家さんの息子さんも同じ船に乗ってたじゃない!」
「で、忍者の人形を買って下さったでしょ?」

畳の部屋に飾られて居た小さな忍者はすぐ頭によぎりました。
ところで、あれ、どこへ行ったんだろう?

「嗚呼!」
「思い出した!」
「トンくんね?」(何故こう呼んでいたのかは定かではない)

今では顔はおぼろげにしか浮かびませんが、、、
いっぱい遊んで下さって、すごく優しいお兄さんだったわぁ。
懐かしいです。お元気でしょうか?

「トンくん、私の事覚えてるかなぁ?」
「こんな風に話にのぼったりするかなぁ?」

急に会ってみたくなりました。

「連絡先知らないの?」

「知らないけれど」
「彼のお父さんは有名だから調べようはあるんじゃないの?」
「インターネットとかで」

(↑母、使ったことないのにいい加減です。あはは。)

「格好いいお兄さんだったよねぇ」

「もう、おじさんじゃない?」

「えええええ」
「ショック!」
「おじさん?」
「やだぁぁぁ」

「自分の年を考えなさい!」

「・・・」
(ごもっとも!)
(そうね、私も限り無くおばさんなのよね。)
(母、きついです。)

それにしても、お母さん、やっぱりごめんなさい。
めぐ、お兄さんと忍者は思い出せるけど
兼六園を歩いたってことはどうしても思い出せませんわ。


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2002年05月03日(金)

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■ アトピーの原因その1

「めぐちゃんが小さい頃」
「めぐママが言ってたよ」
「『この子には洗剤や石鹸がいけないらしい』って」
「それからしばらく気を遣ってたけどね。。。」

と、今日おばに言われて吃驚した。

「え?!そんなこと知らなかった」

と返すとおばは

「当たり前よ」
「まだ、めぐちゃん、小さかったもん」
「覚えてないと思うわよ」

***

母は「いけない」と知っていたのに何故
ついこの間まで○○屋さんが勧誘の為にどかっと持って来る
タダの洗濯石鹸を平気で使っていたのだろう?

きっと
「悪いらしい」と言うことは分かっても
「どう悪いのか?」まで知るすべがなかったに違いない。
それにうって代わる品もなかったのだろうなぁ。
当時は「ステロイド」が最善の治療法と信じられていたし。

確かに効く人には効くらしい。
私も「一発で治った」その仲間に入りたかった。

***

死に至る病気じゃないだけに最近では民間療法もはびこっている。
何が良いのか判断は難しい。

食べ物を注意しなければいけないと言われていたが
最近では有害物質が治るのを妨げていると言う意見もある。
あまりにも便利になりすぎた代償だろうか?
車なんて走っていない時代はさぞかし空気も綺麗だったことだろう。
この苦しみは絶対自分の子供には味わわせたくないんだ。

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2002年05月02日(木)

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■ 私の中だけの常識

「美容院行こうよ!」

といとこちゃんが言うので
-坊主にしてもらった-友達の所へ予約を入れます。
のびてきたらくりんくりんしたパーマを
軽〜〜〜くかけてもらおうと思って居ためぐ。
雑誌-そのままだと下着の通販カタログだからまずいと思って(笑)-
切り抜き持参で行ったのですが、
パーマ液がしみるかもしれないと、
またしてもアトピーに邪魔された次第でございます。
しくしく。

隣で科学薬品の香りに包まれながらも
へ〜きな顔しているいとこちゃんが少々うらやましかったですぅ。
それに美容師さんなんて素手で液体扱ってて
こっちがハラハラしちゃったわ。
「たまに小さい水泡が手に一杯なんてこともあるんですよ」
って、笑っているあなたって一体。。。(奇)なのです。
危険よ危険!!もう少し御自愛下さいませ。

6月に友達が結婚するので、
「式までには来るよ」と約束して本日はカットまで。
でもね、あんまり切ってしまうとやりたい髪型ができないからって
「どこ切った?」って感じで帰宅。
姉も「切ったの分からない」と言ってた。アハハ!
母は「言われてみれば。。。そうねぇ。。。」って調子よ。

今日びっくりしちゃったのは、今までの常識が非常識だったってこと。
七五三からずっと一筋に同じ美容院に通っていたので
そこが、私の中での<美容院>の形だったのです。
カット、そりゃ〜もちろん「切る」です。
しかしそれに「洗髪」はついてなかったの。
たぶん別料金じゃないかなぁ???
パーマすればもちろん洗うよ。(←念のため)
だから「カットお願いしまーす」って時は
切ったら切ったまま(ブローはする)帰宅なのでございました。
だからって頭からぱさぱさと髪の毛が落下してくるってことは
不思議となかった気がします。
それがふつ〜〜だったので

「カットでも洗うよぉ」
「しかも最初と最後に」

といとこちゃんに言われた時は

「そうなの???」

ってびっくりして返すしかなかったです。ガハハ!
私の中では当たり前だったことが当たり前じゃないってこと
た〜くさんあるんでしょうね。
ひとつのものを見てないで、
見るにしても「違った角度から」も必要だって思いました。


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2002年05月01日(水)
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