昨日、郵便局の後にジャングルジムズに行って買い物をしたが、白桃がなかった。
もう売ってないのね、とやはり白桃が幻の果物だったことを思い知った。
我が家の冷蔵庫に桃が2つ残っている。あれが残ってる、と思う反面、食べてしまうともう食べられないんだなあとちょっと残念。
しか〜し! 強敵が現われた。
シンシナティーに本社があって、全米でも規模が大きい(というのをここに来て知った)スーパー、クロガー(Kroger)で、今までに行ったことがない支店にたまたま立ち寄ったら、何とジャングルジムズより安く売っていた。
やはりクロガー、侮れない。
郵便局に行って切手を買ったが、カウンターに今年のハリウッドレジェンドの切手の見本が売ってあった。今年はオードリー・ヘップバーンだ。 過去に、ジェームス・ディーンやハンフリー・ボガードの切手があって、ジェームス・ディーンのものを買ったことがある。 ここでお知らせ。今度のきり番の賞品はオードリー・ヘップバーンの切手の1シートにします。そして、このHPにもリンクを貼っている「サザエの日記」の5000番を取った方にも切手を差し上げます。アメリカ国内の方がきり番になった場合は、代わりのものを賞品にします。
夕方、アパートのプールに行ってきた。今年になって初めて行った。
ちょうど近所の子達がプールに行くところで、それに便乗したのだが、今日は気温が30℃(以上かな)に上がって、プールの水もそんなに冷たくなかった。
隣のテニスコートにはいつのまにかインド人の住人が何人かでテニスをしていた。こんな暑いのに、テニスよりもプールの方が楽しいのにな、と思ってしまうのはお国柄かな?
でも、フロリダもそうだったが、この辺でもアパートにプールがあるのは珍しくない。アパートといっても、ここはアパート群といった方がよくて、楕円形状の道路わきに何棟もアパートが建っていて、ちょっとしたコミュニティーができている。プールもアパートの人たちが利用できるようになっている。
プールがあるアパートって贅沢だなあと思う反面、アメリカでは大学は別として、小学校にはプールがないところが多く、日本の小学校にはなぜプールがあるのかと以前指摘されたことがあった。日本は海に囲まれているし、川で遊ぶこともあるので、水に接する機会が多いからちゃんと泳ぎ方を習う、というのと、もともと水泳は伝統競技だということを言ったと思う。それが本当の理由かどうかわからないが、そんなことを考えながら、梨奈や子供たちとプールを楽しんだ。
 去年のプールの様子
ついにアメリカで白桃を食べることができた。
意外と思われるかもしれないが、一般のスーパーでは、白桃は手に入らない。今までいたフロリダやニューハンプシャーでも見かけたことはなかった。
アメリカで食べられなくて恋しくなった果物は梨と桃で、夏に日本に帰ったときに、桃を食べさせてもらって、とっても満足だった。梨はニューハンプシャーのスーパーにあって、1個1ドルぐらいなのだが、買ったことがあった。
桃はどうしてもなくて、日本に1年間行ったニューハンプシャー時代の学生も、アメリカに戻ってから日本の桃が食べたい、と言ってたぐらいで、アメリカでは口にすることのできないもの、と思っていた。
そして先日、我が家の御用達スーパー、ジャングルジムズで、「カリフォルニア産ホワイトピーチ」と札に書かれた桃があって、大きさも白桃の大きさだし、もしや、と思って、帰って食べてみたら、日本の桃と同じだった。さすがジャングルジムズ。
もしかしたら、アメリカの大きい都市にある日本系のスーパーやカリフォルニアだったら、手に入りやすいのかも。
食後、熟れ頃を見計らって冷やした桃を食べて、口の中で広がる桃の甘さに小さな幸せを感じた。
| 2003年06月23日(月) |
30℃@シンシナティー |
今日もいい天気だが、日差しもきつくなっていて、ダイニングルームに日が当たる午前中は簾が必要となってくる。 簾2枚のうち、開け閉めしない窓のに掛けてある簾は常時下げてある状態で、もう1枚は上げている状態だが、午前中は下げておいた方がいいような気がするので、そうすることにした。
さて、4月に税金の年度末調整で書類を提出したが、今日税金が戻ってきたのでよかった。それを車のクーラーの修理に使おうっと。
お昼からモールに出かけた。
モールでの買い物に先日失敗したので、今日はネジャーティについてきてもらった。お店の前に来ると、ネジャーティは梨奈を2階に連れていくと言ってくれて、梨奈も、マミちゃんはこっち、とお店を指している。というわけで、ゆっくり服を見ることにした。
冬物も含め、値下げしてある赤札(というのか赤字で書いてある値段)からさらに50%引きで、結局3点買った。夏物の涼しいパンツの対になっている長袖のシャツを着てみたら、一番小さいサイズでも袖が少し長いぐらいだったが、それでも意外によかったので、それも含めて買うことにした。あぁ〜、これだからセールで買うのはやめられない。 ネジャーティと梨奈に待ってくれたお礼にアイスクリームを買って、ついでに前から目をつけていたブレスレットも買って、一日にこんなに使う金額はジャングルジムズぐらい、という買い物をして帰ってきた。
帰ってから、ダイニングルームの窓拭きもした。ネジャーティも手伝ってくれたので、とてもきれいになった。こういう時に男手があると助かる。そして昨日みんなで食べ損ねた丸ごとのスイカを切って食べたが(ジャングルジムズで�偽未�5ドルで売ってた)、種無しのものだったのと、よく熟れていたのでおいしかった。
今日は昼からだいぶ気温が上がっている。ラジオでも今日から夏だ、と言ってた(夏至からが夏)。ここ2、3日は天気がよくて、夏らしい気候になっている。
今日オカン家族が遊びに来る。昨日に続いて今日も天気がよくてよかった。
朝の10時前に電話がかかってきて、ネジャーティが送ったメールが届いてない、ということで、ここへの来方を書いたメールをもう一度送ることになった。 10時半ぐらいにはコロンバスを出るだろう。
ジャングルジムズへネジャーティと買い物に出かけた。お昼はそうめんとてんぷらにしようと思ったので、そうめんとさつまいも(といっても中がオレンジ)を忘れずにかごに入れて、店内を歩いて買い物を楽しんだら、12時近かった。ゆっくり買い物してる場合ちゃうわ、早よ帰らな。もしオカンが速く車を走らせたら、シンシナティーに着く時間だ、と急いでお店を出て帰った。
結局まだ来てなくて、1時ごろにオカン家族が着いた。子供たちは早速裏庭でバトミントンで遊んでいたし、オカンの奥さんのおかあさんは外でくつろいでいた。オカンのアパートは3階にあって、外に出るといっても簡単でないので、うちのようにすぐ外に出られる、というのはやはりいい。裏庭は一面芝生で、十分な広さなので、子供たちも遊びやすい。
お昼の用意ができて、そうめんとさつまいものてんぷらを出したが、お箸では無理そうだとわかり、フォークを出す。さつまいもは喜んでもらえた。
ここで思ったこと。やはりアメリカにはいろんな国の人がいて、レストランがあって、いろんな文化に触れる機会が多いからか、アメリカ人の方がお箸を使えたりする。でも日本食レストランで見かけるアメリカ人というのは白人の方が多い。それから、ヨーロッパでは日本食は高価なものだから、そういうところへいける、ある程度のクラスの人だったらお箸が使えるんやろうなぁ。
それで、トルコはもともと中央アジアにいたわけだし、モンゴルとはいとこのような関係だ、と言ってるぐらいなのだが、モンゴルではお箸は使ってないのかな? もし使ってたら、トルコ人もお箸の文化があって、オスマントルコ時代にお箸の文化もヨーロッパに広がったかな? そしたらイタリアでも今ごろスパゲティーをお箸で食べてたりして・・・と考えが広がるのだった。
その後、いつもの案内パターンで、ネジャーティのキャンパス→エデンパーク→ダウンタウンが一望できるアパートの駐車場→ダウンタウンを走ってケンタッキーのニューポート、と回っていった。3月末に亜里沙さんが来て以来このルートは回っていない、ということは3ヶ月ぶりに来た場所だった。
エデンパークでは戸外で結婚式が行われていて、よく見ると、あれ? 白いウエディングドレスを着た花嫁が2人いる。おぉ〜、2組の結婚式があるんだぁ。ここはただ普通の公園で、子供たちが遊べる遊具の他に、バーベキューができるところもあるし、池もあって、姉妹都市である岐阜から送られてきた、鵜飼の像がある。それで、結婚式が行われているそばでは家族がバーベキューをしていたりして、こういうのがあるのもアメリカだなと思ってしまう。
今日は久しぶりにいい天気になった。気温は高くなく、湿気もなく、とても気持ちのいい日だった。
せっかくのいい天気なので、梨奈に「出かけよう」というと、「行かない」。
今日はわけがあって、郵便屋さんが来たときに、郵便物を取ったのにも関わらず、それを知らなかった梨奈が郵便屋さん、としつこく言ってたので、それにきれてしまい、私の態度にすねてしまったというもの。私もそんな態度になるのではなかった、と反省。なかなか難しい。
何を言ったら出かけるかな? といろいろ試した挙句、「アイスクリームは」?というと、行く気になった。
近くにあるアイスクリーム屋では、梨奈が食べたがっていたストロベリーのアイスクリームがなく、「食べない」が始まった。
別のアイスクリーム屋には、種類も多くあって、そこにストロベリーがあったので、やっと笑顔になった。
梨奈は反抗期かもしれない。
「食べない」「行かない」など、ない、ないを繰り返すことがある。
食べない、といっても口に入れると食べることもあるが、何でも、ない、ない、と言いたいようだ。
今日、久しぶりにモールに行ったが、入りたいお店に来て、行かない、と言ってお店を出てしまった。キャンディーがほしい、と2階に行きたがっていた。キャンディーを買ったら、このお店に来てもいい? と聞いてみたが、行かない、といって、交渉失敗。
そのうちすねだしたので、それなら帰る? というと頷いている。帰るのを嫌がるかな、と思ったら、駐車場まですんなり来て、車に乗った。
モールには梨奈と2人では当分来れそうにないなあ。
うちのアパートのもう片方の隣は空き部屋になってだいぶ経つ。
ほとんど隣人を見かけたことはなかったが、いろんなものがだいぶ古くなっていたようで、最近、メンテナンスの人が来て、修理などをしている。
ペンキ塗りはとうの昔に終わったのだが、最近見かけたのは、絨毯の張替え、冷蔵庫、電気コンロとオーブンが一体になったもの、そして食器洗い機などの交換。お〜、ほとんど全てのものが新品になっている。しかも一時的に裏庭に置いてあったコンロとオーブンセットを見ると、デジタル表示がついている。きっと時計の他にタイマーとかにもなるんやろうなあ。 電気製品だけでなく、新しくブラインドも取り付けたみたいだし、台所の電気も新しいのを取り付けたみたいだし、この分だと、洗面台とかも新しいかも。
もし誰かが引っ越してきたら、新しい絨毯や新品の電化製品が使えるからいいなあ、同じ家賃を払っているのに不公平やね、隣に引っ越す? とネジャーティ。
| 2003年06月13日(金) |
免許更新&今年初めての蛍 |
☆午前中の出来事 午前中に、明日切れてしまう免許証の更新に行った。去年の12月にオハイオの免許に変更したが(といっても、筆記試験と視力検査あり)、明日が期限だった。去年の5月には、滞在証明の書類に書かれている期限が免許の期限となって、私たちの古い書類では明日が期限だった。ネジャーティは書類をニューハンプシャーの大学からもらっているので、つい最近やっともらって、今日、免許更新をしたというわけだ。
視力検査だけあって、免許証の写真を撮り、無事免許証を取得。
ネジャーティを学校に送る途中、ガソリンスタンドのコンビニに入っているSUBWAYで腹ごしらえ。店内で食べてたら、HOOTERS働いているらしい女性2人がお店に入って来た。HOOTERSというのはレストランだが、ウエイトレスはタンクトップにショートパンツの姿で、胸もある程度の大きさがある(うそものの人はいるのかなあ)というお店だ。 ちなみにその女性2人はHOOTERSと黒で書いてある白いTシャツに、黒のパンツ姿だったが、Tシャツに名前のバッジをつけていた。アメリカでは作業場で着替えるのではなく、自宅から着ていくのが一般的なようで、アパートでも、マクドナルドに働きに行く人を見かける(格好からすぐわかる)。
それで、私が「HOOTERSって書いてあるよ」というと、「えっ?HOOTERS?」と興味津々。普段でも大きいパチクリ目をさらにパチクリさせて、女の子(といった方がいいかも)を追っている。ネジャーティ、ただのおっさんになってる〜。自分でもおっさんになっていることを認めて笑っていた。やっぱり胸の大きい女の子には目が行くらしい。そりゃ、私は無いです。出産後に授乳で胸が大きくなると聞いていたので、一時期でも大きくなるのを楽しみにしていたが、思ったほど大きくならず、がっかりしたことがあった。
それはさておき、お店の中はいつのまにか男の人が増えていて、無意識に振舞おうとしているが、実はその女の子たちをとても意識しているのが丸分かりでおかしかった。
☆夕方、夜の出来事 夕方、梨奈は隣の家の女の子と遊んでいたが、隣には友達が来ていたようで、男の子2人、女の子の2人の計4人で裏庭で遊んでいた。 隣の人に聞くと、男の子も3歳で、みんな同じ年齢らしい。今日は今年初めて蛍が飛んで、蛍を追いかけていたらしい。
隣のお母さんが作った夕食を子供たちが外で食べることになって、梨奈も一緒に食べていいか、ということになり、一緒に食べさせてもらった。
真っ暗になっても遊んでいたが、満月が上がってきて、きれいだった。
結局晩の10時ぐらいまで遊んでいて、ネジャーティがなかなか帰ってこないなあと思ったら、キャンパス近くの教授のうちでパーティーがあったらしく、バスに乗り遅れたらしい。今日は学校を二往復した。
| 2003年06月11日(水) |
幸せになりた〜い!? |
「しあわせになりたい」
ん? 梨奈がそう言ったように聞こえた。はっきりとではなかったが、そう言ったような気がした。梨奈はもうすぐ3歳半。でも、3歳半の子供が発する言葉じゃない。
トイレのおまるに座っている梨奈に、「もう1回言ってみて」というと、
「おねえちゃん、しあわせになりたい」
これで謎が解けた。
ちびまるこのエピソードの一つ。まるこがお姉ちゃんの話す態度が、シンデレラみたいと思った。まるこはそれからシンデレラの話が気になりだす。茶の間でまるこは、おかあさんとおばあちゃんにとって、おとうさんとおじいちゃんが白馬の王子様だったかと聞いていた。それで、まるこのお姉ちゃんが「幸せになりた〜い!」と叫んでいたのだった。
どうも、その台詞を覚えていたらしい。それで、お姉ちゃんが幸せになりたいって言ってたことを私に伝えたかったらしい。
よりに寄ってそんな言葉を覚えるなんて・・・・・。
| 2003年06月09日(月) |
ここは夏の到来かな? でも日本は梅雨入り |
今日は比較的いい天気で、少し暑かった。空にはいくつか雲が浮かんでいたが、何だか夏空だなあ、と夏の到来をちょっと嬉しく思った。
昔から夏というと何だかわくわくしてしまう。確かに夏ばてになったりして、元気のない時もあるのだが、何かお日さまからエネルギーをもらって、気分的に元気になっているような感じがして、心の中では思いっきり飛んだり跳ねたりしている。
去年の夏はシンシナティーは(というより全体的に)雨があまり降らず、芝生もからからになっていたが、今年はどうなのかな?
考えてみると、シンシナティーに引っ越してもうすぐで1年になる。早いものだ。芝生の上を蛍が飛ぶのを早く見たいなあ。
オハイオでは合法的に店頭で花火が売られている。う〜ん、花火・・・・。手に持つ花火じゃなくて、ロケット型とか爆竹みたいな感じのものはあって、そういうのを見るだけでも夏だなあと思う。あっ、来月の独立記念日も花火をどこかに見に行きたいなあ。
天気がいい日に写真を撮りに行こうっと。
午前中はいい天気だったが、お昼には曇ってきた。
雲行きが怪しいなと思ったら雨が降り出し、雷が鳴り出した。
雷雨は止んだが、雷が落ちたのが結構近くで、雨が止んだ後に、どこかの電気塔のようなものがショートしたような音がした。うちは電気がついているので大丈夫だ。
西の空は雨雲で暗かったので、この分だとまた降りそうと思っていたら、今度は雨足も強かった。止んだ後はとてもさわやかな快晴となった。
その後、梨奈は近所の子達と遊んだ。
梨奈も最近風邪気味なのだが、この2日間、夜中の3時ごろになると目が覚めて急に泣き出し、なかなか泣き止まない。
今日はみんな遅くまで起きていたが、夜中の2時半ぐらいになった時に、急に梨奈が泣き出した。お茶を飲ませたりしたが、なかなか泣き止まず、外を歩くことにした。
外に出て「シー」というと、何とか泣き止み、近所の子は寝てるかな、とか、あそこは電気がついてるね、とか、こんな夜中に通りかかった車を見て、梨奈も反応したり、ちょっと歩いてアパートに戻った時には機嫌が戻っていた。
そして、小さいソファーに座り、疲れたね、と2人で足を投げ出していたら、梨奈はもう寝息を立て始めた。
明日は寝てくれるかな?
どうも昨日から風邪を引いたらしく、今日は家でゆっくりした。
夜には少しましになったが、梨奈も少し風邪気味で、昨日も夜中に目が覚めて、泣いていた。それで、下の部屋のソファーに座って話したら、泣きながら、ママいない、か、いなかった、と言っていて、夢を見たのか、いないと思っていたらしい。お水を飲んだらちょっと落ち着いて、横になって手足をさすってやったらそのうち寝てしまった。
ところで、このところ日本語の単語がだいぶ出るようになった。おそらく月曜日に日本人の方が遊びに来られた時に、吸収したのだろう。急にいくつか文や単語が出るようになった。
このアパートはというより、私たちは、なのかもしれないが、近所付き合いというのは挨拶程度だ。しかし、裏庭を共有している3棟のアパートの子供たちは仲良く遊んでいる。
メモリアルデーの連休に引っ越してきたお隣の女の子(4歳ぐらい)とお母さんが裏庭にやって来て、女の子が梨奈と遊びたい(ついでにアイスクリームもあげる)というので、裏庭というより、うちのすぐ裏で遊んでいた。
お母さんも一緒にいたので色々話したら、彼女はマサチューセッツの人だったので、海やシーフードが恋しいと私が言ったら、彼女は膝までつかる積雪や厳しい冬が恋しいと言っていた。この冬はシンシナティーはニューハンプシャーの積雪とまでは行かないが、かなりの雪が降り積もった。いつもならうっすら積もる程度らしい。いや〜、私はニューハンプシャーでの4年間の生活で十分味わったので、もういいや。もうちょっと暖かいところがいい。
それから彼女の話は続き、自分は子供が生まれる時からシングルマザーだったとか、今住んでいるのはフィアンセだ、とか、自分は薬剤師(pharmacy technicianだからそうかな?)だが、新しい仕事を探しているとか、彼女のオープンな性格から、こっちが聞けないことまで堂々と話しているのはアメリカ人だなあ、と思った。
女の子は梨奈と遊ぶのを楽しみにしているらしく、通っている保育所から帰るときも、梨奈と遊びたいと言っていたらしいし、その前も、梨奈は外で遊びたいにも関わらず、うちの中で遊びたい、と言って、梨奈のおもちゃに興味を持ったり、月曜日には午前中からうちの裏に来て、うちの中で遊びたかったらしいが、その日はお客さんがいたので、外で遊んでね、と梨奈とお客さんのお子さんと一緒に遊ぶことになった。女の子のお母さんは、その日、女の子が外に出ていたことに気が付かなかったらしかったが、それぐらい女の子は新しい環境で、新しい友達と遊ぶのが嬉しいらしい。
この日は、梨奈とよく遊んでくれるケイラと言う女の子と妹も後で一緒に遊んでくれた。きっと隣の女の子も楽しかっただろう。
| 2003年06月04日(水) |
「カリスマ主婦」とは、、 |
インターネットのニュースのトピックで、「カリスマ主婦」というタイトルを見つけた。
アメリカのカリスマ主婦って誰やろう、と思いながらクリックすると、マーサ・スチュワートのことだった。
マーサ・スチュワートはアメリカ人なら誰でも知っている、また、アメリカにいる日本人でも知っている女性で、自分の番組や雑誌も出している。Kマートにもマーサ・スチュワートがプロデュースした製品(ベッド用品やタオル、食器など)を出している。
私は特にファンというわけではないが、Kマートに出している製品は悪くないし、番組も全部自分でやっているわけではなく、プロのゲストを招いたりしている。
彼女は主婦という文字に収まり切れない。もちろん結婚しているから主婦なのだが、主婦の立場から、とかそんなかわいいものではない。そもそもアメリカでは結婚して主婦かどうかなんてあまり関係ないが、彼女の場合は立派な経営者、ビジネスウーマンだ。以前仕事をしていたニューヨークのウォールストリートに経営者として戻って株式を上場し、アメリカの長寿番付でも女性部門では上位に入っている。
古巣の事情を知っている彼女が、その知識を善用するか悪用するか、はたまた彼女の行動が裏目に出てしまったのか、、、。
日曜日のこと。物入れの片づけを終えて、せっかくいい天気だから買い物ついでにどこか公園に行きたい、ということになって、それじゃ、近くにあるWest Fork of Mill Creek Damに行ってみよう、と車を走らせた。
本当はアパート近くからも標識があって、そこに行けるのだが、どうやら見過ごしてしまい、バス通りにもある標識の方から行った。実はアパート前の道をまっすぐ行けばそこにたどり着くことがわかったのだが、遠回りして行ったしまった。
それはさておき、駐車場に車を止めて歩いていくと、遊歩道があるが、そこは高い土手になっていて湖が下に見える。川のようにくねった湖の真ん中には浮島さえある。湖の一部にダムがあって、そこから水路がある。
この湖は近くのWinton Woodsという、このハミルトン郡の森林公園にある。土手の対岸には家が見えたが、後で公園のパンフレットの地図を見ると、オーバーナイト・プログラムエリアとなって、公園内の施設らしいことがわかった。
私たちのアパートの回りは平地なのだが、湖の高い土手とアパート近辺の間は低地になっていてびっくりした。
草が生い茂って、風で草がなびき、とても爽やかだ。その日の疲れも吹き飛んだ。
今日はここで知り合いの日本人の方をお呼びして、ちょっとしたお茶+お昼をした。
何回か今までにお会いしている方や、約半年ぶり(半年以上かも)に会う方、インターネット上ではお話しているが、実は初めてお会いする方もいらっしゃった。
みなさんお子さんがおられて、梨奈と同じ年頃のお子さんは外で遊んだりした。午前中は天気がよく、外で遊ぶにはちょうどよかった。
話題も多岐にわたり、本当に楽しかった(写真を撮っておけばよかったなぁ。あっ、電池が切れてたんだった)。また、みなさんいらしてくださいね。
お昼までは日も差していたのだが、だんだん曇ってきて、夕方には肌寒くなっていた。本当は昨日初めて行った、この近くの湖とダムに、お連れしようかな、と思っていたが、この肌寒さだと、行っても寒いのでまたの機会にすることにした。
| 2003年06月01日(日) |
箱から思い出が飛び出してきた・・・ |
昨日の夜にコンピューターの周りのものを片付けてたら、ネジャーティが階段の下の物置スペースを片付け始めた。
ネジャーティも私も学校で使った文献や資料を比較的頑丈なコピー用紙の箱に入れている。私は文献のコピーだけでも2箱分ある(どうしよう、これ)。日本語のクラスのものだけでも1箱ある(この資料を亜里沙さんに見せようと思っていたのに、どこにあるかわからなかった)。その他にも箱があるので一つずつ見ていっていたら、部屋や廊下が引越時のように物であふれていた。
本など探していたものも見つかり、とても嬉しい。当然のごとく当時の日記や手帳も入っていたが、在学中に書いたものを読んでいくと、当時の気持ちを思い出し、切ない気持ちになったり、ニューヨークに2ヶ月滞在した時の日記を(英語に訳して)読んで、ネジャーティとニューヨークを回った時のことを、そうだったねぇ、そんなこともあったかな、とか言いながら、2人で大笑いしたりした。
手紙もほとんど全て残していて、全部を読むと大変だが、語学学校に行っていた時にくれた手紙を読んでみた。語学学校に行った最初の4ヶ月は珍しさからか、いろんな友人が手紙をくれていたが、それは最初の頃だけで、4ヵ月後に院での学生生活を始めると、手紙を最後までくれていたのはもちろん母もだが、本当の親友や恩師だった。
メールアドレスは学校で学生も先生も持っていたので、授業の連絡などメールですでにやり取りしているという状態だったが、学生生活を始めた年はまだ日本ではメールは一般的ではなく、次の年辺りから友人がメールアドレスを持ち出したという状況だった。 今のように便利なメールがあれば、メールをもらっても次の日には返事ができる状態だが、手紙だと日本から1週間、もし1〜2週間以内で書いたとして、1週間で日本へ、という具合に、返事に3週間〜1ヶ月かかってしまう。
それはさておき、当時の日記や手紙などを読んで、自分の20代を垣間見た感じがした。自分の置かれた状況の中での人との関わりで、まだ自分の気持ちが左右されている気がした。日本の大学時代の友人との手紙のやり取り、親友とのやり取り、周囲の日本人学生との関わりなど、その当時の、複雑さも伴った気持ちというのはやはり20代という年齢から来ていたものなのだろう。そんな気持ちを本当はどこか別の所で吐露してしまいたい、という気持ちにかられるのだが、それはどこかに持ち出さず、書いてあるところにそのまま置いておこう。
アメリカに来る前に友人や後輩からもらったプレゼントはまだ健在だ。その一つはコンピューターの横に置いてある。やはり3年弱のフロリダ生活は言葉に言い表せないぐらいいろんなものが凝縮している。
結局昨日は、というより明け方の4時過ぎまで起きていたが、きりがないので、部屋や廊下が散乱したまま寝て、昼からまた片付けた。
ネジャーティと私2人で、ダンボール1箱分を処分、他にも箱を入れ替えたりして古いダンボールを処分した。物入れはとてもすっきりして、ネジャーティも満足げ(それでも、コピー用紙の箱が積み上げてある)。
手紙は小さい箱にまとめて入れて、2階の部屋に持って上がった。
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