2007年12月24日(月) |
愛の愛の惑星(ほし) |
引き戸越しに伺うと、くだを巻く常連客の声と、それをあしらい、愚痴を促す聞きなれたしゃがれ声が聞こえた。喧騒も紫煙も妙に居心地の良い空気もいつもと寸分も変わらないことを確認し、銀時はほんの少しだけ強張らせていた肩を緩ませ、ぼりぼりと後頭部を掻いた。ひとつ息を吐き、踵を返す。その途端、提灯の薄明かりと月の光に照らされた、凹凸の際立った無表情な顔がやたらと至近距離にあり、銀時は思わず後ずさった。引き戸に激突しなかったのも、悲鳴を上げなかったのも、ここに自分が居ることを店の中の人間に知られたくないという下らないプライドのお蔭だった。 「なんだよてめェ、人の心臓停めるつもりか!銀さん殺害計画ですかァ?」 「ナンダト思イ上ガルナヨマダオガ。誰ガオメーノ為ナンカニムショニ帰ルカッテンダヨ」 もともと平べったいしゃべり方で本音をだだ漏れにする天人だが、今日はその険を隠そうともしない。黒々としすぎて日頃薄っぺらい瞳には、明確な敵意が溢れていて、銀時は自然と背を伸ばした。 「あーまーそうね。前科持ちだもんね、アンタ」 「デモ、テメェヲ殺シテ入ルムショナラ悪クナイカモナ」 銀時が眉を顰めると、キャサリンは太い眉をさらに盛大に寄せた。 「オ登勢サン守ルッテ誓ッテンダロウガテメェハ。下ラネェ依頼デ死ニ掛カッテンジャネエヨコノ役立タズガ」 「…あ〜。そうね。うん」 気をつけるわ、とまた頭を掻き、銀時はのそりととキャサリンの横をすり抜けようとする。頚動脈にアイスピックを突きつけられ、さすがに立ち止まった。 「穏やかじゃねえなあ。何だよ」 「守レナイ約束ナラ最初カラスンジャネーヨ。オメーナンカ居ナクタッテ、オ登勢サンハ私ガ守ンダヨ」 「いや、守るつもりはあるしー」 どこまでもヘラヘラとした銀時の態度に、キャサリンはぺっと自分の脇に唾を吐いた。 「恩モ返セナインナラ、下手ニ心配ダケカケンナヨ」 こちらを見ようともせず、なおも沈黙を守ったままの銀時に、アイスピックを握っていたキャサリンの右手に力が篭る。次の瞬間、キャサリンははっと顔を上げ、奥を透かし見ようとするかのように引き戸を見つめた。意識せずとも店内の会話を拾い上げていた銀時にはその理由がわかった。 「キャサリンちゃん遅いねえ。どこまでタバコ買いに行ってんだぃ」 「もうこの時間じゃ自販機動いてないんだからしょうがないだろ。大丈夫、すぐ帰ってくるさ」 それよりアンタ、いい加減本数減らしなよ、もう若くないんだから。なんだぃ、お登勢さんに言われたくねえや。バカスカ吸ってるくせに。アタシはいいんだよ、もう老い先短い身だからね。そんなこと言わないでよ、お登勢さん居なくなったら、俺の愚痴聞いてくれる人居なくなっちゃうじゃん。長生きしてよ。 銀時は片手でアイスピックを握ったままのキャサリンの手を下げさせる。その手は少しも抵抗せず、大人しく重力に従った。 「ババァは俺が下らねえ依頼に命賭けないほうが怒ると思うぜ」 分かってんだろーが、てめェだって。 キャサリンは無言のまま、右手にぶら下げたアイスピックと、左手に持った客の財布と煙草ケースを握り締めた。 「デモ、ソレデモテメーガ死ンダラオ登勢サン痛イダロウガヨ」 「てめェが俺を殺すよりは痛くねえだろーよ。お互い、ババァに拾われた命だ。大事にしようぜ」 キャサリンは唇を噛み、マダオが、と吐き捨てた。 「俺の心臓はババァのモン。でも、手足は俺のモン」 横目でキャサリンを見、頭を掻いて、銀時はとうとうキャサリンの横をすり抜けた。数歩歩いて立ち止まり、ぼそりと言った。 「だから、てめェがババアを守ってくれんなら、俺はてめェも守るぜ」
キャサリンが引き戸を開けると、酒の匂いと、嗅ぎなれ、キャサリンの着物にまで染みこんだ煙草の臭いがした。 「おやキャサリン、遅かったね。なんかあったかい」 「大丈夫デスヨオ登勢サン。護身用ニアイスピック持ッテ行キマシタカラ」 危ねーなテメェはぁ! 階下から聞こえてくるしゃがれ声に、銀時はそっと木刀を撫でた。あの一瞬に己の生を肯定し、下らないプライドを認めてくれる存在に甘えていることだけは、自覚していた。それしか出来なかった。
---------------- 空知英秋『銀魂』/週刊少年ジャンプ 京次郎篇の後日談のつもり。 銀魂は銀登勢と銀桂と銀神と沖→近←土(というか真選組=局長親衛隊)で出来ているという主張。お登勢さんはいい女だ…。銀登勢は萌えるなあ。
2007年12月22日(土) |
主よひとの望みの喜びよ |
いつも無表情にまじめ腐った顔をしている幼馴染は、その柳眉を顰めて高杉を見ていた。 「貴様と銀時はそういうところが似ている」 どんなところだよ。 言おうとして、高杉は自分が話せないことに気が付いた。声が出ないだけではない。確かにここにあるはずの自分の身体のどの部分も、ぴくりとも動かせなかった。唯一自由になる右の眼球をぐるりと動かし、高杉は彼の肩に絹のように流れる髪を、その毛先まで撫でるように見、また彼の青白い顔に戻した。女のように優しい顔立ちをしているのに、その剣呑な光を放つ瞳と、まるで一年闇の中で過ごしてきたかのように血色の悪い肌が、肩を超える長さの艶やかな髪を持ってしても、決して彼を女のようには見せなかった。 「特定の人間に価値を置きすぎる。その人たちを世界の全てのように考える。だから、その人が消えてしまえば、残った世界は全部意味がない、いやもっと悪いな。罪のように思える。その人が居たときには美しく思えていたのが、いきなり泥だと思い込む」 子供の頃の年の差は大きい。昔から、彼はまるで兄気取りで、いつだって上から目線で偉そうなことばかり高杉に言った。それが的を射ていれば、多少は聞く気になっただろうが、常人とは思考回路がかけ離れた彼の言うことはいつだって怖気を震うほどに意味が分からなかった。 「ある意味、銀時のほうが重症だがな。松陽先生に対象が限定される貴様とは違って、銀時は目に入れば、袖が振り合えばもう放っておけない。あれは性分だ」 ああ、あいつは失くしすぎているから、どんどんその救いようのない性分が悪化する。陽に照らされるとまるで空気に溶けるような髪をした幼馴染を思い出し、高杉は口元を歪ませた。 ほんの幼い頃はあそこまで酷くなかったはずだ。ひとり失くすごとに、あいつは自分を削って削って、耐え切れなくなってとうとう戦場から逃げ出した。お前を置いて逃げ出した。せめてこいつだけはこいつだけはと念じ続けて、けれどきっと守りきれないのを怖がって。 さしずめ牙が抜けたフリをした獣だ。あいつの本能は血を望むのに、穏やかさと優しい人肌にいつだって飢えている。可哀想な異分子。牙を見せたら、もう誰も一緒にいてくれないと思って、必死に剥き出しの掌だけを晒そうとする。俺はあんたと変わらないよ、と。哀れなことだ。 その様を想像して、高杉は思わず嘲笑を漏らした。自分の思考が彼に伝わっていないことは、彼の表情が変わらないことで知れた。知れば、彼は怒り狂っただろう。 「お前は叶わなかった初恋を拗らせているだけだ。いい加減に正気に戻れ、この大馬鹿者が」 彼の人形染みて整った顔は、いつだって怒りの表情を顕にするときには分かりやすく変化した。その顔を一番良く向けられていたのが白髪の男だった。馬の尾のような髪が揺れるのを見ていた自分が、いつも松陽の羽織の裾を握っていた右手を、高杉はそっと持ち上げた。 「俺の目には貴様等と同じものは映らん。俺には松陽先生が居なくなったいまも、世界は一分も変わらずに美しいままにしか見えん」 それまでまっすぐと高杉を見ていた黒目がちの瞳が、ふっと上を向いた。高杉がつられて見上げると、真っ青な空に緩やかに白い雲が流れていた。天人の船がいくつも見える。 「恐らく、エリザベスが死んでも同じことだろう。俺がこの手で貴様を殺しても、俺はきっとこの世界を美しいと思い、きっとこの世界に生まれてこられたことを喜んだままだ」 高杉は目を瞑る。それでも、どうしたことか彼の姿は見えたままだった。ああ、これは夢か。俺の躯は何処だ。 ご高説痛み入るが、生憎俺はもうそんな風には思えない。あの人が俺の世界だった。俺のうつくしいものの全てだった。お前も知っているだろう。理解したいと思っても、理解できないで居るだろう。俺にはお前こそ理解できない。どうしてそんなに世界の全てを思い、無関心で居られる。 あんたは残酷だ。高杉はとうとう自分の声を聞いた。けれど彼はやはりそれを聞かない。 「むしろ、人のひとりやふたり、いや千人くらい、無残に殺されたところで、無慈悲に美しいままだからこそ、この世界の為に殉じたいと思うんだ、俺は」 お前は違うんだな、と恐ろしく整った目元で高杉を見据えて言った。 ああそうだ。違う。松陽先生を守れなかったから、一緒に死ぬことも出来なかったから、俺は世界が憎らしい。腹立たしい。先生を忘れ去ろうとするなら、刻み付けてやる。そこに血が滴ろうと、忘れられるよりずっと良い。そうすれば、先生の姿をいつだって見つめていられた、あの頃にほんの少しでも近づける。あんなに美しいものはもう、全てを破壊した痕にしか見つけられない。 黒い瞳が揺れた。それを見て、高杉はどうやら自分が彼に背を向けたらしいことを知った。おかしな話だと思った。高杉の隻眼は、さっきからぴくりとも動かずに、目の前の男を見続けているというのに。 「高杉。俺はお前と同じものを見て、もう一度美しいと思いたい」 それはもう無理な話だと、お前はあそこまでされてまだわかんねえのか。そう告げた自分の声を聞き、それから高杉は胸の中で続けた。 お前と顔を合わすといつもなんとなく不安だ。いつ素っ頓狂なことを言い出すかわからねえ。お前の電波に付き合ってくれるヤツのところで大人しくしていやがれ。俺を殺しになんて来るな。 桂。お前は傲慢だ。 「た か す ぎ」 薄い唇が一音一音はっきりと名を呼んだ。彼と先生を形作った人ならざる存在がいるのなら、そいつはきっと、他の人間を造る手を抜いてまで、彼らを美しく形作ったのだろうとかつて高杉は思っていた。いくらか時間が経ってからは、きっと、そんな出来損ないが、先生を殺したのだとも思った。そして、そんな風にちらりとでも考えたのが、自分だけではないとも思ったのだ。 松陽先生が死んで、あいつの恐怖を溜めていた砦が壊れた。美しいものを手にしても、いつだって壊してしまうんじゃないかと思って、いつだって追い込まれているんだろう。 ああ、面白いな。お前がすべての血を流したら、あの白夜叉と呼ばれた子供は、どんな風に嘆くだろう。例えばお前が死んだとして、きっとあいつの世界は今度こそ、今までのままではいられない。 例えばお前を殺して、俺はきっとますます世界を憎むだろう。 そんな俺たちをよそに、お前はきっと、永遠に意識を失うその瞬間でさえ、俺がお前を殺すような世界ですら美しいと思ったままなのだ。
桂。 俺とお前が別のものを見ていたのだと、もっと早くにお前に思い知らせていれば。 きっと何も違わなかっただろう。だけどこうして、遠ざかっていくお前の姿を、昔陽だまりのなかで見た何かと重ね合わせることはなかったのかもしれない。 高杉は右手で、腰に差したままの、鍔のない自分の刀をそっと撫でた。
--------------------------- 空知英秋『銀魂』/週刊少年ジャンプ 紅桜篇は高杉と桂の話。歴史のメインストリームに関われる人たちに囲まれて、ドロップアウトを宣言し、寝転がる主人公。別に不殺を貫くわけでもなく。 過去話はやる気があるのかどうか。しかし、正直銀時は高杉と桂の話にもう首を突っ込むべきではないと思う。それは一度捨てた以上、もう拾い上げる資格はないと思うことと、神楽と新八を守ることと、桂や高杉と同じ土俵に立つことは両立しないと思うから。彼はきっと、新八に似蔵の腕を切らせてしまったことを、神楽に戦わせてしまうことを、もっと悔やむべきだ。 つかお登勢さん守れよ。 男女カプはお互いそこそこ成長してから出会ったほうが萌えますが、男同士の場合は幼馴染がいいですね。望普とかな。
早売りのジャンプ買いに行ったら250円でしたさすがに「じゃあいいです」とは言えずに買ってきたけど…あと10円上がったらもう買わねーぞ絶対! 昔190円くらいじゃなかったかジャンプ。週刊誌はオンデマンド印刷にして、コミックスは今までどおりに発売するようにしようぜ。
土方に人間椅子にされつつも、まったく動じずにこっちを見据えている辺りが山崎の個性を現しているのだろうか、と考えるとあれもアリかと思うようになりました。山崎はある意味、非常に日本人っぽいキャラだな。土方や沖田より、よっぽど精神的に成熟してる印象があります。 土方に対してどうにも好意的になれない理由の2割は、薄味を好む人間として、マヨラーへの不信感があることは否定出来ませんが、残りの8割はミツバ篇に納得出来ないせいだと思います。彼女が死ぬ必要は、果たしてどこにあったのか。昔の男を「馬鹿な人ね」と優しく笑って、自分より背の高くなった弟の頭を撫でて、そして彼女は、俺のために生きてくれ、と今まで人のためにだけ生きてきた彼女に面と向かって言ってくれるような男と幸せになるべきだったと思うのです。あの人は生きて、笑って、もっともっと幸せになるべきだった。土方を好きだった女としてではなく、沖田を弟に持った女としてではなく、彼女自身として幸せになるべきだった。そう思えてならないのです。そして、彼女が死んだところで、ミツバ篇というエピソード単体ではなく、物語全体にどの程度の影響があったのかと考えると、どうしても私は胸がもやもやとして、それを土方にぶつけることしか出来ない。 よって、アニメだけでもミツバさん生きてくれないだろうか。お願いさんらいず。そうしたら私、もうちょっと土方に優しくなれる気がする。 この間のハードボイルド同心、最高でした。いま唯一ちゃんと見てるテレビ番組、銀魂のアニメ。 あと、早売りジャンプに載ってたDVD7巻のジャケット、土方がにやり笑いの高杉に剣を突きつけてたんですが、アレは誰が喜ぶ組み合わせなの? 銀時と桂のジャケットを7巻にしてくれたら、迷わず買ったのに…どうすっかな。6巻と7巻、どっちも中途半端に欲しいんだよな。
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