橋本裕の日記
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2007年01月31日(水) 1月の短歌

 今年は「一日一首」ということで、日記に毎日短歌を連載している。日記を書いた後、10分ほど考えて、一首だけ作る。はやいもので、もう1ヶ月がたち、30首ができた。これをここでまとめておこう。

除夜の鐘耳を澄ませばかすかなる妻に聴こえて我にもとどく

なにゆえにお神酒はうまししみじみとありがたきかないのちあること

てのひらのピーナツくわえたヤマガラはわれをみつめてかわいげに鳴く

凧あげてパン屑やりしユリカモメ庄内川もさびしくなりぬ

めでたしや病の癒えた母の声よろこび満ちて受話器に響く

雨音にやさしきこころ誘われてほのぼの思ふ母のことなど

庭の木をゆする風さえなつかしく思いいでたり佳き人のこと

うっすらと雪をまといし息吹山われを迎えて白くかがやく

あたたかきふとんのなかであれこれと思うひととき寒き日もよし

正月にたらふく食べた同僚がわれをうらやむわれは微笑む

ゆるやかに日が長くなるありがたさ寒き中にもしのびよる春

びわの木で小鳥さえずり餌を食う小枝の先にはミカンやリンゴ

真夜中に目を覚まして考える今もイラクで流血の悲鳴

さびしさを求めて街をさすらひし若き日もあり詩人のように

遠くより訪れしものあり夜もふけて文を読みつつ在りし日思ふ

田の道を老女ほほえみ腰まげて手押し車でやってくる

雨降れば散歩道なる喫茶店われにささやくしばし憩えと

うすあかり障子にさして一日のはじまるときは喜びあふる

太陽のごとく輝きあたたかしハロゲンランプ寒き夜もよし

うす明かり心にさしたり書を読みて我に等しき友を見るとき

いつまでもふるきパソコン捨てられずかたわらにあり愛撫してみる

カラスばか増えて困ると妻がいう自然に近き生き物絶えて

河原にてとんびを待てり妻とわれ手持ち無沙汰に小石をひろう

うつくしき母国語ありて世の中もわが人生も幸あふれたり

人に会い別れて仰ぐ冬の空流れているよ白い雲たち

定年後夢見ることはあまたあり健やかなればたのしみ多し

たのしみはふとたちどまり山を見てヘッセの詩など思い出すとき

なんとなく心うき日は川に来て小石を拾い投げてみるかな

あたたかき心と心ふえあえばかなしきこの世もほほえみあふる

人生はたのしむものなり青空を歩いてみよう風に吹かれて

(今日の一首)

ふるさとを思へばたのし足羽川
母と歩きし桜並木も


2007年01月30日(火) 面白半分の人生

 50歳を過ぎたら余生だと考えて、面白半分に生きてみたい。そう考えていたが、私の場合は、50歳になるまえから面白半分の人生だったかもしれない。最近は面白半分どころか、面白8割といった按配だ。

 つまり、面倒なことや、いやなことは原則しない。そして、面白いと思ったことは周囲を顧慮しないで、自分本位にどこまでもやる。世間の常識や他人の思惑も顧慮しない。だから、多少他人には迷惑をかける。しかし、法に触れるようなことはしない。

 年賀状を廃止したのも、「めんどうだな」と思ったからだ。50歳になるまでは、毎年せっせと書いていた。義理で書いていたものもあるが、けっこう楽しんで書いていた。それが、あっさり、「もういこんなことはやめよう」ということになった。やめてみると、自由ですがすがしい気分になった。

 行動の基準が「面白いか、そうでないか」だから、たしかに自己本位である。別の行動原理に立脚している人からすれば、なんとも理解しがたい、いい加減で利己的な人物に見えるかもしれない。たとえば、私の妻など、ずいぶん堅実な現実派である。そこで、いろいろと人生についての見解の相違があらわれてくる。

 私はお金など貯めなくてもよい。そんな余分なお金があるなら、それで好きなことをしようという。たとえば、退職金が入ったら、それを妻と二人で分けて、それぞれに好きなことに使いたい。私の場合はそれを元手に世界を放浪してまわる。お金がなくなったり、健康を害したときには、その場でくたばればよい。

 妻にはこうした発想は理解できない。お金は取っておいて、老後の生活の支えにすべきだという。病気になったら困るので、保険にもはいっておきたい。それに娘たちにもそれなりのことをしてやりたい。孫たちに小遣いをやるにも、たくわえがなければならない。

 妻に言わせると、私は「キリギリス」だということになる。「いいじゃないか。キリギリスは面白おかしく生きて、冬がきたら野垂れ死にするんだ」と、私はこれを否定しない。「世の中、そんなに甘くはないわよ。最後はどうせ、尾羽打ち枯らして、私たちのところに助けをもとめてくるに決きまっているのよ」と、妻は冷静である。

 こう書いてきて、自分が「ふーてんの寅さん」で、妻が「さくら」のように思えてきた。私の憧れは世界を股にかけた「ふーてん」ということらしい。夢想家の夫と、現実派の妻。この取り合わせも天の配剤ということだろう。もっとも妻にとっては、こんな夫を持ったことは災難かもしれない。

(今日の一首)

 人生はたのしむものなり青空を
 歩いてみよう風に吹かれて


2007年01月29日(月) 寅さんが好き

 北さんが、mixiの日記に映画「男はつらいよ」についての解説をかいている。読んでいるうちに、映画の場面をいろいろと思い出した。また、山田洋次監督の言葉も心にしみた。一部を引用させてもらおう。

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 映画「男はつらいよ」  北さんのmixi日記1/28より

 テレビで人気が出て映画化第一作が完成した時、山田洋次は宣伝用プレスに「喜劇の意味について」と題する次のような文章を寄せています。

 「悲しい出来事を涙ながらに訴えるのはやさしい。また、悲しいことを生真面目な顔で物語るのもそう難しいことではない。しかし、悲しいことを笑いながら語るのはとても困難なことである。だが、この住み辛い世の中にあっては、笑い話の形を借りてしか伝えられない真実というものがある。
 この作品は、男の辛さを、男が男らしく人間が人間らしく生きることがこの世にあってはいかに悲劇的な結末をたどらざるを得ないかということを、笑いながら物語ろうとするものである。」
 このテーマを、山田洋次はずっと守り続け、一つのパターンで描き続けていると言えるでしょう。

 さて、シリーズ中最も評価の高い作品はと言うと、第17作の「男はつらいよ、寅次郎夕焼け小焼け」(キネ旬2位にはいりました)ですが、私はそれよりも第1作を評価しています。中身が濃いからです。エピソードの数が多いのです。それは、このシリーズの登場人物それぞれのキャラクターを、エピソードで浮き上がらせようと工夫したからでしょうが、それぞれのエピソードがよく決まっていると思うのです。

 寅が妹さくらの見合いの席をぶちこわす場面、隣の印刷工場に住み込んでいる職工の博とさくらが結ばれる場面、結婚式での博と両親の和解の場面、帝釈天のお嬢さんに寅が失恋する場面と、いずれも良くできています。しかし、一番いいなと思ったのは、博がさくらに想いを打ち明ける場面です。さくらに恋している博が、寅のいい加減な「脈はないよ、あきらめな」という言葉を信じて絶望し、工場を出ていこうとします。しかし、最後に一言別れの言葉をと、彼はさくらの談笑して居るところに飛び込み、思い詰めて語ります。 

「ぼくの部屋から、さくらさんの部屋の窓が見えるんだ。朝目をさますとね、あなたがカーテンを開けてあくびをしたり、布団を片付けたり、日曜日なんか楽しそうに歌を歌ったり、冬の夜本を読みながら泣いていたり工場に来てから3年間、毎朝あなたに会えるのが楽しみで、考えてみればそれだけが楽しみでこの3年間を・・・ぼくは出ていきますけれど、さくらさんは幸せになってください」

 博を演じた前田吟(以後シリーズの欠かせない一員としてレギュラー出演します)の素晴らしい演技によって、これは私にとって忘れられない名場面となっています。実際、わずかこれだけの台詞のなかに、純粋な青年の気持ちが、これ程見事に表現された例はあまりないと思うのです。

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 映画「男はつらいよ」は大学時代、よく映画館で見た。第一作はとくによかった。これでやみつきになった。兼六園では、ロケ中の渥美清とと吉永小百合さんを偶然みた。あこがれの小百合さんを、まじかでみたのは、夢のような出来ごとだった。寅さんシリーズには、私の青春の思い出がいっぱい詰まっている。

(今日の一首)

 あたたかき心と心ふえあえば
 かなしきこの世もほほえみあふる


2007年01月28日(日) 知識のファイナライズ

 最近ファイナライズ(finalize)という言葉を覚えた。テレビの番組をDVDビデオレコーダーに録画した後、DVDデスクに移す。しかし、ただ移しただけではだめで、最後にファイナライズしなければならない。これをしないと、デスクとして完成しない。

 ビデオテープと同じように、番組の内容をデスクに移せば、私のDVDビデオレコーダーでは再生できる。それで完成だと思っていた。他のプレーヤーでも再生可能にするためには、さらにデスクをファイナライズしなければならない。私はうかつにもこのことを知らなかった。

 テレビを見ていると、なかなかいいなという番組がある。これを生徒にも見せてやりたいなと思う。幸い週に一度「総合学習」という時間があるので、ここで見せることができる。以前にNHKで「インドネシアの少女ナビア」というストリートチルドレンの番組を放送したのを見た。これを生徒たちに見せようと思って録画した。

 そして、当日生徒を視聴覚室に集めて見せようとしたが、肝心のDVDが再生できない。学校のDVDビデオレコーダーは私のDVDデスクと互換性がないのだと思った。そしてあきらめていたのだが、最近何気なく取り扱い説明書を読んでいたら、「ファイナライズ」という操作をしなければ完成しないと書いてあるではないか。

 つまり、ただ録画内容を移しただけではDVDデスクとしては未完成だったわけだ。そこで、「少女ナビア」のデスクをファイナライズした。これで学校のDVDビデオレコーダーでも再生可能になったので、さっそく先週の「総合学習」の時間に1年生の生徒たちに見せた。番組の感想も書いてもらった。

 家庭で父親から暴力を受け、家出してストリートチルドレンとなった15歳の少女が、夜の街でひとりの年上の少女と出会い、やがて彼女に心を開き、彼女の助言で向学心に目覚めていく。番組はそうしたナビアの1年間の心の軌跡を追っていた。私の感動した番組を生徒たちにも見せることが出来てうれしかった。

 そして、ふと、こんなことも考えた。ファイナライズというのは、DVDデスクの製作には欠かせないことだと分かったが、これは私たちの知識のありようにも言えるのではないか。ただ他人の知識や、本から得られた情報を自分の頭に移しているだけではまだ知識としては未完成で、これを自在に取り出し、活用できる状態にするには、われわれの頭もそのつど「ファイナライズ」しなければならない。これをしないと、私たちの頭もただの知識の倉庫でしかない。

 もうすこし言うと、知識のファイナライズというのは、その秩序化であり、体系化である。知識や情報を、自分なりに整理し、自分にとって意味のある経験の一部にすること、これがとても大切なことではないかと思った。そうして初めて、知識は自分とって生きたものとして血肉化され、私たちはこれを自分の本当の財産として活用できるわけだ。生徒たちにも知識をファナライズすることの大切さを教えたいと思った。

(今日の一首)

 なんとなく心うき日は川に来て
 小石を拾い投げてみるかな


2007年01月27日(土) プログラミングに熱中

 パソコンを買ったのは、12年ほど前だが、きっかけは職場にかかってきた一本の電話だった。

「ビジュアル・ベーシックをご存知ですか」

 教員になったころ、物理室にパソコンが一台おいてあった。それをつかい、ベーシック言語でゲームの簡単なプログラムを書いて遊んだ覚えがある。ビジュアル・ベーシックはプログラム言語のベーシックが一段と進化したものだ。

「パソコンと一緒にビジュアル・ベーシックのソフトを買っていただきます。そうしたら、1年間、無料で学習をサポートさせていただきます」

 この一言で、パソコンを買う気になった。これがすこし前まで現役で働いてくれていたNECのPC9821である。OSは「ウィンドウズ3.1」で、ビジュアル・ベーシックのほかに一太郎とロータスのソフトがついて、35万円ほどした。

 それからしばらくは、ビジュアル・ベーシックに熱中した。自分でいろいろなソフトを作った。あけてもくれても考えることは、プログラムのことばかり、という状態が1年間ほど続いただろうか。英会話の学習ソフトや、画像処理ソフトなどを次々と作った。授業の合間にも、つぎはどんなソフトをつくろうかと、ノートを取り出して、いろいろとデザインを考えていた。

 プログラムを書いていると、頭の中がシンプルになる。基本的に、プログラム言語は「IF A is B、then C is D」というこれだけの文である。これが何百何千行も続く。論理さえ間違えなければ、私のキーの一押しでプログラムが走り出し、パソコンがいろいろなパフォーマンスを始める。

 自分の手で何かを創造するということはとてもたのしい。これに熱中して、夜中12時を過ぎることもしょっちゅうだった。もし、私が中学時代にプログラム言語に出あっていたら、ひよっとしてプログラマーを目指したのではないか。しかし、すでに私は45歳だった。考えてみると、視力が悪くなり、血圧があがりだしたのはこの頃だ。

 今でもときどき、成績処理のときなどに、必要に応じて簡単なプログラムを書く。しかし、もう熱中することはない。何事も健康第一に考えるようになった。何かに全身全霊で熱中できた頃がなつかしい。

(今日の一首)

 たのしみはふとたちどまり山を見て
 ヘッセの詩など思い出すとき


2007年01月26日(金) 日本語教師への道

  定年後のことを、あれこれ考えている。日本から飛び出して、その果てにモンゴルの平原でハゲタカにでもつつかれて、孤独な往生を遂げたいというのが私の夢である。しかし、このことを言うと、みんな笑う。妻をはじめ、だれも本気にしない。これはそれほど非現実的な夢だろうか。

 そこで最近は、もうすこし現実的な夢を語るようになった。それは日本語教師になって、世界の人々に日本語を教えたいという夢である。これだと、多くの人は、「それも素敵な生き方ですね」と、一応は耳をかたむけてくれる。私自身も、そんな話を人にしているうちに、だんだん本気になってきた。

 もう、20年近く前のことだが、仏教大学の国文科に学士入学した。当時私は夜間高校で数学や理科を教えていたが、「国語」の教師免許をとって、国語科の教師になろうと思ったのである。国語の教材を使って、定時制の生徒たちに自分の胸のうちを語りたかった。数学という教材では、哲学や人生論、社会問題は語りにくい。

 しかし、この夢は挫折した。夜間高校から全日制の高校に転勤することになって、その動機の大半が失われた。それに国文学の勉強を続ける余裕がなくなった。レポートの提出をさぼり、授業料納入せよという大学からの通知を放置したたため、ある日、突然、「除籍」通知が舞い込んできた。これで2年間に取得した国文学の単位がすべてパーになった。今から考えると、惜しいことである。

 2年前に定時制に復帰した。そして経済的にも心理的にもすこし余裕が生まれた。まず、最初に考えたことは、この機会に何とか英語を物にしようということである。そこで、セブに短期留学するなどして、英語を集中的に勉強しはじめた。英語をマスターすれば、世界の人々と友達になれる。これが一番大きな魅力である。

 しかし、最近はただ友達になれるだけではではつまらなくなってきた。できることなら、もうすこし積極的に自分の定年後の人生を構築してみたと考え始めた。そのとき、日本語教師という選択肢が浮かんできたわけだ。世界の多くの人々に、「日本語」を教えることをとおして、日本語文化のすいばらしさも理解してもらう。そうすれば、おたがいにもっと深い交流ができるのではないか。

 考えてみれば、外国の人に日本語を教えるには、その国の言葉も知らなければならない。日本語を教えることで、外国語も勉強できる。これもなかなかうまい外国語の勉強法かもしれない。教えることは学ぶことだ。これによって、英語だけではなく、いろいろな外国語が学べれば一石二鳥である。

 定年まであと4年ほどある。この間に、日本語教師の国家試験に合格できればよい。また、その勉強をとおして、日本語についていろいろと思索することができる。こうした大きな目標ができると、心にますます張りができてきた。この夢を妻にかたると、「日本語教師ではなくて、定年後も、日本で数学の教師をしてください」と、いかにも妻らしい現実的な答えが返ってきた。

(今日の一首)

 定年後夢見ることはあまたあり
 健やかなればたのしみ多し


2007年01月25日(木) 実りある長い一日

昨日は学校の映画鑑賞会だった。名古屋駅近くの映画館に、現地集合、現地解散である。これを利用して、昼と夜に名古屋駅で二人の友人にあった。ひとりは、最近インターネットで知り合ったkeizoさんである。友人と書いたが、初対面である。たびたび私のHPの掲示板に書いてくださっていたので、もう会う前から親しみを持っていた。

 一緒にランチを食べ、そのあとコーヒーを飲んだりして、2時間あまり楽しく会話した。keizoさんは中学校で数学や理科の教師をしていたという。しかし、英語が好きになり、バンクーバーに留学した。そこで、日本語を教えたこともあるという。そして現在は塾で英語を教えてみえる。

 英語や日本語についての話が中心になったが、keizoさんからそうした実地体験に根ざした話をいろいろと聞けてとても面白かった。keizoさんは20年近く俳句をたしなんでみえる。そして、「言葉の鳥」という魅力的な句集の作者でもある。句集をいただき、さっそく開いたページにこんな句があった。

 晩学の肘置く文机 母の日の

 keizoさんは俳句の英訳もこころがけてみえる。たんに英語ができるというだけではない。日本語と日本文化に深い理解をもち、その上で英語にとりくんでいる姿勢にとても好感を持った。わたしもいずれかくありたいという、その理想形を彼の中に見る思いがした。

 映画鑑賞会のあと、もう一人友人にあった。彼は私の小学校からの幼馴染である。自伝「幼年時代」にも「少年時代」にも本名で名前がでてくる。大恩ある親友である。ここではM君としておく。福井に家族を残して、現在名古屋に単身赴任中とのこと。一昨日「会いたい」と突然電話があった。彼と会うのはもう2年ぶりくらいである。

 東京の大学を卒業して、食品関係の会社に就職した。出世して、いまは名古屋営業所の所長をしている。案内された店で、恐る恐る箸を伸ばしていると、「今日は、安心して、飲んで、食べてくれ」と、私の腹の中を見透かしたようなことをいう。「それなら、いただくよ」とこちらも遠慮がない。

 セブに留学したことをいうと、「それじゃ、もう一軒行くか」と、まだ料理が残っているのに、さっさと彼が馴染みにしているバーに連れて行かれた。そこでフィリピン人のホステスを紹介された。日本の大学に留学して、マネジメントを学ぶのが夢だという。流暢な日本語を話すので、あまり英語の勉強はできなかったが、「今度英語を教えてくれ」というと、「いいわよ、喜んで」とうれしそうに笑った。

 バーで水割りを飲んだせいで、すこし酔った。時計を見ると、もう11時を過ぎている。あわてて店を飛び出し、M君に栄の地下鉄乗り場までタクシーで送ってもらった。どうにかJRの終電に間に合った。こうして実りある、長い一日がおわった。

(今日の一首)

 人に会い別れて仰ぐ冬の空
 流れているよ白い雲たち


2007年01月24日(水) 日本語の構造(9)

 暴力的なビデオゲームが世界中で流行している。1999年にコロラド州コロンバイン高校で、二人の少年が銃を乱射し、生徒と教師14人を殺すという事件が起きた。彼らが愛好していたのは、「Doom」という「殺人ゲーム」だった。これは米軍が効果的に殺人を行う訓練用に使用していたものだという。

 このシューティングゲームはさまざまな設定で殺人を楽しめるようになっているが、少年たちが好んでいたのは、予備の武器と無尽蔵の弾薬を持った2人の射撃手と、反撃が出来ない敵だけが登場する「ゴッド・モード(無敵状態)」という設定だった。仮想世界で殺戮に熱中していた彼らは、いつか現実世界でも自分たちは全能だと錯覚したのかもしれない。

 人間は弱い存在である。しかし「武器」を持てば、百獣の王のライオンをも倒すことができる。文明の発達は、「行為者」としての人間にパワーを与えた。文明の利器を手にすることで、人間は自らを強者の位置にすえ、他者を支配することができる。こうして人間はもはや自然に従属する存在ではなくなった。人間こそが世界の主役なのである。

 私たちのことばは、自然のなかで、自然と共存して生きていた時代に作られたものである。言語構造はいまなおそうした時代の遺産をうけついでいる。とくに私たちが母国語とする日本語は、こうした「自然言語」としての特徴を色濃く持っているのではないだろうか。

 父が助けに来ると思われる(自発、可能)
 警官に泥棒だと思われる(受身)
 先生は私たちの将来を思われる(尊敬)

 日本語では「れる、られる」といった「自発表現」が、同時に「可能」や「受身」の意味に用いられ、「尊敬表現」にまでなっている。それは意志を持って「為す」ことよりも、「自ずからある」ことに価値をおくからだ。また、これまで見てきた日本文の構造からも、「主語」中心の「する論理」ではなく、「述語」中心の「ある論理」の優勢が認められよう。

「ある論理」の世界では、自己と他者、人間と自然を峻別する意識がうすい。荒木博之さんは名著「やまとことばの人類学」(朝日新聞社)にこう書いている。

<「可能」が「自発的受身」的「られる」によって表現されている意味は何なのだろうか。それは日本人にとって何かが可能であることは、みずからの主体性においてそれを可能にするのではなく、「可能」が他律的に没主体的に与えられるものであったからである。その心を「れる」「られる」という助動詞にこめているのである>

<そこには個人としての主体的意志の介入する余地はない。そういった心のあり方を日本人は「る」という「自発可能」的表現にこめていいあらわそうとしたのであろう。この場合の「自然」というのは、単なる天然自然のみを指すのではない。それは天然自然を、あるいは共同体の論理をも含めた、個人を超越し、個人を支配する何かでなければならなかった。ここに「自発」と「可能」という、欧米人から見るならば、まったく相反する命題がひとつに結びつき得るという、日本的な独自の言語現象が生まれる必然性が存在しているのである>

<そして、その中核的意味としての「自発」「自然展開」が、日本人のあらまほしきあり方、すなわち、価値としてその存在を主張しているとき、「自発」が「尊敬」へとその意味的展開を遂げてゆくこと、まことに自然の筋道であるだろう>

<こういった人間関係のあり方としての「和」が最高の徳目とされ、「自己滅却」が共同体の論理において常時要請される共同体構造の中で、共同体の成員が自己実現の方途として必然的に体得してゆく方策は、自己実現を「自我」の否定において、「他人との連帯」において実現化しようとする仕方、すなわち「自然展開」的、「自発」的に自己実現をはかってゆく方法でなければならなかった>

<自己実現を「自我」の否定において現実化しようとする仕方は、宗教、哲学的思索の筋道になかでは「無」の思想として結実する。禅のみでなく、茶道・武道など日本のすべての芸道において、つねに「無」の境地、「無の思想」が説かれるのは、私をしていわしむれば、決して偶然のことではないのである>

 私たちは、「お茶を入れました」とはふつう言わない。「お茶が入りました」と、あたかも「お茶」がひとりでに出来たような言い方を好む。行為者を表に出さず、言葉の表から消してしまう。そして、このような自己主張しない表現が上品で、美しいものだという文化的な価値観の中で、慎ましく自然に呼吸してきた。

 しかし、世界は大きく変わろうとしている。そしてそのなかで、多くの言語の性格が「ある論理」から「する論理」の世界へと変化してきた。その先頭を走っているのが、いち早く市民革命と産業革命を成し遂げ、合理的な世界の認識を武器にして、政治的、経済的、軍事的に世界の覇権を握ったアングロサクソンである。彼らが自由に駆使する英語は、「自発可能」をよしとする日本語の価値観とは無縁である。そしてその自己主張を専らにするパワーはあなどれない。

 行為中心の構造をもつ現代英語は、自然や社会を変革するには大いに有効である。英語を習得することで、私たちもまた、合理的に世界を把握し、進んで自己主張のできる、主体性のある人間に生まれ変わることができそうだ。自然であることを尊重する「ある論理」はともすると体制順応の保守主義におちいる。またいわれなき権威崇拝にもなる。私たちは自らの主体性を確立し、人間としての独立自尊と行動の自由を獲得するためにも、現代英語の特性である人間中心の「なす論理」から多くを学ぶべきだろう。

 しかし、人間中心の「なす論理」への一辺倒はまた新たな危機を生み出しかねない。「なす論理」の独走は、自然や社会を自らの欲望や野望を達成するのための手段としかとらえない自己中心の風潮をう産み出しかねない。これによって、共同体の和が破壊され、人間同士の対立と抗争が常態化するばかりではなく、自然までもが収奪され、生態系が破壊されることになる。こうした「個人の自由」に名を借りた利己主義の暴走に歯止めをかける社会システム、あるいは言語システムを、私たちの世界は今まさに必要としているのではないだろうか。

 日本語は膠着語と呼ばれ、確固たる論理構造をもたない世界でも特殊な言語であるという西洋の言語学者の見解がある。しかし私たちは日本語によって、世界を認識し、人々と意思疎通をはかり、この日本という国のなかで豊かな自然と共存して平和に暮らしてきた。そうした私たちの生活と文化を根底でささえてきたのが日本語である。

 日本語もまた、その内部にさまざまな限界をもちながらも、独自にすぐれて論理的であり、世界に通用する普遍性をそなえた言語ではないだろうか。私のこの小論は、そうした日本語の論理性と普遍性を、「てにをは」を中心とする文の構造のなかに探り出し、あわせて世界の言語の本質と現状にも思いを及ぼそうという、一つのささやかな試みである。

(今日の一首)

 うつくしき母国語ありて世の中も
 わが人生も幸あふれたり 


2007年01月23日(火) 日本語の構造(8)

 文には「be動詞」を代表とする「存在文」と、他動詞を代表とする「行為文」がある。ところで、西洋人の登山家マロリーは「どうして山に登るのですか」という質問に答えて、次のように答えた。

 Becouse there is the mounnten.
 (そこに山があるからだ)

 これは名言として、世界でも知らない人はいない。

 Becouse I like the mounten.

 これでは後世に名言として残らなかったに違いない。現代英語に一般的な「行為文」ではなく、意表をついて「存在文」にしたところに、世界の人々が新鮮な驚きをもったのだろう。

「山がすき」というのは、「山」を自分の意識の対象物としてみている。これにたいして、「山がある」という存在文には「私」は出てこない。山の巨大な存在感の前で、「人間」はかすんでいる。

 これと対象的なのが、マラソン選手の有森裕子さんの「自分をほめたい」という名文句だろう。それはれっきとした英文式の「SVO」構文だ。しかも自分が自分を誉めるというのは、これまた、きわめつけの「行為文」である。日本人女性がこの言葉を語ったことが意外だった。そしてこの言葉を語った彼女の開放的で前向きな積極性に、多くの人たちは好感をもった。

 日本文はどちらかというと、自動詞を中心にした「○は□である」という形式の文が主流である。「私は子供を持っています」とはいわずに、「私には子供がいます」という。「風が窓を開けた」というかわりに「風で窓が開いた」、「私は山を愛する」というかわりに、「山が好きだ」という。

      私は
  −−−−−−−
      山が
  −−−−−−−
     好きです

  英語の場合も「存在文」は用いられるが、主流は他動詞を用いた「行為文」だろう。その代表的な構造は、次のようになる。

 ��Someone ��do ��something ��sometime ��somewhere.

 主語、動詞、目的語をこの順番に直線的に並べれば「行為文」ができあがる。これはとてもシンプルで、パワフルである。「山が好きだ」という文は、英語の場合は、「I」を主格(主語)にして、「like」という他動詞を用い、次のように表現する。

    I like mounntens.

 これを、言語構造式であらすと、次のような縦構造になる。

      I
 ー−−−ーーー
     like
 −−−−ーーー
   mounntens

 見かけは同じ三層構造だが、日本文は述語を土台にもち、その上に主格をふくめて、様々な補語や連用修飾語がゆるやかに並ぶ横構造の「主題ー述語」文である。英文の「行為主」(主語)を頭にして直線的に一方支配する「主語ー述語」文とは発想や性格が違っている。

 しかし、英語も500年前までは主格が頭に置かれないことも珍しくなかったし、述部の位置も日本文と同じように最後尾が定位置だった。ベオウルフという8世紀に書かれた英語の叙事詩を見ればこのことがわかる。金谷武洋さんの「英語にも主語がなかった」(講談社選書メチエ)から引用してみよう。

 se hlaford pone cnapan binds.
 (主人が召使を縛る)

 これは現代英語になおせば、「The lord the servant binds.」である。ただし、「SVO」ではなしに、「SOV」になっている。このように古代の英語では動詞が最後に置かれることが多かった。さらにこの頃の英語は、SとOの語順も自由だった。

 これは英語だけではなく、多くのヨーロッパ語がそうだった。ギリシャ語やスペイン語、イタリア語はいまでもそうである。たとえば、ラテン語で「主人が犬を殺す」「犬が主人を殺す」という文章を書くと次のようになる。

 Dominus canem occidit.
 (主人が 犬を 殺す)

 dominum canis occidit.
 (主人を 犬が 殺す)

 ここでも殺す(occidit)という動詞が最後に来ている。そして行為者には語尾に「s」が、行為を受けるものには「m」がつく。行為者が先頭に来るともきまっていない。「行為者=主語」という認識もなかった。英語で主語を「subject」ということからもわかるように、主語はむしろ「従属語」であった。何に従属しているかといえば、述語(動詞)にである。その言語構造は日本文と同じく、二層構造であらわすことがでる。

「I like mountens.」という英文も、もともとの発想は、日本文の発想に近かったのだろう。

  I  mounntens
 −−−−ーーーー
     like

 ここでは「山」は私の行為の対象物ではない。現代英語のように「自己と他者を対立関係におく「行為中心」の発想ではなくて、むしろ私は山に「like」という関係をとおして向かい合っている。

 ここで、私はあえて一つの仮説を述べてみたい。現代においてもなおネイティヴの人々は、このような「主題ー述部」の二層構造の意識をいくらか抱きながら、彼らの母国語である英語を話しているのではないだろうか。

   Someone something sometime somewhere.
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
               do

 私は現代においても、英語をこのような発想で語ることは、原理的に可能だと考えている。そして、これが許されるのであれば、私たち日本人がこうした発想で英語を語ることは、あながち間違っていることではない。こうした日本人らしい感性が反映した英語があってもよいのではないだろうか。

 日本人は日本語で養われた感性がある。それを捨てて、現代英語の行為者意識重視の感性にあわせる必要はない。本来の日本的な感性を生かした独自な英語を語るのも悪くはない。日本語を母国語にする私たち日本人が、政治、経済、文化の様々な場面で世界に貢献するために、むしろこのことは重要なことかも知れない。

(今日の一首)

 河原にてとんびを待てり妻とわれ
 手持ち無沙汰に小石をひろう

(せっかく、餌を持って、妻と二人で河原に行ったが、いつもやってくる鳶の姿がなかった。手持ち無沙汰に、小石を拾って、妻と二人で水切りあそびをした。二人で競争していると、小石が水面を4回ほど跳ねるようになった。それでも、とうとう鳶はやってこなかった)


2007年01月22日(月) 日本語の構造(7)

 赤ん坊は、この世に誕生して、産声をあげる。そして、母親に問いかけられ、言葉を覚えていく。ところで、「言葉」とは何か。この問いに対する答えは様々であろう。そのたくさんある中の一つとして、私はもまたここでひとつ示しておこう。

<言葉とは「何者かの問い」に対する応答である>

 私たちが言葉を発するとき、その前提として、ひとつの問いがある。しかし、私のこの主張は正しいのだろうか。常に成り立つことなのだろうか。たとえば、<お前が行け>という命令文はどんな「問い」に対する応答だというのか。命令は一方的な指示と強制であり、応答でも対話でもないではないか。

 しかし、深い心で考えてみよう。そうすると、命令文でさえ、「何ものかに」(必ずしも言葉とは限らない)対する応答であることがわかる。履歴書や読書感想文を書くことも、小説を書くことも、すべて「何者かの問い」に対する応答である。いや、じつは、私自身の生きるという行為自身が、「何者かの問い」対する応答ではないのか。この問いに呼びかけられ、これに答えることが、生きるということではないか。

 人間はいつかは死ぬ。「阿(あ)」と産声を上げてこの世に生まれてきた人は、最後に「吽(うん)」と言って、息をひきとる。そして、死人はもはや沈黙して、何者への問いかけにも答えることがない。 

 <象は鼻が長い>

 この象を主題にした文は、「象はどんなですか」に対する応答であり、あくまで相手が知りたいのは「どんなふうであるか」という述部の部分である。主題の「象」に焦点があたっているように思うかも知れないが、そうではない。

(それでは象について、これから重要なことをいいますよ。それは「鼻が長い」ということです)

 この文にも、「象はどんなふうですか」という「問い」が前提とされている。世界の様々な事物の中で、「象」という哺乳動物の一種が、誰かによって話題として取りあげられ、それに「鼻が長い」と答えたわけだ。

 話題に取り上げるということは、それを意識的に選択し、世界から切り取ることである。「は」にはこうした主体的なはたらきがある。そして「は」によって切り取られ、額縁に飾られた内容が、<鼻が長い>という「述部」である。「象」という主題をもつ額縁の中に、「鼻の長い生き物」が飾られているわけだ。

<象が草を食べているよ>

 これは動物園に行って、象が草を食べているのを見たときの言葉だ。たとえば、私が娘にこう言ったとする。このとき、この文の主題は「象」だけではなさそうだ。「草」や「草を食べていること」だけでもない。

<象は、草を食べています>
<草は、象が食べています>
<草を食べているのは、象です>

 たぶん、私が娘に言いたかったのは、これらをすべて含めた、次のようなことだろう。

<象が草を食べているのが見えるだろう。見てごらんよ>

 このとき私が娘に伝えたいのは、「象が草を食べていること」そのものである。「主題ー述部」を基本とした三層の構造式で表せば、次のようになる。

  (私があなたに伝えたいことは)
 −−−−−−−−−−−−ーーー
      象が 草を
    −−−−−ーーーー
      食べている
 ーーーーーーーーーーーーーー
     (ということです)

 たとえ主観的要素をあらわにふくまない「描写文」でも、それが発語されるとき、それを伝えたいという発語者の意志が働いている。そして、あらゆる事物からまさに世界のその部分を選択して切り取るというところに、潜在的であれ顕在的であれ、その意志はしっかりと力を揮い、額縁のように文を統括している。

 これは日々発信されるニュースもそうであろう。一見、客観性をよそおいながら、何を話題にし、どう報じるかというところに、すでに報道者の意志が働いている。写真もまたある視点から、現実のある部分を切り取ったものであり、そこに映し出された現実は、すでに撮影者や編集者の主観が反映している。

 日本文は「主題ー述部」の基本構造をもっている。多くの文は見かけ上「〜は」という主題文ではないが、それは表層構造にすぎない。言語の深層構造において、それはいずれも「主題」をもっている。つまり、それはつねに「何ものか」についての陳述になっているわけだ。

 こうした「主題ー述部」の基本構造は、日本文に特有なものだろうか。以上の議論からもわかるように、私はこれは世界のすべての言語にあてはまる特性ではないかと思っている。英語に顕著な「主語ー述語」の基本構造も、じつのところこの500年間の歴史的産物にほかならない。そして英語でさえも、「主題ー述部」という構造を、その母体として深層部にもっている。しかし、これについて論じることはまた別の機会にしよう。

(今日の一首)

 カラスばか増えて困ると妻がいう
 自然に近き生き物絶えて


2007年01月21日(日) 光通信でインターネット

 1月13日(土)にインターネット接続をISDNから光フレッツに変えた。無線ルーターもこれまでバッファロー(メルコ)のエアステーションだったので、同じバッファローで光通信用のものに買い換えた。

 これにあわせて、これまで11年間愛用してきたデスクトップパソコン・NECのPC9821を、東芝のノートパソコン・ダイナブックに乗り換えた。8000円あまりも払って、ルーターの設定や2台のノートパソコンへの接続を、専門業者に依頼した。私のダイナブックは順調に接続できたが、妻が使っているシャープのノートパソコン・メビウスの接続が容易ではなかった。

 業者が帰ったあと、妻が使い始めると、たちまちシャープ・メビウスは接続が途中で止まり、やがてパソコン自体がフリーズしてしまった。これでは使い物にならない。翌日もう一度、「何とか責任を果たしてください」と業者に来てもらった。しかし、一向に改善しない。業者は「パソコンとモデムの相性がわるいのでしょう。もう、どうにもいかたがありません(わたしどもの責任ではありません)」という。

 これまで順調に動いていたISDNを、「断然快適になる」と独断で光通信に替えたのは私だから、妻のパソコンがインターネットに接続できないなら、私が責任を取らなくてはいけない。つまり、せっかく快調に働いている私の最新鋭のノートパソコン・ダイナブックを、妻に進呈しなければならないわけだ。

 これは何としても避けたい。そこで思い出したのが、インターネット・プロバイダーのトラブル無料相談室である。これまで何回かそこにパソコンを持ち込んで、助けてもらっている。今回もこれに頼ることにした。これが4日後の水曜日のことである。プロバイダーの技術職員の人に、午前中2時間あまりかけて、ルーターやパソコンの設定を0からやり直してもらった。

  これで、ようやく妻のパソコンがインターネットに再び接続できた。しかし、ほっとしたのもつかの間、また翌日には同じ症状が出始めた。「もう、だめか」と思ったが、一縷の望みにすがる思いで、昨日の午前中にもう一度、プロバイダーにルーターとメビウスパソコンを持って行った。

 そこで、うれしいことに(?)、メールの設定に些細な間違いを発見。この些細な傷を、ISDNは大目に見てくれても、光は許してくれなかったようである。これを解除したら、スムースに動き出した。やった! さすがプロバイダーだ。ありがたい。たったこれだけのことで、一週間、右往左往したのかと、複雑な気分だった。

 帰ってきて、「やっと問題解決だ」といきさつを妻に報告。これでスムーズに動いてくれれば、私もこのまま自分のノートパソコンが使えるわけで、めでたしめでたしである。さあて、これで後顧の憂いなく懸案の「日本語の構造」に取り掛かろうと、思索に耽りだした。

 ところが、30分もしないうちに、「やっぱり、だめ」と、居間からふすま越しに、再び妻の非情な声が私の耳に届いた。「そんな、ばかな」と、私がやってみても、パソコンが途中でフリーズ。「前よりだめじゃない」と妻がますますおかんむり。もうこうなったら、私のパソコンを妻に進呈するか、ルーターを買い換えるしかない。メルコの製品がだめなら、NECがあるではないか。これに買い換えるわけだ。

 そこで、妻とランチを食べに行ったついでに、光通信用の無線ルーターを買ったヤマダ電機に立ち寄った。「かくかくしかじかで、モデムを買い換えようと思う」というと、若い店員が「それも一つの手かもしれないが、その前に、ウインドウズXPの更新をしてみてください」という。

 せっかく1万数千円も出して製品を買ってやるというに、商売気のない店員だが、これはとてもありがたい助言だった。そこで、NECの無線ルーターを買うのをやめて、家に帰り、さっそく、パソコンをケーブルでインターネットにつないで、ウインドウズXPを更新してみた。これが完了したのが、4時過ぎだった。

 そしていよいよ再び、パソコンを再起動。エアステーションから電波を受けて、パソコンが無事ネットに接続できた。メールの送信も受信も順調だ。念のため、もう一度再起動して、ネットに接続。HPを閲覧したり、メールを何度もチェックしたが、異常なし。途中でパソコンがフリーズすることもない。とうとうやった。

 これで本当に問題が解決したのか、これまでのこともあるので予断は許さないが、とにかく現段階ではうまくいっている。というわけで、パソコンのために右往左往して、昨日もほとんど終わってしまった。しかし、まあ、なんとか解決できて、余計な出費もしなくてよかった。妻も「なかなかやるじゃない」と誉めてくれた。やれやれである。

(今日の一首)

 いつまでもふるきパソコン捨てられず
 かたわらにあり愛撫してみる


2007年01月20日(土) 言語にとって美とは何か

 同人誌「作家」で小説を書き始めた30年ほど前、私は大学院の学生だった。その頃おなじ研究室の先輩に誘われて、「読書会」に参加したことがある。大学院で物理学を専攻したり教えていたりする5.6人ほどの男性と、物理学にはあまり縁のないふつうの読書好きのOLたちとがメンバーだった。

「読書会」は大学の会議室や、図書館の集会室をかりて、月1回行われた。読書会の後、食事会や飲み会があり、年に数回は、泊りがけで旅行に行った。読書を通して、男女が交流する社交の場でもあり、実際、この会からいくつものカップルができた。(私もそのなかの一人の女性と親密になった)

 月に1回の「読書会」が待ち遠しかった。しかも、たまたま私が入会したときから、吉本隆明の「言語にとって美とは何か」という魅力的な本を読み始めていた。私が読書会に参加しようと思ったのは、この本に引かれてのことかも知れない。

 残念ながら、この本はいま手元にない。蔵書0冊運動の一環で、私は大半の蔵書をすでに処分してしてしまった。これはもう少し手元においておきたかった。

 なにしろ30年も前に読んだ本なので、記憶があいまいである。しかし、読書会で1年間苦労して読み続け、何回かレポーターとして内容を解説したりしているので、すっかり忘れたわけではない。その証拠に、「ことば」について考えるとき、今でも頭に浮かぶのは、吉本氏が発明したと思われる、「指示表出性」「自己表出性」という用語である。

「ことば」にはこれを発する人間の主観的な要素(自己表出性)と、表現の対象となる客観的な要素(指示表出性)の両面がある。これが統一されたのが文である。そしてこれがいかに統一されるかを明らかにするのが「文法」である。と、まあこんなところが大筋の展開だったように思う。

 それまで文法といえば、中学校や高校でならった学校文法しか知らなかったので、これは新鮮な驚きだった。しかも吉本隆明は思想家であり、詩人である。その独特の文体を読んでいると、奥深い原生林の森をさまようよう旅人になったような気分に誘われた。

 この本を読んで、もう一つの収穫は、時枝誠記の文法理論に触れたことだろう。吉本さんは時枝さんの「言葉は主観と客観の統一されたものだ」という言語観を継承している。したがってこの本は「時枝文法理論」の独自の入門書にもなっていた。

<国語において、主語、客語、補語の間に、明確な区別を認めることが出来ないといふ事実は、それらが、すべて述語から抽出されたものであり、述語に含まれるといふ構造図的関係において全く同等の位置を占めているといふことからも容易に判断することができる。

 私は6時に友人を駅に迎へた。

 において、「私」「6時」「友人」「駅」といふやうな成分が、すべて「迎へる」といふ述語に対して、同じ関係に立っているのである。その点、ヨーロッパ諸言語が、主語と述語の間には、不可分の関係が結ばれて、他の文の成分とは全く異なった関係にあるのとは違う>(時枝誠記「日本文法 口語篇」)

 時枝理論といえば、独特の入れ子理論が有名だが、私はこれを積み木を使って立体的に表現すると面白いと思った。そしてこのことを、30年も前に「読書会」で話した覚えがある。

 「日本語の構造」で紹介した「補語ー述語」二階建て橋本流積み木構造図がこれである。そして実はこれは時枝さんの入れ子図形を立体化したものだ。私の構造図を上から眺めれば、平面図が時枝さんの入れ子の図になっている。

 だから私の構造図は藤枝理論の剽窃のようなものだが、こうして積み木のように分解して立体化することで、時枝理論をその一部に含みながら、さらに新しい次元に言語理論を構築することが可能になるのではないかと思っている。もっとも「日本語の構造」を書き始めたときには、時枝理論のことは念頭になく、途中でこのことに気づいたわけだ。それで、もういちど時枝理論を読み直そうかという気になった。

 時枝さんは「犬だ」を文として認めている。そして、これが文であるのは、そこに「主観と客観の統一」があるからだという。具体的にいうと、客観的要素である名詞の「犬」を、主体的判断をあらわす「だ」が受け止めている。

 時枝さんによれば、主体的表現によって客観的表現がまとまりをもち、統一性を獲得したものが文である。この基本的な立場を、吉本の「言語にとって美とは何か」は受け継ぎ、これを発展させようとしていた。その雄大な構想がすばらしかった。 

 言語学について、これまで体系的に勉強をしたことがない。時枝理論に影響を与えたというソシュール言語学や、その後の構造主義言語学、そして最近世界の言語学の主流になりつつあるチョムスキーの「生成文法」についても、入門書を数冊読んだ程度である。これからもうすこし、こちらの方面の学習を充実させようと思っている。

(今日の一首)

  うす明かり心にさしたり書を読みて
 我に等しき友を見るとき


2007年01月19日(金) 思い出の文章修行

「日本語の構造」の基本編を書き終えた。正確に言うと「日本文の構造」である。日本文がどのようなしくみでできあがっているのか、私が現在「自得」している範囲で書いたものである。その結論は、つぎのようなものだった。

////////////////////////////////////////////////

(1)すべての文は主題を持つ。
(2)主題は助詞「は」であらわされる。
(3)文の構造は「○は△が□である」である。

       ○は
  ーーー−−−−ーー
       △が
   −−−−ーーー
     □である

/////////////////////////////////////////////////

 あくまでも、自分が日本文を書く上で、大切に思っていることにもとづいて書いた。人それぞれに、自分なりの「日本語の構造」を書いてみると面白いのではないかと思う。

 30年ほど前に、同人誌に小説を書き始めたとき、最初に送った作品が「採用できません」と書かれて、主宰者の小谷剛先生から送り返されてきた。最初の3ページだけ、朱筆で真っ赤に校正されていた。日本語はこう書くものですという、貴重なお手本だった。

「これをするのは、今回だけです。参考にして、日本語を勉強してください」

 そんなきつい言葉が並んでいた。「自分は文章はうまい」とうぬぼれていた私の鼻は、これでへし折られた。これにめげず、その次に送った「海辺の市」は、たまたま運よく採用された。そしてこれが私の処女作になった。

 掲載予定を知らせてきた葉書のなかに、「素直な文章がよい」という言葉があって感激した。しかし、その後は原稿を送っても「不採用」が続いた。そのつど葉書できつい叱責がとどいた。

<「が」の使い方がおかしい。テニオハがなっていない。「が」が最初のページに何個あるか、数えてみなさい>

 私は真っ青になった。こうした文章修行が、小谷先生がなくなるまで、17年間ほど続いた。そして、その間に、私は三十数編ほどの短編小説をかいた。あいかわらず小谷先生の批評は厳しかったが、7、8編は「文学界」の同人誌評でとりあげられ、月間ベスト5に入ったこともあった。

 あるとき会員の一人が、「どうしても小説が書けない」と悩んでいたら、小谷先生に、「橋本裕のように素直に書けば、いくらでもかける」といわれた、と打ち明けてくれた。私はこれを聞いてうれしかったが、同時にこれは小谷先生の厳しい批評とも思った。そのころから、小説を書くことに迷い始めた。

 先生がなくなる一年ほど前、合評会のあとの宴会の席で、「小説はものになりそうもないので、もうあきらめようかと思っている」と小谷先生に言った。そのときは黙って聞いていた先生が、あとで、電話をくださった。

「橋本君、本を出すのだったら、私にまかせなさい」
「文学賞に応募してみなさい」

 これはとてもうれしかった。 しかし、やがて私は父を失い、同じ年に、小谷先生もなくなられた。今年は私の恩人である二人の17回忌である。はやいものだ。

 久しぶりに、小谷先生の書かれた「女性のための文章作法」(講談社)を取り出して読んでみた。そこにこんな言葉があり、私の手で赤く傍線が引かれていた。同人誌で小説を書いていた頃、何度も読み返した部分だ。

<私も含めて、お互いに文章が下手なのだから、下手なくせに名文にしようとか、飾ろうとかは考えないで、まず、余分なことばをを省くことをしっかり覚えましょう。必要にして充分なことばであるかどうか、それをひとつずつ確かめながら、ことばをえらびましょう。ぶつ切れでもよいから、的確な文章を書きましょう。意外性のある表現というものも、そうした勉強のなかから、おのずから生まれてくるものだと、私は思います>

 名文である必要はない。的確で、達意の文章を書きなさい、というのが先生の文章指導だった。文章の気品や美しさは、そうした基礎ができていれば、作者の内面を反映して、おのずから生まれてくるものだろう。

(今日の一首)

 太陽のごとく輝きあたたかし
 ハロゲンランプ寒き夜もよし


2007年01月18日(木) 日本語の構造(6)

 文はその性質によって、2つの種類に分かれる。たとえば、次の2つの文を比較してみよう。

(1)太陽が赤い。
(2)太陽が好きだ。

 いずれも主格は「太陽」である。しかし、この二つの文は性質が異なっている。(1)の文は、その真偽はともかくとして、客観的事実を述べた文である。これを「描写文」と呼ぶことにする。

 太陽が燃えている。
 彼がグラウンドを走っている。
 猫が公園で寝転んでいる。
 彼が彼女にお金を貸した。
 
 これらも「描写文」である。しかし、(2)はそうではない。「好きだ」という述語には、主観的な嗜好や推測が含まれていて、話し手の気持や判断を伝えている。ゆえにこれらを「判断文」と呼ぶことにする。

 山に遊びに行きたい。
 彼が彼女に教えるべきだ。
 彼女は今日は来ないだろう。
  
 いずれも、話し手の意志や願望、推量などを含むので判断文である。それでは次の文章はどうだろう。

 彼が犯人だ。

 客観的事実を述べているようにも見えるが、これも判断文である。「○は○○だ」という名詞文は、「○は○○だろう」や「○は○○らしい」とちがって、強く言い切っているだけだ。

 さて、判断文は何かを判断している。その判断する主体は話し手(私)である。その「私は」という主体は、多くの場合は潜在化しているが、顕在化させることもできる。

 私は、太陽が好きだ。
 私は、山に遊びに行きたい。
 私は、彼が彼女に教えるべきだ、と考える。
 私は、彼女が今日は来ないだろう、と考える。
 私は、彼が犯人だ、と考える。
 私は、彼が犯人かもしれない、と考える。

 構造式は、たとえば次のようになる。

   (私は、考えます)
ーーーーーーーーーーーー
     彼が
 −−−−−ーーーー
  犯人かもしれない
 
 さて、それでは描写文について、主題を顕在化させることはできるのだろうか。ここで、もう一度<太陽が赤い>という文章に戻ろう。これは主格として「色」を補って、次のように書くこともできる。

<太陽は色が赤い>

   太陽は
ーーーーーーー
   (色が)
 −−−−−
    赤い

 このとき、「赤い」の主格は「色」である。そして「太陽」が「主題」だということになる。このように描写文でも主題は顕在化することができる。ただその場合、主題は話し手以外になる。

   彼は
ーーーーーーー
  (性格が)
 −−−−−
  親切だ

 結論として言えることは、すべての文は主題をもつ。これは文はいつも「何ものかについて述べられたもの」であることから、当然ともいえる。判断文と描写文の違いは、自分の気持や判断について述べるか、自分以外のことがらについて述べるか、その違いだということになる。

 ここで、日本文が二層構造であることについての訂正をしなければならない。述語という土台の上に補語群の柱を建てて終わりにするのではなく、その上に「主題」という標識を持った三角屋根をつけよう。これで文の構造が最終的に決定した。

   象は
ーーーーーーー
   鼻が
 −−−−−
   長い

 じつのところ、この文は日本文の普遍的な基本構造を簡明な形であらわしていたわけだ。三上章がこれを表題に本をかいた慧眼に感心する。

     
  /   \
 / 日本語は \
-------------
|  奥が   |  
| --------- |
|  深い  |
-------------

 文と文が集まって、文章が作られる。文章を書くとき、大切なのは「主題」である。私のこの文章は「日本語の構造」という「主題」のもとに書かれている。しかし、主題は、じつのところ、文章を構成するそれぞれの文の中にもある。そして「は」という助詞には文の主題を提示する大切な働きがある。そういえば、三上章は「象の鼻は長い」のなかで、次のように書いていた。

 ーーーーーーーーーーーーーー
 「は」は大きく大まかに係る。
  ガノニヲは小さくきちんと係る
 ーーーーーーーーーーーーーー

 ガノニヲによって、文はその基本構造が形作られる。しかし、「は」は文全体を統括している。そしてその勢力は、じつは文をもはみだしている。「は」によって、私たちは前の文を受けている。それは文と文の関係(文脈)にまでかかわり、文章の構造にまで影響を与えている。しかし、今は「文章の構造」にまで話題を広げることはしない。

(今日の一首)

 うすあかり障子にさして一日の
 はじまるときは喜びあふる


2007年01月17日(水) 日本語の構造(5)

 英語では「主格」を他格より上において、「主語」(subject)として取り扱っている。日本文でも学校では、英文と同じく、「主格」を「主語」と呼ぶ。たしかに「主格」は他の「に格」や「を格」などに比べ、相当に重要な格だが、私の並列モデルでは特別扱いをしない。「主格」という立派な名前があるので、これを用いる。

「主格」とは何かといえば、「行為」や「存在」の「主体」である。「誰が」「何が」にあたるのがこれで、名詞や名詞句に「が」という助詞がついたものである。学校でも、「が」がついているか、「が」で置き換えられるものを「主語」とよぶように教えられている。

  私が 彼に 英語を 教えます。
  私は 彼に 英語を 教えます。
  私も 彼に 英語を 教えます。

 主格は「が」で表すが、「は」や「も」でも表す。 「私は」「私も」も、「行きます」という述語の「誰が」にあたる部分であり、「が」に置き換えられる。しかし、「は」や「も」がいつも「主格」を表すわけではない。

 彼は 私が 英語を 教えます。(に格を代行)
 英語は 私が 彼に 教えます。(を格を代行)
 彼も 私が 英語を 教えます。(に格を代行)
 英語も 私が 彼に 教えます。(を格を代行) 

 「は」が「が」を代行して主格をあらわす場合でも、「が」とは違ったはたらきをする。

(1)私が行きます。
(2)私は行きます。

(1)の「が」は「誰が行きますか?」という問の答えになっている。これは「主格」が誰であるかを問うている。「誰が」(Who)という問いは不特定多数を対象にしている。文を情報を伝えるための手段として捉えると、(1)の場合、相手に伝えたい情報、もしくは相手が知りたい情報は、「私が」である。「〜が」が未知の情報である。

 このとき、「述部」の方も、必ずしも既知ということではなく、新しい情報として価値をもつ場合がある。「彼が走っている」という文は、「誰が何をしていますか?」という両方の問いに答えている。この場合は、「何をしているか」ということも貴重な情報だといえる。

(2)の「は」は「あなたはどうしますか?」という問に対応している。つまり「主格」をではなく、彼の行動の内容を問うている。「あなたは」という問では、「主格」がすでに決められているか、限定されている。そして、(2)の場合は「行きます」が新しい情報として提示されている。「〜は」では、そのあとに続く部分が重要になってくる。

「〜が」が一般的な状況のなかで独立して用いられるのに対して、「〜は」はある特定の状況に依存している。「は」が用いられるときは、文の前提として、「何かある状況」が特定されて、その言外の状況をうけて、それを説明するために、「〜は、何々です」と語られることが多い。このように「は」は「何々については」と、「主題」を提示するはたらきがある。

 <象は鼻が長い>

 この文章は「象については、鼻が長い」という意味である。文章の主格は「鼻が」である。それでは、「象は」は何か。文の構造を見てみよう。

  象は 鼻が
ーーーーーーーー
   長い

 これだと、「象」と「鼻」という二つの「主格」を想定している。目の前に象がいて、「長いのは何?」と聞かれれば「鼻」という答えは可能だ。しかし、「象」という答えはやや不自然だろう。

 また、目の前にたくさんの動物たちがいるとき、「長いのは何?」と聞かれて、「キリン」や「蛇」という答えはあるかもしれない。しかし、「象」という答えはむつかしい。ただし、「象の鼻」という答えは大いにありうる。

 象の鼻が
ーーーーーーー
  長い

 したがって、これは自然な文である。このように、文の構造を知るには、その文がどのような問の答として生まれるか、さかのぼって考えてみればよい。

 それでは、私たちが「象は鼻はながい」と答えるとき、それがどのような問から生み出されるのか。こう考えたとき、それは、「鼻が長いのは何か?」という問だということがわかる。

  象は
ーーーーーー
 鼻が長い

 ここで、「鼻が長い」をさらに、構造化すれば、次のようになる。

   象は
ーーーーーーー
   鼻が
  −−−−
   長い

 こうして、「鼻が長い」の「主格」が「象が」で、「長い」の主格が「鼻が」だということがわかる。最後に、もうひとつ、「は」と「が」の共存する文をとりあげよう。

<私はあなたが好きです>

  私は あなたが
ーーーーーーーー
   好きです

 「好きです」の主格は、「私」だろうか、「あなた」だろうか。学校文法に従えば「あなたが」が主語だということになる。たしかに文の形からして、形式の上の主格は「あなたが」ということになりそうだ。しかし、意味を考えてみよう。そのために、これを英語に置き換えてみる。

 I like you.

 ここでは主格は「私」であり、「あなた」は「目的格」である。「私はあなたが好きです」の場合も、「好いている」という動作(状態)の主体は「私」で、その向かう対象が「あなた」だと考えるのが自然だろう。この場合、もとの文は次のような文におきかえられる。

  私は あなたを
ーーーーーーーー
  好いています

 そうすると、この文の意味上の主語は「私は」である。ひとつの文のなかに、「は」と「が」が共存するとき、こうした問題が起こってくる。「が格」を常に主格とするという形式主義は捨てたほうがよいのだろうか。もっとも、この文章も、「は」を主題とみなして、次のように構造化することができる。

    私は
ーーーーーーーーー
   あなたが
  −−−−ー
   好きです

 つまり、この文章も<象は鼻が長い>と同型だということになる。違っているのは、<鼻が長い>は客観的事実を描写した文で、<好きだ>というのは主観的判断を含んだ文だということだ。この二つの文の違いについて、次に分析してみよう。

(今日の一首)

 雨降れば散歩道なる喫茶店
 われにささやくしばし憩えと


2007年01月16日(火) 日本語の構造(4)

 日本文の構造について、6回に分けてその基本を論じるつもりでいる。そのあと「発展編」として3回ほど書いて終わりにする。発展編では、私独自の言語観と、言語からみた文化論にも触れるつもりだ。この9回シリーズをなるべく連続して日記に掲載したいが、息抜きも必要なので、ときどきお休みさせてもらう。

 さて、私は日本文を「名詞文」「形容詞文」「形容動詞文」「「動詞文」に分類し、さらに「動詞文」を「存在文」と「行為文」にわけた。さらに「存在文」を「ある文」と「いる文」に、「行為文」を「自動詞文」「他動詞文1」「他動詞文2」にわけた。そうすると8個の型に分類できた。

 この分類が妥当かどうか、異論があるかもしれない。もっと合理的で分かりやすい分類法があれば、それに従いたいと思っている。現段階での日本文型の構造図は次のようになる。

「名詞文」
「形容詞文」
「形容動詞文」
「動詞文」ーーー「存在文」ーー「ある文」、「いる文」
        |
        −ー「行為文」−−「自動詞文」、「他動詞文1,2」

 それぞれの文について、その特性を論じたいが、そのゆとりはない。また、平叙文だけではなく、疑問文や否定文、あるいは「受動」「尊敬」「自発」「可能」といった表現形についても、くわしく論じる余裕はない。だだ、必要最低限の範囲において、ここで取り上げることにする。

  (太郎)が  (花子)を
 ーーーーーーーーーーーー
      愛する

 この文は、与格(に格、間接目的格)である花子を主格(が格)にして、次のように言い換えられる。

  (花子)が  (太郎)に
 ーーーーーーーーーーーー
      愛される
                  
 ここで主格であった太郎が与格に移り、「愛する」という動詞が能動形から受動形にかわっている。日本語の動詞は「する」は「される」「られる」と語尾変化することで「受動形」になる。ここで「reru」が受身を表している。

 愛するーーー愛される
 触れるーーー触れられる
 撫でるーーー撫でられる
 見るーーーー見られる
 聞くーーーー聞かれる
 感動するーー感動させられる
 与えるーーー与えられる
 加えるーーー加えられる
 取るーーーー取られる
 教えるーーー教えられる

 つぎに、対角(を格、直接目的語)をとる動詞の受動形についても見ておこう。

  (太郎)が  (花子)に (数学)を  
 ーーーーーーーーーーーーーーーー
          教えます

 (花子)が  (太郎)に (数学)を  
 ーーーーーーーーーーーーーーーー
        教えられます

 ここで厄介なのは、「教えられる」という動詞が、「受身」だけではなく、「自発」「可能」「尊敬」の意味も兼ねているということである。だから、これはあまりおすすめできる日本文ではない。「られる」を次のように「もらう」や「できる」で言い換えるのが、賢明であろう。

(花子)が  (太郎)に (数学)を  
 ーーーーーーーーーーーーーーーー  (受身)
        教えてもらいます

(花子)が  (太郎)に (数学)を  
 ーーーーーーーーーーーーーーーー (可能)
      教えることができます

 もちろん、言葉は状況の中で発せられるのだから、おのずから意味が定まる場合もあろうが、国際的な観点からして、日本文がこのような多義性を持つということはどうであろうか。「受身」や「可能」についてはなるべく言い換えて、「られる」を「自発」や「尊敬」の意味に限定したほうがよいのではないか。

 英語の場合はこうした多義性はうまれない。「受身」はあくまで「受身」である。

 I teach her English.
(私が彼女に英語を教えた)

She is teached English by me.
(彼女が私に英語を教えられる)

 しかし、もっとも自然な英語はこうだろう。

 She learn English from me..
 (彼女は私から英語を学ぶ)

 つまり、受動形を避けて、別の単語の能動形を使うのである。そしてこうした言い換えは、日本語でもできないことはない。こうした言い換えの練習をする必要がある。

 教えられる(be teached)ー学ぶ(learn)
 与えられる(be given)ー受け取る(take、get)

 さて最後に、もうすこし複雑な文章の分析をしてみよう。次のような動詞が2個存在する複文はどうだろう。

 <私は兄が恋人に手紙を書いているのを見ました>

   私は ーーーーーーーーーーーーー|
                          |
   兄がーーー|              |ーーー見ました
   恋人にーー|−書いているのをー |
   手紙をーー|

 基本的には二階建てだが、一部中二階のような構造がつけくわえられている。動詞が増えるたびに、こうした中二階構造が付け加えられていく。

(今日の一首)

 田の道を老女ほほえみ腰まげて
 手押し車でやってくる


2007年01月15日(月) 日本語の構造(3)

 これまでの2回の議論をまとめておこう。文の成分をA,B,C、・・であらわすと、英文の場合は、先頭にS(主語)がきて、次のようになる。

 S A B C D E F

 英文の場合はこの語順には規則があり、自由に交換ができない。日本文の場合は最後にくるV(述語)のほかは、比較的自由に位置を交換することができる。

 A B C D E F V

 B A D F E C V

など、いろいろなバリエーションができる。これをまとめて次のように表す。

   A B C D E F 
  −−−−−−−−−−
         V

 つまり、日本文の姿を、述語を下部構造にもち、その上に補語群が並立する二階建と考えるわけだ。このモデルが日本語の実情を反映しているならば、私たちが日本語を学んだり、外国人に教えるのに役立つに違いない。とりあえずこのモデルによって、日本文のいくつかの基本文型について見てみよう。

1.<名詞文:〜です>

  (私)は
 ーーーーーー
  (教師)です

2.<形容詞文:〜しい>

  (花)が 
 ーーーーーー
  (美)しい

3.<形容動詞文:〜です>

   (風)が 
 ーーーーーーーー
  (さわやか)です

4.<存在文1:〜あります>

(机の上)に  (本)が 
 ーーーーーーーーー
     あります

(机の上)に  (新聞)が (畳ん)で
 ーーーーーーーーーーーーーーー
        あります

 ここで( )の中にいろいろな単語が入る。「ある」という動詞をテーブルに見立て、「に」と「が」という格助詞のお皿がいつも置かれていると考える。そのお皿の上に、名詞を入れるわけだ。皿はからっぽのままでもよい。

 つまり、「ある」という動詞が与えられたときは、テーブルの上に場所をあらわす「に」と、「主格」をあらわす「が」や「は」を補語の受け皿として置かなければならない。これは「ある」という動詞の「下から上への」圧力である。

 逆に、「机の上に本が」という上部構造が決まると、そこから下に圧力がかかる。そして「あります」という動詞が誘導される。このようにして上下の圧力(吸引力)によって文が統一される。日本文を「主語」中心というのが間違いであるのと同様に、単に「述語中心」とばかり強調しすぎるのもまちがいである。補語群によって動詞が誘導される働きは軽視できない。

5.<存在文2:〜います>

 (裏庭)に (犬)が 
 ーーーーーーーーー
     います

(裏庭)に (犬)が (寝転ん)で
 ーーーーーーーーーーーーーー
        います

「ある」は「生る」が原義だが、現代語では「存在する」といういう意味で使われる。「窓がある」「存在意義がある」など、おもに無生物や抽象的な存在について使われる。「いる」は「座る」が原義で、「そこにじっと逗留している」という意味がある。「イヌがいる」「人がいる」など、おもに生物や人間の存在について使われる。

6.<自動詞文:〜します、しています>

  (私)が (川)に
 ーーーーーーーーーー
     行きます

  方向・場所をあらわす<に>は<へ>で置き換わる。ただし、<川に行く>というのは、英語の<go to>で、確実に川に到達するという意味である。<川へ行く>の場合は、英語の<go for>の場合に近く、方向性のみを表している。<彼は川にいる>とは言うが、<彼は川へいる>とは言えない。

7.<他動詞文1:〜をします>

  (私)が  (あなた)を
 ーーーーーーーーーーーー
      愛します

8.<他動詞文2:〜に〜をします>

 (日曜日)に (喫茶店)で (私)が  (あなた)に (友人)を  
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
             紹介します

(日曜日)に (喫茶店)で (私)が  (あなた)を (友人)に  
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
             紹介します

 「あなたに紹介する」と「あなたを紹介する」の違いは微妙なので、また別に考察しよう。このほか、受動態や使役形など、さまざまな文型が考えられる。

(今日の一首)

 遠くより訪れしものあり夜もふけて
 文を読みつつ在りし日思ふ


2007年01月14日(日) 日本語の構造(2)

 英文の構造は、主語、動詞、目的語が直列に並んでいる。日本文の場合は土台に動詞があって、その上に各種の補語が並列にならんでいる。たとえば次の例文で見てみよう。

<I have a good idea.>

<I>−<have>−<a good idea>

 英文には日本文のように「助詞」がない。そのかわり、主語が先頭に来て、次が動詞、そのあとに目的語や補語というぐあいに順序がきまっている。そして、この順に時系列で意味を拾っていく。一方、日本文はどうだろうか。

<私によい考えがある>
                  −−−ー
      私に    −−−| あ  |
                  |     |
      よい考えがーーー| る  |
                  −−−−

  上の図は便宜的に横に倒してあるが、イメージ的としては、3個の直方体の積み木を思い浮かべてほしい。まず、横文字で「ある」と書かれた述語の積み木を土台として横に寝かせて置く。その上に「私に」「よい考えが」と縦に書かれた2つの積み木を垂直に柱のように立てるわけだ。これで日本文の基本的なイメージができあがる。

 縦に垂直にそびえる塔のような英文に対して、日本文は横にひろがる平屋で、実にすわりがよい。鎮守の森に囲まれた、素朴な社が想像される。ただこの社には屋根がない。屋根がほしい人は、「主格」を柱の位置からはずして、その上に主語と命名し、三角の屋根にして置こうとする。一見魅力的だが、あとに述べる理由によって、私はこれを採用しない。

 さて、英文が直列の縦構造になり、日本文が並列の横構造になる根本的な原因は、英文には「格」をあらわす助詞がなく、日本には「が、の、に、を、は」というテニヲハが存在することである。これが日本文にすわりのよいゆったりした横ひろがりの構えをゆるしている。この日本文の美点に注目したい。

 日本文では補語は並列的に置かれ、基本的には平等だが、しかし、そこにゆるやかな順序を認めることもできる。たとえば、補語の位置を入れ変えてみる。

<よい考えが、私にある>
                  −−−ー
      よい考えが−−−| あ  |
                  |    |
      私に   ーーー | る  |
                  −−−−

 この二つの文章には多少のニュアンスのちがいがある。
「だれか、よい考えがありますか」と聞かれたら、「私に・・・」と答えるだろう。
「あなたはどう思いますか」と聞かれたら、「よい考えが(私に)あります」と答えるだろう。

 私たちは一般的傾向として、補語の中でも価値のある新しい情報ほど前にならべようとする。こうして並列的ななかにもゆるやかな秩序が生まれ、文の含蓄をゆたかにする。こうした自由な離れ業は、「てにをは」を持たず、「主格」を先頭にして、直接目的語、間接目的語と、必然的に語順が決まる剛構造の英文ではむつかしい。

 なお、補語の順序については、「むかしむかし、あるところに」という具合に、日本文でもおおまかな傾向がないわけではない。一般につぎのような順序が考えられる。

 (土曜日)に (喫茶店)で (私)が (あなたを)を (彼)に 
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
                (紹介)します

 日本文の場合は必ずしも「主格」が重要とはかぎらない。むしろ多くの場合、主格は影がうすい。だから、しばしばしばしば省略される。「主格」を「主語」とよび、特別扱いして、柱の上に屋根として麗々しく飾ることは、実用的でないばかりか、日本文の「てにおは」のもつやわらかな美しさをも破壊することになる。だから、「主語」はいらないという主張に、私は賛成である。

 さて、三上章さんは、こうした考えを「象の鼻は長い」のなかで明確にのべている。「日本語の文法手段のうち、最も重要なのはテニオハです」と扉の言葉に書き、本文の中でも、次のように書いている。

<主語廃止論というのは、字づらから早合点すると、顕在、潜在の「ガ」をないがしろにするみたいですが、そうではありません。「Xが」は「Xヲ」「Xニ」などよりも相対的にずっと重要ですから、それを重視するのは当然であり、わたしもそのことに反対しているわけではありません。文法で行う論理的な訓練をかりにガノニヲ訓練と呼べば、先頭の「ガ」に大きな重さが与えられることはいうまでもありません。大切なことはそれを正しく重視することです。

「文は主語と述語との二部分からなる」というのは、ヨオロッパ語に固有の偏たりであって、日本語にあてはまりません。にもかかわらず、後進国根性いや堅く、主述関係というものをむやみともったいながる人が断然多数なのです。学会の保守層、教育界の大部分、一般知識階級を通じて何十万という頭数でしょう。圧倒的に多勢に無勢で、主語廃止論の前途は困難を極めています>

 正しく美しい日本文を書くために、ボキャブラリーも大切だが、文の構造についての論理的な理解も大切である。三上さんはそうした文法意識を身に着けるには、「てにおは」の訓練が最重要だという。じっさい、「象の鼻が長い」には多彩な文献から千を超える生きた文例が引用されている。これをすこし辛抱して読めば、「てにおは」によって、いかに日本語が自由自在で、奥の深いゆたかさを実現しているか、自ずから実感されるだろう。

(今日の一首)

 さびしさを求めて街をさすらひし
 若き日もあり詩人のように


2007年01月13日(土) 日本語の構造(1)

 文にはさまざなな単語が連続して並んでいる。しかし、ただ並んでいるわけではない。そこにある決まりがある。この決まりに従って並んでいるから、文が意味をもつわけだ。

人間は5歳くらいまでに、基本的な言葉は理解するようになる。そして、ことばがわかるということは単にボキャブラリーを増やすだけではいけない。ことばのしくみ(構造)についての理解が欠かせないわけだ。

(1) 単語の意味
(2) 文の構造(文法)

 この両者があいまって、文の理解が可能になる。もちろん、この両者はある意味で分かちがたく結びついている。単語の意味が確定するのは文の中に置かれたときであるし、また文の構造や意味を作り出すのも、個々の単語の共同作業だからだ。このことについて、次の文を例にとって考えてみよう。

<机の上に私の本があります。>

 まず、これを意味のまとまりから、3つの部分に分けよう。

<机の上に><私の本が><あります>

次に述語を取り出す。日本文では動詞が最後に置かれるきまりになっているので、述語が<あります>だということはすぐにわかる。述語がわかったところで、その上に、残りの2つの部分を並列に並べてみよう。

  <机の上に>ーーー
               |ーーー<あります>
  <私の本が>ーーー

 これで文章の構造がはっきりした。この文章は二階建てである。<私の本が>というのは「何が」という問いに対応しているので、これを「主格補語」もしくは「主格」とよぶ。そして「どこに」に対応しているのが<机の上に>である。これは「位置を表す補語」(位格補語、位格)である。

 この文章は2つの補語しかもたないが、一般には「誰が」「どこで」「誰に」「何を」「どのように」といういわゆる5W1Hの補語があって、これらが「述語」の上に並べられる。日本文の基本構造はこのようにとてもシンプルで、「補語ー述語」という二階建てで理解できてしまう。

 しかし、これは現在学校で教えられている内容と必ずしも一致していない。「学校文法」では「主語ー述部」を中心に考える。そして、さらに述部を補語と述語に分解していく。したがって、この方法では日本語の構造は二階建てに収まらない。三階建て、あるいはそれ以上に高層化することがおおい。

<私の本が>−<机の上に>ー<あります>

<主語>ー<補語1−補語2ー・・・>ー<述語>

 日本文を「主語ー述語」文として捕らえる方法は、明治時代にさかのぼる。おもに欧米語を参考にして、「SVO」などの文型を日本文にあてはめたものだ。しかし、これについて、三上章をはじめとする一部の学者から「日本語に主語は必要でない」という異論がでている。たとえば、亀井孝編「日本語の歴史7」にもこう書かれている。

<英語のような言語では、goは<I go>、<you go>、<he goes>等々のように必ず<主語>を顕示するが、日本語では、たんに「行く」だけでは十分なことが多い。ただ、あいまいさをさける必要が場合「私が」「アナタガ」が付加される。つまり、「私が」「アナタガ」はそれが省略されているのではなく、むしろ<補語>なのである。かくて日本語のカナメは<述部>にあるということになる>

 たしかに、日本語の特性にたてば、日本文は「補語ー述語」の二階建てになるのではないか。私もまたこのほうが「主語ー述語」文法よりも日本語の実情にあっていて、実践的でもあり、日本語の学習に大いに役立つように思われる。明日の日記では、三上章の名著「象の鼻は長い」を引用しながら、この点をもう少しくわしく述べてみよう。

(参考文献)
「象の鼻は長い」 三上章 くろしお出版

(今日の一句)

 真夜中に目を覚まして考える
 今もイラクで流血の悲鳴


2007年01月12日(金) 「A happy New Year」は間違いか

 昨日の日記で、「A happy New Year」について書いたところ、さっそく中学校で英語を教えてみえる rihoさんから、挨拶文では「A」を記すのは間違いだとのご指摘を受けた。いただいたメールを紹介しよう。

ーーーーーーーーーー

 今日の日記を読んで、

 A happy new year

についてどこかの番組でやっていたことを思い出しました。イーオンか何処かのネイティブの英語の先生がコメントしていたのですが・・・・結論から言うと年賀状に、

 A happy new year

 と記すのは間違いだそうです。朝誰かに会って、

 a good morning

 と言わないように、挨拶に冠詞をつけることは可笑しいことなのです。私は中学校で英語を教えていますが今まで考えたこともなかったことだったので目からうろこ状態でした。

 でも確かに中学校2年で扱っているニューホライズンの英語の教科書で「カードを書こう」というユニットがありますが、どこにも"a"はついていません。こういうことをきちんと教えられる英語講師でありたいものだと思います。

 では失礼します。

------------

 ご指摘、ありがとうございました。挨拶文では「A」は省くのが慣例のようですね。たしかに、「a good morning」とはいいません。たまたま私が手にした年賀状が間違っていたのかも知れません。ただし、次の文章は正しいようです。

 I wish you a happy new year.
(新しい年が、よきおとしでありますように)

 また、ぜひ、ご鞭撻などいただければ幸いです。

 I am very grateful to you for the kindness you showed me.

(参考)
「日常英会話を学びたい人のための英会話レッスン」
http://www.berlitz.co.jp/wm//05/1206.htm
より、引用。

ーーーーーーーー
 次にあげるように、祝日や特別な日の挨拶には Happy を使うのが一般的です。例えば、Happy New Year!(新年の挨拶)、Happy Valentine's Day!(バレンタインデー)、Happy anniversary!(結婚記念日)、などがあります。けれどもアメリカでは、クリスマスの挨拶は Happy Christmas! ではなく、Merry Christmas! と言います。

注意: 挨拶として単独で使う場合には “A” happy New Year! という言い方はしません。けれども、もっと長いフレーズの中では a をつける場合があります。例えば、Have a happy New Year! や Merry Christmas and a happy New Year! のように言うことがあります。来年の年賀状を書くときには気をつけてください!

ーーーーーーーーー
(今日の一首)

 びわの木で小鳥さえずり餌を食う
 小枝の先にはミカンやリンゴ

(妻が庭先の琵琶の木の枝にミカンを刺し、腐りかけのリンゴなど置いたので、小鳥がやってきて食べています。そのようすを、居間のガラス戸越に観察します。二羽のメジロがかわいい)


2007年01月11日(木) I am the teacher

 今年もらった年賀状のなかに、「A happy new year!」と英語で書いてあったものがあった。それを手にしながら、ここで使われている冠詞の「a」は何者だろうと考えた。完全な文の形でかんがえてみよう。

 I wish you a happy new year.
(新しい年が、よきおとしでありますように)

 もちろん日本語では英語の「a」に相当する単語はない。文法的には「a」は不定冠詞とよばれる。定冠詞「the」がひとつしかないものや1人しかいない人を表すのに対して、「a」はその名前の通り、たくさんあるなかのひとつや、誰か1人を表す。

 一般論からすると、「a year」は「たくさんあるなかのひとつの年」ということになる。しかし、これではなんとなくしっくりしない。これは文を整えるための形式的な使用だと考えれば気が楽だが、文頭にある「a」にはもっと強いメッセージがあってよい。

 そこで考えたのが、「a」のもつ「まるごとひとつ」という意味である。これは「一年間まるごと」という意味ではないかと考えた。だから、「A happy new year!」は「1月1日から12月31日まで、1年間まるごとが幸福でありますように」というずいぶん欲の深いお願いなのだ。

 だから「A happy new year!」は、「明けましておめでとう」とはまったく意味が違う。たんに「新しい年を迎えておめでとう」と言っているわけではない。今後1年間が幸せであるようにと祈っている。その雄大な気持がこの文頭の「a」にこめられているわけだ。これがわかると、これまで何でもなかった「a」が大きく感じられる。そして文章が生き生きしてくる。

 日本人にとって、単数・複数に加えて、この冠詞「a、the」がむつかしい。日本人が英語を口にできない大きな理由がここにある。「みかんが好きです」という文章を口にするのでさえ、「a orange」にするか「oranges」と複数形にするかを迷う。「A happy new year!」も「Happy new year!」や「The happy new year!」ではないのかと迷うだろう。こんなことを考えていたら何もいえなくなってしまう。

(1) I am a teacher.
    (私は先生です)

(2 )I am the teacher.
   (私が先生です)

 外国人に日本語の「は」と「が」の意味の違いを説明するのは難しいが、これはおおよそ「a」と「the」の意味の違いに対応している。「は」の場合には「a」を使い、「が」の場合は「the」を使えばよいわけだ。

 もちろん言葉は使われる状況の中で意味が決まる。状況しだいでは、(1)、(2)の例文を次のように訳することもできる。

(1) I am a teacher.
    (私はどこにでもいる教師の一人です)

(2 )I am the teacher.
   (私こそが教師です。教師の鑑です)

 さて、私も「I am the teacher.」と生徒や保護者の前で胸を張ってみたいが、「You are a teacher.」と言い返されていまいそうだ。

(今日の一首)

 ゆるやかに日が長くなるありがたさ
 寒き中にもしのびよる春


2007年01月10日(水) I like melon.

 私たちが英語を勉強しはじめて、まずぶつかる壁が、「単数か複数か」や冠詞(a,the)の問題だ。とくに、名詞の単・複形の問題は日本語に名詞の複数形がないからよけいに厄介だ。たとえば、「オレンジが好きです」は英語でどういえばいいのか。つぎの4つの選択肢から選んでみよう。

(1) I like a orange.
(2) I like oranges.
(3) I like the orange.
(4) I like orange.

 答えは(2) I like oranges.

それでは「オレンジ」ではなく、「メロン」だったらどうだろう。

(1) I like a melon.
(2) I like melons.
(3) I like the melon.
(4) I like melon.

 答えは(4) I like melon.

 意外なことに、オレンジとメロンで答えが違っている。なぜ、メロンだと単数形を使うのか。学校で教えられた文法によれば、こういうとき、「数えられる名詞は複数形、数えられない名詞は単数のまま」とあったはずだ。

 I like apples.
 I like dogs.
 I like tea.
 I like baseball.

リンゴや犬は可算名詞だから複数形にする。お茶や野球はそうでないから、原型のまま用いる。これでいいはずだ。この文法規則を適用すれば、メロンは一個、二個と数えられるので、当然複数形だ。しかし、メロンやスイカ、ピザなどはネイティブは単数形を使っている。

 I like watermelon
 I like pizza

 なぜ単数形のか。それは複数形にすると、「私はたくさんのメロンを食べるのが好きです」という意味になってしまうからだ。オレンジやリンゴならこれでよいが、メロンやスイカは大きいのでそんなにたくさんは食べられない。そこで複数個食べきれないときには、単数形をつかうわけだ。もちろん他の表現も使っていけないわけではない。ただし意味が違ってくる。

(1) I like a melon.(メロンを1個まるごと食べるのが好きです)
(2) I like melons.(たくさんの(いろいろな種類の)メロンを食べるのが好きです)
(3) I like the melon.(そのメロンを食べるのが好きです)
(4) I like melon(メロンが好きです)

 このように英語では(1)〜(4)をその状況に応じてが使えわける。ついでに犬の場合も見ておこう。

(1) I like a dog.(たとえばペット店で、私は犬を一匹ほしい)
(2) I like dogs.(いろいろな犬が好きだ)
(3) I like the dog.(その犬が好きだ)
(4) I like dog.(私は犬の肉を食べるのが好きだ)

 ついでに、数えられない名詞の場合もみておこう。たとえば、ケーキ(cake)や水の場合だ。

(1) I like a cake.(1個のケーキがすきだ。ふつうは a piece of を使う)
(2) I like cakes.(いろいろな種類のケーキが好きだ)
(3) I like the cake.(その種類のケーキがすきだ)
(4) I like cake.(ケーキを食べるのが好きだ)

(1) I like a water.(1杯の水を飲むのが好きだ。ふつうは a glass of などを使う)
(2) I like waters.(いろいろな種類の水が好きだ)
(3) I like the water.(その種類の水がすきだ)
(4) I like water.(水が好きだ)

 私はダイアモンドが好きだというのは、

 I like diamond.

 私はダイアモンドを身に着けるのが好きだというのは、

 I like diamonds.

 このように、英語は単数形、複数形でいろいろな意味を使い分けている。たんに「単数」「複数」だけの問題ではない。[s」があるかないかだけで、意味がずいぶん違ってしまう。こうした英語の発想を理解することが大切だ。私たち日本人は「数えられる名詞」と「数えれない名詞」と分類して覚えているが、じつのところ、ほんとうの英語にはそのような区別はない。

「数えられない名詞」も状況によっては複数形になる。大切なことは、「意味で考えて、複数だと思ったら複数形を選ぶ」ということだ。「可算か不可算」にこだわる必要はない。

 I like chocolates.

 これは複数形にしたから間違いだと決め付けてはいけない。いろいろな種類のチョコレートを食べ比べてみるのが好きなのかも知れないし、それを収集したり、飾っておくことが好きなのかもしれない。あるいは、小さく包んであるチョコレートをたくさん食べるのが好きなのかもしれない。

 杓子定規に文法の規則で判断するのではなく、もうすこし柔軟に考えて、こうしたいろいろな場面が頭の中にイメージとしてうかぶようになれば語学もたのしくなる。文法があって「ことば」があるのではない。「ことば」があって文法があるのだ。これは日本語の学習の場合もおなじである。

(参考文献)
「目が英語を覚えてしまう本」 長沢寿夫 明日香出版

(今日の一首)

 正月にたらふく食べた同僚が
 われをうらやむわれは微笑む


2007年01月09日(火) 英語上達の秘訣

 日本人は英語が苦手だという。何年間学校で英語を習っても、片言の英語も口にできない。その理由の一つには学校教育の不備ということがある。少人数にしてもっと実践的な授業をしなければならない。教師ひとりにつき、8人以下がのぞましい。実際、私が学んだセブの英語学校は最大で8人クラスだった。

 しかし、日本人の場合、少人数にしてトレーニングを多くしても、なかなか上達しない。セブでも日本人学生どうしの会話を聞いていると、やはり「英語はむつかしい」という話題になる。私自身もせっかくマンツーマンでネイティヴと会話する機会に恵まれながら、そのチャンスを生かしきれず、歯がゆい思いをした。日本語を思うように英語に変換できないのだ。

 カナダに20年間滞在し、大学で日本語教育に携わってきた金谷武洋さんは、奥さんがフランス人ということもあって、英語と日本語とフランス語をそれぞれ1/3ずつ使う毎日だという。その彼が「日本語文法の謎を解く」のなかで、英語上達の秘訣をこう書いている。

<日本語に強い「ある言語」志向を、意図的に「する言語」志向へと、大胆に発想を転換させることが英語力アップの最大の秘訣である。(略)「物は試し」だ。行為者を表示する人称代名詞(I、You、It、We、He、She、They)をちりばめ、他動詞を多用し、話している相手の名前を文のあちこちに放り込みながら、頭蓋骨に共鳴させたよく透る声で話してみよう。自分が別人になったような気がするに違いない。流暢に外国語を話すとは、そういうことなのだ>

 金谷さんは英語は他動詞中心の「する言語」であり、日本語は自動詞中心の「ある言語」だという。また他動詞の場合でも、日本語と英語ではそのありかたに違いがある。たとえば「あなたが好きだ」(I like you)という日本文は、他動詞でさえも「すきで・ある」(好きという状態にある)と分解できて、じつのところその実態は自動詞である。みかけは「SVO」の行為文であっても、その本質は「存在文(ある言語)なわけだ。

 つまり、日本語にはそもそもものごとを「何ものかの行為の結果」とみる他動詞的発想が欠けている。だから私たち日本人が英語を話そうと思ったら、私たちがふだん親しんでいる「何なにである」という存在文を、ほとんどなじみのない行為文に変えなければならない。これは生半可なことではできない。大胆に発想を転換する必要がある。反対にこれができれば、英語が話せるようになるわけだ。

 もちろん、発想の転換は、欧米人が日本語を学ぶときにも必要だろう。幕末の日本に滞在した初代の駐日イギリス公使オールコックは冷静な教養人としてしられる。その彼が日本滞在記「大君の都」にこう書いている。

<ここではすべてのことが奇妙にも逆転する。さか立ちせずに足で歩くことを除けば、ある神秘的な法則によって、まったく正反対の方向へと、逆転された秩序に駆り立てられているようだ>

 ラデイオカオ・ハーンはむしろこうした日本をこよなく愛した。彼は東大で学生に英語を講じながら、日本の学生はイギリス社会を描いた小説を本当には理解できず、「広く西洋の生活全般が日本人には謎」なのだと考えていたという。謎は現代の日本人にも残されている。

 This room has two windows.
(この部屋には窓がふたつあります)

 何事をも「行為文」として表そうとする英語もまたひとつの「謎」であろう。日本人とって英語の世界は「まったく正反対の方向へと逆転された秩序」のようでもある。英語がわかるということは、この逆立ちした秩序の住人になるということなのだとしたら、ちょっと怖い。

(今日の一首)

 あたたかきふとんのなかであれこれと
 思うひととき寒き日もよし


2007年01月08日(月) 愛するということ

 もう30年以上、万葉集に親しんでいる。この日記でも万葉集の歌については折に触れて書いてきたし、人にも「ぜひ、読んでごらん」とすすめる。それは「万葉集こそ日本の宝だ」という思いがあるからだ。

 万葉集は「愛の歌集」だといわれる。友人への愛、兄弟への愛、恋人への愛、そして自然への愛、すべてを「愛情」の対象にする健やかで、おおらかな世界がそこに広がっている。もう、1千数百年も前の人たちの歌だというのに、その思いは私の心に生き生きと届く。そして私の心を暖めてくれる。

 ところで、万葉集で人々はどのように「愛」をうたっているのか。じつのところ、「愛している」とか「好きだ」という言葉はほとんど使わない。それでは自分の愛情をどう表現するのか。

 来むといふも 来ぬ時あるを 来じというを
 来むとは待たじ 来じといふものを    (巻4−527)

(来ると言っても来ないときがあるんだもの、来ないと言っているんだから、来るだろうなと期待して待つのはよそう。だってあなたは来ないと言っているんだもの)

 女は男に来てほしいと思っている。男がとても好きなのだ。しかし、一言も「来てほしい」「あなたが好きだ」とはいわない。ただこういう歌を送り届けて、自分の置かれている状況や思いを具体的に述べる。それで女の愛情は伝わる。

 君が行く 海辺の宿に 霧立たば
 吾が立ち嘆く 息と知りませ    (巻15−3580)

 夫は妻を家に残して、長い異国への旅に出かける。その夫に妻が与えた歌である。海辺の宿に霧が立ったら、それは私が
家であなたの身の上を心配して嘆いている息ですよ。そう思って、私のことを思い出してくださいね。ここにも「愛している」という言葉はない。しかし、夫をいとしく思う心は十分に伝わる。それゆえに、夫もまた、旅先でこんな歌を詠んで、遠く離れた妻をしのぶのだ。

 わがゆゑに 妹嘆くらし 風早の
 浦の沖辺に 霧たなびけり     (巻15−3615)

(妻が私の身の上を案じて嘆いているようだ。風早の沖辺に霧がたなびいている)

 このように、万葉集の歌は「好きだ」「愛している」という言葉をつかうかわりに、その思いを別の形であらわそうとする。「自分はもう死んでしまいそうだ」という常套的な表現もみられるが、少なくとも口先だけで「愛している」とは言わない。愛している自分の行動や感情をもっと具体的に表現することで、もっと豊かに自分の思いを届けようとしている。

 信濃なる 千曲の川の 細石も
 君し踏みてば 玉と拾はむ    (巻14−3400)

 女は河原で男が踏んでいった石を拾い上げる。その石を宝物として持っていたいというのだ。この歌にも、「愛している」という言葉は見当たらない。ただその愛情を「石を拾う」という具体的な行為として描いている。そのイメージが具象的であるだけ、そこにこめられた女の愛情がより深く美しく表現されている。

(参考文献)
「万葉の人々」 犬養孝 新潮文庫


2007年01月07日(日) 自然と人間

 人間は自然の中で生きている。しかし、その実感はますます薄れてきてる。とくに都会生活者は、自然を目にすることが少なくなった。道路や建物は自然ではない。人工物である。日本庭園も自然とはいいがたい。どれほど自然のように装っていても、やはり人工的な自然である。

 こう書いてきて、そもそも「自然」とは何かという疑問が起こった。それは普通に考えれば、森や川や海であり、そこに住んでいる様々な生き物である。これが現代の日本人が感じる「自然」というものの概念だろう。つまり、簡潔に言えば、「人間」をのぞくすべての森羅万象である。

「自然」という言葉は、じつのところ明治時代になって生まれた言葉だ。その出所は英語の「nature」である。そして英語の「自然(nature)」は「人間(human beings)」に対立する概念である。私たち日本人は明治より前には、この言葉を知らなかった。そして、言葉を知らなかったということは、そうした意識をもっていなかったということである。

 つまり、自然を人間に対立する存在として考える習慣がなかった。むしろ、人間もまた、馬や牛がそうであるように、自然界の一部だった。人間そのものが生物の一員であり、そして死ねば、ときには他の生物に生まれ変わることもあると考えられた。

 つまり昔の日本人にとって、すべてが自然なわけである。そしてすべてが自然なとき、「自然」という言葉も生まれようがない。言葉は「差異」や「対立」の中から生まれる。「全体」という言葉は「部分」の裏返しである。「自然」もまた「人間」という概念と対になって生み出されたわけだ。

 私たちはすでに「自然」という言葉を知っている。ということは、こうした言葉の枠組みで世界を眺めているわけだ。つまり、自然を人間に対立する存在として感じ、人間を自然に対立する存在として感じている。私たちが「自然」という言葉を口にするとき、すでに私たちはそうした認識のスキームのなかにいるわけだ。

 しかし、「自然」という言葉を持たなかった少し前までの日本人は、こうした認識のスキームからは自由であり、ずいぶん違ったふうに世界を眺めていたはずである。それがどのようなものであるか、現代人である私たちは正確に知ることはできないが、それでもまったく想像できないわけではない。

 日本人は西洋生まれの「自然」という言葉を使い出して、まだ日があさい。たかだか100年ばかりのことである。私たちの中には、人間をも自然の一部と見る認識や感覚がうもれている。そして、何かの折に、その感性がよみがえってくる。それは私たちを、いまだ人間が自然と対立していなかった世界へといざなう。

<今日ではすべてが過去に沈んでしまった。そして私は秋になってしめやかな日に庭の木犀の匂いを書斎の窓で嗅ぐのを好むようになった。私はただひとりでしみじみと嗅ぐ。そうすると私は遠いところに運ばれてしまう。私が生まれたよりももっと遠いところへ>

 これは哲学者である九鬼周造の随筆の一節である。私には彼のこの文章がよくわかる。散歩をしていると、風のそよぎや、小鳥の鳴き声、草花の匂いを嗅ぐ。そのとき、それらが私を「遠いところ」へ運び去るのだ。そのとき私に何が起こっているのか、説明はむつかしい。ただ、「自然と人間」といった現代人の認識の病から、わずかばかり自由になっている。

(今日の一首)

 庭の木をゆする風さえなつかしく
 思いいでたり佳き人のこと


2007年01月06日(土) 英語耳を鍛えるために

 昨日はtenseiさんとランチを食べながら、「日本語に主語はいらない」というテーマを中心にして、いろいろと話をした。私たちは去年の暮れから、この問題で盛り上がっている。「橋本裕の独り言」が「独り言」でなくなっている。これは「対話好き」「議論好き」の私にとってたいへんうれしいことだ。

 tenseiさんは「国語科」の先生で、もう20年以上も高校生を相手に、古典や現代文を教えている。「文法」はおてのものだし、それにフランス語もできる。「ことば」の問題に関しては、教育実践をとおして積み上げてきた実績がある。だから、「日本語に主語はいらない」ということについて、一定の評価をしながらも、「ほんとうにそうかな?」と慎重な姿勢を崩さない。友好的ななかにも、「何が真実か」ということについては妥協しない。

 そんな彼と会話しながら、いろいろ教えられ、考えさせられた。たとえば、「英語の文章は音節の関係で、短く発音できる」という指摘にはなるほどとうなずいた。

「私はあなたが好きです」(ワタシハ、アナタガ、スキデス)は12音節もあるから発音するには6秒ほどかかる。しかし、「I love you.」はたった3音節だ。ネイティブだったら、これを「アラヴュ」とひと塊に発音するだろう。日本語で「ワタシガ」と3音節言っている間に、英語はもう文章が終わっている。

 日本語の場合、こうした母音中心の発声なので、シラブルが多くなり、「主語」や「目的語」が省略されがちになるのではないかという指摘だった。そうした発声面のことは頭になかったので、「なるほど」と納得した。英語は文章に書くと長くなるが、発音すると実に短く感じる。だから英語を聞き取ろうと思ったら、よほど「耳」を鍛えなければならない。

 耳をきたえるには、アメリカのテレビドラマを見るのがいい。さいわいtenseiさんがアメリカの人気ドラマシリーズ「24」のDVDを貸してくれた。全12巻で24時間分の大作である。家に帰って、さっそくこれを見始めた。面白くてやめられない。夜中の12時近くまで、5巻(10時間分)まで見た。おかげで今朝は寝不足である。さて、「英語耳」は鍛えられだろうか。

(今日の一首)

 雨音にやさしきこころ誘われて
 ほのぼの思ふ母のことなど

(今日は朝から雨である。午後にはあがりそうなので、散歩は午後にまわすことにしよう。こうして木の葉や屋根のひさしや路上に落ちる雨音に耳を傾けていると、こころがやさしくほどけて行って、どこか遠い世界へ誘われるようだ)


2007年01月05日(金) 自然中心の日本語

 書店へ行くと、日本語教師の書いた日本語に関する本が目につく。金谷武洋さんの「日本語に主語はいらない」(講談社選書メチエ)、「日本語文法の謎を解く」(ちくま新書)や森本順子さんの「日本語の謎を探る」(ちくま新書)などだ。外国で外国人を相手に日本語を教えていると、外国語との対照で、日本語のしくみがよく見えてくるようだ。

 エッフェル塔に登ると、パリの街がよく見える。しかし、一ヶ所だけ見えないものがあるという。それはエッフェル塔だそうだ。おなじように私たち日本人は日本語を使って世界を見ている。しかし、日本語そのものを意識することはあまりない。

 自分の顔を見るためには鏡を使わなければならない。日本語を知るためにも、日本語のなかだけで考えていてはだめで、たとえば英語という外国語の鏡を使う必要がある。比較対照することで、その違いがくっきりと浮かびあがる。

 金谷さんはカナダのモントリオール大学でカナダ人学生に日本語を教えながら、ずいぶん苦労をしたようだ。ふつうは「文法」が理解できれば、それなりの文章がかけるはずだが、こと「日本語文法」に関しては日本語をマスターする助けにならない。

 金谷さんはその原因が、日本語文法は実は「英文法」の焼き写しにしか過ぎないからだという。明治時代に英文法をお手本にして「日本文法」なるものを作り上げた。しかし、それは英語を勉強するための文法で、日本語のためではない。そこで日本語の現実に即した日本語文法は何かということを考え始めたのだという。

 金谷さんによれば、日本語の特質は「主語がないこと」だという。英語には必ず主語が必要である。しかし、日本語はほとんど使わない。なぜそうなるのかといえば、英語は他動詞中心の「する言語」であり、日本語は自動詞中心の「である言語」だからだという。「誰々が何々をする」というのが英語文の基本で、「何々は何々である」というのが、日本文の基本なわけだ。

 I like movies. (「I」が主語)
 映画が好きです。 (「映画」が主格補語。主語はない)

 人間中心の英語の場合、「主語」や人称代名詞が大切である。これに対して、日本語は「述語中心」で「主語」や「人称代名詞」は存在感がない。それは英語を直訳した文章がどれほど日本人に読みにくいかでもわかる。( )で普通の日本語を示しておく。

 「僕の父は僕の母に、彼女が僕と僕の父を彼女の車で送ることを断った」
 (ママは車で送ってくれると言ったが、パパは断った)

 こうした英語と日本語との性格の違いは何に由来するのだろう。金谷さんはそれは英語が「人間中心の発想や世界観」に支えられているのに対し、日本語は「自然中心の発想や世界観」に支えられているからだろうという。英語を話す人は「人間が何かをなす」というところに価値を置く。これに対して、日本人は「ありのままの自然」を尊重するわけだ。だから存在の動詞「ある」をつけることで、尊敬表現も可能になる。

 先生がおはなしになる。(「なる」には「ある」がふくまれている)
 先生がいらっしゃる。(「しゃる」に「ある」がふくまれている)

 欧米では町の名前や通りに人の名前がついている。たとえばエッフェル塔もアレクサンドル・ギュスターヴ・エッフェルという人名からきている。エッフェル塔を設計した技師だといわれているが、じつはこれを建設したエッフェル社の代表らしい。このように欧米や、欧米の植民地だった国では、公共的な建築物や施設に人名をつける。カーネギー大学やケネディ空港など、あげればきりがない。

 さらには、山や川など自然物にさえ人の名前をつける。たとえば、ビクトリアやバンクーバーなど人名がそのまま地名になっている。カナダでも重要人物がなくなると、数日後にはその名前をどこに残すかが国会で話題になるという。カナダで一番高い山は、ピエール・エイリオット・トリュード・マウンテン(標高5959m)というが、これは2000年9月になくなったカナダ首相のフルネームだ。

 この山はそれまでマウント・ローガンと呼ばれていた。ちなみにローガンさんはカナダ地質学会の初代会長だった人だという。ローガン山がトリュード山に改名されると同時に、また別の山がローガン山と改名された。こうしてところてん式に山の名前が次々と変わる。こうしたことは欧米ではあたりまえだ。ロシアに行けばレーニン山があるし、エリティン山まである。

 こうした事態は日本では考えられない。国会決議で「富士山を吉田茂山する」と決めたら、日本国民はあきれるだろう。日本では山に個人名がつけられることはない。「自然はつねに人間より大きく偉大だ」という感性や思想があるからだ。そればかりではなく、日本人は町の名前や通りにも個人名をつけたりしない。「する」ことよりも「ある」こと、「行為」よりも「存在」を尊ぶ伝統が根強い。こうした伝統や文化が、日本語を培い、また日本語によって培われてきたわけだ。

(今日の一首)

 めでたしや病の癒えた母の声
 よろこび満ちて受話器に響く

(今日の短歌が書けずに困っていたら、夜の9時をすぎて、母から電話がかかってきた。今日、退院したとのことである。いつものような元気な声が聴けてうれしかった。おかげで、たちまち一首できた)


2007年01月04日(木) 正月の恒例行事

 正月3日間が終わった。3日目の昨日は、じつにおだやかな快晴だった。木曽川の河原まで散歩の足をのばして、川の流れを眺めたり、ススキの原を眺めたりした。上空を鳶が舞っていた。妻がすでに河原に来て、餌をやったあとのようだった。一足違いで、妻の姿はみえなかった。

 そのあと、帰ってきた次女をのせて、妻の運転で、名古屋にある妻の実家に年始の挨拶に行った。途中、長女のアパートによって、彼女を拾った。長女は夜勤明けで眠そうだった。後部座席に私と並んで座ると、すぐに眠り始めた。4日連続の勤務だったが、病院の事情で、もう一日伸びて、翌日も勤務しなければならなくなったという。看護婦というのは大変な仕事だと思った。

 隣で眠っている長女を見ているうちに、私も睡魔に襲われてうつらうつらした。気がついたときに庄内川の堤防を走っていた。毎年正月にはこの河原に来て鳥たちにパンくずをやるのが我が家の恒例だった。伊勢物語で有名な都鳥(ユリカモメ)がたくさんいた。パンの切れ端を空中に投げ上げると、何十羽もが頭上を乱舞する。壮観な眺めだった。

 名にし負はばいざこと問はむ都鳥
 わが思ふ人はありやなしやと

 ところが、最近その数が少なくなった。今年はほとんどその姿を見かけない。正月の恒例行事も去年までということになった。こうして自然が少なくなり、生き物の種類がどんどん減って行くのを身近に見るのは、人間にとってのオアシスもなくなっていくようで、とってもさびしいものだ。

 妻の実家には昼ごろについた。この日は毎年すき焼きをすることになっている。用意ができるあいだ、義父が昭和7年に発刊された古い雑誌を見せてくれた。広告や漫画もあって、その時代の匂いを感じさせてくれる。アメリカに留学している高松宮殿下のエピソードや、そのころの実業界や市井の様子もうかがえて面白かった。

 義母は公園の近くの廃屋に棲んでいる子猫のことを気にしていた。散歩の途中餌をやっているらしい。できたら家に引き取りたいのだという。じつは先日、義母と妻はその公園へ猫をつかまえに行ったらしい。餌をやったあと捕まえようとしたら、子猫が死にもの狂いで暴れだし、妻は軍手をしていたにもかかわらず、何ヶ所も傷を負った。妻はもう猫を捕まえるのはこりごりだという。

「そんな猫、捕まえてきても、懐きはせんよ」と義父がいうが、「そんでも、かわいそうだし、とってもかわいいんだから」と義母はまだその野良猫に愛着があるらしい。義父は「猫が欲しいのならペットショップで買ったら」といい、娘たちは「保健所に行って処分前の捨て猫をもらったら」いうが、義母は毎日餌をやっていたその子猫が欲しいのだという。しかし、捕獲に失敗してからは、その子猫はさらに用心深くなった。もう捕獲するのは無理かもしれない。

 義母は今年80歳になる。義父も84歳だ。それでも毎週3日間、自宅で木彫り教室を開いている。そして毎年、名古屋市博物館で「木彫り展」を開いている。好きなことがあると、気分に張りができて、いつまでも元気でいられるのだろう。

 私が最近お邪魔するようになった掲示板がある。「日々の賀状」(A HAPPY NEW DAY)という名前だ。毎日が新しい日々であり、「あけましておめでとう」だと言う。こうした気持ちで生きることができれば、人間いくらでも幸せになれる。ちなみにこの素敵な掲示板の管理人は、私に「幸福になるための5つの秘訣」を教えてくれたkeizoさんである。他にもこんな「5つの秘訣」を教えてもらった。

 かっかせず(冷静)
 気にもせず(楽天)
 苦にもせず(忍耐)
 怪我もせず(慎重)
 懲りもせず(不屈)


 はじしのび(忍辱心)
 ひとりたち(独立心)
 ふりむかず(向上心)
 へいぜんと(平常心)
 ほがらかに(明朗心)

http://8105.teacup.com/happynewday/bbs

(今日の一首)

 凧あげてパン屑やりしユリカモメ
 庄内川もさびしくなりぬ


2007年01月03日(水) かわいい山雀たち

 元旦の夜、二人の娘が自らのねぐらに帰って行った。看護婦の長女は12月30日から1月2日まで休みがないという。元旦の日も夜勤があけて家に来たのは10時過ぎだった。「2日は朝7時半までに病院い入らなくちゃ」と言って、元旦の夜にいそいそと帰って行った。

 去年までは正月の勤務には特別手当がついたが、今年からこれも廃止されたようだ。長女は県立病院に勤めているので私と同じ公務員だが、私より少ない給料で、どうみても私の4〜5倍は働いている。すこしかわいそうな気がしたが、若いから勤まるのだろう。本人は「疲れた、疲れた」と言いながら、仕事にやりがいを感じていて、意外と楽しそうだ。

 次女は2日は馬術部の初練習があるという。そのあと歴代の監督やコーチ、OBも交えて「慰安会」をするらしい。次女は3年生のときは部長をしていたが、4年生になって役がなくなり楽になった。後輩の部員から「慰安会の会費忘れないでください」とメールが入ったと言って苦笑していた。次女も元旦の夜に、大学の寮に帰った。

 というわけで、昨日は一日中、妻とふたりきりになった。二人して食べてばかりいるとまた太りそうである。少しお天気が心配だったが、岐阜にある金華山に登ることにした。自宅を出て、車で30分も走れば山のふもとに着く。近くに手ごろな山があるのでたすかる。

 途中で山雀(ヤマガラ)にピーナツなつをやりながら、片道1時間ほどかけてお城のある山頂にのぼった。ダイエットで体重を落とし、毎朝散歩もしているので、このくらいの山登りはそれほど苦ではない。少し汗ばんだ肌に、山頂の寒風がちょうど快い。そこにたくさんの小鳥があつまっていた。

 手のひらにピーナツをのせると、次々とヤマガラがやってきて、小首をかしげてピーナツをくわえ、それから飛び立っていく。その様子がなんとも可愛い。金華山のヤマガラは人を恐れない。手のひらにピーナツがなくなると、近くの枝先に止まって、催促顔で私たちを見ている。

 雀もたくさんいたが、人間を警戒して、私たちの手のひらに止まったりしない。それでもピーナツを投げてやると、あらそって食べる。他に頬の白いシジュウカラがいた。このシジュウカラが一度だけ、妻の手のひらからピーナツをとって行った。金華山の山頂へ何度もきているが、これは初めてのことだ。よほど腹が減っていたのかも知れない。この小鳥にとっては、勇気を要する大決心だったことだろう。

 山を下る途中で、2匹のリスに出会った。ピーナツを投げてやったが、振り向きもせず逃げて行った。リスも以前はもっとたくさんいて人懐っこかったが、最近は数も少なくなり、人間を警戒するようになったようだ。少し淋しかった。

 「山が痛むので、決められたコースを歩いてください」とあちこちに標識が出ている。その標識の横を、近道をして登っていく3人の高校生らしい男子がいた。木の根、草の根が無残に踏みつけられていく。妻が大きな声を出した。

「山が荒れるって書いてあるでしょう。あなたたち、日本語が読めないの」

 それでも3人は悪びれずに近道をする。「あんまりいうと、刺されるかもしれないわね」と妻もあきらめ顔だ。無法者を見て、何も声を出さなかった私は、すこし反省した。「山にはたくさんの生き物が棲んでいるのだよ。山は君たちだけのものじゃないんだからね」と、本当はこんな風に声をかけてやりたかった。

 帰り道でもヤマガラが餌を求めてやってきた。近くの枝に止まって、「ジージー」と鳴いて催促し、手のひらからピーナツをとると、「ありがとう」という風に「ちっ、ちっ、ちっ」と鳴き声を変えて飛んでいく。私たちはまた少し心がほがらかになった。

(今日の一首)

 てのひらのピーナツくわえたヤマガラは
 われをみつめてかわいげに鳴く


2007年01月02日(火) 幸福になる5つの秘訣

 数年前から年賀状を書かなくなった。そのおかげで、年の暮れがずいぶんノンビリできるようになった。のんびりできるだけではなく、お金の出費も少なくなった。楽ができて、しかもお金が浮くのだから、こんないいことはない。もっともこうして浮いたお金はすべて寄付することにしている。今回も、ユニセフと赤十字と「ペシャワールの会」に、あわせて1万5千円ほど寄付した。おかげで心がいくらか軽くなった。

 年賀状を廃止したが、毎年年賀状を下さる方がいる。その中の一人は山形県に住むKさんだ。20年ほど前に、私は国語科の免状をとるべく、仏教大学の通信教育を受けていた。そのとき、同じ国文科のKさんと、スクーリングでいつも同席をした。そのころ私は30代の後半で、Kさんは結婚したばかりの人妻だった。

 私は彼女と一緒に、伊勢物語を読み、現代詩の講義を受けた。その講義のすばらしかったこと。「ああ、僕もこんなすばらしい授業をしてみたい」と胸を弾ませたものだった。講義が終わった後、彼女と、「いい授業だったね」と感想を交わしあった。これでよけいに学校が楽しくなった。

 夏のスクーリングは2年間続いた。翌年も京都でKさんと一緒になり、教室で並んで授業を受けた。私は数学の教師をしていたが文学大好き人間である。そのころはせっせと短編小説を同人誌に発表していたので、小説の話もした。彼女はいつもほほえみながらきいてくれたが、内心ではずいぶん風変わりな人だと思っていただろう。それでも特に私を男として警戒するでもなく、少し年の離れた友人として自然に接してくれた。これがうれしかった。

 Kさんとはその後、一度もあっていない。それでも、毎年年賀状が来る。二人の子供に恵まれ、幸せな結婚生活をしていることが文面からもうかがえる。今年の年賀状によると、観光関係の仕事で海外の担当をしているらしい。きっと、充実した毎日を過ごしてみえることだろう。

 というふうに、元旦の午前中はいただいた年賀状に一枚一枚に目を通しながら、いろいろと考え事をし、そしてあらかじめ用意しておいた用紙にやおら返信をかく。こちらから賀状を出さなくなって久しいのに、毎年20人近くの人から、こうした心のこもった賀状をいただくのは、ほんとうにありがたいことだ。

 昨日は返信を書いている途中に、「初詣にいくわよ」と妻の声がかかった。そこで、妻と娘二人と私で近くの中島神社に恒例の初詣をした。毎日散歩でその前を通っている小さな郷社である。お賽銭をあげてから、「今年は次女も社会人になります。ありがとうございました」と感謝の祈りをささげた。

 このあと家族と4人でカラオケに行き、4時間近く、大いに歌った。森進一の「襟裳岬」や八代亜紀の「なみだ恋」、谷村新司の「昴」などを久しぶりに熱唱した。

 何人かの友人から、メールの賀状もいただいた。その中のお一人から「幸福になる5つの秘訣」を教えていただいた。おおいに共感し、納得した。ここに引用させていただこう。

 ありがとう(感謝)
 いいですね(肯定)
 うれしいな(随喜)
 えらいなあ(尊敬)
 おもしろい(好奇)

(今日の一首)

 なにゆえにお神酒はうまししみじみと
 ありがたきかないのちあること


2007年01月01日(月) 今年の抱負

 昔の元旦の日記を読むと、しばしば「今年の抱負」について書いてある。たとえ書いてなくても、「今年はこんなことをしよう」と考えていたようだ。毎年、何か一つは新しいことをしたいという思いが私のなかにある。元旦のあらたまった思いが、昔からそんなふうに私を誘うらしい。

 去年は「ネットで株取引」というのが、あたらしい経験だった。その顛末は「橋本裕の株式入門」に書いた。証券会社を選び、書類を取り寄せ、これを書いて提出。そして送られてきたパスワードを使って、いよいよ株を売買する。いやその前に、専用の口座にお金を預けなければならない。妻から借りた100万円を入金した。

 株式の本を買って「チャート」の眺め方なども研究し、書店や喫茶店では株関係の雑誌にも目を通した。日経新聞も時々目を通し、経済や株の値動きに一喜一憂し、ライブドア事件、村上ファンド事件のときは、庶民として彼らの金権体質を糾弾する気持と、株主として「これは困った」という気持の両方を味わった。この一年を振り返ってみて、いい勉強になった。

 一昨年の目玉は、初めての海外体験である。長女が大学を卒業して社会人になったので、これを記念して3月には家族でタイへ行った。さらに9月には単身でフィリピンのセブ島に短期英語留学をした。おかげで私は毎月の小遣いが半分なり、ケチケチ人生を余儀なくされたが、しかし、この海外体験は貧乏を補ってあまりある喜びと充実感を私にもたらしてくれた。

 このように、毎年何かあたらしいことに挑戦したい。これによって、人生の幅が広がっていく。人生で楽しいことが増え、ものの考え方にも広さや深さがもたらされる。それだけ、人生が味わい深くなる。

 毎日俳句を作り、日記に掲載した年もあったし、「今年はピアノをやるぞ」と電子ピアノを買った年もあった。あるいはオカリナを始めた年もあり、水泳を始めた年もある。「今年はヘッセを読もう」と心に決めて、高校生のころから愛読していたヘッセの作品をもう一度再読したこともあった。ドストエフスキーの年もあったし、トルストイやサルトルの年もあった。

 仏教大学の通信課程に入学し、「国語科」の教師になるべく、国文学を勉強をしたこともあった。8月には3週間ほどスクーリングがあり、大学の寮に泊り込んで、そこで一緒になった人たちと人生や文学について、おおいに語り合った。夜、京都の街に繰り出して、酒を飲んだりしたのも、今ではなつかしい思い出だ。

 振り返ってみると、我ながらいろいろなことに挑戦し、人生を楽しんできたものだ。死ぬまでこの姿勢を続けたいと思っているが、さて、それでは今年の抱負は何か。いろいろやりたいことのなかで、今年は「今日の一首」と題して、毎日短歌を作ろうと思う。「継続は力なり」という言葉を信じて、ちょっと短歌をがんばってみよう。もちろん、たのしみながら、のんびりがんばるのである。

(今日の一首)

 除夜の鐘耳を澄ませばかすかなる
 妻に聴こえて我にもとどく

(最初聴こえなかったので、耳まで遠くなったかとあせりましたよ)


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