ばっかじゃないの - 2005年02月23日(水) 4月から、うちの会社では人事評価が変わります。 まあ、今年だけに限らず、ほぼ毎年のように変わる人事評価。 ずばり、「長期的視野」がないゆえ(あっても具体的でない)の会社の体質なのでしょう。 まあそれはさておき。 4月からフレックスが無くなります。 それに伴って、今まで20時間だけだった残業手当の上限も撤廃されます。 まあそれはいいのですが、問題は 「残業をする時は事前申請」 ということです。 はあ? どこの世界に、毎日 「今日は●時間残業します」 という申請を出し、なおかつ上司に承認されて残業する出版社があるんだ! 責了ぎりぎりで、「さ、もう今日は来ないからそろそろ帰ろうかな」と思っている時に来ることだってあるんだ! 残業申請を出す時には上司はいないことだってありうるぞ! もちろん、そういう場合は「事後承認」だろうけど、そんな「イレギュラー」が増えるのを分かっていて手間だけかけるというこの手段。 一体、誰が考えたんだ! �‐綮覆鷲�下の残業時間を把握する ��個人で残業時間を意識するように という理由があるようだが、 �,郎�までだって上司は部下の出退勤表は見れたし、フレックス以外は残業のたびに1日ごとの承認を出していた。 �△蓮△海猟�度の方法で意識して残業時間を減らそうとする人は、今までで燃しているはず。 と言える。 どうしてこう、現場の意識を削ぐ方法だけ思いつくんだろう…? っていうか、どうせ手間がかかるだけで見入りなし、のこの方法、構想の段階で誰も止めなかったのが不思議だ。 - なんでかな - 2005年02月09日(水) 「会社を辞めたいと思ったこと、ある?」 突然、そんなことを会社の同僚から聞かれました。 ええ、もちろんありますとも。 というか、現在進行形ですとも。 などと言えることもなく 「ありますよ」 とだけ答えた。 会社、辞めてどうしようか。 などと考えていたら、とある先生と電話で話した。 現在プランナーを頼んでいる先生。 それを受けてもらえるかどうかの確認の電話だった。 話をしながら、一緒に考えている自分に気が付く。 そして、ワクワクする感覚も。 そうか、私はやっぱり仕事が好きなんだな。 じゃあ、なんで辞めたいと思うんだろう? 企画は、好き 書くのも、好き 取材も、好き なんだろう? なんでかな? - 世界一周 - 2005年02月07日(月) たまたま、世界一周をした人のホームぺージを見た。 私と同じ歳のその人は26の時に世界一周をしたのだそう。 実はこの世界一周、という定義はよく分からない。 世界一周なら、地球上の全部の国を回る、ということだろう。 けれど、中には地球の横一周、縦一周、のような人もいる。 まあそれはそれで本人は「世界一周」といってるのだからいいのか。 いや、こんなことを書きたいわけではなかった。 そのたまたま見たホームページはとてもステキで 写真をクリックするとその人がとった写真と、言葉(日記みたいなもの?)が出てくるというとてもしゃれた(死語?)作りになっている。手が込んだホームページだ。 彼が書いた言葉は別に真新しいものではなく、 インドとか、ネパールとか、いわゆる貧富の差が激しい国(俗に言う秘境といわれるような国)に旅をした人たちがよく使うような言葉なのだけれど、 なんだか写真と合わせてみているうちに とても羨ましくなった。 写真の技術的なことではなくて 写真に取られる側(被写体)への近づき方、とでもいうのだろうか? それが、なんだか伝わってくる。 夜に部屋で「キッチン・ストーリー」という映画を見た。 「独身男性のキッチンにおける生活動線を調べる」という名目である独身老人男性を観察するようになった男性と、その観察される側とのふれあいを描いた映画だ。 人に会う、ということは実はとてもすごいことなんじゃないか というのは、ここ2、3年の私にとっての真理(信条?)である。 海外に行けば特にそう感じる。 もしかしたら、一生、この人と会うことはなかったかもしれない という思いが、旅先では私について回る。 でも、これは毎日の生活でもそうなのだ。 今、この瞬間に隣にいる人にはもしかしたら一生会うことはなかった人かもしれない。 「この瞬間」までのいろんな選択肢の中で選んできたからこそ、今、この人が隣にいる「瞬間」に自分がいるのだ。 例えば、「この瞬間」の1秒前でも、トイレでもお茶を入れに行くのでも良い、席を立てば「この瞬間」に私の隣には別の人がいたかもしれないし、誰もいないかもしれない。 そういう思いが時間を追うごとに強くなっている。 それに追い立てられるように焦ることもある。 逆に言えば、「この瞬間」に別の道を選ぶことだってできるのだ。 そして、別の道を選んで、別の誰かに会うこともできる。 自分は「ここ」で何をしているんだろう? 会う人は他にいるんではないか? そんな思いが強くなる。 なぜ「キッチン・ストーリー」からそんなことを思い出したかというと「独身男性のキッチンにおける生活動線を調べる」ということがなければ、この映画の主人公はこの男性に会うことはなかった、ということをこの映画を見ながら考えていたからだ。 「人に会う」にはきっかけがある。 そのきっかけは往々にして些細なもので、それが「きっかけ」であることすら気が付かないかもしれない。 そんな「きっかけ」を求めてしまうのは、もしかしたら私は焦っているのかもしれない。 - 本当は - 2005年02月04日(金) 早く帰ろうと思っていました。 あまりにも眠くて。 多分、隣の席の後輩に「この人、大丈夫やろか?」と思われていたはず(笑) 眠くて眠くて仕事になりません。 それほどせっぱ詰まった仕事がないからかも(でも記事は2本ある)。 でも、夕方にかかってきたとある先生からの電話でいきなり目が覚めました。 別に特になんの問題もない電話で、単に「今から原稿送るから〜」って内容だっただけなのに。 で、気が付くと結構遅くまでやってました。 帰りは、久しぶりにいつもの人と飲みに行きました。 珍しく、今まで一緒に行った旅先の思い出なんかを話してました。 考えると、この先輩にはいろんなとこに誘ってもらったなあ。 などと考えながら帰宅。 通販の本をもらったのでそれを見ているうちにいつのまにか眠ってしまってました。 - クライモノ - 2005年02月02日(水) 眠る前、部屋の明かりを消してベッドに入ったとたん、無性に「独り」を感じた。 多分それは例え誰かがそこにいたとしても感じるもので、 幾度となくそんな想いを繰り返してきた感覚だ。 それでも、昨日の感覚は強烈だった。 本当に、今この瞬間に消えてしまおうか、という感じ。 その感覚に襲われた場所が風呂場やキッチンではなくてよかったと思う。 ぽっかりと目の前が暗くなって(部屋の電気を消したのだから当たり前だが) すっぽりと布団を頭からかぶって(これでさらに暗くなる) なんだか分からない「クライモノ」に浸った気がする。 「気がする」というのは、かなり寝付きの良い私の習性からか、その(物理的な)暗闇の中ですぐに寝入ってしまったからだ。 危ない危ない。 だんだんとこの「クライモノ」が自分の中で溜まっている気がする。 危ない。危ない。 さて、次はどうやって逃げようか。 -
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