2005年12月21日(水) |
ドラマ「1リットルの涙」に寄せて。 |
「君なき世界」
ベッドも机もそのままなのに、部屋は酷くがらんとして見えた。パソコンや本、CDや鞄。そんな日々何気なく使っているものが少しなくなるだけで、見慣れた部屋は他の人間のもののようだ。 それでも20年近い時間を過ごした自分の部屋だ。麻生遥斗はゆっくりと広くはないその部屋を見渡した。 「遥斗。時間はいいの」 「うん。もう出ます」 そう、と答えて母親は開けたままのドアから出て行った。麻生家の人間は総じて口数が少ない。太陽のように輝く兄の死後はそれが問題の原因になっていたところがあったが、今は段々とお互いの心を汲めるようになった。 死んだ人間をおいて、人は生き続ける。その人が残したものを抱いて。
母親が階段を降りて行く音が遥斗の耳に届いた。昔より、音が軽くなったような気がする。階段の方を見て、遥斗はそんなことを考えた。 部屋のドアを開けたままにするのは、遥斗の癖だった。幼い頃、遥斗は兄の圭介の部屋に入り浸りで、もちろん自分の部屋で勉強をしたりすることなどはあったのだが、かなり頻繁に兄の部屋と自分の部屋を出入りした。結局いちいち扉の開け閉めをするのが面倒臭く、自分の部屋のドアを開け放すようになったのだった。 兄の死後は開いたままの自室のドアを見て悲しくなることも多く、また開けたままにする理由も消失したことからドアを閉めるようにしてはいた。けれど、染み付いた癖とはなかなか消えないものだ。 遥斗は小さく笑い、ついでとばかりに兄の部屋へ向かった。 兄が死んでもう10年以上経つ。少しずつ荷物は片付けられ、兄の生前とは随分と様相は異なっていた。それでも、窓越しに射し込む太陽の光はあの頃と少しも違わない。 いつも兄が勉強をしていた机をそっと撫で、遥斗は睫を伏せる。
池内と兄さんの墓参りに行きたかったな。
実現出来たかも知れないことに対する後悔といえば、それくらいかも知れない。 ああ出来たかも知れない。こうしたかった。 そんな願いは今でも尽きることはないが、不思議とそれも甘い痛みに変わって行く。彼女を愛していたからかも知れない。
腕時計を見るともうそろそろ出ないといけない時間だった。遥斗はもう一度自分の部屋に戻り、当座の荷物を入れた鞄を肩から掛けた。そして、窓際に置いていた鉢植えを慎重に手に取る。 彼女に贈った時よりも緑濃く、多くの花を咲かせるようになった。 ただ可愛いから彼女に贈りたかった。それだけだ。だけど今は、すぐに枯れてしまうような切り花でなくて良かったと本当に思う。根を下ろし、力強く咲き続けるから。 遥斗の手に残った池内亜也の遺品はこの鉢植えだけだ。イルカのストラップは棺の中に花々と一緒に入れた。自分の想いの一部だけでも、一緒に連れて行って欲しかった。どうしても先に逝ってしまう恋人と一緒に。
「母さん。行ってきます」 リビングにいた母にそう告げると、彼女は感慨深気に遥斗に振り返った。 「その花、どうするの?」 「学校に植えて行きます」 「そう」 小さく頷き、そして彼女はまっすぐに遥斗を見つめ、静かに「いってらっしゃい」とだけ言った。遥斗が「行ってきます」と言うと、少し潤んだ瞳で笑った。
自分がこの街を離れる時が来た時、この花をどうするか遥斗はもうずっと前から決めていた。 彼女と出会い、共に過ごしたあの高校。あそこに植え変えてやるのだ。ずっと傍に置きたいと思わなかったわけではない。でもそれよりも、人生で初めて深く愛した女と、自分の想いをあの場所に還したかった。 そこで根を張り、大きく育ち、いつまでも咲き続ける。それをきっと、彼女も喜んでくれるだろうと遥斗は思う。
玄関を出ると、柔らかな陽が直に遥斗を照らした。桜の蕾がふくらんでいる。咲くまではもう少しあるだろう。 生命芽吹く季節。 ああ、君を想うになんて相応しい時だろう。
生きてね。ずっと生きて。
遥斗はそっと目を閉じる。 分かっているよ。 いつか君も思い出に変わる。だけど忘れはしない。 魂に刻まれた、孤独を埋めてくれた大切な君を。
心療内科の研修で派遣される病院は、山の中にあるという。 どんな場所だろうか。空は青いだろうか。 ―――花は咲いているのだろうか。 初春の風が腕の中に大切に抱いた花を揺らす。それを見て微かに笑い、遥斗は足を踏み出した。
----- 結局今クール見たのこれだけだった。 実話を元にしているのは承知で、「フィクション」として見てた。 遥斗は将来大切な人を見つけて、幸せになって欲しいと思う。みんな幸せになったらいいなと思う。 ラストの亜也と遥斗の体育館のシーンは本当に美しかったなあ。 沢尻エリカと錦戸亮にはそのうち再共演して欲しい。出来れば映画で。是非!
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