嵐の日の思い出つくり - 2004年08月30日(月) 台風16号がいらっしゃっております。 窓の外は「来てます来てます」って感じ。 しかし、28日の土曜日、1日所用で家族から離脱していたマルコはファミリーの掟により、本日月曜は代休を取って、娘2人相手に家族サービスに努めます。学童で日々を過ごす1号さんにとっては夏休最後のバカンスのチャンスだったわけでございます。 しかし台風です。 町民プールに行こうかと思ったけどいつ大雨が降り始めるかわからない。いろいろ検討した結果コナミスポーツクラブ弁天町のプールズという室内プールにお出かけになりました。ここは弁天町の駅から外に出ないまま到達しますし、我が家から弁天町までは大和路快速で30分で乗り換えナシで参れます。 法隆寺駅の改札で「台風16号が接近中のため夕方は列車運行に支障が出る可能性があります」の張り紙にびびりながらも、1号さんとおKさんを伴い、電車でGO! 結果的に雨が降り出す前に帰ってくることも出来ましたし、プールも空間の使い方が上手でなかなか楽しめました。特に普通のプールの頭上に渡されたスカイリバープールは下から仰ぎ見るのも、スカイリバーから地上を見下ろすのもあんまりない景色を見せていただきました。スカイリバーを地上から見上げるってアングル的にちょっとエッチぽいと言うかオヤジ魂のエコーが聞こえるような企画なんですがまあそれもまたおかしってことで。 そんなわけで1号の夏休は暮れていきました。あとは宿題か、、、。 ... ラジオと夕涼み会 - 2004年08月27日(金) FM放送に弾みで出演して、顔が見えないのをいいことに若作りして何事かを語る。アナウンサーが年老いるとラジオにまわされる構造を考えて、顔が見えない自由っていいなと思う。 そのあと保育園で夕涼み会。1号さんは同窓会状態。マルコはおKさんの級友の母と親交を深める。町立図書館や町役場勤務の皆様に「お姿お見かけしましたよ〜」と目撃談を語られる。みなさままだ第一子しかいらっしゃらないので1号の姿に「大きいお姉ちゃんがいるんですね!」と感動してくれる。そういや川崎時代、中学校の制服着たぽぽにいのところのお姉ちゃんに物凄く感動したよな。 前は子どもが小さいことが誇らしかったけど、今は子どもが成長していることが誇らしい。ってわかる? つまり以前は商店街歩いてもちいさな赤ちゃんを連れてる人がうらやましかったり、「見て見てうちの子ってばまだ0歳よ」、と自慢な気持ちになったのだが、今は大学生を連れてるおかあさんとかがよだれが出るほどうらやましい。 まあそこに至る過程が大事なんだけど、ゆっくりでいいから大きくなってくれ、子どもたち。 夕涼み会では町の「シニアリーダー」という人々(大学生みたいだった)がリードしていろんな遊びを紹介してくれた。ところでシニアリーダーって?と思い、保育士さんに「シニアリーダーってどこの組織の人ですのん?」と質問していると園長が耳ざとくその会話を聞きつけ 「マルコさん、今日はいかがですか?」とマイクを向けられ、適当な感想を言うと「何か御質問があるようですが?」とさらに水を向けられたので上記質問を繰り返す。結局町の登録制ボランティア組織のようだった。 どうでもいいけどよくマイクを向けられる1日だった。 ... ざ・えっじ〜友が来たりて笛を吹く - 2004年08月23日(月) 東京滞在も終盤、この日は兄夫婦が男児2名を実家に連れてきてくれて、うちの1号さんと次女おKさんと従兄弟の絆の確認作業にあたりました。 子どもって会わないでいるとどんどん成長しちゃって共通の思い出が築けないまま大人になっちゃうからさ。少子化時代、従兄弟の絆はますます重要です。 相変わらず義姉はいい人で、兄は偉そうながらいい味の大人になっており「ニューカマーと故郷との位置関係」や「最近の東京都教育委員会の暴走振り」などについて心に響く数々の話を語り合う。 そんな楽しい親戚との集いの最中、マルコはこっそり実家を抜け出し、(2児の後見は親戚の皆様、特にエルザさんと義姉に御迷惑かけました。ぺこぺこ)前職時代の先輩っちゅうか上司っちゅうかパートナーっちゅうかなNさん(40代前半女性)に会いに池袋に参りました。 NさんはNGO時代のマルコを1人前にすべく導いてくれたメンターの一人なのですがマルコと前後してあの職場を辞し、いまは誰でも聞いたことのある国際NGOのフェアトレード部門の統括をなさってらっさいます。Nさんとランチしつつお互いの近況を語り、あの輝いてたり、不条理だったりいろいろしてた日々を振り返り「もーまったく何やってたんだろうね」と嘆息し、「次の一手は多分こんな感じ」と近未来の予定を語り合いました。 マルコは現在ある意味、最前線から「ひいて」いるわけですが、かわらず最前線にたち続けるNさんの現場感覚にちょっとしびれました。本当にマルコはこのNさんに恋愛してんじゃなかろうかって感じで心酔してたな、あのころ。池袋から実家への帰路、池三商店街を歩きながらNさんからもらった高揚感に「わたしだって負けないわよ〜」と久しぶりに刺激されてみたりしました。 ところでロシアに行っても、ネパールに行ってもお元気で、愛しい方。どうでもいいけどその明日がどっちに転がるかわからない感じが相変わらずですわね>Nさん。 ... 世界で一番愛している - 2004年08月22日(日) 1号「1号ちゃんが世界で一番すきなのは、だ〜れ?」 マルコ「そりゃああんた、このワタクシ、マルコ様でございましょ?」 1号「ブブウ、はずれ!保育園のお友達だよ!もちろん奈良のじゃなくって川崎のだよ!」 1号、そろそろ過去に生きずに、現実を生きよう。 さて21日稲田堤オフののち、マルコ、1号、おKさんは1号が世界で一番愛している川崎の保育園友達と1泊2日の宴会をするべく、元同級生のN2ちゃんちへと向かった。 21日のの夕方から夜にかけてN2ちゃん一家、S2ちゃん一家、Wちゃん一家と宴会。み〜んな違う小学校に進学してしまったが赤子のころより親より長い時間を共有し、ともに育った仲間たちだ。 もう1号涙目になるほど大興奮。 22日は稲田公園にてN2ちゃんち、N1ちゃんち、Wちゃんちとハイキング。微妙にメンバーが変わってる。 実は1号さん21日深夜、嬉しさのあまりはしゃぎすぎて喘息小発作を起こした。咳は出なかったけどものすごい陥没呼吸になった。喘息友の会のN2父があらゆる治療薬を常備していたので、テオドールと吸入薬を借りて処方し何とか朝を迎える。 22日の日程をこなすのは不可能なんじゃないやろか、と思ったが苦しい息の下から1号が 「ダメ、帰らない。N1ちゃんに会うまでは帰らない。」 と流した涙にマルコも制限の多かった1号のこれまでの日々と、この逢瀬がどれだけ1号が心待ちにしていたかを考え、無理を承知で2日目もハイキングに参加。 幸い1号は喘息悪化への道は突き進みまなかったが、大きな賭けだった。 命をかけた友との再会だったが、コレを糧に奈良ライフも充実させておくれ。お願いだよ。 ... マダムな昼下がり - 2004年08月21日(土) さて東京オフでした。前回、こんな感じでアフリカ料理屋でワニ食ったりしながらヘンな替え歌にしたクラッシクを歌い、幹事が酩酊したので2次会に場所も移さず4時間も粘ったのに比べれば、ハートウォーミングかつ良識ある成年女性として正しいオフ会と申せましょう。 お初のちにたさん、どらりんさん、2度目のらいむさん、何度目かカウントできないぽぽにい隊長やべらち、そしてそれぞれのお子様方たいへん楽しゅうございました。ありがたや。 それでは掟に従い、オフ会模様、参加者のご感想のサルベージ(久々!)でお届けします〜。 ======================== ええ、ええ、そりゃあおもしろかったざます。 投稿者:マルコ 投稿日: 8月23日(月)21時34分50秒 稲田堤オフご参加の皆様ありがとうございました。 はじめましてのちにたさん、ぱせりさんことどらりんさん、遠くからありがとね。 ぱせり息子さまはジャニーズに売り飛ばしたいほどイケメンな小学校5年生でした。 ちにたさんは確かに小雪似でした。マルコとにているかというと、タイプ的に似ているかもしれませんがなんつうか発言のし方とか、ノリの部分が似ておりましたわ。 らいむどんは前回育休中にお会いしたときと比べてばりっとして社会復帰したのね〜というかんじでしたわ。 ぽぽに、ベラ、マルコのもとS保育園同級生の母トリオはなんつうか会うとそのままあのころにタイムスリップってかんじでした。 それぞれの子供のもと同級生のぽちゃりい、タイちゃん、1号さんの3人ぐみも、会ったばかりのときは恥ずかしそうにもじもじしてたけど時間がたつと保育園時代積み重ねてきた絆がよみがえるのか3人ともかなりはじけてちにたんちの美少年やおKさんやてんちゃんを巻き込んでなごみ亭で大爆発しておりました。 ちゅうかんじでしたわ>ダイヤさま ============================ どうもありがとね〜 投稿者:どらりん・ぱせり 投稿日: 8月23日(月)22時56分0秒 どもども。21日はありがとうございました。楽しゅうございました。 >ぱせり息子さまはジャニーズに売り飛ばしたいほどイケメンな小学校5年生でした。 顔はともかくとして(すみません親ばかです)、性格的に問題があると思われます。今はいいとして多分、将来的には太ることが予測されますし。将来はただの 「オタク」です。ま、犯罪者にさえならなきゃいいと思ってますが。 参加者の皆様、息子に話しかけてくださったけど無視された、ということが あったら、この場を借りてお詫び申し上げます。すみません〜〜 ============================= ありがとう 投稿者:ちにた 投稿日: 8月25日(水)00時10分35秒 稲城でお会いした皆々様、大変楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました! マルコさんと私、確かに似ているかも。顔、というよりも、なんというか、そうそう、ノリというか、アイソの具合(失礼、わはは)というか、おもろがりかたというか、なんか近い物を感じました。姉妹?年が非常に近いので、双子かっ? 母校で培ったものなのだろうか。。。 息子たいやんも兄ちゃん姉ちゃん弟妹のみなさまと遊んで、すごく楽しかったみたいで、笑顔が止まらない、って感じでした。 保育園の話など、初対面の私も混ぜてもらって、楽しいひとときでした〜 またぜひ誘ってくださいまし。 そうそう、ともぴ、ごめんねー。社内メールでお詫びおくっといたんで、よしなに。 ============================== うお〜かえってきました〜 投稿者:マルコ 投稿日: 8月25日(水)06時00分14秒 はいはい無事に法隆寺の結界内に帰ってきました〜。 ♪どらりん・ぱせりさま >参加者の皆様、息子に話しかけてくださったけど無視された、ということが >あったら、この場を借りてお詫び申し上げます。すみません〜〜 なんのなんの、うちの1号さんも同じ年の(しかも元同級生の)お子さん方がいたからかろうじて社会性を発揮してましたが、同年代のいない宴会ではひたすら固まり、大人に話し掛けられたら、下からにらみつけるように視線を投げるだけの反応しかしませんわ。てちびくんもぱせりさんもビジュアルがつかめたのでますますぱせり日記楽しみですわ。 ♪ちにたさん おお、ノリが姉妹なちにたさまだ〜。 そうそう、ともぴが魂をドリアンに乗せてオフ会にドリアン参加しようとしたのに ちにた様ってばドリアン持ってくるの忘れちゃったのよ。 らいむさんのドリアンを求める旅はまだまだ続くのであった。。 ============================ 1969年生まれ 投稿者:ベラ 投稿日: 8月25日(水)23時40分53秒 みなさま、土曜日はありがとうございました。 人見知り激しく不満の多いテンちゃん、車に乗るなり爆睡しました。 眠かったのわかっていたのですが、ヤツは抱っこじゃ寝ないんだよな…。 お騒がせしてすみませんでした。 逆に初対面でも馴れ馴れしいタイガを野放しにしてしまったので あちらこちらでご迷惑をおかけしたようで…。 こちらもすみませんでした。やはりオフ会は単身参加がいいわ。 (でも単身赴任も捨てがたい・笑) ============================ てな感じ。 この日の模様はこちらでも言及されてますわ。 ... ニュースバリュー - 2004年08月20日(金) さて19日の移動日の話。 新幹線で眠り姫のおKさんを抱いて座ったマルコの隣は定年後という雰囲気の素敵な老夫婦でございました。さて老夫婦の会話からどうもふたりは中国語と英語をちゃんぽんに会話しているようでした。 マルコが荷物を取るとき、奥さんの方が 「May I help you?」 と完璧な発音で話し掛けてきたのをきっかけに、ちょっこり会話しました。とにかく眠り姫おKさんがかわいい!何歳?という子連れに対する当り障りのないところから、老夫婦は娘が大阪に、息子が東京に住んでるので夏休を利用して遊びに来たのだということ、荷物たくさんあって夫さんの足伸ばせないんじゃないですか?私の荷物なんてちょっこしですから、ひざに乗っけるから彼の荷物を網棚に上げてください。とか、赤ちゃん連れで大変ね東京駅で荷物持ってあげましょうか?とかなんとか。 最後にどこからきたんですか?という話になって 「北京から」 と伺いマルコは少しびっくり。あまりの完璧な英語に、マルコはご夫婦は本国からではなく、アメリカかカナダからの客人と思ってしまっていたのです。 勿論中国のエリート層のばりばり教養ぶりは頭ではわかっていたのですが、年齢的にもあまり英語に親しめる年代ではないように感じたのと、物凄い気さくで赤ちゃん連れをサポートしたい気分全開なマダムの様子がエリートっぽくなかったので、勝手にチャイニーズアメリカンかな?と考えていたのでした。 中国はやっぱり多面的な国だなあ、と実感。サッカーアジアカップの時はなんだか10億総嫌日、みたいな映像が好んで流されたけど、息子も娘も日本で暮らしていて、夏休を日本で過ごすこんな老夫婦も一般的に存在するんだな〜。なんて思い、通りすがりの北京からきたお客さんの日本滞在が楽しいものになりますように、とちょっこりお祈りしてみる夏の午後でした。 ... 「在来線興奮!」作戦 - 2004年08月19日(木) 8月19日、一足先に東京に赴かれた1号サンを追って、2歳4ヶ月児のおKさんを伴い、新幹線で東京へ向かいました。 このおKさんごんたさんと評判なお子さんで長距離移動は大変な苦労が予想されるのですが、しかし今回は拍子抜けするほどうまく行きました。その作戦とは! おKさんは乗り物が大変好きなお子様です。新幹線駅にたどり着くまでの在来線で興奮炸裂!鼻血噴出!状態になり(いや、鼻血は出ませんでした)無事に新幹線に乗ると心地よい冷房にぐっすりお眠りになってしまうのでした。まあ在来線に乗り合わせた皆さんはお疲れ様という感じですが、短いし、ご近所さんなんだから許してよ。って感じで目をつむっていただきます。 ちなみに往路(19日)は新大阪ー東京間の全行程中、新大阪ー新横浜間眠ってくれました。 復路(24日)は東京ー京都の全行程中、品川ー京都間眠ってくれました。新幹線車中睡眠率93%って感じでしょうかね。 そんなわけで行きも帰りも、JR東海名物300円コーヒーなんて飲んじゃいました。再び小さな幸せに耽溺する私。 ... チーズの自由 - 2004年08月17日(火) 夫あめでおさんは、「納豆」と「チーズ」を「腐りもの」と呼んで憎悪している。私マルコは両者とも結構好きなのだが少しでもチーズが混入した食べ物があるとあめでおさんはセンサーでもついてんのかって感じの敏感さでチーズ入り食品を検出し、食べることを拒否するので、チーズ入り食品は我が家の食卓には乗らない。 さて、1号さんが月曜に姑にさらわれて東京へと帰省なさった。本日はあめでおさんがフィールドワークをなさりに滋賀の山奥へと消えていった。 本日、マルコ、赤子のおKさんと2人っきりである。 何してすごそうこの夏の夜♪ 早々におKさんを眠らせ、オリンピック中継を見つつ、ネットしながら、帰宅途中梅田の阪神デパートで買ってきたワインとチーズを貪る。 チーズはブルーチーズ。 「腐りもの」の上に「カビもの」だよ、こりゃ。 好きなもの食べて好きなテレビを見てネットに没頭しても夜泣きする子どもはいない。こういう状態を人は自由と呼ぶ。たぶん。 嗚呼小さいながらも幸せ。 ... 缶コーヒー一杯分の自由 - 2004年08月15日(日) 姑、来週中、もとい来襲中である。 別段大過なく、適当な嫁を鼻くそほじりながら演じている。和やかな雰囲気の中、ときどきくぐもって聞こえる遠雷のごとき不協和音とでもいうべき発言をときどきお互い発しながら、そんなことにいちいち目くじら立てないだけの大人っぽさを演じ、嫁と姑の楽しい週末は過ぎていく。 この2日間、マルコはよく必要なものを買い忘れ、夕方 「ちょっとOO買ってきます。」 と家族を離脱した。 おKさんの紙おむつのこともあれば、うどんのめんつゆのこともあった。普段そういう買い物は夫あめでおさんがかいがいしく出かけるのだが、今回は「私が行くから」と有無を言わさず財布を握って出かけた。 マルコが出かける気配に異様に敏感なおKさんは 「わたしもいく〜」とついてくる。 だまっておKさんを自転車の補助座席に乗せ、最寄のドラッグストアにいそぐ。そこでめんつゆだの、紙おむつだのを仕入れたのち、缶コーヒー1缶とおKさんににんじんジュースを買い、ドラッグストアの駐車場で1服する。 短いコーヒーブレーク後、またもや機嫌のいい嫁へと変身して家族のもとへと戻っていく。 おKさん、きみがここ2日ほど立て続けに飲ませてもらったにんじんジュースの意味を本当に理解できるためには多分30年くらいの月日が必要だ。まあ、お互いがんばりましょう、と意味もなくおさなごに語りかけてみる夕暮れ。 ... 私の下妻 - 2004年08月13日(金) 獄本野ばらの「下妻物語〜ヤンキーちゃんとロリータちゃん」を読んだ。 うむう、面白かった。 なんだかものすごい宇宙的田舎と描かれる茨城の下妻はマルコが大学時代の家庭教師のアルバイトをしに3年ほど通った場所だ。出てくる国道の名前も、いろんなディテールに使われる町の感じも激しくデフォルメされているが基調としてはうまく絡めとってるなって感じ (下妻の人が茨城弁じゃなくて標準語使ってるところが詰めが甘いけど) 。 マルコは毎週水曜の夜、メロン農家を営むおうちの娘の由佳ちゃん(仮名)を中2から高校生まで教えた。マルコの後は同級生や後輩が引き継いでずいぶん長いお付き合いをした。お中元にはマスクメロンの半ダース箱詰めもらった。 由佳ちゃんちは農家なので凄い大きい家でおじいちゃんとおばあちゃんとお父さんとお母さんと妹と暮らしていた。農業はおじいちゃんとおばあちゃんがして、お父さんとお母さんは普段は勤めていたけど休日は農業をし、さらにビーチバレーの男女混合チームでペアを組み、茨城で強豪ペアとして名をはせていた。由佳ちゃんは当時結成されたばかりのSMAPと女子プロレスを愛する花のように美しい少女で、茨城弁もキュートだった。 マルコが暮らす科学の町は周囲の茨城地元民との間に見えないバリアがあるような場所だったんだが、週に1回バリアを乗り越え、ディープ茨城の由佳ちゃんちで勉強教えて、ご飯をご馳走になりにいくのは、科学の都市の中だけで学生時代を終えていく級友たちに対して、ちょっと自慢な部分でもあった。そして福島に自分のルーツを持つマルコにとって下妻の農村文化は自らの基層文化的な匂いのする場所だったのだろう。 微妙に次元をずらしてあるとはいえ、こんな形で懐かしい下妻が取り上げられていて大層笑える。関西出身の作者を通して表現されるディープ・関東はこんな感じか。と東西異文化接触物語としても楽しめた。 どうでもいいが文庫本の表紙は映画版の主役の2人が写ってるのだが、このヤンキーちゃん役の土屋アンナの目つきが大変よろしい。もうイっちゃってるヤンキーさんを上手く表現している。次作も期待している>アンナ。 マルコによる下妻物語解説:異なる文化圏で育った2人の主人公(ロリータ&ヤンキー)がそれぞれの文化の中で極端なエッジな部分に立ってる。エッジであるがゆえに個のあり方として「孤高」と「徒党を組む」と言う正反対の戦略を選択している。それが奇妙な交流の中から、多分同じ異端者同士、マジョリティーとの関係の築き方の部分で、共振して行き、それぞれの異端の異なるベクトルを受け入れ、理解と友情が築かれる。結果として、両者は依然としてエッジなポジションながら、それぞれの「孤高」と「徒党」から少しだけ自由になる。まあそういう一種の成長物語異端児編って感じでしょうか。舞台・人物設定を極端にして、全編ギャグに彩っているのが本作のウリでしょう。 ぜひ夏の読書にお勧めですわ。 ... オフ会告知 - 2004年08月12日(木) えーっと掲示板の方で何回か話題に上ったんですが、書いても書いても埋もれちゃうので(今夏休みなので書きこみが多いです。学期末の時は対照的に静かな掲示板でした〜。学校関係者比率の高い掲示板だな)こっちでも告知しときます。 8月21日(土)お昼頃より 稲田堤のあたりでオフ会します。 もったいなくも参加ご希望の方はこちらこちらまでEメールアドレス付きでお書き込みください。店名とか集合時間とかDMいたします。いまんとこいらっしゃるのはぽぽにい姉さん、夫の先輩どらりんさん、サエてる掲示板ライターらいむさんとまだ未確定だけどベラちかな? マルコはこれまで関東で1回、法隆寺で1回オフ会の幹事さんをしたので、これで幹事3回目。年に2回くらいの幹事率がずっぽり抜けている私にはちょうど良いですわ。そこんとこいくとスーパー幹事さんのダイヤさんやYAYOIさんはやっぱ有能であらせられます。 ... 喜びを表わす言葉 - 2004年08月11日(水) おKさん2歳4ヶ月児。所有権を侵害されるとたいそうお怒りになられるようになりました。 例えばおKさんがおせんべいの袋を抱え込んで至福に浸りつつ、バリバリやってるところへ 「あ、おKさん、おせんべ1枚頂戴」 などと言っておせんべいの袋に手を伸ばそうものなら 「ああああ!これKちゃんのわーい。Kちゃんの!わーい!!」 と、大変お怒りになられます。 さて、この「わーい」とはなんぞや?とずっと疑問だったのですが、おそらく「おたのしみ」とか「よろこび」とかそういう意味で使ってんじゃないかな〜、という結論に達しました。うれしいときは「わーいわーい」と表現するのは知ってるので、「これKちゃんのわーい!」とはつまり「わたしの至福の根源のおせんべいをとらないでよ!」の意ではないかと思うわけです。 どうでしょうね、大きくなったら聞いて見ましょう。ってそのころは忘れてるんだろうけどさ。ちぇ。 ... 巨塔のペントハウス - 2004年08月10日(火) 本日は謎の共同研究者に呼ばれて、浪速大学病院の14階のリーガロイヤルにて昼食。 浪速大まで地下鉄や阪急乗ったり、モノレール乗ったりいろいろする中でずっと謎の論文を読んでいたのだけれど、途中で神が降りてきて「うおおおお、これは凄い論文になるぞ〜」と思ったけど約束の時間に遅刻しそうになって走ったら、あっさり神は去って行った。まあそんなもんです。 帰りは土砂降りの夕立になって適当に来たバスに乗ったらJR茨木駅に連れて行かれる。関西移転以来、初茨木。多分ここは大阪と京都の間の土地に違いないと見当をつけてやってきた電車に乗るとめでたく大阪に到着した。そのころには雨は嘘のように晴れていた。 でも去って行った神は戻ってこなかった ... 朝の散歩と珍客 - 2004年08月09日(月) 暑くって眠っておられませんので朝は6時起床です。そんで近所の世界遺産の法起寺のコスモス畑が早くも満開だと言うので見に行きました。 ↓法起寺のコスモス畑で野村萬斎の「ややこしや〜」を踊る図 帰ってきてご飯食べて、片づけしてマルコは洗濯、あめでおさんは掃除をしていると、あめでおさん「んきゃ〜」と大変愛らしい悲鳴をお上げになりました。 そこにいたのはかわいいとかげさん。生け捕りにしてお外に放しました・ ↑とかげさん生け捕りの図。 おKさんが「わに〜わにのあかちゃんいたの〜」と1日呟いてましたが、それは誤報です。 ... アイディア貯金箱のその後 - 2004年08月08日(日) あ〜ここ何日か物凄い数の方が「アイディア貯金箱」「夏休 宿題 貯金箱」などのキーワード検索でとう日記を尋ねていらっしゃってますが、こちらの方においでください。きっといろいろ参考になると思います。うちんとこのページの38倍くらいは役に立つと思います。 アイディア貯金箱情報を求めてネットを彷徨ってるのは子ども本人じゃなくて保護者の皆様ですわよね?お互い大変ですね〜。まあがんばりましょう。って誰に言ってんだか。 さて1号さん制作の超簡単貯金箱のその後ですが、鳥羽でしこたま綺麗な貝を拾った1号さんに 「あ〜綺麗だね。これをボンドで貯金箱に貼って海の世界を作ってみたらどう?」 と、提案すると 「やる、やる〜」 と簡単にその気になられ、母が手を下したり、焼印を押したりせずともなんとか「やる気みなぎる」夏休の宿題が完成しそうです。めでたし。 次は超手抜き絵日記をいかに労作に変身させるかだな。 ... マグネット・パニック - 2004年08月05日(木) JRでいまICCOCA(注1)カードを作ると、新幹線を象った愛らしいマグネットがもらえると言うキャンペーンが行われている。どうも量に限りがあるらしく、ターミナル駅なんかでは早々に品切れになっている。しかし私が時たま訪れる誤作動図書館の最寄駅にしてさるとる大姉(注2)のお膝元JR祝園駅はそのゆかしいたたずまいからも伺えるように、あんまりICCOCAカードを作る人もいないらしくマグネットが余っている。ICCOCAを新しく作らなくても、チャージするだけでマグネットをいただける。本日マルコ、祝園駅にて2回目のマグネットをいただいた。 1回目マグネットをもらったとき、1号さんに進呈した。1号さんはおまけ系グッズ好きの少女である。その夜、机の上にマグネットを発見したあめでおさん、非常にうらやましがる。電車マニアの兄を持つあめでおさんは電車グッズをまめにチェックしているので密かにマグネットを欲しかったらしい。それでこの前わざわざICOCCAをJR王寺駅(注3)で新調し、「キャンペーンのマグネットください。」と申し出たらあえなく「品切れです」と冷たくあしらわれたという。 でもあんまりマグネットはデジタル時代の昨今持ち歩くのに適していない。マルコはあっちこっちで打ち散らかした論文の草稿とか、フィールドノートをIdea Treeと言うソフトに落としたものとかをフロッピーにいれて持ち歩いているので、磁気を帯びたものは近づけたくない。しかしいつもクールで小癪なあめでおさんをうらやましがらせるのは非常に楽しいことなので、2個目のマグネットも喜んで戴くことにした。おかげさまで昨日徹夜で打ったIdea Treeのフォルダを2個ほどふっ飛ばしてしまったが(うそ)、あめでおさんをひざまずかせるためならそんなことは何ほどの事でもない(これもうそ)。 (注1) 関東のSUICAカードにあたる。タッチするだけで改札が通れるICカード。 (注2) こちらの御仁。 (注3) 法隆寺駅の隣駅で近鉄田原本線、JR大和路線、JR和歌山線、JR桜井線などがとおっていて近在では一番のターミナル駅。マルコ家から最寄のレンタルビデオ屋やミスドや皮膚科が有る。 追記:JRのマスコットは「ICCOCAにチャージするともらえる」と言うキャンペーンだったことが判明。 ... 鳥羽旅行記2004��〜曇りのいるか島 - 2004年08月03日(火) さて最終日。この日は9時の市営定期便で鳥羽市に戻り、そこからすぐにいるか島遊覧船に乗っているか島へ渡りました。 どうでもいいけど昨年度とまったく同じ旅程なんですが、参加者が1年分歳を取ってるので楽しみ方も微妙に変わるんですわ。水族館やいるか島でもひたすらぐうぐう眠ってたおKさんは今年は始終大興奮でしたし。第一、昨年は自転車事故直後で皆海にずっぽりは入れなかったんでしたわね〜(遠い目)。まあそんなわけでいるか島です。 島に上陸するといきなりイルカの生簀でショーの最中。ハイ飛んで飛んで。マルコの教えてる専門学校の生徒さんが毎年研修に来てたり、ドルフィントレーナーとして就職してたりするので注意ですわ。 これはアシカショー。アシカはいるか島の展望台がある小高い山の上のかもめ劇場でショーをやってます。かもめ劇場まではリフトがあるんですがこのリフトの料金がまわりゃんせパスでカバーできないので昨年は山の上まで行かなかったんですが、今年は子どもも成長したので山の上まで遊歩道をつたってハイキング。たいした距離ではありませんでした。そんでアシカショー。ここはトレーナーさん一人で気持ちよさそうにショーをしていました。アシカの夢子ちゃんは人間にしたら70歳超。そろそろ後継者を育成しないと後がない。どっかの伝統工芸のようなアシカショーでした。 そういやアシカショー、昔小樽の水族館でアシカが反乱起こして、トレーナーを威嚇して水中に逃げ込み、急遽舞台の幕を下ろして大捕り物してるのを見たことあるな。 ここのアシカの夢子ちゃんはよく訓練されていて反乱なんてとんでもないって感じでした。季節も関係してるのかな。 おなじみイルカタッチ。去年はワカモノイルカと老人イルカと2頭でタッチされてたんですが今年は老人イルカだけでした。あのワカモノはいったいどこへ。 ところで今日は老人イルカがたいそう機嫌悪くて、尻尾をびちびち左右に振って威嚇してました。尻尾で足をすくわれたらプールにまっさかさまなんですが子どもたちがんばって触ってました。うちの子はもう少し大きくなってからだね。>イルカタッチ。 そして今年のいるか島遊覧船なんですが、これだ。去年は驚愕する浦島太郎像だったんですが今年はウインクする人魚、うっふんとポーズを取る人魚、その間の巨大かもめ、というオブジェ。いるか島遊覧船人形作者の無敵の快進撃は続きます。あと2パターンの船があるらしいんですが、いったいどんなのでしょう、期待されます。 そんで鳥羽駅の近くの駅ビル1番街でてこね寿司と伊勢うどんのセット850円を昼ごはんに食しました。伊勢うどん、某壬絵大学食で新入生が注文すると「おばちゃんこれ汁入ってないよ。」と必ずクレームがつき「伊勢うどんってこういうものなの」と解説されるという代物です。 昼食後ちょっこりお土産なんか買って、近鉄で帰路につきました。快速三重。三重方面ゆかりの皆さんはこれを見ると胸が熱くなる(あめでお談)という噂ですので実験的にアップ。どうですか。熱くなりますか?>三重方面ゆかりの皆さん。 ... 鳥羽旅行記2004�◆狙欧譴粒ご� - 2004年08月02日(月) さて旅行は水族館で終わったわけではありません。 水族館でときめきたるものの栄枯盛衰を堪能したのち、私たち市営定期船に乗り、菅島という島に渡りました。所要時間10分。ちなみに「すがしま」と読みます。「すげしま」ではありませんことよ>スゲーゼ(注1)の皆様。 菅島は「人口1000人ほどの島で60%が漁業を営んでいる。7月11日のしろんご祭りは結構有名で海女さんの島として知られ、アワビやサザエの産地。最盛期は15軒ほどが民宿、ホテル、旅館を営んでいたが後継者不足から今は6軒に減っている。島内には小学校しかないので子どもは中学に入ると市営定期船で鳥羽へ通うことになる。漁業も兼業が主で多くの若い世代は鳥羽まで船で通勤していると言う。」 これらの話は船着場まで送迎に来てくれた宿屋の主人の息子(30代)と旅館の布団を敷きに来たおばちゃんの作業を手伝いながら聞き出したものと各客室に備え付けられた「まちづくり、むらおこし」と言う本の1事例として取り上げられてた「菅島の例」からの引用です。本の中でコラムを執筆している元村長(今は鳥羽市に合併されているので)町内会長にして市会議員の「村田さん(故人)」のおうちがやってる宿屋「別館村田屋」に私たちは宿泊しました。 布団を敷きに来たおばちゃんによると「ここの親戚だから忙しい夏の時期にはアルバイトに来ている。嫁と孫3人は毎朝7時の定期便で鳥羽に働きにいったり学校いったりしてるんで、弁当づくりが大変なのよ」とのことでした。 さて、まあとにかくわたしたちは島にやってきました。昨年は鳥羽で小涌園なんかに泊まっちゃってプライベートビーチで泳いで夜な夜な懐石料理なんか食べちゃったんですが、今回はうちもマルコの稼ぎがあんまり芳しく無いんで、ちっと安めの宿にしよう、ということで海を越えたんですわ。これが大当たり。美味い!安い!空いてる!宿賃は小湧園の半額で料理は3倍おいしかったです。鳥羽の料理って多分あっちこっちの島とかで採れたものが売られていくんだと思うんですが、産地を握ってるものは強いですな。 そんで宿屋の前が浜辺になっててほとんどプライベートビーチ状態でした。2日目は朝の9時くらいから夕方4時くらいまでマルコ家はずっぽり海にいました。日焼け止めを家族成員に塗りたくりすごす母マルコ。おかげさまで痛くはなりませんでした、黒くはなったけど。 マルコは自慢では有りませんが泳げと言われればキロ単位で泳げる人間なので浜辺でスナドルあめでおさんに子らを任せてかなり沖まで行ってきましたが途中でくらげにさされてすごすご帰ってきました。 一方、25メートル泳げないあめでおさんは浜辺近くを子どもたちと遊んでいたんですが、1号さんが「釣りしようよ〜」というので宿屋でつり竿を借りてきました。この宿屋、つり竿からパラソルからタモからなんでも無料で貸してくれるという超太っ腹。つり竿も竹ざおに糸と針が付いてるだけで、浮もついてないというプリミティブなものでしたがとにかくえさのオキアミだけの値段で借りることができました。そしてビーチの端っこに有る岩礁部分であめでおさん、1号さんを伴い釣り糸を垂れます。最初は入れ食い状態でえさを取られていたんですが、そのうちぱっぱかぱっぱか釣れるようになり、フグ、ベラなど4時までの間に7匹ほど釣りました。最後はうなぎみたいな正体不明なものまで釣ったみたいですがあまりに暴れるので速攻海に返したようでした。 1号さんは岩礁の水溜りのイソギンチャクや逃げおくれた小魚と戯れてましたが、釣りにも挑戦すると、いきなりフグを釣りました。 1匹のおいしそうな大きなベラを残して後は海に返しました。ベラは夕食で調理してもらって出てきました。(写真参照) マルコはそんな2人を見物するため、おKさんを浮き輪に乗せて沖から岩礁に接近。2人ぐみ大変熱心に釣っていました。あめでおさんは結構釣りが気に入っちゃったらしく、来年も釣りができるところに行きたい。と申しておりました。「浜崎伝助(注2)」化したらどうしよう、とちょっと怯えましたが冷静になったら、「あ、『伝助』化したら速攻、離婚すれば良いんだ、簡単簡単。」と気がついて安心しました。あはは。 (注1)スゲーゼ:ちょいと前まで住んでた稲田堤は菅(スゲ)を頭に戴いた地名で構成されている。保育園は菅保育園、小学校は菅小学校とか東菅小学校。そんなわけで稲田堤在住のマダムを川崎ネット仲間は「スゲーゼ」と呼んでいた。ローカルスラング(BYぴよたさん)ですな、一種の。 (注2)浜崎伝助:釣りばか日誌の主人公。仕事も家事もせずに釣りにばかり勤しむ大ばか者。釣り先で次々とえらい人(自社の社長、大物官僚、大統領補佐官)などと知り合い、そのネットワークで仕事の難題をクリアすると言うそのただひとつのパターンが延々と繰り返される漫画。休日のたびに(時には平日にも)釣りに行くので家庭内で問題になりそうになると「合体」することで夫婦の危機を回避し、その妻は「女性の鏡」のように描かれる。作者の浅薄な女性観にめまいがしそうな漫画である。BOOK OFFで100円とはいえ、そんな漫画を大量買いするあめでおさんにも問題を感じている。以前むっしゅんぬ様(当HP掲示板重鎮)をオーケストラの浜崎伝助呼ばわりしたことがあるが、マルコ深く反省。 夏の海と子ら 焼き魚にされても美しいべらち ... 鳥羽旅行記2004� 善�の水族館 - 2004年08月01日(日) 昨年に引き続き、本年も鳥羽に海水浴に行きました。 1日目は行ったばかりの台風の余波で天気が悪かったのでますは水族館に行きました。荒天だと人々は海から上がって水族館へと吸い込まれるようで物凄い人出でした。水槽の中の魚様より多いぞ>人間様 NEMOのおかげさまで、1躍スターダムにのし上がったカクレクマノミ。人だかりで皆様携帯で写真とりまくり。昨年はいたっけ、この魚?諸行無常栄者必衰のスイゾッカン。 オブジェです。突然見上げるとこんな迫力のオブジェが。おKさんびっくり。 これはマルコ家お気に入りのボーンズ博士の研究室。いろんな魚の骨格標本が展示してありここではいるかの肋骨とか触らせてくれます。この展示スペースでマルコが最も気に入ってるのがイルカ、アザラシなどの海獣の骨格標本の作り方の展示。 イルカ・アザラシの骨格標本ってどう作ると思う?主な方法は下記の3つ。 1)煮る。 2)埋める、ころあいを見て掘り返す。 3)虫に食わせる。 いずれも途中経過の映像が凄そうですな。 鳥羽水族館の展示でマルコがもうひとつすきなのはアメリカザリガニが日本にもたらされた経緯の説明があるのだけどこれがなかなか劇的(以下来年)。 尾頭付きの魚。 今年はこっち向いてくれたウーパールーパー。やっと平民として生きていく気構えが出来たのね、、、。 去年ほどはときめいていないクリオネ。消費者は飽きるの早くって大変だね。スイゾッカンの諸君。 ホーンビル。以前あめでおさんがマレーシアのボルネオで調査してたとき、そこのシンボルの鳥だとかで、ホーンビル人形とか、ホーンビルジョッキとかお土産に持ってきてたな。これは生きて動いています。 鶴と亀の亀。 ...
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