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支店長の日記(戯言) DiaryINDEX|past|will
景気に関係なく “節約” することは大切だ。 闇雲に節約・節約と突っ走っても節約する目的(目標)が不明確だと効果が表れない場合もある。 冷蔵庫の中に何もかも詰め込まないとか、冬場の冷蔵庫内の温度設定は弱にする等、工夫すれば多少なり電気代が節約できるし、CO2排出も減るだろう。例えば朝、晩の歯磨き時でも水道水の出しっ放しを止めれば2リットル位の水が1日で節水できる。これを1ヶ月で60リットル1年だと730リットルだ。風呂の浴槽で約4日分に匹敵するわけだ。同様にシャワーの放水も1日、1分でも短縮したら恐らく水道代金(地域によるが)年間2,000円位は節約できるのではなかろうか?一度、コスト算出でもしなくてはいかん。 → 女房にやらせよう。
「足元を見る」という慣用句があります。言うまでも無く“弱いところをつけこむ” という意味です。要するに何か「判断」される基準が足元のようだ。今でも階級社会がはっきりしたヨーロッパの指標は“靴”のようです。 一方、日本では江戸時代、旅館や籠屋が旅人の足元を見て(当時の移動手段は徒歩)足袋・草鞋の痛み汚れ具合を判断して料金を決めたという語源があります。聞いた話ですが、ホテルマンの人達は、客の靴を見ればだいたい 人物の良し悪しが分かるというくらいですから“足元を見られない”ようにキチンとしてないといけません。
先月、義父の49日法要で名刹?な高僧から聞いた話(説法?)です。 �/爾い弔發蠅農�い知恵、浅いつもりで深い欲、 ��高いつもりで低い教養、低いつもりで高い頭 �6�いつもりで弱い意志、弱いつもりで強いエゴ、 �じ�いつもりで薄い人情、薄いつもりで厚い面の皮 �ヂ燭い弔發蠅脳�ない分別、少ないつもりで多い無駄口。 正直、ごもっともとでございます。
先日、母校(高校)の監督と食事した時の会話で、なるほどと唸った(ちょっと大袈裟)ことを述べたい。私「子供達の守備をみていると腰高で不安だね。」 監督「これは、洋式トイレの影響だと思います。私達や先人の方々の大半が和式トイレで用を足した世代なので、子供の頃から自ずと踏ん張る訓練ができていたのではないかと考えます。」 私「確かに、低く構えて踏ん張るからな〜、それと、グラブ捌きも下手くそや。グラブを立てて前に突き出せん子が多いし、しっかりボールを掴んでないね。」監督「これは携帯電話のメール打ちが影響しているのではないかと、なぜならば、利き手でキー操作しているもので、勝手に利き手だけ強くなってしまうんです。定期的に、部員全員を握力測定すると左右アンバランス化しているんですよ。しっかりグラブを開いて、そしてボールを掴めなくなってきているのは事実です。」 この話を聞いていると、個人的には確信できないが、なんとなく理屈がとおる気がする。“便利さ”には否定感はない。むしろ有り難味を感じる。 この様に「不」がつきまとう 「不便」「不満」「不備」・・・「不」の要素を払拭すると、「感」に変わる。「感謝」「感動」「感心」・・・ 「感」を体験すると、次は「楽」を感じるものだ。→ いずれ堕落する。
先週あたりが大手企業の決算発表(4〜12月期)のピークでした。どの企業も中間期見通しより原油高、円高の煽りで、不透明感があり、19年度の見通しはかなり慎重です。大手は好況といいつつも、庶民の私には好況の実感が湧きません。しかし、ドンペリで作った高級ケーキが売れたり、大型連休時のお出かけが活発しているところを見ると好況かもしれません。内閣府が毎月10日以降に発表する「月例経済報告」には不可解きわまる用語多用に気付きませんか?内容を見ると「足踏み」だの「横ばい」だのと、一般の人には意味不明の言葉ばかりです。じつはここで使われている景気判断用語には一定の法則に基づき官僚さんなりに景気の動向を表現しているようです。動向に変動が無い場合は「足踏み」「横ばい」が使われます。 「足踏み」の方が「横ばい」よりも、やや好況というニュアンスで。景気が上向いてくると「強含み」となり、さらによくなると「回復」、もっとよくなると「拡大」です。一方、景気が悪くなると「減速」という言葉が使われ、悪化するにつれ「弱含み(停滞)」 → 「低迷」 → 「調整局面」となります。 「調整局面」とは最悪を示すようです。 また、これらの言葉の前に“ゆるやか”、 “おおむね”、“やや”という副詞を付けるから厄介です。もっと明快な表現をお願いしたい。
プロ野球、楽天監督の野村監督がよく言われる言葉です。 ゲームに負けたあと、思い起こすと、もう少し早く投手交代した方がよかったとか、あの場面の代打は○○を 起用しておけばよかった等、作戦や起用法の失敗がいくつも出てきます。つまり、負け試合は、やるべきことを ちゃんとやらなかった結果として負けるのが常である、と野村監督は言われます。(今もそうなんでしょうか?) だから、「負けに理あり」なんです。ところが、勝ち試合というのは、勝って良かったと思うものの、明日も同じ戦法や 選手起用で勝てる保証はありません。同じパターンで百戦百勝はありえないのです。したがって 「勝ちに理なし」なんです。ビジネスの世界も同じようなことが言えます。私個人の経験ですが、 偶然受注したことはあります。しかし、偶然失注したことは有りませんでした。やはり、失注した理由があって、 ビジネスで失敗するときは、だいたい過去の成功パターンに溺れてしまった時が多いようです。
某部門の○○課長に相談を受ける。うちの△○部長から「お前が変わらなければ、部下も変わらん」と言われまして、正直、どこを変えたら?と尋ねたら「お前、課長だろう。自分で考えろ!!」と一喝された。よく人は「変われ」と言うが、変化を苦手とする人にとっては苦痛なんだろう。まぁ〜私個人的には「性格」を変えるのは難しいが「行動」を変えるのは容易だ。 ○○課長の上司である△○部長は恐らく、そのようなことを言いたかったんだろう。
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