晴れたり 曇ったり
めぐみ

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■ 今までありがとう♪

管理人の気まぐれにより
旅行記、途中にもかかわらず
はれくもを終わりにしようかと思います。

今まで読んで下さった皆さんどうもありがとう☆
またどこかの空の下でお会いしましょう♪♪♪

2002年08月20日(火)

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■ 移動に費やす旅

初日を読んでない人はこちらから

***** つづき *****

横浜港で船を見送るはめになった車組(6名)+母は
これからどうするかを検討します。
そう!電車で来たおば2人は船に乗って韓国へ無事出航したのでありました。

朝から何も食べていなかったのでとりあえず港で腹ごしらえ。
と、そこへ
「お疲れさまでしたぁ」と言われ苦笑いをするカップル。
彼らも乗り遅れたのでありました。
同じくあの交通止めのお陰で。。。
彼らは初の船旅だというのですからついていませんよねぇ。
「「何やってるんだよ」と子供達に言われてしまいます。」
「帰るに帰れないんですけど・・・」と困り顔。

「あ〜あ〜」と後悔のつのる中
母は、飛行機の手配をしてもらってました。
それからホテル、送迎のバスと現地ガイドも。
今から船を追いかけると言うのです。
国内旅行じゃあるまいしそんなこと可能なのか???
とビックリしちゃいましたよ。

もう今日は済州島への直行便はないとのことで
成田空港近くのホテルに1泊。

朝からの移動を考えるとスゴイです。
群馬→(車)→横浜→(タクシー+バス)→成田

翌日(8月9日)
→(バス)→空港→(飛行機)→やっとこさ韓国!!!

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2002年08月09日(金)

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■ ハラハラドキドキの旅の始まり

予定より15分程遅れて我が家を出発。
いずみ姉さんち→し〜ちゃんちを経由して高速道路へ。
嫌〜な予感です。

『鶴ヶ島、川越間通行止め』

情報によると朝の3時頃に起きた事故がまだ片づいていないとか。
仕方なく一区間おりるはめになったのですが
まさか たかが10キロこんなに掛かるとは思いもしなかった訳で。。。

おりることを余儀なくされた車たちは一般道に連なっています。
ひたすらチンタラチンタラ走行。
カーナビの予定到着時刻だけが刻々と進み
私にプレッシャーをかけ始めました。
それに拍車を掛けるように祖父がぼそり:「間に合わないな」
いや〜ん。そんなこと言わないで〜。
めぐ、運転手として責任感じますぅ。

再び高速道路に戻れた時はすでに当初の到着予定時刻(9時)。
電車で横浜港へ向かった母も焦り始めました。
携帯電話は鳴り響き「今どこ?」の連続です。

船の出航予定は11時。
つまり10時半までには出国手続きをし乗り込まないとならないのです。
アクセルを思いっきり踏む私。
この調子でゆけば間に合う!!と本気で信じていたのですが・・・



















渋滞

電光掲示板は真っ赤っかっかです!!
急ぎたくとも急げない。

止まってはちょろちょろ進んで止まってはちょろちょろ・・・
この繰り返しをしている間に母は船長と交渉を始めます。

「11時半まで待ってもらえることになった」

30分の猶予。
少しの希望☆
しかし、次の電話で

「もう出てもらうことにした」
「ゆっくり来て下さいな」

と言うのです。
えっ???
愕然としました。
船に乗れないのか???
もう一つルートを知っていただけに
「向こうを通っていたら。。。」
と言う思いがあり諦めようにも諦めきれず
渋滞を切り抜けた私はスピードはゆるめることができませんでした。

11時35分、待ってくれると言った時間を5分過ぎて到着。
もう船の姿はありませんでした。

今回の目的地は韓国は済州島。
嗚呼夢のリゾート地♪♪♪

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2002年08月08日(木)

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■ 今年何度目?国外逃亡

出発前夜はいっつもそう。
バタバタと持ってゆく物をかき集める。
2階へ何度駆け上がることか。
無駄な動きが多いんだよね。ふぅ。
「あっ!あれも持ってこっ!」ばっかりサッ。

今夜は冷蔵庫の掃除もしないといけません。
5日間も留守にしたら腐っちゃいます。
だからなんとも豪華な夕食で今かなり満腹。
な〜んもしたくない気分です。
今寝られたら幸せだな〜でございます。

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明日は朝6時に出発予定。
車組:祖父、祖母、いずみ姉さん、し〜ちゃん、チビ
電車組:母、おば2人
めぐみは運転手です。
横浜に再集合してにっぽん丸に乗り込みます。
パスポートと乗船券持ちましたか?>めぐみ家一族さま

皆さんも楽しいバカンスを♪♪♪
12日以降にお会いしましょう・・・

2002年08月07日(水)

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■ 対処療法

今日は祖父の付き添いで病院。
午前中まるつぶれ。

大病院の対応には前々から頭に来ていたが
今日もかよ!ムカっ!

対処療法。
おぼれている人にとりあえず浮き輪を投げる
でもそれにはロープはついていない
陸には引っ張りあげてはもらえない
また空気が抜けておぼれかける
そしてまた新たな浮き輪が投げ入れられる
・・・って感じかな?

要求すれば浮き輪(薬)が出る。
言うだけ出す。
これっておかしくないか?
救ってくれよ。

2002年08月06日(火)

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■ 永遠の別れ

いつ何が起こるかなんて分からない。
1分、いや、1秒先のことだって分かりはしない。

1秒前の私にどうして友人の「死」を想像できよう。
ショックで目をおさえることしかできなかった。
渦巻く感情。
届かぬ想い。
文字にしたかった。
でも、それを表そうにも到底無理だった。
パソコンに向かって空白な時間が流れた。

私は思った。
会いたいと思った時、会いにゆくべきだと。
「明日」なんてないかもしれないんだ。
会わずに後悔するより会って後悔したい。

人と関わっている時間が今日ほど重く大切に思えたことはなかった。
「また」と言いながら永遠の別れを意識している自分がいた。

8月4日記



2002年08月03日(土)

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■ カードを送る代わりに

昨日久々に手で文字を書いた。
腕が痛くなるほど書いた。
と、言うのもカメラの取り扱い説明書を英語にして欲しいと
前々から頼まれていたのにやらずにいて
渡さねばならない当日つまり昨日一気にやったのである。
カチカチ時計の音に追われながら・・・

昨日の影響かな?
手紙が書きたくなった。
私は自分の字で白い紙が埋まってゆくのが好きである。
ノート(ホームページ)に遊びに来てくれている人達にも
残暑お見舞いのカードを出したい気分♪
いやいや、まだ暑中お見舞いだな。
暑い暑い暑すぎる!
群馬は今年最高気温を記録したらしいよ。

「皆さん元気にお過ごしでしょうか?」

*カードの代わりにトップの写真を夏らしくしました。
 夏、楽しんでくださいね☆
 めぐは、アイスクリームのようにとろとろです。

2002年08月01日(木)
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